第八十四話 ~秘宝の正体~
黒霧の中を進んでいると、徐々に徐々に霧が晴れ始めているのが分かった。それはマスクを着けていないからこそ明瞭に実感できるものであった。
そこから少し歩くと、ユーニの目の前には既視感溢れる巨大な門が現れた。それは丁度港町の門と似ていたのであった。
門から少し離れた場所で立ち止まると、先導していた一人だけが門へ近づいて行き、右手を天に向かって突き上げた。そしてじゃんけんのチョキ、パー、グーの順番で右手の形を変え、手を下ろした。すると堅固な門は轟々と開き、ユーニは再び暗殺者たちに連れられて門の中へ入って行った。
門の内側に入り込むと、再び轟音と共に門が閉ざされた。門の内側に入ったものの、霧は未だに視界を遮っていた。ぼんやりと見える様子からして、広さ的に村と言うよりかは町に近いことが何となく分かった。しかしその広さに相応する町人は存在しておらず、それに加えて不自然に破壊されている廃屋が目立った。ユーニはそれらを観察しながら結構な距離を歩かされてようやく小さな小屋に収容された。そこはしっかりと雨風を凌げる最低限の小屋になっており、中には先に連れて来られたクローキンスがいた。マロウは治療のためにまだ連れて来られてはおらず、ユーニを放り込むと外側から施錠された。
「厄介なことになってしまった……」
「ちっ、案外そうでもない。わざわざ誘導してくれたんだからな」
「どういうことだっ? 確かにここは谷の奥地の様に思えるが……」
「ちっ、だったら他に秘宝を置く場所は無いだろ」
「だが、わざわざ秘宝の元へ案内するのか……?」
「これはもしもの話だが、秘宝が限られた者にしか触れなかったらどうする?」
「なに、そうかっ! トレジャーハンターたちは秘宝を取り出せる適正者を探してるのかっ!」
「可能性の話だ。まぁどちらにせよ、適正者じゃ無かったら消されるかもな」
ここで一瞬会話が途切れた。もしかしたらこれは幸運だったのかもしれない。静まり返った小屋の中に、丁度小屋の横で作業をし始めた二人組の声が流れ入って来たのである。
「霧の中で捕縛した海賊たちはほとんどダメだったみたいだぞ」
「ま、あんな三流海賊たちに期待なんかしてなかったけどな」
「次は船長らしき男だってよ」
「あいつも無理だろ。なんかこう、あそこに入れる奴はもっとオーラがある気がするんだよな~。さっき一緒に捕まえたキメラ男とか」
「あぁ、あの角が生えた男か! 厳つい剣も持ってたしな。あり得るな」
「ていうかお前サボるなよ。さっさと死体埋めるぞ」
「へいへい」
二人組は会話を終えると、掛け声とともに何かを持ち上げて去って行った。その何かとは会話の流れからして一体何なのかは分かっていたのだが、小屋の二人は黙ってその場をやり過ごした。
「ちっ、まさか予想が当たるとはな」
「残るはマロウだけかっ……。助けなければっ! しかしどうやってこれを解けば……。よし、私がまず君の縄を噛み千切ろうっ!」
「ちっ、焦ってどうする。それに俺たちは守らないって伝えたはずだ」
「だがっ――」
「うわぁ!」
二人が言い合っていると外で微かに声が聞こえた。それは叫び声の様にも聞こえたが、確証は無いので二人は黙った。すると、ササササッ。と細かい足音が小屋に近付いて来た。二人は足音がした方を凝視して、足だけでも応戦しようと構えた。
――するとドアノブがガチャガチャと動き出し、開かないと分かった次の瞬間には強引にドアノブが破壊された。そして静かにドアが開いた。
「助けに来たっすよ」
現れたのは二人が追っていたスフィー本人であった。スフィーは二人が答えるよりも先に二人を縛っている縄を苦無で切り、束縛を解いた。しかしクローキンスはそれに対してお礼を言うよりも前に連結銃を抜いた。
