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ドロップアウト・ワンダーワールド  作者: 玉樹詩之
第六章 ~雲の上の国~
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第六十四話 ~奪還の裏で~

 デカい帆船のような形をした飛空艇の船首の方に、丸まった背中が見えた。操舵室など無く、海賊船の様に丸見えの舵を回しているらしい。クローキンスは階段を上がってその背中に近付いて行く。


「ちっ、どの面下げてここに来たんだ?」


 飛空艇を操っているギルの背中を見て、クローキンスはそう言った。


「……クローキンスか」

「ジジイ、どういうつもりだ?」

「弁明してお前がどう思うかは分からんがの。儂はお前を助けるという契約のもと、国家に、ライレット・リミエルに情報を売ったんじゃ。そうしたらまんまと裏切られてこうなった訳じゃ。裏切り者にふさわしい末路じゃよ」


 ギルはクローキンスに背中を向けながら、失笑して過去を顧みた。


「今ここにいるのは?」

「何じゃ?」


 突然クローキンスがボソッとそう言ったので、ギルは思わず聞き返した。


「ちっ、今ここにいるのは誰だ。裏切り者のギルなのか?」

「……今ここにおるのは、工房の留守を守ってきたギルじゃ」


 ギルはそう言うと、軽く振り向いてクローキンスに笑顔を向けた。それを見たクローキンスは微笑すると、ギルの隣に立って清々しく広がる空を眺めた。


「ちっ、今回だけ特別に許してやる。工房の御守り代だ」

「けっ、偉そうに言いおって」


 二人は静かに笑顔をたたえながら、飛空艇はゆっくりとアヴォクラウズから離れて行った……。


 しばらくすると甲板で寝転んでいた初汰と獅子民も舵がある船首にやってきた。


「ふあぁ~。ちょっと寝かけたぜ」

「私もだ……」


 二人は眠たそうに眼を細くして船首に上がってくるのだが、飛空艇から望む大空に驚いて刮目した。


「すっげぇ! こんな高い所にいたんだな!」


 アヴォクラウズに連れて来られる際は身動きが取れなかったために空の様子を伺うことが出来なかったため、初汰は今ようやく空を眺めることが出来たのであった。それは獅子民も同様で、声に出さないだけで相当驚いている様子であった。


「で、今はどこに向かってるわけ?」


 初汰は目を輝かせたまま、ギルの背中に問いかけた。


「わしゃ知らんぞ?」

「へぇ~、知らんぞか……」


 行く先を聞いたはいいものの、話に身など入っておらず、初汰は不毛で雑な会話を終えた。


「ちっ、とりあえず上での目的は果たした。これからどこに向かえばいい?」


 そんな初汰は放置して、クローキンスは獅子民の方に向いてそう聞いた。


「行く先か……。まずはリーアとユーニ殿の様子を確認しに行くべきでは無いか?」

「そうか、となると行き先はユーミル村だな」

「うむ、スフィーが無事辿り着いたかも気になるところだ」


 二人はそんな会話を終えると、飛空艇の縁に立ってビハイドを見下ろした。そして上空からユーミル村を探し始める。

 ……薄暗い中しばし辺りを見回していると、獅子民がそれらしい村を見つけたらしく、クローキンスを呼び寄せてそこを指さした。そこは確かにユーミル村で、それを確認したクローキンスはギルのもとに戻ってユーミル村に向かってもらう様に伝えた。


「了解じゃ、それじゃあ面舵一杯じゃな」


 了承したギルは舵を素早く旋回させ、そして進行方向を大きく右にずらして下降し始める。


「ふぅ、なんだか立っているだけでも疲れるな……」


 獅子民はそう言うと、マストに身体を預けて深呼吸をした。


「なんか人間体に戻ったけど、あんまり違和感ないよな」


 ようやく我に返った初汰が、獅子民の方を見てそう言った。


「私は違和感ばかりだ。結局記憶も戻らず仕舞いだったからな」

「そっか……。やっぱり記憶はどっか別の場所に保管されてるってことなんだな」

「うむ、だがしかし、今はこうして身体を取り戻せたことを喜ぼうと思う。これで皆に迷惑をかけずに済むからな」

「別に迷惑ってわけじゃ無かったけど、まぁこれで一層戦力が増したわけだな!」


 初汰はにっこり笑ってそう言うと、再び空の方へ視線を戻した。すると先程まで薄暗かった大地に眩い光が扇状に広がり始めた。山と山の間から朝日が顔を覗かせていた。どうやら朝を迎えたらしい。


