表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第七章 ~西の大陸~
93/204

第八十六話 ~津波と竜巻~

 山岳地帯を転がるようにして駆け下り、スフィーとクローキンスの二人は唯一の出入り口である港町の大きな門までたどり着いた。既に小波(と言っても普通に考えれば結構な大きさの波)が数回ドックに叩きつけられていた。それはまるで破壊の前兆のように、建物の強度を確かめるように、叩きつけられた波は徐々にその大きさと凶暴性を増していた。


「はぁはぁ、あの一番デカい波は絶対に食い止めないとっすね」

「ちっ、あぁ、そうだな」

「あたしはここであの竜巻を動かしてみるっす」

「あ? お前何言ってるんだ?」

「アレもあたしの角を守るための守護魔法っす。だから勿論あたしが操れるっす」

「ちっ、なるほど」

「だからクロさんはみんなに知らせて来てくださいっす。危なくなったらあたしもすぐに退くっす」

「分かった。すぐに戻る」


 クローキンスはそう言うと、スフィーを残して町の中に入って行った。残されたスフィーは、ひとまず先に港町を覆っている風のバリアを強化し、それから振り返って巨大な津波と巨大な竜巻を視界に捉え、両手を竜巻に向けて詠唱を始める。


 一方町に残っていた三人は、町人たちが続々と町の後方に逃げ始めているのを見て、路地裏から姿を現した。町内はすっかり人が居なくなっていたので、三人は仮装せず町の中央広場に立ち、海から押し寄せる巨大な波を見上げた。


「俺たちもそろそろ逃げないとまずいよな」

「うーむ、何か方法は無いものだろうか……」


 三人が波を見上げながらじりじりと後退を始めていると、そこへクローキンスが戻って来た。


「はぁはぁ、どうやらえらいことになってるみたいだな」

「クローキンス! ユーニさんはどうした? それにスフィーは?」

「ちっ、後で話す! 今はとにかくあの波を止めるぞ。何か方法は?」


 クローキンスが要件を捲し立てると初汰は黙った。そして代わりにリーアが現状を答え始めた。


「私たちは海神様と呼ばれるこの町の守護神様の供物に指定され、ドックに隔離されました。そしてそこで私たちは、ここに来る途中で襲ってきた巨大イカの人間体と思われる人物と戦闘し、何とか逃げ切ってこの町に戻ってきました。するとこの有様です」

「なるほど、じゃああの襲ってきたイカ野郎は海神様とやらの手下かもしれないんだな」

「はい、なのでその男を攻撃すればこの波も消えるのではないかと考えていたところです。しかしあの津波の勢いでは、私たちが探し出すよりも前に町を飲み込んでしまいかねません。なのでこうして足踏みをせざるを得なくて」

「ふっ、それなら大丈夫だ。時間は稼げる」


 リーアの丁寧な説明を受けたクローキンスは、珍しく微笑みを漏らしながらそう言った。するとそれに呼応するように、巨大な竜巻が巨大津波に向かって動き始めた。


「う、動いた!」

「これはどういうことだ……?」

「ちっ、それも後で話す。今は一秒でも早くそのイカ男を見つけるぞ」


 クローキンスはそう言うと、早速町の外へ出て行った。初汰たちもその勢いに流されるように、急いで外へ繰り出した。すると当然初汰と獅子民とリーアの三人は、門前で竜巻を操っているスフィーと再会することになった。


