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いつも読んで下さってありがとうございます。評価やブクマもありがとうございます。

 朝から今日は休校になったと学園の教師に言われ、愛実は寮でぼんやりと過ごしていた。

 一昨日、数々の嫌がらせがゲームのシナリオによるものではなかったと知り、希望の光が潰えてしまったような気分だった。

 乖離していくシナリオ、中断もセーブもできないステータス画面。どうやって終わらせたらいいかも分からない状況で、自分は運よくレイのルートに入れたのではなかったのか。

 そんな風に思っていたのに、蓋を開けてみれば、ローザは嫌がらせの犯人ではなかった。

 では、誰が何のために自分に嫌がらせをしたのか。その疑問をカミーユにぶつけてみると、カミーユは、首謀者はまだ分からないが、ローザの悪評を立てるために企てられたのだろうと言った。前回のパーティーでクロードに見初められたローザを妬んでのことらしい。

(なんで、いっつもローザなの……!)

 ヒロインは自分で、ローザは悪役令嬢なのではないのか。これではまるでローザが主人公のようではないか。

 このゲームはやはりおかしい。

 愛実は改めてそう思う。

 始まりの塔で最初にローザが手を伸ばしてきた時点でもっと疑うべきだったのだ。

 そんな考えもよぎるが、まだ夢か現実かも判然としない状況では無理だっただろう。愛実がこの世界がゲームの世界だと気づけたのは、ステータス画面の存在を見つけたからだ。

 愛実はベッドから降りてドレッサーの前に立つ。鏡に映れば、何もなかったところにゲームのロゴが浮かび上がる。ステータス画面は変わらず開くことができた。

 愛実はほっと息を吐く。このゲームは一部の設定やシナリオがおかしくなっているが、ゲームの世界だということに変わりはない。

(クリア出来たら、終了ボタンも出てくるのかもしれない……)

 夢から醒めるのか、ゲームの世界から出るのかは分からないが、終わらせられるならそれでいい。

(でも、レイのルートじゃないなら誰のルートなの……?)

 ゲームでは、それほど好感度を上げられなくても、攻略対象の中で一番好感度が高いキャラクターが自動的に相手に選定される。それを考えるなら愛実の場合は一番親しくしているカミーユなのだろうが、夏休みが明けてからのシナリオはまるでレイのルートのようだった。

(カミーユもずっと一緒にはいたけど……)

 ここ最近の日々は、カミーユと愛実の日々というよりも、レイやローザ、クロードの話に愛実とカミーユが巻き込まれているかのような日々だった。

(カミーユに引っ付いておけば、カミーユエンドで終われる……? でも、レイが……レイが、折角優しくしてくれたのに……)

 ゲームの中で、レイ・スキアーは穏やかな性格の人物だった。誰にでも優しい、当たり障りのない人。カミーユも優しく親しみやすい人物として描かれていたが、レイの方は同じ優しいでも、相手との一定の距離を崩さないような、そんな付き合い方をするような人物だ。だからこそ、その距離を越えて一人だけ殊更に気遣われるという状況が特別感を覚えさせる。

 あの時、レイの方から声を掛けてきてくれて、愛実は自分がレイの特別に近付けたのではないかと感じていた。

 ――誰かの特別になりたい。

 ずっと胸の中で抱いている思いが、愛実に訴えかけている。

 両親の特別はいつも姉に向けられる。愛実が姉以上に気に掛けられたことはない。学校で仲良くしている子達も皆、二人組を作れと言われたら愛実以外の子を選ぶ。どれだけ頑張っても注目されない。

(もう一度頑張ったら、レイに近付けるかもしれない……でも……)

 これまでの日々がレイのルートではなかったということは、レイの好感度は上がっていないということだ。確実にエンディングを迎えるなら、カミーユの方が現実的だ。

 自身の思いを取るか、ゲームを確実に終わらせられる道を選ぶか――。

 二つの選択肢の間で揺れ動いていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 寮の管理者か平民のクラスメイトだろうかと思いながらドアを開けると、そこにはカミーユの姿があった。

「突然尋ねてすみません。急ぎだったもので……」

「ううん、それは全然大丈夫だけど……どうしたの? あ、えっと、とりあえず入る?」

 何の気なしに口にした提案に、カミーユは躊躇う様子を見せたが、廊下の方を見遣ると意を決したかのように「女性の部屋に、いきなりすみません」と前置きをして中に入った。

「えっと、椅子……」

「いいえ、ここで構いません」

「そ、そう……」

 愛実は抱えようとした椅子から手を離す。

「要件は一つです。詳しいことは言えませんが、夏と同じような状況になってます。それで、太陽の塔の調査に同行してもらえないか、マナミに依頼が来ています」

「え……」

(それって、二回目の太陽の塔のイベント……)

