↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
属性なしのハズレ精霊に選ばれて追放された僕――白い相棒と旅に出たら、消えた属性が蘇り始めました  作者: ハッピーミラクルエンジョイ
六王巡礼と消える世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
50/50

50話 選ばれなかった者は誰が救う

エリクの分だけ、札がなかった。


大神殿に隣り合う建物の窓口で、係の人が四枚の木札を並べた。


ベルンさん。僕。ミレア。ノエル。


僕は自分の札を取らずに、隣を見た。


「もう一人、います」


「エリク・ヴァレンさんですね。そちらは、こちらです」


差し出されたのは、木札ではなく、薄い紙だった。


昨日の審問でも、エリクは僕たちと同じ机についた。同じ門から帰って、同じ宿で眠った。


なのに、たった一晩で、受け取るものが違っていた。


*


朝食のとき、エリクは網の結び目を直していた。


食卓ではなく、食堂の隅の長椅子でだ。パンくずのついた手で縄を触るなとミレアに言われ、手を洗ってから、また同じ場所へ戻っていた。


僕は隣に座り、編み目を一つ押さえた。


「ここ、緩んでた?」


「切れてはない。けど、引いたとき、こっちばかり縮む」


エリクが片側を引く。網の端が斜めになった。


彼は結び目をほどき、少し位置をずらして結び直した。もう一度引くと、両端が同じくらい動いた。


「ほら。こっちなら、脚が一か所だけ締まらない」


捕まえた石角兎のことを、僕は思い出した。


助けるつもりで、痛くしてしまったら嫌だ。


エリクは、まだ網を見ていた。


「今日は話を聞くだけだろ。帰ったら、残りも直す」


そう言って、自分の袋へ畳んだ網をしまった。


白い鼻が、僕の膝の横から近づく。


『我は網に入らぬぞ』


「入れないよ」


アインは僕とエリクへ声を届けていた。エリクも、口の端を上げる。


「入っても、すぐ出そうだしな」


『出してくれと申す』


僕たちは笑った。


その網を、昼までに預けることになるとは思わなかった。


*


説明会の部屋には、長机が三列あった。


正面の壁に王都の地図。右の扉が手当てを受ける部屋へ、左の扉が道具の検査場へ続いている。入口から奥まで、中央の通路は空けてあった。


僕たちのほかにも、何組かの冒険者が座っていた。


肩へ鳥の精霊を乗せた女性。足元に緑の小さな精霊を連れた老人。杖を両手で握っている、僕より少し大きな男の子。


その子のそばに、精霊の姿は見えなかった。姿を隠しているのか、契約していないのかは、見ただけでは分からない。


アデラさんは入口で僕たちの到着を確認すると、壁際へ立った。


王女殿下とアウレシア様は、来ていない。


今日は、神殿と支部の担当者が、昨日決まった調査の手順を説明する日だった。


木札のない紙を手にしたエリクも、僕の隣に座った。


席まで離されるのではないかと、僕は少しだけ心配していた。


「最初に、皆さんの宿泊についてです」


支部の職員が、正面に立った。


召喚や聴取のために滞在を求められている人には、引き続き宿と食事が用意される。子どもの外出は、成人の責任者と一緒にする。


エリクの分も、なくなったわけではなかった。


僕が息を吐くと、彼が紙を指でたたいた。


「そこは、俺にも書いてある」


その先が、違っていた。


*


今回の共同調査では、力を奪われた精霊と契約者のために、専用の手当て場所を設けるという。


そこで働く救援班の訓練も始める。


負傷した人を運ぶ方法。精霊が力を使えなくなったときに、道をふさがず退く方法。契約者が倒れたとき、相棒を無理に引き離さず大人を呼ぶ方法。


聞いていると、僕たちにも覚えたいことがいくつもあった。


木札は、その訓練と、必要な装備の点検を受けるためのものだった。


「契約していない人は、別の日ですか」


エリクが手を上げた。


支部の職員は、手元の名簿へ目を落とした。


「現在の募集対象は、登録済みの契約者です」


「縄を使うのも?」


「訓練をまとめて一つの枠として扱っています。今回は、契約精霊の保護と回復のために設けられたものですので」


エリクは、紙を裏返した。


裏には何もなかった。


「じゃあ、俺は何をすればいいですか」


「同行者として、調査の聞き取りに協力していただきます」


今まで、何をしてきたかではなかった。


今、誰と契約しているかで、受ける説明が分かれていた。


ベルンさんが、静かに手を上げた。


「この子は登録冒険者だ。救助の実績も提出している。人を運ぶ訓練まで外す理由を、確認したい」


職員は、別の担当者を呼んだ。


二人が紙を見比べる間、誰も次へ進まなかった。


僕は、エリクの袋の口を見た。


朝、直した網が、少しだけのぞいていた。


*


回答を待つ間、正面の担当者が説明を続けた。


手当て場所では、力を失った精霊の状態を先に確かめ、契約者の休息と一緒に記録する。


杖を持った男の子が、入口の近くで付き添いの女性へ何かを聞いた。


