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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第六章 ~雲の上の国~
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第六十七話 ~兄と弟~

 青い光の中に飛び込んだ二人は、一瞬強烈な目眩と吐き気に襲われた。しかし次の瞬間にはサスバ村の酒場前に立っていた。


「何だ、急にこれが光ったと思ったら……。テレポートしてくるなら連絡くらい欲しいものだな」


 爽やかな草地の上に落ちた釦型テレポーターを拾いながら、曜周はそう言った。


「曜周さん! お久し振りっす!」


 視界が鮮明になってきたスフィーは、背後に立っていた曜周に気が付いて声を上げた。後からやってきたユーニもしばらく棒立ちしたのち、スフィーと同様振り向いて曜周に挨拶した。


「急に押しかけてすまない、曜周さん」

「良いんだ、気にしないでくれ。村の復興ばかりの毎日で少しくたびれていたところだったからな。たまには話し相手が欲しかったところだ」


 曜周は柔らかな微笑みを湛えながらそう言った。


「ほんとっすか? ならいいタイミングだったっすね!」

「はは、君はやっぱり明るい方がいいね。とまぁそれは置いといて、何か用があってここへ来たんだろ? 昼間だが酒場へ行こう」


 曜周はそう言うと、先に酒場へ向かって歩き始めた。ユーニは彼に続いてすぐに歩き出した。スフィーは初めてこの村に来た時の繁華を思い返しながら、それを現状と重ねた上で少し胸を痛めた。小さな村でもアレだけ賑わっていたのに、一瞬で廃れてしまう争いを憎んだ。そして短めの祈りを捧げを終えると、遅れて酒場へ向かった。

 酒場にたどり着くと、がらんとした店内を抜けてスタッフルームに入った。酒場とスタッフルームの中は何一つ変わっておらず、スフィーは少しほっとした。


「奥でスワックが寝てます。だいぶ調子は良くなってきたんですが、まだまだかかりそうです」


 スタッフルームに入り、奥の個室を示しながら曜周がそう言った。そしてそのまま歩き続け、その個室へ入って行く。二人も曜周に続いて個室へ入ると、そこにはたくさんのベッドが並べられていた。左右の壁に向かって頭が来るようにベッドが設置されており、それぞれ四個ずつベッドが配置されていた。その中で一番右奥のベッドにスワックは横たわっていた。


「きつきつにベッドが置かれてるが、あまり気にしないでどこでも使ってくれていい。出来れば奥が良いかな」


 曜周は笑いながらそう言うと、ベッドの隙間を上手く通りながらスワックが眠っているベッドわきにある木椅子に腰かけた。


「ではここにリーアを下ろそう」


 ユーニはそう言うと、スワックの対面側にあるベッドに、つまりは左の一番奥のベッドにリーアを寝かせた。


「……それで、彼女はどうしたんだい?」


 スワックの額に乗せられている濡れタオルを取り換えると、曜周は徐にそう言った。


「実はその……」


 スフィーは歯切れ悪くそう呟くと、忽ち黙り込んでしまった。


「ごほん、実はだな。単刀直入に言うと、時魔法を使いすぎて倒れてしまったのだ」


 黙り込んでしまったスフィーの代わりに、ユーニがそう伝えた。


「なるほど。……これは私の予想なのだが、初汰か獅子民あたりを治癒するとか何とか言って倒れたんじゃ無いか?」

「なっ、何故それを?」

「やはりな……。私も疑っていたのだよ、彼女が治癒魔法を使えると初汰から聞いた時。念のため初汰と獅子民には伝えておいたんだが、その当人たちが居ないという事は、私の助言はあまり役に立たなかったらしいな」