「リーア……。無事だと良いけど……」


 初汰は下方のユーミル村を眺めながら、ぽつりと呟いた。


 ……時は少し遡り、丁度獅子民たちがアヴォクラウズの工場街に到着したころ、先に出発したスフィーもユーミル村の到着しようとしていた。


「思ったより早く着きそうっすね」


 遠くにユーミル村を視認したスフィーは、小さく呟いた。既に時は夕暮れで、もう少しで夜を迎えようとしていた。


「善は急げっすね」


 続けてそう呟くと、スフィーは軽い足取りで草原を駆け、ユーミル村に急いだ。

 邪魔者のいない草原を直進して、丁度日が暮れるころには村に到着することが出来た。村は静まり返っており、ボロボロになった門前には二人の見張りが立っていた。


「戻ったっすよ~。あたしっす!」


 スフィーは大きく手を振りながら村に近付いて行った。するとそれに気づいた門番の二人は、緊張していた表情を少し緩めて数歩前に出た。


「無事でよかった!」

「しかし他の三人は……?」


 安堵したのも束の間、二人の村人は表情を曇らせた。


「大丈夫っすよ! 今はちょっと上に行ってるっす!」

「う、上ですか?」

「はいっす! アヴォクラウズにっす!」

「えぇ!? 城に行ったんですか!?」

「獅子民っちの身体を取り戻しに行ったっす。これからの戦いはもっと激しくなるはずっす。そのためには獅子民っちも万全じゃないとってことで」

「な、なるほど……。しかし無事に帰って来れるんでしょうか……?」

「大丈夫っすよ! 身体を取り戻してすぐに戻ってくると思うっす!」

「それなら良いのですが……」

「そんなことより、二人の方こそ休まなくて大丈夫なんすか?」


 スフィーは立ちっぱなしであろう二人を気遣い、話題を変えた。


「大丈夫です! 先ほど変わったばかりですから。ここは僕たちで見張っていますので、あなたはゆっくりと休んでください」

「そうっすか、じゃあお言葉に甘えて今日は休ませてもらうっす!」


 スフィーは軽く頭を下げると、二人の間を通って村の中へ入って行った。村に入ると門番の他にも眠れない住民が数人いるようで、武器を持って見回りをする者もいれば、外の空気を吸って再び家に入って行く者など、さまざまであった。スフィーはそんな村人たちの様子を見ながらリーアとユーニが寝ている小屋へ向かった。村人たちの気遣いで、その小屋は貸し切り状態となっており、それに加えて番兵までつけてくれていた。スフィーはその番兵に会釈すると、二人が眠っている部屋へ向かった。


「失礼するっす……」


 スフィーは声と足音を潜ませながら入室した。そしてリーアのベッド近くにあるイスに腰かけると、背負って来ていた麻袋を床に下ろした


「ふぅ、流石に疲れたっすね……。確か薬草は少し調合しなくちゃいけないんすよね……」


 傍らに置いた麻袋に手を突っ込み、リーカイが袋に入れてくれたはずのメモ用紙を探す。怪我人の為に部屋の明かりは点いておらず、メモ一枚を探し当てるのに数分かかってしまった。ようやく見つけたメモ用紙に目を通すも、暗がりでは当然文字も読めなかった。


「はぁ、どこか別の部屋に移動しなきゃっすね……」


 スフィーは落胆して、メモを握りながらリーアが眠るベッドの隅に突っ伏した。そしてゆっくりと瞼を閉じ、静かに寝息を立て始めた。

 ……自分がうたた寝してしまったことに気が付き、スフィーは飛び起きた。そのせいでベッドに足を打ってしまい、悶絶しながらゆっくりと立ち上がった。そして痛みに耐えながら窓際へ行き、外の様子を伺った。


