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その拳が繋ぐもの

アケディアの魔弾は命中すると人を魔獣にしてしまう兵器だった。

それに対抗できる王太郎だったが、一発の魔弾を打ち消しただけで魔力切れを起こしてしまう。

アケディアはチャンスと言わんばかりに次の魔弾を王太郎目掛けて放つが……!?

「き、貴様何をしたぁ!?」


 アケディアは目の当たりにした出来事に発狂する。甲高い声が辺りに木霊した。


王太郎おうたろう、やっと来た!」

「ちょっ、止めろ!」


 紗耶さやが跳び跳ねて背中を叩いてくる。

 しかし背中を叩かれた俺はよろけた。前に倒れる身体を膝を着いて持ち堪える。


「どうしたの? フラフラじゃないの。さっきまでの吼える勢いは!?」

「知るか。俺の魔術は一発で魔力使いきるんだよ」


 力一杯足を立てるがすぐに崩れてしまう。膝を着いているのがやっとだ。

 そして俺と紗耶の会話を聞いていたアケディアが高笑いをした。


「一体何が起こったかは分からないが、それも一発限りならどうでもいい。今度こそ“ヴァイラス”を受けてもらおう!」


 そして右腕の大砲を構えた。すでに魔力は充填されている。

 「発射」の号令が聴こえた。


「王太郎逃げて! あれを食らうと……!」

「分かってる……。だが、ここで退くわけにはいかないんだよ!」


 紗耶は俺の身体を支えるように手を差し出してくる。

 俺はその手を振り払い、満身創痍で立ち上がった。しかし膝が笑っている。


 身体のどこも痛くないのに立ち上がるのさえやっとだ。……情けない。

 だが紗耶たちに全てを託す訳にもいかない。紗耶たちは十分奮闘した。そんなやつらに「後は任せた、頑張れ」なんて口が裂けても言うものか。

 俺は頑張っているやつに「頑張れ」とは言わない。頑張っているのに、更にそれ以上頑張ることを要求できない。

 ……今までの俺ならそこで終わっていた。

 だが今の俺は違う。

 自ら変わることを決意し、紗耶たちと同じスタートラインに立った。

 俺自身が頑張り、それでも駄目なときどうするのか。やっと答えが見えそうなんだ。


 もう、逃げない。


「この野郎ぉーーー!!!」


 膝に着いた手を振り上げる。そして勢いよく天に振り上げた拳を振り抜いた。

 拳に触れる微かな感触。それは次の瞬間には散っていた。

 辺りは静寂で満たされる。


「あ、有り得んんん!」


 アケディアが頭を抱えて絶叫した。狂気じみた声が反響する。


「はぁはぁはぁ……。どうだ!」


 昂った俺はガッツポーズを振り上げる。さっきまでガクガクだった脚には力がみなぎっていた。


「ちょっと王太郎……。あんた、頭が……」


 俺が歓声を上げていると、紗耶がお化けでもみるように俺の頭を指差した。


「ん? 俺の頭がどうした?」

「頭が……、白? え、何で白髪?」


 「白髪」? 紗耶は一体何を言っているんだ? 俺の髪の毛は純日本人の黒色で……。

 紗耶はそそくさと銀色の槍を渡してきた。

 鉄製の槍の反射で自分を見る。

 そこに写った俺は白髪だった。そしてそれを目にした俺が目を丸くしている。


「な……、なんじゃこりゃあ!」


 俺は白く染まった頭を抱えて叫んだ。叫び声が虚しく木霊する。

 どうして頭が白いんだ? 俺は老けたのか!? 玉手箱か!