声は小さかったが、部屋が静かだったので聞こえた。


「俺も、あそこで脚を見てもらえる?」


女性は窓口の人を呼び、紙を差し出した。


男の子は、契約精霊がいないと答えた。転んで脚を傷めてから、歩くと痛むのだという。


「そちらの継続手当ては、通常の診療所でお願いします。こちらは契約に関わる異常を扱いますので」


窓口の人が、部屋を出た先の道を説明した。


急に具合が悪くなった人は誰でも診る、とも付け加えた。


だから、今すぐ追い出されるわけではない。


けれど、女性が診療所の順番と費用を尋ねると、この窓口では分からないと言われた。


男の子は杖を持ち直し、椅子へ座った。


「また歩くのか」


それだけ言った。


ミレアが、僕の横で水筒を握る。


「あの人たちにも、行く場所まで教えてあげられないのかな」


彼女は勝手に薬を渡さず、ベルンさんへ小声で聞いた。


ベルンさんは職員へ、診療所につなぐ担当がいるか確認した。歩くのがつらいことも、改めて伝える。


アデラさんが窓口へ来て、宿へ戻る護送の車に空きがあるか、別の騎士へ確かめに行った。


道順を聞けただけよりは、よかった。


でも、困っていると誰かが言うまで、誰もそこをつなぐ役ではなかった。


僕は木札を裏返した。


アインに選ばれなかったら、僕の手にも、これがなかったのだろうか。


*


救援訓練の件は、今日中には決められない、と返事が来た。


予算も、名簿も、契約者の訓練として作られている。窓口で一人だけ加える許可は出せない。


ベルンさんは、答えた担当者の名と、申し立てる先を紙に書いてもらった。


「宿泊と聞き取りは継続する。そこは変わらないな」


「はい」


「なら、この子を部屋へ残して、ほかの子だけ先へ進めることもしない。班の説明は、まとまって受ける」


職員はうなずいた。


今日は訓練そのものの日ではない。全員で、次の道具の点検へ進めることになった。


僕が椅子を立つと、アインが膝から床へ下りた。


『エリクは、我の声を聞く』


相棒は僕とエリクへ声を届け、白い鼻先を木札へ向けた。


『契約はしておらぬが、我らと一緒に動ける。それでは足らぬのか』


僕は、その言葉を職員へ伝えた。


相手は困った顔をしてから、首を横に振った。


「念話を聞けることと、正式な契約の記録は、同じには扱えません」


昨日、僕たちが一生懸命、分けて説明したことだった。


アインがエリクの膝を選んでも、新しい契約ではない。


その区別は、なくしてほしくない。


でも今は、違うから駄目だと言われるために使われていた。


僕は、何と返したらいいのか分からなかった。


エリクが僕の袖を引く。


「行こう。後ろ、待ってる」


通路に、次の組が立っていた。


*


検査場の机には、端に浅い溝があった。


転がりやすい工具を、その内側に並べるためだという。


全員が、使う道具を机へ出す。


ベルンさんの刃物。僕の小さな工具。ミレアの薬を切り分ける道具。ノエルの留め具。


刃や破損を確かめてもらい、それぞれの袋へ戻す。


エリクも、網と、捕獲に使う金具、それから普通の修理用の工具を並べた。


係の人が、網の端についた金具を持ち上げた。


「組み合わせを変えて使うものですか」


「はい。広さと、捕まえるものに合わせます」


「術式は」


「ありません。手で引きます」


係の人は、別の一覧を開いた。


網と金具を使うときの形を、エリクに説明させる。彼は机の上で端を少し広げたが、通路へは出さなかった。


「街中では張りません。人が通る場所も、先に止めます」


「依頼先の責任者による使用記録はありますか」


「支部に出しています」


ベルンさんが控えを出した。


水都での捕獲。ガルドでの作業。誰が点検し、誰が現場を見ていたか。


係の人は、その紙を読んだ。


読み終えても、網を戻さなかった。


*


「王都で、この共同調査に使う捕獲具については、追加の確認が必要になります」


係の人は、机の上へ規則の写しを置いた。


契約精霊の術と併用する道具は、冒険者本人の登録と、精霊の能力記録に付けて審査する。


精霊術を使わずに組み立てて働かせる捕獲具は、別に、製作者か使用者の技能を確認する。


ベルンさんが読んでから、僕たちへ短く言い直した。


「精霊と使う道具には、今の登録を使える。道具だけで同じ仕事をする場合の確認は、まだ済んでいないと言っている」


エリクが、机の網を見た。


「俺がどう使ったかは、さっきの紙にあります」


「実績は確認しました。ただ、こちらの認可とは別です」


「どこが危なかったですか」


係の人は、すぐには答えなかった。


「破損が見つかったという意味ではありません。認可が未了ですので、対象の道具を一時接収し、保管します」


僕は網へ手を伸ばしかけた。


朝、エリクが直した結び目が見えた。


危ないところを、ちゃんと探して、直したのに。


「僕の道具にしたら、返してもらえますか」


言ってから、エリクを見た。


彼は、笑わなかった。


「ルカは、これを張るときの結び方、全部できる?」


