第六十三話 ~目覚めた獅子~
先ほどまでカプセルに入っていた裸体は、今二人の目の前に立っていた。
「成功したのか……? し、獅子民さん?」
ブランは恐る恐る裸体の男に話しかけた。
「何を恐れておる。まずは服でも着せてやれい」
ギルはそう言うと、カプセルから出て棒立ちになっている男に服を渡した。一見気が利くようにも見えるが、獅子民の身体が安置されていた棚に同じく服が入っていたので、それを渡しただけであった。
服を受け取った男は、たどたどしく着替えを終えると自分の身なりを確認した後に二人の方を見た。
「どうじゃ、まさか喋り方を忘れたのではあるまいな?」
「ゴホゴホッ、あ、あ、うむ、どうやら声は出るようだな」
ライオンの時の声そのままで、ギルとブランは一気に安心した。そして念のため警戒していた二人もそれで完全に気が解れ、獅子民に近付いて行く。
「良かった……! 成功ですよ、獅子民さん!」
「うむ、どうやらそのようだな」
獅子民はそう言って歩き出そうとするのだが、しばらく四足歩行をしていたせいか、上手く二足歩行することが出来ない。それでもなんとか、よろよろと揺れながらも徐々に歩くことに慣れていった。
「よし、とりあえず歩けるようにはなった。クローキンス殿を助けに行くぞ」
「はい、でも大丈夫ですか、そんな状態で?」
「あとは戦いの中で思い出すさ」
獅子民はそう言うと、ギルにお辞儀をしてから二枚の盾を手に持って実験室を出た。そして小部屋に抜け出るとすぐにドアを押し開けて安置室に飛び込んだ。
――するとそれとほとんど同時に初汰が獅子民の方へ吹っ飛んできた。獅子民はそんな初汰を受け止め、そしてゆっくりと床に立たせた。
「さんきゅ、ブランさ――」
てっきりブランだと思って振り返った初汰は、見知らぬ人物が立っていて言葉を失った。
「待たせたな、初汰、クローキンス殿」
獅子民はそう言うと、ゆっくり歩きだす。
「あ、アレがオッサン……?」
「はい、アレが本当の獅子民さんの姿です」
遅れて安置室に戻ってきたブランがそう言った。
獅子民の登場に気が付いた虎間は、クローキンスに急接近して横腹に強烈な蹴りを入れた。それによってクローキンスも小部屋側の壁に吹っ飛び、初汰の横に転がった。
「ゴホッゴホッ。ちっ、なんて蹴りだ……」
クローキンスは咳き込みながら立ち上がり、そして獅子民の背中を見た。
「ちっ、どうやら目的は達成したみたいだな。おい、これ返すぜ」
そう言うと、ここまで背負って来ていた鞄の中から、フェルムに渡された毛皮のコートを取り出し、そしてそれを獅子民に投げた。それを後ろ手に受け取ると、獅子民はそれを羽織り、ファイティングポーズを取った。
「ダハハハハ! 懐かしいな。ようやく俺を楽しませてくれる奴が現れてくれたみたいだな!」
虎間はそう叫ぶと、先ほどとは段違いのスピードで獅子民に迫る。
「ぐっ、早い!」
そう呟きながら、獅子民は何とか右手のシールドで攻撃を受け止める。
「おっと、あんまり攻撃を与えるのは良くねぇんだったな!」
虎間は刀を引き、そして自分も数歩後退した。
「虎間甚と獅子民雅人、刀と盾の戦い。か……。ふふふ、面白い」
ライレットは遠くで胡坐をかき、二人の戦いを見守りながらそう呟いた。そんな彼の右手には、鋭く研がれた氷の刃が出来ており、それを使って既にロープを切り終えていた。彼は捕らわれているフリをして、堂々と二人の戦いを見ていたのであった。
その他にも初汰やクローキンス、それにブランが見守る中、獅子民と虎間は激しい戦闘を繰り広げる。今度の虎間の刃には明確な殺気が籠っていた。
「オラオラッ! どうした獅子民!」
まだ動きが鈍い獅子民の隙を作ろうと、虎間は獅子民の周囲を駆け回る。獅子民は何とかそれを目で追い、なるべく体は動かさないようにして、敵が仕掛けてくるタイミングで自分も仕掛けようと決めた。
「オッサン、全然動いてねーな……」
「な、何か考えがあるんですよ」
初汰とブランはそんなやりとりをしながらも、その視線は戦っている二人に釘付けであった。