「ちっ、よくものこのこ現れたな」
「あたしを追ってここに来たんすよね?」
「待てっ、クローキンス。そうだ、一人では危険だと思ってな」
ユーニは二人の間に割って入り、まずはクローキンスに銃を下ろさせてからスフィーのほうに向きなおってそう言った。
「それに関してはごめんっす。でも二人が追いかけて来てくれたおかげでここに入れたっす」
「君も秘宝を取りに?」
「そうっす。元々あたしはこの大陸出身だったんす。きっと役に立つと思って」
「そうか、だから一人でここまで来れたのだな」
「だけどここが誰かに占拠されて、入れなくて困ってたんすよ」
「そうだったのかっ……。だがスフィー、この大陸出身なら知っているだろう? 秘宝は限られた者しか手に入れられないことを」
「……それよりも、捕まってる人がいるんすよね? 早く行くっすよ」
「そ、そうだったなっ! 行こうっ!」
上手く話を紛らわされ、スフィーは先に外へ出て行った。
「ちっ、何から何まで隠しやがって、敵だったら即刻撃つからな」
クローキンスはユーニにそう伝えるとスフィーに続いて小屋を出た。ユーニはすぐさま反論することが出来ず、今は未来に安寧があることを願って二人を追うしか無かった。
スフィーの確かな足取りからして、彼女は秘宝の在り処を知っているようにも思えた。なのでクローキンスとユーニの二人は彼女の背中を追って町の最奥まで走った。そして無造作に空けられている廃坑への入り口の前で一度立ち止まった。
「多分この先っす」
スフィーは二人に背中を向けたままそう言った。
「また廃坑か……」
ユーニはぽっかりと口を空けて自分たちを待っている廃坑を前に思わずそう呟いた。
「あたしが先頭を行くっす」
「自信はあるのかっ?」
「大丈夫っす」
口数少なにスフィーは歩き始めた。クローキンスとユーニは何も反論せず、歩き慣れていると思うスフィーに続いて廃坑に入って行った。
今回の廃坑は、黒霧の谷へ来る時に通った廃坑と違い、後から整備が施されていた。恐らくここを根城にしているトレジャーハンター連中が出入りをしやすくするために松明を等間隔に設置したようで、視界的にはクリアであった。そんな坑内を順調に進んでいたその時――
「さっさと歩け! こいつの後にもまだ二人残ってんだ!」
「す、すんません!」
一直線の奥の方から怒鳴り声が聞こえて来た。会話の内容からして、マロウが無理矢理秘宝の場所に連れて行かれているに違いないと思った三人は、視線も交わさずすぐさま走り出した。
「待てっ! そこで止まるんだっ!」
遠方にトレジャーハンターたちの背中を見た瞬間、ユーニはそう叫んだ。
「くそ、追いつかれちまったじゃねぇか!」
リーダーらしき男はそう言うと、付き添いの一人をどついた。そしてスフィーたち三人が近付いてくる前に手下三人に指示を出し、リーダー格の男はマロウを背負うと奥へ走って行った。
「ここは通さない!」
三人をこれ以上先に進ませないため、手下たちは武器を構えて横一列に並び三人の進行を妨げた。
「ちっ、雑魚に構ってる暇はねぇ」
クローキンスは走りながら連結銃を構えた。スフィーとユーニも同じく武器を構え、武装している手下たちに向かって行く。そんな彼らからは覇気が溢れ出ていたようで、手下たちは向かってくる三人を見て危険を予知したようにぶるぶると震えた。しかしここで退いたとしてもリーダーにこっぴどく引っ叩かれるので、手下たちも退くに退けなかった。
「はぁぁぁっ!」
聖剣を構えたユーニが先陣を切った。それに続いてスフィー、そして遠距離からクローキンスと言う構図になった。
「と、通すものか!」
手下の一人が真正面からユーニの攻撃を受けた。ユーニがしょぼい剣と弱い相手に力負けするはずも無く、鍔迫り合いと言うよりかは無理矢理押しつぶしているような形となった。