僕は、首を振った。


「俺が横で教えるなら、できる。でも、今ここで名前だけ変えるのは、違うだろ」


胸の奥が、きゅっと縮んだ。


昨日、アインは僕の持ち物ではないと言った。


今日は、エリクの仕事まで、自分の名前で包もうとしていた。


「……ごめん。勝手に言った」


「返してほしいのは、俺も同じだよ」


エリクは机へ向き直った。


「俺が使えるって、俺の名前で確かめてほしいです」


*


ベルンさんは、すぐに袋を渡させなかった。


接収するものの名前。理由。置く場所。返すかどうかを決める担当と、回答する日。


一つずつ聞き、書面へ残させた。


「工具すべて、という扱いにはしないな」


「はい。対象は捕獲網と、それに取り付ける金具一組です。修理用の工具と縄は、お戻しします」


係の人が指で分け、エリク自身が数を確かめた。


王都へ来てから、何度もやった受け渡しだった。


けれど、今日は違う。


帰りに受取札を出せば、そのまま全部戻るわけではない。


「捨てたり、ほどいたりしませんか」


エリクが聞いた。


「検査のために状態を変える場合は、先に責任者へ連絡します。本日は、このまま保管します」


ベルンさんは、封をする前の網を見せてもらった。ノエルが、結び目の形を紙へ描き写す。


係の人とエリクが見ている前で、網と金具が箱へ入った。


蓋に番号を付け、控えにも同じ数字を書く。


僕は、数字が合っているかを見た。


それくらいしか、今は手を出せなかった。


アインが床から、エリクの指先へ鼻を寄せた。


『壊さぬよう、直しておったな』


エリクは、うなずいた。


「うん」


『我は見ておった』


その声が、係の人には聞こえていないことを、僕は知っていた。


だから今度は、訳した。


朝、網を直していたこと。足を締めつけないように、引き方を確かめていたこと。


係の人は、使用者からの説明として、それも控えに書いた。


書いてもらっても、箱の蓋は開かなかった。


*


建物を出たところで、アデラさんが待っていた。


杖の男の子と付き添いの女性も、壁際の長椅子にいる。


宿へ向かう車が途中まで一緒に乗せてくれることになり、その先は診療所に連絡してから案内するという。


男の子が、立ち上がろうとした。


膝の上の袋が滑り、杖をつく手からも力が抜ける。


エリクが先にしゃがんだ。


落ちた袋を拾い、椅子へ戻す。


「車が来るまで、座ってていいって」


彼はアデラさんを見て確かめた。騎士がうなずくと、男の子はもう一度腰を下ろした。


袋の持ち手が細く、指へ食い込んだ跡があった。


「布、余ってる?」


エリクが聞くと、女性が袋から古い手拭いを出した。


彼は使ってよいかを確かめ、細く畳んで持ち手へ巻いた。結び目を握る場所の外へずらし、最後は女性に引いてもらう。


「これなら、少し痛くないかも。重いのは大人に持ってもらって」


男の子が、巻かれた布を触った。


「……ありがとう」


エリクは照れたようにうなずき、僕たちの方へ戻ってきた。


道具の袋が、朝より薄かった。


僕はその袋を見ないようにして、すぐに、そんなことをしてもなくなったものは戻らないと思った。


「持とうか」


「軽いよ。今は」


エリクは、そう答えた。


*


宿へ戻ってから、ベルンさんは支部へ出す紙を書いた。


昇格の異議についても、王都の担当へ確かめる。


ガルドで保留されたままの査定と、今日の道具の認可。別の紙だから、別々に聞かなくてはならないという。


明朝、僕たちも一緒に支部へ行くことになった。


ミレアは、今日受け取った木札を机へ置いた。


「これ、私も受けないって返したら、エリクも入れてくれる?」


「お前の分がなくなるだけかもしれない」


ベルンさんが答えた。


「一緒に受けたい、という希望は出す。ただ、覚えられる手当てまで手放すことは、勧めない」


ミレアは黙ってから、札を自分の袋へしまった。


ノエルは、網の絵をエリクへ見せた。結び目の向きを一つ直し、二人で控えの番号を見直す。


アインは、彼らの間に寝そべっていた。


僕は昼のパンを二つに割り、エリクの前へ半分を置いた。


「これ、食べる?」


「お前の分は」


「ある。半分」


エリクは少し迷ってから、受け取った。


僕には、精霊がいる。


アインが炎の精霊ではないから、家から追い出された。それなのに今は、アインとの契約があるから、もらえる札がある。


アインを選んだことは、間違いじゃない。


エリクに精霊がいないことも、間違いじゃないはずだった。


「明日、ちゃんと見てもらおう」


僕が言うと、エリクはパンを飲み込んだ。


「うん。俺、できることまで、ないことにされたくない」


袋から、小さな工具を一本出す。


取り上げられずに戻った、彼の道具だった。


エリクはその柄を拭き、机の上へ置いた。


「駄目って言われたら、何が足りないのか聞く」


僕はうなずいた。


その日、網を直す約束だけが、できないまま残った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。