「奴のことだ……。確実に死角を突いてくるはず……」
ぼそぼそと独り言を漏らしながら、獅子民は致し方なく変換の力を解放し、両手に装着している丸盾の鋸刃を回転させる。
――獅子民が両手を構える。するとその瞬間、獅子民の背後から虎間が襲い掛かる。それを読んでいた獅子民は、小さい動作で攻撃を避けて反撃の一発を食らわせようとする。虎間の右腕はピンと伸び、刀と一直線になって獅子民の横を通り抜ける。獅子民は虎間の左側に回避しており、体は既に虎間の方を向いていた。となると後は左ストレートを虎間に浴びせるだけであった。
「貰った!」
シャープなストレートが繰り出される。その手には回転鋸刃付きの盾もあり、それに加え先ほど一撃喰らった変換の力も乗る。なので一撃で敵をノックダウンするには条件がそろっていた。しかし、獅子民と目が合った虎間は笑っていた。
「お前にその力があるなら、俺にはこの力があるんだぜ?」
虎間は左掌を大きく広げ、獅子民の左ストレートを真っ向から受けようとする。
「しまった……!」
破壊の力に気が付いた獅子民は、このまま丸盾ごと自分の左手も潰されかねないと思って軌道をずらした。それでも一矢報いるため、鋸刃の部分を左腕の肩部に掠らせた。
一撃を出し合った二人は距離を取った。正面に向かい合うと、虎間の左腕からは微かに血が流れていた。
「ちーと手を抜きすぎたみたいだな。まさか久しぶりの身体でそんなに動くとはな……」
「身体が覚えていた。と言うやつだ」
二人はそんな会話をしながらも、再び武器を構えていた。
「あいつらまだやる気か?」
再び武器を構えた二人を見て、初汰がそう言った。
「いったん逃げて体制を立て直したいところですね……」
ブランも初汰と同じ考えのようで、悩ましそうに腕を組みながらそう呟いた。そして獅子民と虎間の様子を伺いながら、ブランは話を続けた。
「お二人とも、少し良いですか?」
「どしたんすか?」
「実は先ほど実験室で出会った人物に、この排出口の下に飛空艇を泊めてもらう様に頼んでおいたんです。時間が足りないようなら俺が時間を稼ぐはずだったんですが、この調子なら大丈夫そうです」
獅子民と虎間の戦闘を眺めながら、ブランは早口にそう言った。
「あそこの下にか……。つまり飛び降りるってわけだよな?」
「はい、そうなりますね」
「ちっ、飛ぶのは良いが、どうやってアレを開けるんだ?」
「後ろにあるスイッチです」
ブランはそう言うと、軽く振り向いて小部屋へ続くドアの横にあるスイッチを見た。
「ちっ、なるほどな。で、誰が押すんだ?」
「俺が押します。俺はここに残ってやらないといけないことがありますから」
「虎間もいるのに大丈夫なんですか、ブランさん?」
「えぇ、俺のことは心配しなくて大丈夫です」
「ちっ、こう言ってるんだ。ここは任せて俺たちは前進しよう」
クローキンスはそう言うと、銃を構えて排出口に近付いて行く。
「ブランさん、絶対に死なないでくださいよ」
「えぇ、そんなことより、排出口が開くのは一瞬です。上手く逃げてくださいね」
「おう!」
初汰とブランは話を終えると、初汰は排出口へ、ブランは小部屋横のスイッチに向かって歩き始めた。
「行くぜ獅子民っ!」
互いに距離を取り合っていた二人だが、息が整った虎間は叫びながら獅子民に襲い掛かる。
――獅子民は虎間の攻撃を受け止めようと身構えるのだが、走り出した虎間は突然体勢を崩し、その場に倒れた。
「グハッ。クソ……」
咳き込んだ勢いのまま、その場に血痰を吐いた。
「はぁはぁ、獅子民……。まだ戦いは終わってねぇからな……」
口元に付着した血を拭いながら、虎間は無理矢理立ち上がろうとする。
「オッサン、大丈夫か!?」
するとそんな虎間を見守っていた獅子民のもとに初汰とクローキンスが来た。
「あぁ、私は大丈夫だ」
「へへっ、声はそのまんまなのな」
「どうやらそのようだな」
獅子民は雑な返事をしながら、尚も気を抜かず虎間の様子を伺っていた。すると背後からブランの叫び声が届く。
「排出口を開きます!」
「ん? 何事だ?」
「オッサン、説明は後でするから、今はここに飛び込むんだ!」
