第六十六話 ~大陸と魔女と王~
――はるか昔、この大陸には時を操る魔女が居ました。彼女らは誰にもバレぬようにひっそりと暮らしていましたが、秘めきれぬ魔力のせいで村の位置がバレてしまい、魔女の力を恐れた人々の手によって、一人、また一人と魔女が狩られて行きました。死んでいった魔女たちは、皆魔法を使うことが無かったそうな……。それほど魔女と言う人種は穏やかで、戦いを嫌っていたようであった。しかし彼女たちが手を出さなかろうが、恐怖に憑りつかれ、一日でも早く魔女を撲滅しようと魔女狩りをしていた大陸の人々には何も響かなかった。その様子を見た魔女たちは、種の保存のため、残された数人はイカダで海を渡り、大陸から離れた孤島で暮らすことになったのである。彼女たちは最後まで和解を求めていた。だがそれは叶うこと無く、何十年もの月日が流れた。唯一救われたことと言えば、大陸の人々が魔女の撲滅に成功したと思い込み、海に繰り出さなかったことだけである。
そんな魔女たちには、膨大な魔力と共にもう一つ特殊な力が備わっていた。それは自分の命と引き換えに、時を操れることであった。彼女たちがその力を駆使すれば、もしかすると和解が出来た未来があったかもしれない。しかし彼女たちが時を操ることは無かった。それは大陸の人々に希望が見えなかったからなのかもしれない。どれだけ時を巻き戻そうと、和解できない未来が見えていたのかもしれない。もっと言ってしまえば、未来を見てきた結果、自分たちが孤島に逃げることが最善策だったのかもしれない。真実は誰にも分からない。そうした悲しみの歴史を経て、彼女たちは絶滅するはずであった……。
再び魔女が表舞台に現れる前に、一つの大きな出来事があった。それは『空から人が降って来た』ことである。和解を求めていた魔女たちに恐れていた大陸の人々は、当然空から降って来た人にも恐怖した。突然空に穴が空き、そこから人が降って来たとなれば、それはそれは魔女よりも恐ろしいことだったであろう。
人々は小隊を組んでその人物の様子を見に行った。そして丸腰で気を失っている男を発見すると、すぐに近くの村へ連れて行き、牢屋にぶち込んだのだという。男は目覚めると、聞いたことも無い言語を話し始めたらしい。しかしその言語が後の我々の公用語となり、今も私はそれを用いてこの書を残している。
男は言語の他にも画期的な文化を空の狭間から持ち込んできた。魔法無しで火を起こして見せたり、釣り竿で魚を釣り上げて見せたり、最終的には船や飛空艇の設計図を人々に見せたらしい。苦難の果てに船は何とか作れたものの、飛空艇は男も見たことが無い空想であることが分かり、設計図はしばらく倉庫で眠ることとなった。
前述したように、人々は大きな船を手に入れた。それによって大陸近海の調査に乗り出すことになる。そしてそこで再び発見されるのが、魔女なのであった。空から降って来た男によって難を逃れたにも関わらず、奇しくもその男のもたらした文化によって彼女たちは再び表舞台に立たされることになってしまったのだ。しかし何十年もの月日と、何よりその男の絶大な権力と信頼により、彼女たちが殺されることは無かった。むしろ手厚く保護され、彼女たちは男の侍従となる。こうして発見された数少ない、片手に収まってしまうほどの魔女たちは、見事な大逆転劇を見せたのである。
……その後男は大陸を纏めるために初代王となった。男は魔女たちに優しく、そんな男を慕って魔女たちも男に尽くした。しかしそんな男も、王も、長くは城に居続けることは出来なかった。王の他に、空から人が降って来たのである。王の様に穏やかな人間ばかりが降って来るわけでは無く、新たに降って来た人間たちは各地の村や町を荒らし始めた。そして最終的には城(現・アヴォクラウズ)も襲われ、王は大陸から姿を消した。それに伴って魔女も消えるかと思われたが、新たに降って来た奴らは魔女を有効活用しようと考え、アヴォクラウズの敷地内に捕らえたのであった。
空の狭間からの刺客はその後も増え続けた。そしてその度大小問わず争いが起きた。そんな中で発展する町や村、無くなる町や村があった。それを安全な城内で見守っていた魔女たちは、心を痛め、戦いを止めるために城を抜け出した。魔女たちの活躍によって数か所の争いは収まった。しかしその代償に魔女たちは魔力を使い果たし、次々に命を落としていったのだと言う。そうして最後に残ったのが、『メリア・クロッチ』という魔女であった。彼女は一歩も外を出られないよう部屋に閉じ込められ、監視も兼ねて、後にキメラ科学の第一人者と呼ばれる『フラント・クロッチ』と婚約させられた。
……そんな軟禁された毎日を送るとある日、彼女は処女懐胎した。(魔力が有り余る魔女に見られる稀有な例らしい。ほとんどの場合は数人の魔力を一人に集約し、子孫を残す。と言われている)そしてそれはすぐ監視員のフラントにバレた。メリアは出産の準備に入り、それと共にアヴォクラウズは空に飛び立った。メリアとその子孫の命を守るため、大陸を上空から監視するため。理由は様々であろうが、こうして城は空に浮き上がった。
戦乱の中で女児が誕生した。しかしすぐ母の手から離され、別の部屋に移されたと聞く。城主の機嫌が良いと稀に母と面会できたらしいが、それが本当かどうかは分からない。
