28.誰だって幸せになっていいんです
抱きしめられた体の温かさに身を委ねたくなるけど、それは出来ない。
そうしてしまったら、お姉様の言い分を聞いてしまったことになるから。だから、やんわりとお姉様の腕から逃れる。
「エレン?」
「それは無理ですわ、お姉様」
「どうして?」
「先ほども言いました。わたしはまだ恋をしたこともないと。ですから、お父様が決められた方で構いませんわ。でも、お姉様は違います。自分の心を誤魔化さないでください」
お姉様の手を取って静かに重ねた手に、わたしの言葉に反応してピクリと動いた。
顔を見れば、今にも泣きそうな表情を浮かべている。
「……それは出来ないわ。わたくしは貴族の娘――しかも跡継ぎとして育てられたの。ペイリー家を継ぎ、繁栄――とまではいかなくても領民のことを考え、良政を行う。それが全てよ」
「違います! お姉様だって幸せになっていいんです!」
幼少の頃から刷り込まれた教育は、さながら洗脳のようだと思えて、表情が強張ってしまう。
姉妹2人――家の跡継ぎとしては年上の姉が優先。でも、それは家を継ぎたいかどうかだと思う。お姉様のように他の家の跡継ぎと恋に落ちたのなら、妹が継いでもおかしくない。
但し、妹が跡継ぎとして教育されているかが、必要なのこと。お父様はまだ健在で、わたしもまだ16歳と若い。まだ跡継ぎの変更は可能だと思われる。
でも、跡継ぎであることがお姉様のアイデンティティであるのなら、無理に跡継ぎから降ろすのは横暴なのかもしれない。
でも、お姉様には慕う方がいて――堂々巡りだわ。
「お姉様、少し柔軟に考えましょう」
「エレン?」
「お姉様にも他家に嫁ぐことが出来る、ということです」
「それは……」
「我が家は特殊でした。両親がお姉様だけに跡継ぎとしての教育を施していたこと。妹のわたしにはそんな必要がないとばかりに可愛がるだけだったこと。それに便乗していたけど、今はそれが異常だと分かります」
お父様とお母様には可愛がってもらっていて申し訳ないけど、それでも子供の教育に手を抜いてはいけないと、今は思える。
例えば、お父様がいい御縁を持ってきてくれて、その家に嫁いだとして、前のわたしでは、とても家政をこなせる能力がなかった。そうなると、結婚相手の邸に勤める使用人に影で笑われるでしょうね。
「ですから、お姉様と一緒に学べるのは、今のわたしにとって大事なこと。そして、その延長上にはわたしが代わりに跡継ぎになる道だってあると思うんです」
「エレン、あなた、そこまで考えて……」
「そう考えられるようになったのは、最近のことですけど。でも、お姉様と一緒に学ぶことはわたしにとって大事だし、楽しいと思えるんです」
お姉様に付いていた家庭教師は、最初は嫌な顔をしていたわ。
でも、以前のわたしと違って、分からないことを質問して理解しようと努めたり、復習をして次の時間でのテストで間違いが少なくなってきたら、家庭教師も嫌な顔をしなくなってきたの。
「今は勉強するのは楽しいと思うし、それが誰かの役に立つのなら、それはとても嬉しいことだと思います。だから、お姉様も1人で抱え込まないでください」
「エレン、わたくしは今まであなたのことを庇護するべき存在だと、すっと思っていたわ。でも、もう違うのね」
お姉様はそう言うと、笑みを浮かべた。
そしてわたしにそっと抱きつき、
「ありがとう。わたくしのことをそこまで考えてくれて」
わたしもお姉様の体にそっと手を回して、
「当たり前のことを、やっと始めたばかりです。まだまだ至らない点が多いと思いますが、お姉様が好きな方へと嫁ぐまでにもっと頑張りますわ」
「……ありがとう、エレン」
お姉様は全部は納得してくれていないかもしれない。それでもいい。そういう選択肢があるってことを、分かってほしいから。
「お姉様、お父様とお母様は少々偏った考えの持ち主ですが、お姉様のことを愛していないわけではないと思うんです」
「それは……わたくしも分かっているわ。厳しいけれど、憎い気持ちから来ているものではないと思えるから」
お姉様の言うとおり、お父様もお母様も跡継ぎだから厳しく接していたけど、嫌いだから、憎いから虐めてやろうという気持ちはないのは、わたしからも見える。
ただ、不器用というか、子供に1つの感情しか向けてはいけないとでもいうような感じで。どうしてああなんだろうと、ため息が出そうになる。
「お父様とお母様は、わたくし達が争わないようにしたのかもしれないわね」
「争わないように?」
「ええ。わたくし達の歳は近いでしょう? それにエレンが跡を継ぎたいと言っても可笑しくはないの。血筋を重んじるけど、長子でなければならないというわけではないから」
「そういえば、そうですね。わたしが家を継ぎたいと言っても、知識がなければ実際に跡継ぎには出来ませんね。わたしに甘いお父様ですが、そのあたりはきちんとしていますね」
これは、お父様なりの配慮だったのかしら? でも、やり過ぎではあるのよね……。
まあ、今はこれ以上言っても仕方ないことと諦めましょう。
「話が逸れてしまいましたが、アルドリッド小公爵とは、お姉様のお相手――お名前を言ってしまいますが、エアルドレッド侯爵令息とお姉様の仲を取り持ってあげたい――ということで話しかけられましたの」
「小公爵が?」
「ええ。従兄弟であり、親友でもあるそうですわ。小公爵は従兄弟のためにお姉様を娶れるよう、わたしに代わりに家を継ぐように言ってきたのです」
もう、話してしまった方が説得するのが楽なので、呆れた口調になりながらもお姉様に説明を始めた。
誤字脱字報告ありがとうございます。
毎回どこかしらに誤字脱字…最近はスマホで手の空いている時に続きを打ち込んでいるんですが、その予測変換とかのせい…じゃないか。
明らかに自分のミスですね。
それにしても、短編で書こうと思っていたのに、続きにしたらいろいろ入れたいエピソードとかが出てきて、終わりが…(;'∀')
後2,3話したら補足で別視点を入れようと思います。




