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39.わたしが甘やかされた理由



「思いつかないというのは、私の考えは少しは良かったと言うべきかね」

「お父様?」


 お父様は少し淋しそうな笑みを浮かべた。


「言っただろう? 優秀な弟が居たと。私より優秀だったから、後継ぎにと周りから言われていたよ。私はそれを聞くたびに心が縮こまったものだけどね」

「でも、家を継いだのはお父様ですよね?」

「ああ、私が後継ぎになった。何故かというと、弟は領民からもっと税を取って、ペイリー伯爵領を更に発展させるべきだと主張したからね」


 領民からの税金を上げる――それは、お父様のやり方と正反対だった。

 お祖父様も同じというか、お祖父様の意思を継いでお父様も領民の税金は少なめにしている。

 それを改革の為とはいえ、税金を上げるという行為は、お祖父様の意思に沿わなかったのでしょうね。


「お祖父様も同じご意見でしたよね。お父様はお祖父様の意思を継いだけど、オスカー叔父様はそうではなかった。だから、ペイリー伯爵家はお父様が跡を継いだ――という事ですか?」

「そうだよ。前伯爵――お前にとってお爺様は、領民のことを第一に考える人だったからね。私自身も領の発展のためになるとはいえ、領民が納得しなければ意味がないものだと思うよ」

「お父様らしいですわ」


 領地に居る時だって、小さなころから領民と遊んでたけど、そんなに貧しい感じじゃなかった。もちろん、スラムのような所――あるかどうかは分からないけど――に踏み入れたことがないし、領主の娘といっても全てを知っているわけじゃない。

 わたしとしては、余所の家を知らないのでなんとも言えないけど、幼い頃からこの生活に満足しているから、これ以上贅沢したいって思わないのよね。

 夜会やお茶会に参加した夫人や令嬢がこぞってドレスや装飾品の自慢をしていたのを思い出して、ドレスを仕立てる回数や装飾品の数にあまり変わりがなかった気がするわ。

 それも叔父様のおかげだったのね。前はお姉様の後を付いて回っていたせいで、自分が広告塔として機能していなかったわ。叔父様、役立たずでごめんなさい。


「で、オスカー叔父様は、今何をされているんですか?」

「オスカーは……もう亡くなっているんだよ」

「え?」

「オスカーは跡取りになれないと分かった途端、自殺を図ったんだ。気付いた時は手遅れでね。……まさか、跡を継げないというだけで亡くなるとは思わなかったんだよ」


 オスカー叔父様は、跡継ぎになることだけを考えて生きていたというのかしら? もしそうだとしたら、途轍もない衝撃だったに違いない。

 オスカー叔父様が自殺しようとまで思い込んでしまったのも分かる気がする。

 ペイリー家に生まれていなければ、跡継ぎはオスカー叔父様だった可能性も高い。お父様より優秀なのに、生まれた家のせいで跡を継ぐことが出来ない――そう考えて、絶望してしまったのかも。

 でも、お父様はそんなに思い詰めているとは思わなかったのね。

 それに――


「お祖父様も、そうだったんですか?」

「ああ、そうだね。おかげで急に老け込んでしまって、私は思ったより早く家を継ぐことになったんだよ。本当に……何があるか分かったものじゃないね」


 最後の方は、呟くように小さな声になって、苦笑いをしていた。


「もしかして……お父様たちのように跡継ぎで争わないように、わたしには教育をしなかったのですか?」

「……そうだよ。愚かな父と笑ってくれてもいい。だが、私たちのようになって欲しくなかったんだよ」

「そう……ですか」


 お父様にそんな過去があるなんて思わなかった。漫画でもそんな過去編は出てこなかったものね。

 お父様は自分の経験から、わたし達が争うような事にならないよう、気を付けてくれていたんだわ。

 でも――


「お父様の過去が辛かった事は理解しました。話が戻りますが、お姉様の事はどうするつもですか?」


 そう、今はお姉様の事が大事なの。

 お父様の考えは分かったけど、エアルドレッド侯爵家との話はどうする気なのかしら?


「エレンはどう思うかね?」


 え? 質問に質問で返さないでほしい。

 でも、お父様はわたしの考えを測っているかもしれない。答えた内容で、お姉様を嫁がせるか婿を取るか変わるのかも。

 それなら……


「そうですね、中立派を守りたいのであれは、お姉様がエアルドレッド侯爵家に嫁ぐほうが良いかと思います。ただ、その場合わたしが跡を継ぐことになるので、わたしに当主教育が必要になると思いますが……」

「うん、そうだね。ローズを嫁がせれば、中立派を保てるだろう。でも、エレンにとばっちりが来るね。いいのかい?」

「仕方ない事です。それに、貴族の家に嫁いだ場合、妻は家政を取り仕切る必要があるので、やはり教育は必要だと思います。今のわたしでは使用人を上手く使うこともできないでしょう。少なくとも今のわたしには勉強が必要ですけど」


 結局、嫁いでも当主教育まで必要じゃないけど、婚家を管理するために人の上に立ち指示できる能力は必要なのよ。

 記憶が戻る前のエレンなら、女主人としての能力も無かったのよね。


「そうだね、よく考えた答えだよ」


 お父様はそう言って、満足気に笑みを浮かべた。


「では、何故うちが中立派でいるのか分かるかい?」

「中立派でいる意味?」

「そう、1番数の少ない派閥だ。デメリットが大きいと見ていいだろう。なのに、何故うちは代々中立派であるのかな?」


 なにやらお父様からのお勉強タイムに突入してしまったみたいだわ。

 でも、お父様の質問に対して、答えが分からない。ただうちは中立派だという事しか知らないのだもの。深く考えたことなんて無かったわ。


「長くなりそうだね。今更だがお茶を淹れよう」


 お父様は執務室にティーポットやカッフが置いてある所に行き、お茶を淹れ始める。


「お父様が淹れるんですか?」

「そうだよ。飲みたい時に飲めるようにね。但し、味の保証は出来ないけどね」

「初めて知りました」

「とはいえ、エレンの好きなコーヒーはないよ?」

「どうして知って……」


 家にはコーヒーなんてないから、わたしがコーヒー好きなんて知らないはずなのに。


「これでも伯爵家の当主だよ? 情報収集は必要だからね。まあ、それでお前がアルドリッド公爵令息と何度も会っているというのを知って、吃驚したのだけどね」

「お父様、それまで知って――」


 信じられず、最後まで口にする事が出来なかった。

 驚きすぎて固まっていると、目の前にカップが差し出された。


「どうぞ」

「……いただきます」


 差し出されたカップからは湯気が出ていて、中の紅茶が紅くて綺麗だったけど、受け取った時の衝撃で波紋が出来た。

 それを眺めて、心を落ち着かせようと思った。



漫画でエレンが甘やかされていたのには、現実?ではこんな理由がありました。


誤字脱字報告ありがとうございます。

補足ですが、当作はほぼエレン一人称で地の分や会話については、基本的にフランクな言葉遣いになっています。

貴族令嬢として振舞う時しかきちんとした言葉を使いません。

伯爵家当主ではあるけど、父親と思う気持ちのほうが強いので、父相手にも貴族令嬢の言葉は使いません。年長者に対するですます調くらいです。

上記設定上、言葉遣い等のご指摘には対応しない場合がありますことをご了承ください。

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