「うぅ、もう朝っす……」


 スフィーは渋い顔をして、外で動き始めている村人たちを見てそう呟いた。


「まぁでも、昨日の暗さじゃ見えなかったから丁度良かったっすかね……」


 自分に言い聞かせるようにそう言うと、太陽の光を授かって右手に握っているメモを読み始めた。


「ふむふむ、なるほどっす。まずは薬草を潰すための薬研やげんが必要そうっすね」


 スフィーはメモを読み終えると、それをポケットにしまって部屋を出た。そして小屋の外に立っている番兵に今の時間と薬研の在りかを聞いた。……なんと既に昼を迎えており、村の人々は昼食を摂り始めたところだったらしい。本題の薬研なのだが、その在りかは分からないらしい。しかし村のどこかに女薬師がいるらしいとの情報を得ることは出来た。とりあえず時間を知ることが出来たスフィーは気を取り直して村に繰り出した。

 昼食時の村では、丁度聞き込みの都合よく共同食堂となっている大きな家屋に人々が集まり始めていた。遅めの朝食と言うよりかは、ちょっと昼食を摘むためにスフィーも共同食堂へ向かった。

 村人たちは一列に並び、数少ないパンやスープを丁寧に配分していた。食事目的ではないスフィーは列の後部から先頭部にかけて、一人一人聞き込みをしていった。しかしこれと言った良い情報は掴めず、結局配給係がいる先頭部まで来てしまった。


「はぁ、適当に器だけもらって、後は木の棒でも拾ってきた方が早いっすかね……」


 大きなため息をつきながらそんなことを呟いていると、パンを配給している女性がスフィーに声をかけてきた。


「あの、何かお困りですか?」

「あ、えっと、実は薬研を探してて」

「薬研ですか。それなら私の家にありますよ」

「そうっすよね、無いっすよね……。え?」

「えっと、薬研なら私の家にあります。母が薬師なので」

「本当っすか!?」

「はい、古いので良ければお貸しできますよ」

「借りたいっす!」


 スフィーは身を乗り出してそう言った。


「わ、分かりました。この仕事が終ったら一緒に家へ行きましょう」


 女性は少し困惑した様子であったが、快くスフィーの依頼を受け入れてくれた。

 ……その後スフィーはパンを一つ貰い、それを片手に昼食の配給が終るのを待った。そして三十分ほど待っていると、外で待っているスフィーのもとに先ほどの女性が駆け寄ってきた。


「お待たせしました。家に向かいましょうか」

「はいっす!」


 合流した二人は村の中央にある共同食堂を離れ、村の左方にある小橋を渡った先にの家が数軒連なっている場所に向かい、その一角の一番奥にある、大きな木が生えている家の前に到着した。


「少し待っていて下さい。今借りてきますので」

「はいっす。待ってるっす!」


 女性はそう言うと、せかせかと家の中へ入って行ったのだが、一分も経たないうちに手ぶらで戻ってきた。


「どうしたっすか?」

「あの、母に話をしたら行くって言いだしちゃって、それで準備も始めちゃったんです」

「そうだったんすか、でも薬師さんが来るなら心強いっす」

「母が迷惑をかけなければ良いのですが……」


 女性がそう言って俯いていると、その女性の母が奥の家屋から飛び出してきた。エプロンを巻いたままで、その両手には風呂敷で包んだ薬研を抱えていた。


「待たせたね! さぁ、行きましょうか!」


 おばさんはそう言うと、ずんずん先に進んでいってしまう。


「は、はははは。パワフルな方っすね」

「少し元気がありすぎるだけですので……。それでその、申し訳ないのですが、私は食堂の片付けに戻らなくてはいけなくて、母をお願いしたいのですが……」

「大丈夫っすよ! こっちは薬研を貸してもらう身っすから」

「ありがとうございます。仕事が終り次第すぐに向かいますので。確か村の入り口付近の小屋でしたよね?」

「そうっす! それじゃあまた後でっすね」

「はい、失礼します」


 女性はそう言うと、食堂へ戻って行った。スフィーもその後を追うようにして小橋を渡ると、村の入り口近くにある二人が眠っている小屋に戻った。

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