「スフィー!」


 これまた珍しく、一番最初に声を上げて近寄ったのはリーアであった。


「リーア! 心配かけてごめんっす。迷惑かけた分、この津波はあたしが止めるっす」

「良かった、スフィー。無事で良かった」


 リーアはそう言いながらそっとハグをして、すぐに離れた。そして瞳に溜まり始めていた涙を拭い、辺りを見回した。


「よし、再会はまた後で喜ぶとして、さっさとイカ男を探すか!」


 初汰はその場にいる全員の顔を見回してそう言った。それに対して全員が頷いて応え、散り散りになって捜索を開始しようとしたその時。


「みんな。ちょっと良いっすか……」


 魔法に集中しており、いつもよりは全然小さい声でスフィーが皆を呼び止めた。


「あそこ、見えるっすか?」


 スフィーは真っすぐ波の頂点を見据えていた。その視線を追って全員が波の頂点を見る。するとそこにぼんやりと、波のしぶきに紛れて何者かがいるように見えた。


「人間か……!?」


 いち早く気付いた獅子民が声を上げた。


「確かに人間に見えますわ」

「誰にせよ、あいつが操ってる可能性は高いよな?」

「だと思うっす。だからクロさんあの竜巻に向かって撃ってくれないっすか? あたしがあいつに当てるっす」

「……ちっ、分かった」


 命令されるのは少し不服だったようだが、クローキンスは反論せず従い、スナイパーバレルとサイトを装着し、竜巻に照準を合わせた。


「いいか?」


 クローキンスは一行から少し離れた後、スフィーに向かってそう聞いた。


「はいっす!」


 スフィーは極力竜巻を津波に近付け、尚且つクローキンスが撃ちやすいようにその場にとどめた。そして次の瞬間、数発の弾丸が竜巻に向かって放たれた。

 ――弾丸は竜巻に飲み込まれ、数秒間その風の中で踊った。竜巻は高速で渦巻いており、中々津波に隠れている男に向かって正確に吐き出すことが出来ない。一発目、そして二発目、続いて三発目。弾丸は悉く外れた。次第に精神力が削られていく中、それでもスフィーは神経を精練させ、心を竜巻の流れと同調させ、そしてついに、残り一発の弾丸を男に命中させた。

 バシャン! と大きな音が立ち、津波の頂点から何かが吐き出された。スフィーは残っている全ての力を集中して竜巻を操り、主のいなくなった津波をいとも簡単に粉砕した。どうやら魔力でコーティングしていたから壊れなかったようで、主が居なければただの海水であった。


「はぁはぁ、やったっす……」


 スフィーは力を使い果たし、その場に座り込んだ。


「スフィー、ナイス! あとは任せろ!」


 初汰はそう言うと、吐き出された者の落下地点だと思われる、丁度ドックの出入り口付近に向かって走り出した。


「リーア、君は彼女の看護を頼む!」


 獅子民は走り出す前にリーアにそう言うと、二人に背中を向けて初汰の後を追った。少し離れていたクローキンスは無言でバレルとサイトを外し、それをバッグにしまうと連結銃を拳銃型に戻して二人の後を追った。


「あの三人なら大丈夫っすよ」


 不安げな表情を浮かべているリーアを元気づけるため、スフィーはそう言った。


「ふふ、そうね」


 リーアは微笑を零しながらそう言うと、スフィーをそっと抱きしめた。

 その頃ドック方面へ向かった三人は、ドックの前に倒れている巨漢を発見していた。


「お、居たぞ!」

「む、あれはドックで戦った男では無いか?」

「ぽいな」

「ちっ、じゃああいつがイカ男か」

「多分な」


 三人は倒れている男から少し離れたところで立ち止まり、様子を伺い始めた。すると程無く男はゆっくり立ち上がり、三人をじっと睨んだ。


「また、お前たち、俺の、邪魔する」


 男はそう言うと、四股を踏んだ。すると再び海が荒れ始め、小さな波がいくつも生じ、大陸に襲い掛かろうとする。


「さっさと倒した方が良さそうだな」

「ちっ、面倒な奴だ」

「うむ、協力して片付けるぞ!」


 三人は短い時間で簡単な作戦を組み立てると、初汰は右へ、獅子民は左へ、クローキンスはその場に留まって連結銃を構えた。

 するとそれを見た大男は、ドックでの戦闘同様、両手を巨大なイカ足に変化させ、左右に広がって詰め寄って来る初汰と獅子民をターゲットして振り下ろした。


「へっ、陸の上なら俺たちが有利だ!」


 初汰は振り下ろされた足を回避し、右手で構えている剣で素早く足を切り刻んだ。するとそれ以上ダメージを喰らわないように敵は足を引っ込めた。

 ――それを見たクローキンスは、再び初汰に足が振り下ろされないように的のデカい足に照準を合わせ、三発弾丸をぶち込んだ。


「よし、後はこちらだな」


 初汰とクローキンスが左足の対処をしている間、獅子民は敵の攻撃を全て丸盾で受け止めており、変換の力は十分チャージできていた。その十分に溜まった力を一気に自分の腕力へ変換し、丸盾の鋸部分を起動させる。そして振り下ろされてきた足に対して右ストレートを食らわせる。