「そうだったんすね……。曜周さんはとっくに気付いてたんすね」

「いや、私も確信があったわけじゃ無い。半信半疑だったさ。なにせ彼女が平然と治癒魔法を扱えると言うのでね。まんまと騙されたよ」


 曜周は腕を組んで深刻そうにそう呟くと、静かに眠っているリーアのことを見た。


「……一つ聞いても良いかい?」


 考え込んでいた曜周は、不意にそう言った。


「は、はいっす。どうかしたっすか?」

「彼女の姓は何と言うんだ?」

「クロッチっすよ」

「クロッチだと!?」


 曜周はそう言いながら勢いよく立ち上がった。


「す、すまない。聞き覚えがあったものでな」


 突然立ち上がったことを詫びながら、曜周は再び椅子に着いた。


「もしや何かご存知なのですか?」


 明らかにおかしい反応を見せた曜周に対し、ユーニがそう聞いた。


「……これは君たちとも関係が深い話だ。私としてもしっかりと話しておきたい。だからこそ、絶対にカッとならないことを約束してくれ。してくれるのなら包み隠さず話す」


 曜周は姿勢を改め、真剣な表情と口調でそう言って二人の顔を見た。それに対してスフィーとユーニは顔を見合わせ、小さく頷いた。


「約束するっす」


 スフィーが頷きながらそう言うと、それに続いてユーニも小さく頷いた。


「よし、分かった。少し長くなってしまうかもしれないが、話そう」


 そこで一旦言葉を区切ると、時が止まったかのように部屋は静まり返った。そんな中で曜周は大きく深呼吸をして、そして再び一間置いた後に話し始める。


「まずは私、網井戸曜周には兄がいることから話を始めよう。私たち兄弟は揃ってこの地へ訪れた。名は網井戸宗周あみいどそうしゅう。とてもぐうたらで何事も私に任せるような不甲斐ない兄だ。そんな兄はこの地では別の名を名乗っている。それはもうすでに君たちも知っているだろう。別の名を、フラント・クロッチ」

「フラントだとっ?」


 悠然と椅子にもたれていたユーニは、その名を聞いて前のめりになった。


「やはりそうなると思ったよ。という事は、彼の力のことはもう知ってるね?」

「『合成の力』のことですね?」

「あぁ、兄も咎人の一人。その力は死体と死体を合成し、新たな生物を生み出すこと。その代わりに自身の養分を吸い取られる。何度も連続してやれば死に至る力だ。しかし兄は媚を売るのがとても上手い男だった。力とその性格のおかげで兄はすぐに国家で高い地位を得た。そして兄は死なないように十分な管理の下で裕福な生活を送ることになる。大量の食糧。それに専属の家臣。その他にも金が与えられたり、服が与えられたりと、兄は何不自由ない暮らしに満足していた。しかしそんな生活を得るためにはキメラを生み出し続けるのと、それともう一つ、とある人物の監視と言う役目が与えられていた。今思えば、それがメリア・クロッチの監視だったのだな……。私は変わりゆく兄を見ているのが辛かった。そして一般兵だった私は兄に直訴した。もうこんなことは止めてくれ。と……。あの時ならまだ人間に戻って来れるような気がしていたんだ。だがその願いも叶わず、兄は私を国家反逆の罪で投獄した……」

「そう言う経緯だったんすね……」

「とまぁ私と兄の過去はこんなところだ。その後は知っての通り、火浦花那太が幻獣を描き出し、それを糧に兄がキメラを作り出す。そうして生まれたのが幻獣十指というところだ。私はこの短い命が尽きる前に、どうにかして兄を……。兄を倒したいと思っている。私のこの手で……!」


 曜周はそう言い終えると、右手をぐっと握りしめた。


「そうか。互いに兄弟が敵側にいるわけなのか……。よし、私も出来る限り協力をしよう」


 ユーニは力強くそう言うと、曜周に右手を差し出し握手を求めた。


「ユーニ……!」


 その握手に応え、二人は力強く手を握り合った。そして握手を終えると、部屋は再び沈黙に包まれた。三人は各々考えを巡らせていた。今までのことやこれからのこと、そして今の話から得られたこと……。