「ユーニさん、ごめんっす!」
――そんな鍔迫り合いをしているユーニの背後から、スフィーがそう言った。そして次の瞬間には、ユーニの背中を利用して手下たちの隊列を飛び越え、スフィーは廃坑の奥へ走って行く。
「あたしが絶対に止めるっす! だからそっちは頼んだっす!」
「ちっ、あいつ、何か企んでやがるな」
相変わらずクローキンスはスフィーに疑いをかけているため、嫌悪感を抱きながらその背中を見送った。そしてすぐに銃を構えてまず一人、手下を行動不能にした。
「ぐぬぬっ! はぁっ!」
クローキンスに続いてユーニも一人の手下を無効化し、残りは一人となった。
「ひ、ひぃぃ!」
一人残った手下はか細い悲鳴を上げるとその場に尻餅をついた。どうやら腰が抜けたらしい。二人はそんなことに構わず、さっさとスフィーの後を追った。
「スフィー……。何か様子がおかしかったな……」
いつもならあそこで仲間を置いて行くようなことはしないはずだが……。ユーニはそう思いながらスフィーの後を追って廃坑の最奥を目指す。クローキンスは走りながらリロードを済ませ、いつでも射撃できる状態となった。あわよくば、敵を狙うふりをしてスフィーを撃つことも考えていた。
松明でぼんやりと浮かび上がるスフィーの影を追っていると、その影がふと消えた。二人もその場所までたどり着いてみると、突然ぽっかりと、そこに爆弾でも落ちたのでは無いかと思われるほど大きな空間があった。そしてそこには既にスフィーもおり、リーダー格の男と対峙していた。その背後には、ピラミッド型の祭壇があり、その頂点には鋭い風音を立てる小さな竜巻が生じていた。恐らくあれが秘宝を守っているのだという事がすぐに理解できた。
「馬鹿みたいに追ってきやがって、お前じゃ秘宝は取れないさ!」
男はそう言うと、両手にナイフを持ってスフィーに襲い掛かった。
――スフィーはそれを難無く躱し、峰打ちで敵の手首を強く打ち、ナイフを両方落とした。そして男を蹴り飛ばすと、そのまま真っすぐ秘宝に向かって走って行った。
「大丈夫か、マロウっ!」
ひとまずユーニは怪我を負っているマロウのもとへ駆け寄って、容態を確かめながら階段を駆け上がって行くスフィーをちらちらと確認した。その迷いの無いランニングはその場にいた全員が確かに見ていた。そして次の瞬間、スフィーはあっという間に頂点にたどり着き、右手を竜巻に向かって伸ばした。その動作にも迷いは感じられなかった。
――竜巻は侵入者を拒もうと一気に膨れ上がった。そしてスフィーを丸のみにすると、しばらくそのまま激しく渦を巻いていた。
「の、飲み込まれてしまったぞっ……」
「やはり、やはりあんな小娘に取れるはずがない!」
男はそう言うと嬉々として立ち上がり、残りの二人、ユーニとクローキンスを始末するため、地面に転がっているナイフを拾って攻撃を仕掛けようとする。しかしすぐさまクローキンスが男の足元に二発弾を発射し、敵の動きを止めた。そして次の照準は男の頭に定まっていた。
「ちっ、いつもあぁなのか?」
クローキンスは事態を把握するために、いつもこの光景を見ているだろう男に聞いた。
「そうだ、いつもどおりだ。あと数人貢げば秘宝は俺のものになるんだ!」
男はそう言うと、再びクローキンスに襲い掛かろうとする。しかしその時。
――先ほどスフィーを飲み込んだ竜巻がどんどん縮まって行き、そしてついには彼女の右手にすっかり吸収されてしまったのである。すると竜巻が収まったことにより、ようやく秘宝の全貌が明らかとなった。それは螺旋状の風を纏った数センチ程度の角であり、スフィーに吸い込まれていった竜巻の様に、それも彼女の方へフワフワと惹かれて行き、彼女に触れようという瞬間、眩い閃光が坑内にほとばしった。




