10.幼馴染はいいやつでした
「ご馳走様でした。それでは、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
見世物になるつもりはない。彼も名乗らない以上、これで終わりにしよう。
ソファーから立ち上がると、リアム様(仮定)が「待ってくれ」と止めようとする。
「あら、用はもうお済みでしょう? わたしくも用がありますの。それに、名乗りあってもいないのですもの、これ以上、関係ございませんでしょう?」
こういう時の嫌味ったらしいセリフだけは滑らかに口から出てくるのよね。ホント、今までわがまま令嬢として振舞っていたのが、自分でも分かるわ。
今さら、まともな縁談も望めないほど、わたしがわがまま令嬢だというのは広まっている。わたしでも娶りたいという人は、中年の後妻目当てか、爵位が欲しい金持ちの商人のどちらかだ。
――まあ、今はその事は置いておきましょうか。
「それでは失礼いたしますわ」
カーテシーをして控え室の扉に向かう。
すると、肩に手をかけられて「待ってくれ」と引き留められた。
「何かまだご用がありまして?」
「済まない。うちのメイドが。気分を害したのなら謝る」
「いえ。とにかく、わたくしも用がありますの」
「名乗ってなかったのは、流れ的に名乗るタイミングがなかったからだ。座ってゆっくりと話をしたかった」
「あら、ペイリー伯爵家のわがまま令嬢と?」
わたしが挑発的な笑みを浮かべて言うと、リアム様(仮定)は大きなため息をついた。
「確かに君がそう言われているのは知っていた。けれど、今日見る限りでは噂でしかないように思う」
「あら、ものは言いようですね。使用人は主の鏡じゃございません事?」
メイド達はメイド達で独自のネットワークがある。伝手さえあれば夜会などに出なくても、主家どころか他家のスキャンダルまで把握している事なんてざらだ。
ただ、それを主がいる前で客に聞こえるように言うなんて、質が知れるというもの。
言われても仕方ない事をしていたけれど、他家にまで迷惑かけていないもの。ここまで悪し様に言われる筋合いはないわ。
「済まなかった。すくなくとも私はそういう意味でここまで来てもらったわけではない」
「いえ、あれはわたくしが悪かったので、その事については謝罪いたしますわ。ですが、貴方は控え室まで汚れた所を隠すためについて来て欲しいとおっしゃいました。もう、役目は終わりですわね」
名乗る事もしないのに、何故この人はわたしを引き止めるのかしら? 茶番に付き合わされているようで、苛々してくるわ。
「それでは、これで失礼いたしますわ」
大広間までの道順は分かっているので、1人で戻る事もできる。
素早く挨拶を交わして、扉に手をかけて静かに開けた。
後ろから「待ってくれ」という声が聞こえたのだけど、それを無視してさっさと大広間に戻るために廊下を歩き始めた。
「見つけた! 何処に行ってたんだよ!?」
前方から息を切らして走ってくるのは、今日のパートナーのニールだった。
もしかして、探してくれてたの?
「ニール、探してくれているとは思わなかったわ」
「当たり前だろ。今日は、小父さんから頼まれているんだ。お前が勝手に行っちまったのもあるし、俺も友人に挨拶とかあったからすぐに追えなかったし、周囲を見回しても何処にも居なくて……」
「そう、ごめんなさい」
あら、思ったよりニールは大人になっていたわ。昔の悪ガキのイメージのせいか、夜会に入るのと最初のダンスを踊ってくれれば御の字だと思っていたのに。
「ほら、行くぞ」
と、ニールは腕を出してきたので、その腕に自分の腕を絡めた。
「ありがとう」
「意外に素直じゃねぇか」
「そう? それにしても、そういう話し方をすると、昔に戻ったみたいね。余所行きはどうしたの?」
「ああ? お前の前で猫被っても意味ねぇだろ?」
「確かにそうね」
どうやら、悪ガキ成分がなくなったわけではないないらしい。
でも、素のわたしを知っていて、それでも普通の態度で接してくれるニールには好感が持てる。
「そういえば、お姉様は見つかったの?」
「……一応、いた」
「なに、一応って?」
歯切れの悪い言い方をするニールに、「知らない男と一緒に居た」と、ボソリと呟いた。
知らない男――もしかして、ヴィンス様だろうか? 気になる!
「どんな方なの?」
ヴィンス様は、漫画のカラーでは銀髪ストレートで肩に付くくらいの長さで切りそろえられているのが、特徴的だった。せめて、髪色と髪形だけでも分かれば、その人がヴィンス様かどうか分かるはず。
「教えねぇ」
「どうしてよ!?」
「だって、お前……」
「あ……、そうよね」
お姉様のものを欲しがるわがまな妹だもの。その人を欲しいなんて言い出したら困るわよね。
ニールだって、自分が教えた――なんて、言われたらヴィンス様やお姉様に責められるもの。
「悪い。ローズさんの前の婚約者は、お前が取ったってわけじゃないけど、そう思ってる奴らが多いんだ。だから、迂闊にお前を近づけたくない。お前もさ、これ以上、自分の価値を落とすなよ」
そう言われちゃうと、それ以上追求は出来ない。
それに、ニールが思ったよりいい奴だったのを再確認した。
「……そうね、ありがとう」
ぶっきらぼうだけど、わたしの事を考えてくれてるんだね。
いつの間にか、相手を思いやる優しさを身につけていた幼馴染が格好良く見えた。
「ねぇ、じゃあ、まだ時間もあるし、もう一度踊ってくれる?」
「おいおい、普通、男性の方から誘うもんじゃねぇの?」
「あら、今日はあなたがパートナーだもの。普通に踊ってって言ってもおかしくないでしょう?」
「……まぁな。じゃ、踊るか」
「ええ」
ニールが手を差し出したので、わたしはその手を取って、2人でダンスホールに向かった。