 レイのルートでは、確かにローザの追放イベント後に起こっていた。セレーネ国で魔物が出現したという話はまだ耳にしていないが、太陽の塔へ向かうということは、二度目のイベントだと思っていい。

 これをクリアできればエンディングだ。

 愛実の中に微かな希望が宿るが、同時に、脳裏に森を焼く炎が蘇る。

(あ……)

 無意識の内に身体が震えた。

「無理にとはいいません、前回はあのようなことがありましたから……」

「あ、でも……」

(これに出ないと、エンディングが……)

 愛実は震える手を押さえるかのようにもう片方の手で握り締める。

「カミーユも、行くんだよね……?」

「はい……前回はマナミの補佐をするという名目でしたので、マナミが行かないのであれば私も同行を求められることはないと思います。ですが、クロード殿下が向かわれるので、無理にでも同行させて頂くつもりです」

 強い意志を秘めた目を、愛実は見つめる。

 自分のために行ってくれるのではないのだ、と落胆しながらも、心のどこかで納得していた。彼は、やはり愛実のことを好いてはいないのだ。

(そっか……そうだよね……)

 そして、レイもきっとそうなのだろう。他の人よりも気に掛けられて喜んでいたが、彼から自分に対する恋情のようなものを感じたことはない。

(分かってた……)

 分かってはいたが、希望を持ちたくて気づかないフリをしていた。

(だって、そうしないと望んだエンディングで終われないじゃない……)

 このゲームは、必ず誰かのルートに入って終わる。誰のルートにも入らないということはない。嫌がらせが始まった時点でレイのルートに入った可能性が高ったからそれを信じたし、レイの気を惹けるようアピールもした。

 ちょっと夢を見たかっただけだ。それの何が悪い。

「カミーユ……私も、行く……」

「マナミ、ですが……」

 最早、誰の好感度が一番上がっているのか、そして今、誰のルートにいるのかも想像できない。だが、二度目の太陽の塔のイベントが起きたのだから、誰かのルートには入っているのだろう。ならば、あとはイベントをクリアしてエンディングを迎えるだけだ。

(これ以上惨めな思いをするくらいだったら、さっさと終わってくれた方がいい……)

 夢なんて見れないのは、十分に分かった。

「大丈夫、行く」

 そうしないと、このゲームは終わらないのだから。

 カミーユは不安そうにしていたが、愛実も譲らなかった。カミーユは諦めたように小さく溜め息を吐く。

「分かりました、ではすぐに仕度を」

「うん」



     ◇



 ソレイユの王宮から戻ってきたレイは、再び太陽の塔に調査に行くことになったと告げた。

「もう準備はできているようですね……」

 いつでも出られる状態の私を見て、レイは溜め息を吐く。

「準備しておきますと言ったでしょう?」

「ええ、まぁ……積極的に協力してくれるのは嬉しいですよ。ローザも必ず了承するだろうとクロードにも言いましたし」

 だったら何の不満があるんだろうか。

「躊躇いなどはないのですか? この前は、死んでもおかしくなかったのですよ?」

「その言い方だと、私に同行して欲しくないように聞こえるのですが?」

「そんなことはありませんよ。貴女の力は必要だ。ですが、全く危機感を覚えていないのであれば、それはそれで問題ですから」

 不審そうにこちらを見るレイに、私も眉を顰める。

 ワイバーンの攻撃を肌身で感じたのは私も同じだ。寧ろ、私やクラウスさんの方がレイ達よりもあの炎の威力を実感している。危機感がないと思われるのは心外だ。

「もし今度もワイバーンのような強い魔物が出れば、死ぬ可能性があることは十分に理解しています。それでも、二国にとっては必要なことでしょう?」

「そうですね……」

 レイはそう言うと、ふっと表情を和らげて、私を抱き締めた。

 何なんだ、一体どういう展開なんだ。

「いざとなれば、私も貴女も命を落とす可能性があります……ですが、私は可能な限り、この前のような貴女を見たくない……」

 耳元で囁かれた言葉にはっとした。一度目の後、珍しく気弱になっていたレイの姿が脳裏をよぎる。

「協力して欲しいのは本心です。それが私達の義務でもある。ですが、そうもあっさり受け入れられると、逆に不安になるんですよ……最悪の場合は命を賭して、なんて、貴女はそんな教育を受けてないでしょう……?」

 そうだね、と同意しながら、レイはそんな教育を受けたのか、と少し気分が沈んだ。

 私が受けた教育は主に、貴族に嫁いで子供を産むことが国を守る為にいかに重要であるかという内容だった。多分そんなことを滔々と説かれたのは私だけだろう。

 生憎と、既に前世の記憶を思い出した後だったから、そんなことは付け焼き刃にもならないと分かっていたのだけれど。

 私が言われた“国を守る為”というのはただの建前だ。現実には大した戦力強化になりやしない。

 でも、レイの場合は違う。国の為、最悪命を懸ける覚悟をするように言われているのだろう。

(うちにはリュカがいるから尚更だ……)