「ううん……」


 ――三人が考え込んでいると、ベッドに横たわらせたリーアが唸り声を上げた。その声で三人はようやく身を動かした。


「彼女はどこまで知っているんだろうか……」


 ユーニはリーアのことを見てそう呟いた。


「どうだろう……。それより、彼女を目覚めされるのもここに来た理由の一つなんだろ?」


 曜周は二人の顔を見ながらそう言った。


「よ、よく分かったっすね。実はそうなんすよ……。でも出来ればで良いんすよ!」

「はっはっはっ、良いに決まってるだろう。この短い命であれば共有してあげるとも。だが、条件が一つある」

「条件っすか?」

「あぁ、今後時魔法は使わせないという事だ」

「まぁ、そりゃそうっすよね。共有の力を使ってたら曜周さんの命が削られちゃうっすもんね」

「いや、それなんだが、恐らく時魔法はリーア自身の命が削られると思う。だから私の共有の力はあくまでも松葉杖的存在だと思ってもらいたい」

「分かったっす!」

「了解した。右も左も分からぬ故、ここはあなたの言葉に従っておきます。何か分かったらスフィーに連絡してください」


 ユーニは丁寧にそう言うと、曜周はそれに対して頷いて応えた。


「あぁ、すぐ連絡を入れるようにする。とりあえずは時魔法の使用だけは気を付けてくれ。何が起こるか分からないからな」

「はいっす!」

「うん、いい返事だ。それじゃあ彼女に私の命を少し共有しよう」


 曜周はそう言うと、右手をそっとリーアの胸の上に持っていく。すると次の瞬間、彼の右手がほのかに光った。そして静かに光が消え去ると、曜周は手を引っ込めた。


「……ふぅ、終わったぞ」


 額にじんわりと汗をにじませた曜周がそう言った。するとその直後、再びリーアが短い唸り声を上げた。


「気が付いたんすかね?」

「すぐに目覚めるはずだ。もう少しそっとしておいてあげよう」


 曜周は苦しそうにそう言うと、一度大きく深呼吸をして調子を整えた。


「あっ、じゃあ今これを渡しておくっす」


 スフィーはそう言うと、足元に置いていた麻袋を手に持って曜周が見える場所に置き直した。


「これは……?」


 曜周は訝し気に麻袋を眺めた後、スフィーの顔を見た。


「えへへ、薬草で作った塗り薬っす! こっちも頼み事ばかりじゃ申し訳ないっすからね」


 スフィーは麻袋から塗り薬の入った軟膏瓶を取り出し、それを曜周に差し出した。


「そうか、これは助かる。うん、とても助かるよ」


 曜周は噛みしめるようにそう言うと、嬉しそうに笑ってそれを受け取った。


「よし、早速スワックに使ってあげよう」


 受け取った薬を持ってスワックのベッドわきへ座ると、塗り薬を人差し指で掬い取ってそれを傷口に塗り始めた。


「それは素晴らしい薬です。私も塗ってもらったのですが、染み入る痛みも無く、翌日目覚めたら綺麗さっぱり傷が無くなっていましたからな」

「そうなのか、これは本当にありがたい。他にも軽傷重傷問わず怪我人が複数いるから、重宝させてもらうよ」


 心の奥底から嬉しそうにそう言うと、曜周は瓶の口を閉めて再びリーアのベッド付近に戻ってきた。すると――


「う、ううん……。ここは……」


 数日間眠ったままだったリーアが目を覚ました。何度も目をしばたたかせながら辺りを見回す。そしてゆっくり上体を起こすと、そこにいる三人の顔を順に見ていった。


「リーア! もう大丈夫なんすね!?」


 リーアが落ち着くや否や、スフィーは噛みつきそうな勢いで顔を近づけた。


「え、えぇ。私は大丈夫ですよ……。えっと、その、どうやら迷惑をかけていたみたいですよね?」


 あの日倒れた直前から記憶が無いようで、当然数日間眠っていたことなど全く記憶にない様子であった。


「もう! 本当に心配したんすからね!」

「ふふ、ごめんなさい。スフィー」


 涙を堪えて変な顔になっているスフィーを見て、リーアは笑いながら答えた。


「笑い事じゃないんすからね!」

「ふふ、えぇ。ごめんなさい。でもなぜかしら、こうしてスフィーの顔を見てると生きている実感が湧いてきて、笑顔が滲み出てきちゃうの」

「そ、それなら仕方ないっすけど……」


 その言葉を聞いて悪い気がしなかったスフィーは、涙を頬に伝わせながら笑顔を向けた。


「でも迷惑をかけたのは事実ですものね。あとでしっかり話を伺いますわ」

「はいっす! なるべくまとめて話すっす!」

「ふふ、えぇ、お願いね」


 女子二人が仲睦まじく話している様子を、曜周とユーニは少し離れた場所で見守った。

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