第八十五話 ~金色の兎と襲われた町~
閃光が収まったかと思うと、続いて強烈な突風が巻き起こった。何が起きたのかと事態を把握しようとしていたクローキンスとユーニの二人は再び顔を伏せ、吹き飛ばされないように踏ん張ってその場に留まった。そうして数秒突風を耐えると、ようやく二人は目をしっかり開いて頂上に立つスフィーを見た。
「ひ、秘宝が……。秘宝、俺の秘宝を返せ!」
ユーニが問い質すよりも前に、逆上したトレジャーハンターの男が二本のナイフをスフィーに向かって投げた。
「スフィー! 後ろだっ!」
ユーニはすかさず叫んだ。
――その声を聞いたスフィーはゆっくりと振り向く。そして飛んできたナイフに向かって両手をかざし、照準を合わせると両腕を大きく開いた。するとナイフは風の力によって左右真反対に吹っ飛んでいき、スフィーは静かに階段を下り始めた。その額には、先ほどまで秘宝と呼ばれていた角がぴったりとくっついていた。
「お、俺の秘宝が……。クソ!」
男はそう言って地面を強く殴ると勢いよく立ち上がり、クローキンスの横を通り過ぎて坑道に消えて行った。
「ちっ、これは一体どういうことだ?」
クローキンスは連結銃を構え、スフィーのことを力強く睨みながらそう聞いた。
「……確かにあの時、あたしは工場地帯にいたっす」
少し間を空け、静かな口調でそう答えた。それに加え、一歩ずつ階段を下る彼女の頭髪は、白色から黄金色へ徐々に徐々に色付いていき、そして綺麗な金髪に早変わりした。するとそれを見たクローキンスの瞳も、徐々に徐々に見開いて行った。
「ちっ、お前は確か……。隊列の最後尾にいた奴か」
「そうっす。あたしは隊全員に風のバリアを張ってたっす。工場地帯の人たちが飛び道具を得意としていると知っていて」
――スフィーが言い終えようとしたその瞬間、クローキンスは弾を発射した。放たれた弾丸はスフィーに直撃するように見えたが、直撃するよりも前に彼女を包むようにして流れている風によって軌道は逸れ、坑内の壁に突き刺さった。
「クローキンス! 落ち着くんだっ!」
ユーニはマロウの様子を診ながら、クローキンスに声をかけた。しかしその声は虚しくも彼に届くことは無かった。
「あの時と一緒だ……。お前さえいなければ、親父は……」
「誰も殺さないように指示を出してたっす」
「だが親父は死んだ。町もボロボロになった!」
「あたしは必死に止めたっす! 部下が暴れだしたからバリアもすぐに解いて、町人たちにバリアを張ったっす! だけど……。だけどあたしの魔法じゃ防げなかったっす……」
「だが俺は確かに聞いた。風を操る女が町を滅ぼしたと」
「違うっす。あの戦いは国家が仕組んだものっす。闇魔法の試験と」
スフィーはそう言うと、ユーニの方をちらりと見た。そしてすぐにクローキンスに視線を戻す。
「そして、最後の幻獣十指の一人を決めるためのものだったっす」
「ちっ、なんだと? 実験の為に俺たちの町が狙われた……。いや、使われたのか?」
「あたしが言って本当に信じてもらえるかは分からない。だけど本当っす。初めて闇魔法を扱ったバーンさんが暴走して、その裏ではあたしの部下の中から最後の幻獣十指、ニッグを決める競争が行われてたっす……」
「ちっ、その競争の内容が……。殺した数か?」
スフィーは唇を噛みしめ、ゆっくりと頷いた。
「お前は本当に関与していなかったんだな?」
「してないっす。町を守れなくてごめんっす……!」
スフィーはそう言って頭を深々と下げた。
「ちっ、だが何故早くそれを言わなかった?」
クローキンスはそう問いかけながら、連結銃をホルダーに戻した。
「実は完全に記憶が戻っていたわけじゃなかったっす。あと一歩のところまでは来てたっすけど、それ以上思い出そうとすると強烈な頭痛がして……。だからここに来て、これを取り戻す必要があったっす」
スフィーは頭を上げ、額から伸びている角を指さしてそう説明した。
「ちっ、そうか。じゃあまだあの戦いは続いてるってことだな」