「いたい、いたい、両手、いたい」


 イカ男の両手を怯ませた三人は、一気に距離を詰める。そしてノーガードとなっている本体に攻撃を仕掛ける。引き続き初汰は右から、獅子民は左から、ターゲットは無防備であった。そして射程距離に入ると、二人は武器を構えて飛び掛かった。

 ――しかしその瞬間、二人が飛び掛かって来るのを待っていたかのように、大男は急にふくれっ面になったかと思うと、初汰の方を真っすぐ向いて口から水を吐き出した。それはまるで刃物のように鋭く、何とか回避はしたものの、水は頬を掠めたようで鮮血が頬を伝った。続いて獅子民の方へも水を吐き出す。獅子民はそれを右手の盾で弾き飛ばし、空いている左手の盾で本体に攻撃を仕掛ける。

 ――獅子民が放った左ストレートは敵の腹に命中した。寸前に受けた水が相当な殺傷能力を有していたようで、変換の力を全て解き放った一撃は敵を海まで吹き飛ばした。


「大丈夫か、初汰?」

「くそ、なんだ今の水。早すぎて痛みも感じねーぞ」


 敵が着水したことを確認すると、獅子民は初汰に駆け寄って傷を見た。しっかり回避していたおかげか、傷は全然浅かった。


「うむ、これならば薬草ですぐに治るだろう」

「ビビったよ。まさかあんなリーサルウェポンがあるとは思わなかったから」

「私も少し油断していた。あんなに巨大なイカに変化できるなら、何か別の手があると疑うべきだった」


 二人が反省会をしていると、そこへクローキンスが歩いて来た。


「ちっ、さっさと戻るぞ。まだ廃坑地帯でユーニが戦ってるはずだ」

「ユーニさんが!?」

「あぁ、幻獣十指の一人と戦ってる」

「それはマズいな。早く戻ろう!」


 三人は武器を収めると廃坑地帯を目指して走り出した。その道中、休んでいるリーアとスフィーに敵を追い返したことを報告し、宿屋で待っているように告げた。そして三人は山岳地帯を越え、例の谷底へ繋がる廃坑を下り、元黒霧の谷へ戻って来た。しかしそこには殺風景な荒野と、その上で倒れている数人の男たちの死体に群がる魔物たちが居るだけであった。魔物たちは三人の姿を見ると、蜘蛛の子を散らすように走り去って行った。


「ちっ、遅かったのか……?」

「ユーニさん! いたら返事してくれ!」


 初汰は精一杯叫んだが、その声は虚しく反響するだけで、ユーニの声は返って来ない。それ以前に激しく戦闘をしているなら、剣がぶつかり合う音が聞こえて来てもおかしくないものだが、一切聞こえてこないことから察するに、ユーニはもうこの場にいないであろうと三人は認めざるを得なかった。


「勝利して町に戻ったのか? それとも敗北して……」

「オッサン、ユーニさんはそう簡単に負けねーよ」

「ちっ、となると、場所を変えてまだ戦ってるのか?」

「うーむ、ここに物証が無い今、私たちには何も分からんな……。通信機は?」

「ちっ、俺が持ってる」


 クローキンスはそう言うと、バッグから通信機を取り出した。


「なるほど、では連絡を取ることも出来ないのか……。ひとまず町に帰るとしよう。今日はもう日が暮れる」

「だな。ユーニさんなら大丈夫だよな……?」


 帰ることに同意はしたものの、初汰はどこか心配に思いながら辺りを見回した。


 ……帰路、三人は魔物に襲われることも無く、無事港町に帰って来た。日はすっかり落ち、夜を迎えていた。町人たちは巨大な津波も巨大な竜巻も、どちらもいつの間にか消えていることに喜び、暗くなり始めているにもかかわらず街灯を最大限まで明るくして祭りを再開していた。初汰たちはそんな光景を横目に宿屋へ向かうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