30.やり方、間違ってますよ?
ホットサンドを食べ終え、コーヒー片手にニュースペーパーを見る。
ホットサンドを食べている間に、コーヒーは少し温くなってしまったけど、それでも濃いめのコーヒーは美味しいと思う。
久しぶりにのんびりとした時間に心が癒されていくのを感じた。
そういえば、最近は家では勉強で、社交界での汚名返上のために夜会によく出席していたわね。ニールと嫌な別れ方をしてしまったのは心残りだけど、少し休むためにはいいのかもしれない。
――そんな風に心穏やかに過ごしていたところに、横から声をかけられた。
「これは、エレン嬢ではないか?」
……声だけで分かる。今1番会いたくない人だ。
おそらく、聞こえなかったふりをしても再度問いかけられるし、人間違いを装うには無理がある。
……。はぁ、仕方ない。
「ご機嫌よう、アルドリッド小公爵」
わたしは彼の声を聴いた時から全くご機嫌麗しくない。でも、挨拶は大事よね。
「ああ、こんにちは。昨日は慌ただしかったから、少し話が出来ないか?」
「まあ、わたくし、そろそろお暇しようかと思ってましたの。コーヒーもあと一口しか残っておりませんし」
「そうか、では、2杯目を奢らせていただけるかな?」
「いえ、そういえば以前もここでコーヒーとケーキを頂きましたわ。そこまでして頂く理由がございませんわ」
それでなくても、話なんてしたくないのに。
流石に毎回家を継げと言われるのは気が滅入るのよ。
残ったコーヒーを飲み干して、席を立とうとすると、
「ここのコーヒーとケーキくらい何回奢っても、我が家は揺らぐことはない。気にする必要はないさ」
「わたくしは、あなたと席を共にしたくないのですわ。お話することもございませんし」
遠回しに言っても躱されるのなら、はっきりと断言する。
すると、リアム様はくっと笑って、
「いや、そこまで言われると、いっそ清々しいな」
「左様ですか」
「本当に話がある。ローズ嬢について」
お姉様についてと言われると、断りにくい。
はぁ、とため息をついて、「1時間だけですわ」と、時間制限を設けた。
ここではなんだから――と、個室へと移動する。
前回もそうだったけど、やはり今回も扉はしっかり閉めている。未婚の女性が男性と2人きりになるのは体裁として宜しくない――というのは、ひと昔前の話なのか。それとも、ここが漫画の世界でそんな堅苦しい設定だと、お姉様とヴィンス様が逢瀬を重ねられないからなのか――。
どちらにしろ、時代考証で考えれば、身分ある若い女性が密室に男性と2人きりというのは良くないと言える時代なんだけど。
そんなこと言ったら、1人で気軽に外出も出来ないか……一長一短ね。
「どうした、座らないのか」
「……少し考え事をしていただけですわ」
促されるように席に座ると、メニューを手渡される。
流石にコーヒーを続けて2杯は多いかしら? この体になってからコーヒーは2回しか飲んだことがない。カフェインとか大丈夫かしら? メニューを見ると、コーヒーや紅茶だけでなく、果汁のジュースもあった。
「では、オレンジジュースを」
「それだけでいいのか?」
「ええ。先ほど軽食も頂きましたから」
メニューを返すと、リアム様はさっと目を通し店員に注文していた。
店員が去ると、わたしはすぐさま口を開いた。
「で、お姉様のこととはなんでしょうか?」
そう切り出すと、リアム様はテーブルの下の足を組みなおして「せっかちだな」と苦笑した。
イラっとするので「時間は1時間ですから」と返す。
「では、話をしようか」
「前置きはいいので、さっさと始めて頂けます?」
「随分嫌われたものだ。――まあいい。まずは謝罪させてほしい」
「謝罪?」
今更――という感情を込めてリアム様を見ると、彼は肩を竦めた。
「メイドに嫌味を言わせたこと、弟を使ったこと――メイド達のことは本当に失礼だったし、弟を出したのも性急すぎた」
「あら、もう1つ忘れていましてよ?」
「何が?」
「あなたが、ここで、わたくしに家を継ぐよう遠回しに要求したことですわ。メイド達のことはあなたの監督責任ですね。ルカ様に関しては、ルカ様にも思惑があったようですので、追及はいたしませんわ。ですが、あなたが敢えてに言わなかったことが、1番あなたが謝罪しなければならないことではございませんの?」
漫画の通りに没落するわけにはいかないから、お姉様がアドルフ様と婚約解消される前から勉強は始めてはいたけど、だからといって我が家の問題に他家に口出しされる謂れはないもの。
リアム様が従兄弟のヴィンス様と仲が良くても、口出しする必要はないと思うのよね。必要ならヴィンス様自らが動くべきだと思うし。
「もし、年下の小娘に誠意ある謝罪をするのがお嫌なら、下手な口出しは控えるべきかと思いますわ」
黙っているリアム様に、とどめを刺すように追い打ちをかける。
すでに不敬罪だのは、遥か遠くへ全力投球で捨てた。もともと秘密裏の会合みたいなものだものね。当事者にバレたら、どう思うのか少し考えたらいいと思うわ。
「………………済まない。従兄弟の初恋を叶えたくなって、暴走してしまった」
「あら、まあ、初恋でしたの? エアルドレッド侯爵令息は」
意外だわー、と思わず感心してしまう。
「侯爵家の嫡男として、家のためにと生きてきたんだ。それなのに、ローズ嬢を見て恋に落ちたと言ったんだ。それで、その想いを叶えてやりたくて……」
頬を赤らめて口元を押さえながらぼそぼそと呟くリアム様に、あら、こんな顔も出来るのね――とまたもや感心してしまう。
こう……いつもの企んだ顔じゃなくて、友人を思う、少しぶっきらぼうな人に思えるわ。
でも……。
「こういう言葉をご存知かしら?」
「なんだ?」
「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ――です」
「別に邪魔をしてはいないが」
「そうでしたわね。でも、わたくしに口出しして、ややこしくしたのはどなたですの? こういう言葉もございますのよ。『将を射んとしれば先ず馬を射よ』ですわね」
「なんだ、その言葉は?」
あら、将と言って通じないのかしら? この国は……騎士団長とかになるから、将という言葉では理解されないのかしら?
「ええと、東のほうの国のことわざで、敵将――敵のトップと言えばいいのかしら――を討ち取ろうと思ったら、まずその敵将の乗っている馬を射倒せということですわ。さらに言えば、目標に直接ぶつからずに周囲から攻略するほうが効果的だという喩えですわね。そういう意味ではわたくしを動かすことも的外れではありませんが、やり方が不味かったですわね。あれでは、わたくしは味方になりませんわ」
ああ、自分で言っていて台詞が長いっ。舌を噛みそうだったわ。




