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09.早速迷惑を掛けました……で、どなたでしょう?

「じゃあ、手を添えて付いてきて」

「はい」


 お姉様の事も気がかりだけど、この人をこのままにしておけない。周囲にはエスコートされているように見えるようにして、名も知らない人と歩き出した。

 お父様とニール以外で、こんな風に歩くのは初めてだわ。ニールも今日が初めてだけど。

 それにしても、高位貴族なのはわかるけど、何処の家の方だろう? 前世の記憶が戻る前は、とにかくお姉様が羨ましくて、お姉様の邪魔をする事にばかり目がいっていたものね。夜会やお茶会に出ても、周囲を気にした事がなかったわ。

 今思えば、本当に馬鹿な事をしていたわね。でも、あの漫画の世界なら、エレンはそういう人物だ。今は前世のわたしのせいで、自分の愚かさと未来を知ったから、変えようと思っているだけで。


「どうした?」


 わたしが俯いて黙って歩いているせいか、彼は心配そうな顔で覗き込んできた。

 歩きながら出来るなんて器用ね。身長がある分出来るのかしら? なんて思ってしまう。


「いえ、なんでもありませんわ」


 とはいえ、心中を吐露するわけにもいかず、適当に流す。

 相手がどなたかは、名乗ってくれないから分からない。一応、身分が下の者が上の者に許可なく話しかけてはならないというルールがあるため、彼が問えば答えるけど、わたしから話を振るのは憚られた。

 だって、何回も言うけど、王宮主催の夜会に控え室をいただくのだから、侯爵以上になる。うちは伯爵位だから、どう考えたって彼のほうが身分が上だもの。

 それにしても、国中の貴族を集めての夜会のため、王宮の中でも大広間を開放する。そのため、大広間から出るのも時間がかかるし、控え室はさらに廊下を歩いた先になる。


 無言、辛い。

 エレンの性格は、もともとお喋りなのよね。前世では普通だったけれど、エレンとして生きた16年がある。……まあ、その16年のうち、記憶がある中では、ほとんどお姉様のものを欲しがって、おねだりして騒いでいる記憶しかないのだけど。

 それにしても控え室に着かないわね。早くしないとお姉様とヴィンス様の出会いに間に合わなくなってしまうわ。

 思わずふぅ、と小さくため息をついた。自分がしでかした事とはいえ、名前も知らない人の控え室に付いていくは不安がある。アドルフ様にあんな事をされたばかりなのもあるかもしれない。


「ここだ」


 あれこれ考えている間に控え室に着いたらしい。

 扉に付けられた家紋を見ると、アルドリッド公爵家のものだった。

 ……え? 公爵家??

 そういえば、アルドリッド公爵家にはリアム・アルドリッドという名前の22歳の公爵家嫡男がいたはず……って、もしかして彼が?

 わたしの戸惑いを余所に、リアム様(仮定)は扉を開けて入っていく。彼の腕に手をかけていたわたしは、引きずられるように一緒に中に入った。部屋は落ち着いた造りになっており、中には公爵家の使用人が数人待機していた。


「爺、彼女にお茶を。私には上着の替えを出してくれ」

「どうされたのですか?」

「服を少し汚してしまってな。彼女に汚れを隠すようにして付いてきてもらった」

「かしこまりました。――お嬢様、こちらへ」


 爺――と呼ばれた初老の男性は、きっと執事か何かだろう。リアム様(仮定)と会話をした後、わたしに向きなおって、応接セットの椅子に座るよう促す。

 ここで断る理由もないので――お姉様を見守るという点ではあるのよ、でもそれを言う事は出来ないので――大人しくソファーに座った。

 すぐさまメイドが紅茶を用意し、焼き菓子と共にわたしの目の前に置かれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 喉が渇いていたので、遠慮なく紅茶を頂くことにした。紅茶の入ったカップとソーサーは公爵家から持ち込んだものなのか、王宮にあるものかは不明だけど、どちらにしろ薄い陶器の繊細なデザインのものだった。

 カップの持ち手を右側に、スプーンを反対側に移動させた。その後、ソーサーを左手で持ち、カップを右手で持って口に含む。癖のない飲みやすい紅茶だった。


「飲みやすくて美味しいわ」

「左様でございますか。お口に合いなによりです」


 わたしが独り言のように言うと、爺と呼ばれた人が満足そうな笑みを浮かべた。


「ところでお嬢様は、坊ちゃまとはどのようなご関係で?」


 いきなり踏み込まれたことを聞かれて、カップがソーサーとぶつかりカチャリと音を立てた。


「あの……」

「爺、彼女はエレン・ペイリー伯爵令嬢だ。ちょっと手伝ってもらっただけだ」

「左様でございますか」

「ええ」


 やっぱり、わたしの事知ってたのね。

 普通なら名乗ったり聞いたりするのに、それをしないのはすでに知っているか、この場限りにするかのどちらかだ。

 たぶん、その場限りでしょうね。壁際に控えているメイド達が「もしかして、あのわがまま令嬢?」「みたいね。姉のものならなんでも欲しがるんでしょう?」という会話が聞こえてくる。


 過去の清算は、なかなか終わりそうにないわね……。


 つい、自嘲めいた笑みを浮かべてしまう。その後、気を取り直すために紅茶をくいっと飲み干した。



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