 ……にしては身体に不調はない。むしろ好調である。


「王太郎、大丈夫なの!?」

「知るか! 俺は大丈夫なのか!?」


 俺と紗耶は互いに焦って叫び回る。


「おい! そんなことより前だ! 魔獣が来てるぞ!」


 するとすばるが後ろから言葉を投げかける。


「Kyyy!」


 大猿のような容姿の魔獣は血気盛んに駆け出していた。そして長い腕を振り、握り締めた拳を振り下ろす。


「下がってて。私が受ける!」


 紗耶が前に出て、盾でパンチを受けようと身構える。


「待て、力勝負じゃ勝てない……!」


 俺の注意が紗耶に届く前に盾が大きく揺れる。


「Uuukiyy!」

「くぅっ……!」


 紗耶は辛うじて一撃を受けきった。しかし数十センチ後ろへ押される。紗耶の脚は震えていた。


「下がれ、俺が殴る! 上手くいけば前みたいに魔獣を倒せるかもしれない」

「王太郎が殴るのはアケディアよ! それに、魔獣こいつくらい私一人で倒せるくらいにならないといけないの!」


 紗耶は震える脚で盾を構える。しかし次の魔獣のパンチはきっと受けられないだろう。


「まったく……。貴方が一人で化け物を倒すなんて、とんだ笑い草ですわね」


 魔獣が次の一撃を構えようとすると、頭上から燃え盛る何かが墜落した。爆音が轟き地面が揺れる。


「その声……、まさかオル、織嫁おりか!?」

「うふふ……、もうオルガで構いませんわ。隠す必要もなくなったでしょう」


 何かを墜落させた張本人のオルガは楽しそうに微笑みながらヒールを鳴らして歩いてくる。

 隕石にも思えたものに押し潰された魔獣は血肉を散らし、跡形もなくなっていた。


「オルガ……、何を落としたらこんなに……?」

「スペースダストですわよ。地球の周回軌道を“屈折”させて、落下地点を調整しただけですわ」

「お、おう……」


 規模が想像と違った……。

 もはや隕石、それを自由に落とせるとは……、オルガの能力“屈折”を見誤っていた。

 これが“大罪の魔王”の実力。

 いや、きっと底はもっと深いはずだ……。オルガはまだ飄々としている。


「これが“色欲の魔王”なのか……」


 魔王の力を想像するだけで悪寒がする。静かに息を飲み、背中を伝う冷や汗を感じる。


「これ以上僕の邪魔をするなぁぁぁ!」


 激昂したアケディアは上昇して、搭載したありったけのミサイルを展開する。

 俺たち一人ひとりに照準を合わせ、モーションで発射を指示した。

 白い煙をモクモクと噴き出したミサイル、その数約五十機が発射される。


「オルガ、あのミサイルを何とか……!」

「少しは落ち着きなさい。わたくしがここにいることの意味を考えなさい」

「……?」


 オルガがいる意味?

 俺が思考を走らせている間にもミサイルは迫ってくる。


「その前にミサイルを……!?」


 ドォォーーーン!!


