第六十五話 ~原因究明~
薬研を持って行ったおばさんから少し遅れて小屋に到着したスフィーは、早速二人が眠っている部屋におばさんを通した。
「この二人に薬が必要なのかい?」
部屋に入るや否や、小屋に唯一ある大きいテーブルに薬研を置き、眠っている二人を見たおばさんがそう言った。
「はいっす。こっちの男性の方は恐らく外傷だけなんすけど、こっちの女性の方は原因が分からなくて……」
「なるほどねぇ。まぁとりあえず診てみようかね」
おばさんはそう言うと、ひとまずリーアとユーニの容態を診始めた。医学に疎いスフィーはそれをただ見守っているしか他無いので、最低でもユーニには薬草を使うだろうと思い、リーアのベッド横に置きっぱなしだった麻袋を回収すると大きなテーブルに薬草を出し始めた。
そうこうしている内に軽い診察が終わったようで、おばさんが入り口付近のテーブルの方に戻ってきた。
「あんたが言った通り、あっちのガタイがいい男性の方は治せそうだよ。女の子の方はもう少し見てみないと分からないわ」
「そうっすか……。ありがとうっす」
「そんなに落ち込むんじゃないよ。この薬草があれば、男性の方は今すぐにでも治せるから」
「本当っすか!?」
スフィーは驚きの余り木椅子を倒してしまうほどの勢いで立ち上がった。
「本当だよ。嘘なんかつきゃしないよ」
おばさんは笑いながらそう言うと、薬研を風呂敷から取り出してそこに薬草を何枚か放り込んだ。そして前後にすり始める。
「男の方は任せな。あんたは女の子に傍にいてやりな」
そう言われたスフィーは、テーブルを離れてリーアが眠るベッドの横にあるイスに腰かけた。
「リーア、何があったんすか……。目を覚ましてくださいっす……」
スフィーは悲し気にそう呟くが、その声がリーアに届いているかどうかは定かでは無かった。
……その後スフィーはなにに置いても待ち続けることしか出来なかった。薬草の調合が終るのも、それを塗り終えたユーニの傷が癒えるのも、そして二人が目覚めるにも、スフィーはもう待つことしか出来なかった。
「処置は無事終わったよ。とてもいい薬草だったから、男の方は明日にでも目覚めると思うよ。あんたも疲れただろ、ゆっくり休みな。……そうだ、うちに来なさいな。ベッドが一つ余ってるから」
「い、良いんすか?」
「良いんだよ。この村を二度も救ってくれたんだから、それにあんたが居れば娘も喜びそうだしね」
おばさんが満面の笑みでそう言うので、暗い気分になっていたスフィーも少し元気をもらい、かつ今晩はお言葉に甘えて泊めてもらうことにしたのであった。
二人は昼間来た道を再び通って小橋を渡り、女薬師の家に到着した。家には既に明かりが点いていた。どうやら娘さんの方が先に帰宅していたらしい。二人は顔を見合わせた後、家に入って行った。
「ただいまー!」
「お邪魔するっす!」
「おかえりなさい。あ、スフィーさんも一緒だったんですね」
娘はそう言うと、少し明るい表情になって再び台所に戻って行った。
「うちは野菜を育てていてね。大体は共同食堂に寄付してるんだけど、他のみんなが私たちの分は別に取っていて良いって言うんでね、こうして家で夕食を摂ってるのよ」
「そうだったんすね。薬師もやって農作業も……。大変なんすね」
「戦うことに比べたら何倍も楽だよ。……自分の命だけじゃなく、他人の命も背負って戦っているなら尚更ね」
再び湿っぽい空気となった。それに気づいたおばさんは、一度大きく手を叩いた。
「そうだ、先にあんたの部屋を教えておくわね。その後はみんなで夕食よ!」
おばさんはそう言うと、台所を通り過ぎて奥にある階段を上がって行く。スフィーもそれについて行き、二人は二階へ上がった。すると正面にドアが一つと左右に伸びた廊下の突き当りに一つずつドアが存在した。そのうちの左のドアに案内され、そして部屋の中を少しだけ見せてもらった。その部屋は綺麗に整えられており、奥の方の右側の壁と左側の壁に沿って二つのベッドが並べられていた。
「ここは娘の部屋でね、ぼろいベッドだけどしっかり寝れるから、今日はここでお願いしても良いかね?」
「はいっす。誰かが居てくれる方が落ち着くっす」
「そうかい、そりゃ良かった。それじゃ、下に戻ろうかね」
スフィーが頷いて答えると、二人は階段を降りて台所近くのリビングに戻った。するとすでに料理の準備が終っていたようで、木の大きなテーブルには数種類の料理が並べられていた。スフィーも案内されるがままに木椅子のひとつに座ると、三人は挨拶をして食事を始めた。
「お薬は上手く作れたの?」
娘が母に向かってそう聞いた。
「えぇ、バッチリよ」
「良かったわ。じゃあこれであの二人は助かるのですね」
「それは……まだ分からないわ……」
「どうかしたのですか?」
「ちょっと、ね……」
おばさんはそう言うと、スフィーの方をちらりと見た。
「女の子の方が……。リーアの方が、なんで倒れたのか原因不明なんすよ」
「そ、そうだったのですか……。申し訳ございません」
「良いんすよ。絶対に原因を究明して見せるっすから!」
楽しい食事の場から一転、空気は少し重くなった。しかしスフィーの持ち前の明るさで何とかどん底に沈むことは無かった。その後三人は当たり障りのない会話をしながら食事を終え、スフィーは皿洗いを手伝い、風呂を貸してもらい、そんなことをしている内に夜は更けて行った。