「はいっす。あたしはバーンさんとニッグが許せないっす」
「私もだっ!」
応急処置を終えたユーニが、ここぞとばかりに声を上げた。そして徐にマロウが背負い、二人のもとに歩み寄った。
「これで彼女の疑いも晴れたわけだっ! ここからは協力してニッグを、そしてバーンを倒すぞっ!」
「ユーニさん。その、ごめんっす」
「何を言うっ! 弟の道を正すのも兄の役目だっ!」
「そう言ってもらえると助かるっす」
「奴は闇の恐ろしさを知らない。それに、闇を払えるのは私の剣だけだっ! おっと、すまない。熱くなってしまった。今は彼のことが心配だ。早く町に戻ろう」
「そうっすね。彼は無関係っすから」
何とか場は収まり、ユーニは内心ほっとしていた。実のところ熱く見せたのもわざとで、少しでもピリついた空気を柔和させようと必死だったのである。しかしバーンに対しての憤りはその場にいる誰よりも高まっていた。それと同時に、悲哀の気持ちも相当彼の心に染み入っていた。
……その後一行は薄明かりが灯る廃坑の一本道を抜け、黒霧の谷へ戻って来た。
「ちょっと待っててくださいっす」
スフィーはそう言うと、スタスタと数歩前進した。そして天に向かって大きく両手を広げ、強力な風魔法を詠唱して霧払いをした。
――すると先ほどまで辺りを覆っていた黒霧は忽ち晴れ、ようやく町を見渡すことが出来た。
「あたしの故郷もボロボロっす……」
スフィーは呟くようにそう言った。
「ちっ、お前の故郷だったのか?」
「そうっす。あたしの身に何かあった時、この角はここに帰って来て、その存在がバレないように霧が立ち込めるようになってたんす」
「なるほどっ。では元々は霧など無かったのだな」
「これだけしても町は守れなかったっすけどね。ちょっと記憶が戻るのが遅かったかも知れないっす」
「国家はここまでして工場地帯急襲の事実を消し去りたかったのだな……」
「ちっ、虫唾が走る。さっさと町に戻って次の大陸に向かうぞ」
「そうしようっ。彼の容態も気になる」
一行は港町に急ぐため、大きな門の脇にある門番用の出入り口を利用して外に出た。するとそこには谷間の町を占領していたトレジャーハンターたちがバタバタと倒れていた。
「な、何事だっ?」
ユーニはマロウを背負ったまま一番近くで倒れている男に歩み寄り、生死を確認した。……どうやら心肺は停止しているようであった。その他のトレジャーハンターも同様で、それらは道しるべの様に倒れており、それを辿って行くと谷の上へと繋がっている廃坑にたどり着いた。そしてその前には、バーンが立っていた。
「バーン……!」
「兄者……生きていたか……」
廃坑の出入り口前に立つバーンは、まるで番人のように腕を組んで一行を待っていた。その足元には、秘宝があった坑内から逃げ出したリーダー格の男が倒れていた。
「彼らをやったのはお前かっ?」
「そうだ。……角を破壊することは出来なかったみたいだからな」
「お前、どこまで堕ちれば気が済むっ!」
「どこまでもさ。兄者」
そう言いながら倒れている男を蹴飛ばすと、バーンは双剣を構え、そしてすぐさま暗黒の炎を纏った。
「私が相手をする。マロウを頼む」
ユーニは呟くようにそう言うと、そっとマロウを下ろしてクローキンスに託した。
「一人じゃ危険っすよ」
「だが奴の剣を受けることが出来るのは聖剣だけだっ」
「ちっ、隙を見て町に行くぞ」
「そんなクロさん!」
「俺は二人の戦いを見たことがある。だから分かる。俺たちが居ても何もできない」
クローキンスはそう言うと、マロウを背負った。スフィーも出しかけていた苦無をそっと腰のホルダーに戻し、チラリとユーニのことを見た。
「大丈夫だっ! 任せておけっ!」
ユーニはそう言うと聖剣を構えた。
「兄者、あんたは邪魔だ。あんたさえいなければ俺は最強になれる……」
バーンはボソボソと呟くと、双剣を構えて突進してきた。ユーニはそれを正面から受け止める。
「もう手加減はせんぞっ!」