  俺の言葉を遮るようにミサイルが空中で爆発した。それも五十機全てがほぼ同時に。


「な……、なんだ!? 何が起こっているんだ!?」


 アケディアは目の前の爆炎に怒鳴り付ける。その金切り声は掠れてきていた。


「たーまやーー。……いやー、こんな季節に花火なんて一興だな」


 そして爆炎を背景にあいつが現れた。

 呑気に、そしてケラケラと笑うれいは白々しく爆炎に拍手を送る。


「お越しなさいませ、零様」


 オルガが零を迎えた。

 オルガがここにいる意味、それはすなわち零もいる、ということか。


「お前ら二人、事務所で会った二人か……。お前らは何者だ!?」


 アケディアは息の荒いまま、二人を見極める目付きで訪ねる。


「お前賢いんだろ? だったら考えろよ」


 返答を返した零の声は震えている。全力で笑いを堪えているが、その心が表に出てしまっている。

 アケディアは零の返答が気に食わなかったらしく、顔を真っ赤にして右腕の大砲を構えた。


「この際、魔獣化してしまえば誰であろうと構わない!」


 そして右腕の大砲に魔力が溜まる。四発目の魔弾“ヴァイラス”が発射の体勢を整える。


「お前……、少し頭が高いな。降りろ」


 零の低い声がした。魔弾に気を取られて聞き取れなかったが、初めて零の怒気を感じた。

 大砲が怪しく光を放つと同時に、アケディアは地面に叩き付けられていた。

 零は地面に横たわるアケディアを椅子にする。


「うん。これでいい」


 満足げに笑った零はアケディアから離れる。

 すぐに立ち上がったアケディアは状況を飲み込めていない。

 そして再び飛行しようとしてもエンジンが応答しない。


「さて王太郎。お前があいつを殴るんだったな」

「お、おう……」


 零は俺の肩を叩いて背中を押した。

 皆を背中に庇うと、今までと景色が一変して見えた。


 俺を守るものはないもない。それはすなわち視界を遮るものがなにもない。

 俺が一番に先陣を切る。それはすなわち俺が皆を守る。

 そういうことだ。気が引き締まる。


「ふざけるなぁぁぁ! 僕の三年間を誰にも否定させない!」


 アケディアは左腕の装甲をも展開し、両腕で魔弾の発射を構える。


「ふざけてるのはお前だ! 三年前、お前が評議会と何があったか知らねぇが、他人の人生を奪うことに正義はない。お前の変革に正義はない!」


 俺は強く地面を蹴り出した。

 みなぎる力で地面を蹴って前へ前へ進む。強く拳を握り締め力を込める。


「お前には分かるまい。僕を理解できるのは“ReKindle”だけだ!」


 アケディアは左右の大砲から魔弾を打ち出した。

 直線軌道でやってくる魔弾を殴り付けるのは難しくない。一発一発を確実に消していく。

 一歩、また一歩と迫るにつれて、アケディアの顔色は青くなる。


「なぜお前らには分からんのだ! この僕の崇高な思想を。完全なる英雄のいる世界を!」

「そんなの分かりたくねぇよ! 俺馬鹿だから」


 拳に確かな感触を感じた。

 固く握った拳を振り抜き、アケディアの顔を打ち抜いた。籠った力の全てが放たれる感覚。

 アケディアは二、三歩後退して尻餅を着いた。


「貴様……、今誰を殴った!? こ、この僕を……、僕をwoooo!」


 俺を睨み付けるアケディアの眼が赤に染まる。肌には黒の斑点が浮かび、体皮は黒よりも黒い漆黒が覆う。


「Woooooo!」


 みるみる容貌の変わったアケディアは人の姿を失った。

 爪は槍よりも鋭く尖り、脚は体躯を支えるだけの太さを得る。恐々な牙が剥き出しにされ、骨が背中を突き破り翼膜が広がる。

 アケディアは変わり果て、長い鎌首を持ち上げる。


「これって……、ドラゴン……?」


「Gyaryyy!」


 ドラゴンの容貌をした魔獣は高らかに吠えた。

 魔獣の咆哮は辺りを揺らす。周囲の瓦礫が波紋のように吹き飛ばされる。

 魔獣の足下にいた俺も咆哮の勢いに押されて吹き飛ばされた。


「どうしてアケディアがドラゴンに!?」


 近くの電柱に掴まり堪え、真っ先に疑問を口にした。


「魔獣化ってのは魔力の暴走だ。お前の一発が効いたんだろーよ」

「俺の一発……!?」


 零の答えにおうむ返しする。


「俺の見立てだと、王太郎の魔術は自分の魔力で相手の魔力を打ち消す能力。……名前をつけるなら“相殺”」

「俺の能力は“相殺”……?」

「だから一発で大量の魔力を消費する。……なぜそれでも動けているのかは分からねーが」


 零の説明に少し納得が入った。

 だとしたら……、


「俺がアケディアを魔獣にした……?」


 足下から言いようもない寒気が走った。死神に包まれた気分だ。

 俺は人としての一戦を……。


「まだだ」


 すると、零が俺の肩を叩いた。その温度を感じ、現実に引き戻される。


「敵はまだ目の前にいるだろ。お前はどうしたいんだ?」


 そして零の質問に殴られる。

 「どうしたいんだ?」

 答えは一つ。敵が魔獣ならば……、殺すしかない。


「俺が……魔獣を……人を…………」


「殺せ」


 俺よりも先に零がその言葉を発した。


「お前が殺らないなら俺が殺る」


 零の冷淡な言葉が続いた。今までにない冷ややかな眼差しが俺を射抜く。


「俺は……、人を殺せない。……他の手はないのか? 魔獣を人に戻すとか、殺さずに無力化するとか、他には……危険が及ばないところまで移動させるとか! 魔獣だけの特区を作ってそこに隔離すれば」