それから二十年近くの時が流れた現在。五年前の大きな戦争を終えた今、魔女はどこへ行ったのだろうか。その命はまだ枯れてはいないのだろうか……。もしも魔女が生きているのなら、もしも魔女の歴史が私の知っている通りなら、魔女が新たな統制者となっても良いかも知れないと私は思う。この本が少しでも多くの人の目に留まることを切に願う。魔女は悪い人種では無い。むしろこの混沌とした世界に平和と言う終止符を打つキーマンなのかもしれない。……そんな願いを内に秘め、私は筆を置く。――
「どうでしたか? 何か手掛かりがあれば。と思ったのですが……」
薬師の娘は小さな声で、おどおどとした様子でそう言った。それはあまりにも二人の表情が真剣だったからである。
「これは……。クロッチって書いてあるっすね」
「うーむ、どこかで聞いたことのある姓だと思っていたが、まさかフラントの娘だったのか」
ユーニは感慨深そうにそう呟いた。
「フラント。キメラ科学の第一人者……。つまりはあたしたちを生み出した張本人ってことっすね」
「あぁ、親であり憎き敵。という事だな。まぁそれも大事なことだが、本題はリーアのことだ。この本の通りなら、彼女は自分の身を削ってまで私たちの手当てをしてくれていたという事になる」
「そうっすよね……。あたしたちがリーアに負担をかけてたんすね……」
気付けなかった自分、何故話してくれなかったのかと言う疑問、様々な感情を抱きながらスフィーはそう呟いた。
「嘆いていても仕方がないのも事実だ。彼女の削られた命はもう戻ってこない。過去ではなく、これから彼女の時魔法をどう制御するかが大事だな」
「はいっす。今回リカーバ村で大量の薬草は手に入れたっすから、当分は大丈夫だと思うんすけど……」
「そうだな。ある程度の外傷ならこの薬草で何とかなりそうだ。私は身をもって体験しているから分かる」
「時魔法を使わせないのは薬草で何とかなりそうっすけど、でもどうやったらリーアは目を覚ますんすかね?」
「恐らくだが、今現在彼女は気を失っているだけだ。しかし体力が著しく低下しており、いつ目覚めるかは誰にも分からない。と言ったところなのだろうか……」
ユーニは腕を組み、木椅子に座り直すと深く考え込み始めた。
「あ、ごめんっす。これ、凄く参考になったっす! ありがとっす!」
スフィーは入り口付近で立っている娘のもとへ歩み寄り、本を返した。
「いえいえ、お役に立てて良かったです。それでは、私は食堂に行かなくてはいけないので」
「はいっす。本当に助かったっす!」
満面に笑みで彼女を見送ると、スフィーは再び寝室に戻って椅子に腰かけた。
「サスバ村に行くのはどうだろう?」
ユーニがふとそう言った。突然のことだったので、スフィーはユーニのことを見つめてしばらくフリーズしていた。
「サスバ村っすか?」
「あぁ、あそこには情報屋と曜周さんがいる。それに情報屋はまだ傷が癒えていないはずだ。薬草を届けてやればきっと喜ぶ」
「そうっすね。曜周さんなら何とかしてくれるかもしれないっす。あたしの声みたいに……」
スフィーは提案に賛同しながらそう呟くと、早速席を立った。
「あたしがテレポーターを持ってるっす。これでサスバ村にひとっ飛びっす!」
「よしっ。止まっていてもどうにもならん。初汰たちが帰って来るまでにリーアを目覚めさせておこう。そして新たな情報も持ち帰るぞっ」
「はいっす!」
二人は目的地を定めると、早速行動に移った。スフィーは薬師のもとに向かって再び薬草を薬研で潰してもらうようにお願いした。すると薬師は快くそれを引き受けてくれ、多少時間はかかったものの軟膏瓶数本分の塗り薬を手に入れた。そして村の入り口付近にある小屋に戻ってくると、ユーニが剣を研いで待っていた。
「薬貰ってきたっす!」
「おぉ、戻ったか。私の方も剣を研ぎ終えたところだ」
ユーニは作業していた手を止めると、顔を上げてそう言った。その手には鋭利に光る聖剣が握られていた。
「あたしも少し武器の具合を確かめるっす」
スフィーはそう言うと、腰の左右に下げている苦無を抜き取って眺める。
「良かったらこれを使ってくれっ」
ユーニはそう言うと、今で自分が使っていた研磨剤をスフィーに差し出した。
「あ、すみません、使わせてもらうっす」
そう言って受け取ると、スフィーは丁寧に苦無を一本ずつ磨き上げた。
……そうして二人の準備が整うと、各々荷物を纏めて外に出た。荷物を外に運び出すと、ユーニは再び小屋に戻ってリーアを抱きかかえると、外で先にテレポーターの準備をしているスフィーのもとに戻ってきた。
「では、行くとしようか」
「はいっす。曜周さんに怒られるような気がするっすけど、しょうがないっすよね」
「あぁ、今回ばかりは仕方ない。正直に話して協力してもらおう」
「そうっすよね。何かいい情報も得られると良いっすけどね」
「そうだな。とりあえずサスバ村に行くとしようっ!」
「了解っす!」
元気よく返事をすると、ポケットから釦型の通信機兼テレポーターを取り出して、それを宙に放った。すると忽ちテレポーターが起動して、利用者を待ち構える。まずはスフィーがテレポートして、続いてリーアを抱きかかえているユーニがテレポーターを通過し、二人はサスバ村へと向かった。