 リュカが成長すれば、いずれはリュカの役回りになるけど、今はまだレイがその役を引き受けないといけない。

 私はレイの身体を少し離して、その顔を両手で包んだ。

 こうやって真正面から目を合わせるのは、いつ以来だろうか。

「レイ、私もどれくらい重い役目なのかは分かっているつもり。決して軽くは考えてない。レイには、私は好き勝手ばかりして王族としての自覚もない王女に見えてるんだろうけど、何が大切なのかも分かってる。貴族を満足させるためだけの政略結婚(自己犠牲)なんて頷けないけど、セレーネとセレーネで暮らす人々のためなら自分を犠牲にだってできる」

 それが王族としての自覚によるものかと言われたらちょっと微妙だけど、大勢の人達の助けになりたいという思いは本当だ。

「もちろん、死なないようにやれるだけのことはやる。そこもちゃんと忘れてない。でも、私はレイの命が危ないなら自分の命を犠牲にしてでもレイを守るから、そこだけは許して」

 レイを悲しませることになっても、私はレイの命を取る。

「貴女は……それを見たくないと言っているのに……」

 レイは困ったように、そしてどこか諦めを含んだ声音で言った。

 私達は姉弟だけど、何一つとして平等ではない。私の命はレイの命よりも軽い。皆知っていることだ。私も、そしてレイも、それを知っている。



 これ以上時間を無駄にするな、とレイを支度に追い立てて、準備が整うなり迎賓館を出た。

 王宮へと向かう途中で、今回は他に誰が行くのかと尋ねれば、公爵家の女性とカンザキさんにも打診が行っているとのことだった。あとは、前回も一緒に行った研究者の二人と、ソレイユの近衛隊が護衛に就く。護衛は前回よりも多いそうだ。

「先遣隊を派遣するとのことでしたので、そちらはもう出ているでしょうね。私達はその後を追う形となります」

 道中の危険はとりあえず先遣隊が確認するようだけど、ダークウルフは道から外れた森の奥から出てきたから油断はできない。

 王宮へと到着し、前回と同じ北側の広場に向かうと、以前にも増して緊迫した空気で満たされているのが分かった。そして出立前の騒がしさとは違うざわめきが聞こえてくる。

 レイも気付いたのか、少し険しい表情になって兵達の動きを見ている。レイは護衛兵の一人に何があったのか訊いてくるよう指示を出そうとしていたけど、その前にクロード王子がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「レイ、待っていた」

「クロード、少し騒がしいようですが、何かありましたか?」

「王都の近くの村でダークウルフの群れが現れたと報が入った」

(やっぱりこっちでも出たのか……)

 違うところはたくさんあるのに、こういうところはゲームのシナリオをなぞるだなんて嫌になってくる。

「規模は?」

「今、各方面に兵を出して調べさせているところだ。こちらでも魔物が増えているなら、急ぎ太陽の塔に行かなければならない」

「ええ、そうですね。そちらの準備はもう出来ていますか?」

「ああ。あとは、マナミ・カンザキが来るか否かだな。カミーユが今学園の寮に向かっているはずだ」

 彼女は本当に来れるんだろうか、と前回の怯えようを思い出していると、「ローザ」とクロード王子に呼ばれる。

「今回も協力してくれて、本当に有り難く思う」

 どこか思い詰めたような表情のクロード王子に、私は首を横に振った。

「いいえ、殿下、礼には及びません。これが私の役目であると心得ておりますから」

「……本心を言えば、危険な役回りをさせたくない……だが、この件にはローザの力が不可欠だ……だから、この前のようなことにならないよう、俺が、全身全霊をかけてローザを守ると誓う」

 実際に強い魔物が出れば、クロード王子や他の皆を守るのは私の役目だと思う。

 でも、これが彼の思いと決意なのだ。そこは有り難く受け取るべきだ。

「ありがとうございます、クロード殿下。身に余る思いです」

 一礼をして顔を上げると、意志の強い目とかち合った。

 この人の思いは本物だ。私も、その思いに応えられるだけの働きをしたいと感じる。

(どんな魔物が現れても、誰も死なせたりしないし、結界も維持してみせる)

 そう心に誓っていると、広場の入り口の方からカミーユ君とカンザキさんが走ってくるのが見えた。

 カンザキさんの表情までは見えないけど、ここに来たということは大丈夫なのだろう。

「これで全員揃ったようだ。行こう」

「はい」

 クロード王子の言葉に、力強く頷いた。


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