ユーニは気合を入れると、バーンの双剣をどんどん押し返す。そんな一進一退の攻防を横目に、クローキンスとスフィーの二人は廃坑を駆け上がって行った。
「邪魔者はいなくなった」
バーンはそう言うと、ユーニの剣を弾いて鍔迫り合いから抜け出すと、ユーニの背後に何かを投げた。
――何を投げたのかと隙が生まれた瞬間、バーンは再び突進を繰り出した。ユーニは少し反応が遅れ、攻撃を受け止めると同時に数歩後退した。すると明らかに別の力が後方からユーニを引っ張る。
「な、なんだっ!?」
「今度は逃がさん」
先ほどバーンが投げたのはテレポーターであった。バーンはその中にユーニを押し込もうとしてどんどん前進する。体勢が悪いユーニは踏ん張ることが出来ず、二人はそのままテレポーターに飲み込まれていった。そしてテレポーターの作動時間が切れると、そこへ一頭の竜が舞い降りてきた。
「テレポーター、回収」
降り立ったのはニッグであった。手早くテレポーターを回収すると、再びドラゴンに変化して北の空へと消えて行った……。
一方その頃港町方面でも大きな変化が起こり、町はざわめき始めていた。
「み、見ろ! また津波だ!」
初汰たちが隠れる路地裏付近で、祭りに参加していた男の一人がそう叫んだ。それを聞いた初汰たち三人は、居ても立っても居られず仮装をして町中に出た。すると町全てを飲み込もうと大津波が大陸に迫っていた。
「大丈夫だ。こっちには風神様のバリアがあるからな」
「でも、もしかしたら、今回の供物だけじゃ足りなかったのかもしれない! 海神様が怒ってるんだ!」
三人はその話を聞き、改めて大津波に、大きな海水の壁に目をやった。あの量と勢いを見る限り、本当に何もかもを、この町に留まらずこの大陸そのものを飲み込んでしまうのではないかと思われた。三人は再び路地裏に戻り、仮面を取った。
「おいおい、これどうするよ」
「と言われてもだな……。もう一度ドックを見に行くか?」
「いやいや、流石に無理だろ」
「私もそう思います。相手は自然災害。私たちがどうこう出来る代物では無い気がします」
「ふむ、確かにその通りだな……」
「ですが、もしこの津波が何者かによって引き起こされているものなら話は別です」
「津波が……? もしかしてさっきドックで戦った奴か?」
「えぇ、可能性はゼロじゃないと思うの。それに見たでしょ、彼の両腕が巨大なイカの足に変わるところを」
「うむ、我々の船を襲った足と酷似していたな」
「そう言われてみると確かにそうだな。それにあんな巨大なイカだったら強力な水魔法くらい扱えてもおかしくないしな」
「えぇ、だからもし彼が操っているとするなら、彼を叩くのも有りだと思うの」
「なるほどな、じゃあ早速叩きに行こう! ……つってもどこにいるんだよ」
「それがネックね。少しでもあの津波を止められる方法があれば……」
リーアが思案顔でそう呟くので、初汰と獅子民は何か意見を出そうとしたのだが、当然あんなにも大きな津波を食い止める方法など何一つ思いつかず、二人とも押し黙った。
その頃スフィーとクローキンスは、廃坑地帯を抜けて山岳地帯まで戻ってきていた。そして二人も巨大な竜巻と津波を目にするのであった。
「な、なんすかアレは……」
「ちっ、とにかくマズいみたいだな」
「今町に戻っても津波に飲み込まれちゃうっすね……」
「こいつはここに置いて行く。町から相当離れてるこの場所なら、すぐにこれが反応するだろ」
クローキンスはそう言うと、バッグから青いリストバンドを取り出してマロウの腕に巻いた。そしてしっかりとバンドが固定されたことを確認すると、山を駆け下りて町に向かった。
「ちょ、町に行ってどうするんすか!」
「町にはガキどもが居る。それにあの津波を止めないと船が壊される」
クローキンスは振り返らずにそう言った。
「初汰たちも来てるんすね! 分かったっす、津波はあたしが何とかするっす!」
スフィーはそう答えると、クローキンスに続いて山を駆け下り始めた。