初汰はそう言うと、左側にある排出口の方を指さしてそう言った。
「ちっ、行くぞ」
クローキンスはそう言うと、さっさと排出口のほうへ向かって下を覗いた。するとそこには確かに大型の飛空艇が待っていた。
「どうやら予定通りみたいだな」
「こ、これは、いつの間に……」
初汰と獅子民もクローキンスに続いて排出口前にたどり着き、下を覗き込んでそう呟いた。
「さぁ早く、飛んでください!」
ブランはスイッチを押しながら叫んだ。三人はそれを聞き受けると、意を決して排出口に飛び込もうとする。
「流石に逃がすのは想定外ですよ!」
既にロープを自力で切っていたライレットは、咄嗟に氷柱を数本生成して初汰たちを狙う。しかしそれよりも早く、三人は排出口の真下で待っていた飛空艇へと落下していった。
「うわぁぁぁぁ!」
なるべく近くに飛空艇をつけてくれていたとは言え、何も装着せず大空に飛び出すのには相当な勇気が必要であった。それでも何とか恐怖に打ち勝った三人は全身を飛空艇の床に打ち付けながら、上空に漂うアヴォクラウズを眺めた。
「はぁはぁ、俺、生きてるよな?」
初汰は息を荒げながら自分の四肢を確認する。
「今回は何とか助かったようだな……」
獅子民はそう呟くと、飛空艇の上で大の字になったまま、脱力して目を瞑った。
「ちっ、突拍子もないことをさせやがって」
クローキンスは愚痴をこぼしながら立ち上がると、操縦している主に会うために操舵室へ向かった。
そんな三人を吐き出した排出口はゆっくりと閉まり、完全に初汰たちはアヴォクラウズから脱出したのであった。
一方残された虎間、ライレット、ブランの三人は未だ安置室にいた。
「はぁはぁ、やってくれたな、てめぇ……」
虎間はスイッチから手を放したブランのことを睨みながらそう言った。
逃げるなら今のうちだ。ブランは虎間の問いに答えず、脳内でそんなことを考えながらなるべく虎間に近付かないように壁伝いに入り口の方へ向かって行く。
「クソぉ……。頭が割れそうだ……」
なかなか体調が戻らないようで、敵が逃げたことを完全に理解した虎間はその場に突っ伏して動こうとしない。
そんな虎間を見て、チャンスだと思っていたのはブランだけでは無かった。ライレットもまた、幹部を一人消せるチャンスだ。そう思って腰の錫杖を手に取っていた。そしてバレないように移動を済ませ、静かに氷柱を生成する。
――虎間が完全に油断しているところへライレットは氷柱を飛ばした。すると虎間はその殺気を感じ取り、右手で刀を握ると飛んできた氷柱を全て刀で砕いた。
「てめぇは確か、賢者の一人であり、幹部の一人だったか?」
「えぇ、興味ないかと思っていましたが」
「一応敵だからな。仕方ねぇ、そっちがその気なら今潰してやるか」
虎間はそう言って無理矢理立ち上がると、刀を構えた。
「やはり凄いですね。その状態でも反応するとは、流石戦争を収めた英雄の一人だ」
「てめぇ、マジで潰すぞ」
「落ち着いてください。ここはひとつ、あなたが玉座につくことを前提に、僕と協力しませんか?」
「断る。てめぇみたいな典型的な国家の犬なんかと協力できるか……」
虎間は吐き捨てるようにそう言うと、刀をしまってよろよろと今にも倒れそうな様子で歩きながら安置室を去って行った。
「国家の犬ね、フッ」
虎間の背中を見送りながら、ライレットは自嘲な笑いを零した。二人のやりとりを見ていたブランは、そんな彼のもとへ歩み寄って行く。
「君を捕らえる気は無いよ」
ブランの存在を察知したライレットがそう言った。
「ライレットさん、あなたは今のままで良いんですか? あなたが欲しいのは本当に玉座なんですか?」
「フフッ、今更なにを……」
「何故玉座を欲するのか、俺には分かりません。でも、力で得た席で何が出来るって言うんですか?」
「……君には分からないさ」
ライレットは呟くように、弱々しくそう言うと、安置室を出て行った。ブランは少しの間彼の背中を見送っていたが、やはり彼はそんな悪には染まり切れないと思い、再びその背中を追って走り出した。