「俺は数えきれないほどの人間を殺した。十年前から今までずっと、そしてこれからも。

 俺にはそんな甘ったれた選択肢はない」


 零の瞳に炎が宿る。今までで一番厳しい眼差し。返す言葉が見つからない。

 そのとき、背後で瓦礫を掻き分ける音がした。

 振り向いてみると、そこには駆け付けた二騎にき先生や颯介そうすけ、そして二人を呼びに行った恵梨香えりかが到着していた。


「ちょっと太郎! これはどういう状況よ!」


 魔力切れにより、自力で立ち上がれない七海ななみに肩を貸しながらも恵梨香は訪ねてくる。

 いつもの俺にだけ厳しい口調だ。


「違うの恵梨香、これは王太郎くんは悪くないの。しょうがないことなの!」


 一部始終を見ていた七海が取り繕うように弁解する。

 いつもの通りのいい綺麗な発声だ。


「大丈夫、昴。立てる?」


 同じく疲弊し、倒れ込んでいた昴に肩を貸す颯介。

 いつもの気を回しすぎる優しい姿だ。


「俺は問題ない。……だが」


 対して昴は悔しそうに歯噛みしながら立ち上がる。

 いつもの意地っ張りなやつだ。


「王太郎……、無理はしないで……」


 紗耶は似合いもしない祈るような眼差しで俺を見つめる。しかしその瞳の奥には秘めた闘志が見えた。「自分はまだやれるはずだ」と駄々をこねている。

 いつもの負けず嫌いだ。


 俺はもしかしたらこの「いつも」を失うかもしれない。

 同じスタートラインだったはずなのに、道を踏み外す瀬戸際にいる。

 俺は罪を背負いこいつらを失うのか……?


『それとも守れずに無くしちゃうの?』


 ――っ!?


 なんだ、今の声は?

 どこかから、誰かの透き通るような声で呼び掛けられた。幻想のような声は、確かに聞こえた。


「新見、それ以上 朝臣あそんに選択を迫るな。こいつにはまだ荷が重すぎる。お前が殺れ」


 隣では二騎先生が零に抗議する。

 そして俺は二騎先生の前に踏み出した。


「俺、殺ります。二騎先生の言う通り『荷が重すぎる』かもしれませんが、いつも零やオルガがいてくれる訳じゃない。迷って失うならなら、守って失う方がいいに決まっている」

「朝臣、お前正気か! その選択の責任の重さを承知して言っているのか!?」

「分かったつもりです。それでも……、勘違いしているうちにも出来ることはあります」


 俺は二騎先生の目を見て強気に言い放った。

 二騎先生はまだ何か言いたげにしているが、零が間に割り込み会話を断ち切る。


「よく言った王太郎。バックアップはしてやる。お前が幕を引いてこい」

「あぁ。頼んだ」


 零に背中を押されて足を踏み出す。

 最初は一歩ずつゆっくり踏み締め、徐々に早足になり、走り出した。


「Gaaarrr!」


 魔獣はけたたましく吠え、口に炎を含んだ。

 次の瞬間には俺を覆うほどの火炎が吐き出された。しかし俺は躊躇うことなく前へ走り続ける。

 豪炎は一メートルほどの距離まで迫ると、俺を避けるように真っ二つに割れた。


「太郎、わたくしが手を貸すなんてこれっきりですわよ」

「十分すぎる、サンキューオルガ!」


 炎はどんどん割れていき道を作る。俺は燃え盛る炎に挟まれた道を真っ直ぐ突き進む。


「Ruuu......Wooooo!」


 炎を引っ込めた魔獣は唸ると、背中の大きな翼を広げた。

 まずいな……。空に飛ばれると殴るなんて不可能じゃないか。


「あーら、よっと!」

「UuuuWaaa!」


 しかし魔獣は宙へ舞い上がることなく、鎌首を捩って悲痛な唸り声を上げる。

 その足下には引きちぎった翼の一部を手にした零がいた。


「いけ王太郎。お前はもう今までのお前じゃねーだろ」

「当たり前だ! 俺はもう誰かを目の前で失いたくないんだ!」

「Gaaaruuu!」


 怖れることを知らぬ魔獣は猛々しく吠えて牙を剥き出しにする。

 咬み千切ろうとする牙を掻い潜ると、魔獣の赤い瞳と目があった。


「おりゃあああ!!」


 俺が魔獣を殴り付ける。すると、その拳から魔力が放出されるのが手に取るように分かった。

 魔獣は断末魔を上げることもなく、肉片一つも残すことなく消滅した。


 葉吹はすい市で発生したアケディアによるテロ事件は、静かに幕を下ろした。

~キャラクター紹介(特別編)~

今回は紹介するキャラが特にないので、“大罪の魔王”の名前を紹介しようと思います。

以下ネタバレを含みます。


新見 零

 怠惰の魔王


オルガ・ベロニカ

 色欲の魔王


アイーダ・ベロニカ

 ○○の魔王


ブレア・レッドウッド

 ○○の魔王


劉 孔明

 ○○の魔王


アイリス・ミラー

 ○○の魔王


クロエ・キャベンディッシュ

 ○○の魔王

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