スフィーと薬師の娘は部屋に戻り、それぞれのベッドに腰かけた。そして二人ともどこか気まずそうに沈黙していた。
「あの……。さっきは無神経なことをすみませんでした」
先ほど食事中にあったことが気になっていたようで、娘は申し訳なさそうに小さな声で、しかしハッキリとそう言った。
「全然大丈夫っすよ! 過去を悔いてもしょうが無いっすから。それよりも原因が分からないと、もし治ったとしても再発する可能性があって怖いっす……」
「そうですよね。原因が分からないとこれから先の旅が不安ですよね……」
とても不安そうな顔で言うスフィーに触発され、薬師の娘も落ち込んだ声音でそう言った。
「あ、ごめんっす。また紛らわしいこと言っちゃったっす」
場を和ませるために、スフィーは笑いながらそう言った。
「いえいえ、気にしないでください。それより私に何か出来ることがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「そう言ってもらえると助かるっす」
「微力ながら、村全体であなた様たちを援助すると決めていますから」
「何かあったら相談させてもらうっす」
二人はその後小一時間談笑し、夕食時のもやもやとした気持など忘れ去ってしまった。
……そして翌日、今度はしっかりと朝に起きたスフィーは朝食を頂き、別れを告げて貸し切りの小屋に向かった。
今日の番兵は眠たそうで、欠伸をしながらスフィーを迎えた。軽く挨拶をして二人がいる寝室へ向かいドアを開けると、なんとリーアのベッド傍にある木椅子にユーニが腰かけていた。
「やあ。君がここへ薬草を持ってきてくれたのだね?」
「はいっす。何とか間に合ったみたいで良かったっす」
「あぁ。私はどうとでもなると思っていたさ。しかしこれはどういう状況なんだ?」
ここへ来た時、ユーニは既に満身創痍で、村がこんな有様なことにも驚いていたし、リーアが倒れていることにも、初汰たちがどこにもいないことにも、何もかもに驚いていた。
「えっと、色々あったんすよ。あたしたちが記憶の祠から帰ってきたら村が襲われてて、村を救出しに入ったらファグルが居て、遅れて到着した初汰とあたしたちでファグルを撤退させたっす」
「ふむふむ、なるほど。それで?」
「その戦いが終ったらリーアが倒れちゃって、と思ったら今度はユーニさんが村の外で倒れてて、でも村の鎮火作業を優先して、それが終った後に薬草をリカーバ村に取りに行って、でもその途中で初汰とはぐれちゃって、あたしたちは村を襲う国家軍を退却させて……。そしたらその村で飛空艇を借りれることになって、獅子民っちとクロさんは獅子民っちの身体を取り戻すために上に行ったっす」
「なに? 初汰とはぐれた上に、獅子民さんたちはアヴォクラウズに行ったのか!?」
「は、はいっす……」
スフィーは申し訳なさそうに項垂れてそう言った。
「すまない、ついカッとなってしまった。それに私も寝ていただけで無力だった。謝るのはこちらの方だ」
ユーニはそう言うと、深々と頭を下げてそう言った。
「い、良いんすよ! 今は無事だったことを喜ぶっす!」
「ハハッ。ありがとう。少し元気が出たよ」
「薬草でユーニさんが助かって良かったっす。でも実は困ったことがあって、その、見た通り何すけど……」
スフィーはそう言うと、眠っているリーアの方を見た。
「私も気になっていたところだ。私の外傷はきれいさっぱり治っている。そして痛みも全くなく、こうして元気に動けている。しかし彼女は全く動かず、静かに寝息を立てているだけだ。目立った外傷も無い……」
「そうなんす。もともと外傷も無くて、原因がさっぱりなんすよ……」
「なるほど、という事は彼女の力が何か関係しているのかもしれないな……」
「リーアの、力……。時魔法って事っすか?」
「そうだ。何か心当たりは無いか?」
「心当たり……。確かここでの戦闘で初汰を治癒したのを最後に気を失った気がするっす」
「治癒魔法……か」
ユーニは不思議そうに唇を尖らせ、右手を顎に添えてそう呟いた。
「確かにこの世界には治癒魔法は存在する。……しかしそれが治癒魔法と言われている別の魔法だったらどうする?」
「……治癒魔法と呼ばれている、全く別種の魔法ってことっすよね?」
「そうだ。私たちが勝手に治癒魔法と呼んでいただけで、その実態は全く別の魔法を、リーアは知っていて使っていたのかもしれない。そもそも、私は今まで生きてきて治癒魔法の存在を聞いたことが無い。治癒魔法を使う種族は絶滅したと聞いていたからな」
「アヴォクラウズにいたとき、確かあたしもその話を聞いたことがあるっす。だから記憶が戻った時からずっと引っかかってたんすよね」
「これは何か裏がありそうだな。リーアの時魔法……」
「そこを探る必要がありそうっすね」
二人は顔を見合わせて頷くと、早速小屋を出て行こうとする。
――するとそこへ薬師の娘が現れた。
「すみません、失礼します!」
そう言いながら寝室へ入って来る彼女は、一冊の本を抱えていた。スフィーとユーニは彼女の言葉を待った。
「これ、何かの役に立つかなと思って持ってきたんです」
彼女がそう言って差し出したのは、『大陸と魔女と王』という本であった。
「この章なんですけど……」
続けてそう言うと、本を開いて二人に手渡した。二人はそれを受け取り、静かに読み始めた。




