第四十二話 ~鎮火~
大剣を持ち直したファグルは、鋭い視線を初汰とスフィーに投げる。
「痛いな~。なにそれ、銃?」
「へっ、誰が答えるもんか」
「ま、なんでもいっか。どうせここで死ぬんだし」
ファグルはそう言い終えると、大剣を振り上げて二人に襲い掛かる。
初汰とスフィーは左右に散り散りに回避して、ファグルを挟む形となり、再び武器を構える。
「へぇ~、ちょっとはやるようになったじゃん」
「止まってるわけには行かないんだよ!」
初汰は真正面からファグルに向かって行き、ファグルはそれに応えるように大剣を構える。そして二人の刃が交わり、ファグルはにやりと笑みを浮かべる。
「嬉しいよ。君が少しでも強くなってくれて」
「別にお前のために強くなったわけじゃ無い」
「何でもいいよ。俺はただ、強い人と戦えればそれで良いんだ」
ファグルは大剣を乱暴に振り回し、初汰の剣を振り払いながらスフィーの苦無を寄せ付けない。
「ちくしょう。近寄れない……」
「初汰、少し距離を取りながら戦うっす」
「分かった。援護任せたぜ」
「了解っす」
二人がそんな会話をしていると、ファグルは既に動き出しており、初汰とスフィーは攻撃を躱してから武器を構えた。
スフィーは攻撃を躱しながらも風魔法を扱い、ファグルの自由を奪う様に苦無でチクチクと嫌がらせをする。それによってファグルは連続で攻撃を繰り出すことが出来ず、初汰は立ち止まって苦無による攻撃を捌いているファグルに狙いを定めてスタンガンを発射する。
「ぐああああっ!」
スタンガンから放たれた針は、ファグルの太腿に直撃した。ファグルは膝から崩れ落ち、全身を細かく震わせる。初汰は作り出したその隙を狙って剣で切りかかろうとするが、ファグルは無理矢理太腿に刺さっている針を引き抜き、それを地面に叩きつけると大剣で初汰の攻撃をガードする。
「なにっ……!」
痺れているとは思えない力で大剣を振り切り、剣ごと初汰を吹っ飛ばす。
「うわぁ!」
「はぁ、あんまり調子に乗るなよ……」
ファグルは大剣に体重を預けながら立ち上がり、初汰のことを睨んだ。
「ここまで消耗させてくれちゃってさ~。もちろん、君の血で償ってくれるんだよね? じゃなきゃグラムも収まらないし」
冷徹な声音でそう言うと、ファグルは大剣を構え直し、そして動き出す。
――初汰が瞬きをした次の瞬間、ファグルは既に目の前まで移動してきており、初汰は防御をする間も無く、大剣による斬り上げを喰らう。
「ぐあっ!」
初汰が吹き飛ぶとともに、すくい上げられた大剣の先からは初汰の血が飛沫となって飛び散る。初汰は吹っ飛んだ後背中から地面に落ち、痛みを感じる左胸を見た。すると左胸には浅くそして長い切り傷が伸びていた。うっすらと開いた傷口からは鮮血が覗いており、少しでも動けば鮮血が零れ落ちそうであった。しかしそんな状態でも、初汰はファグルから距離を取るために動くしかなかった。
初汰は傷口から滲み出す鮮血を肌に零しながら、しかしその冷ややかな感触を嫌って零れた血を素手で拭いながら距離を取り、そして立ち上がった。すると溢れ出る血は地面に滴り始めた。傷を負った初汰を見て、スフィーはすぐさま初汰の横に駆け寄った。
「大丈夫っすか!?」
「何とか、かすり傷で済んだよ」
初汰は自分で傷口を確認しながら、スフィーにもその傷をちらりと見せた。スフィーもそれを確認すると、初汰の前に立った。
「スフィー?」
「あとはあたしに任せるっす」
「いや、これくらい大丈夫だって」
「ダメっす。武器をしまって下がるっす」
「なんでだよ。俺はまだ戦える」
初汰はそう言いながらスフィーよりも前に立ち、剣とスタンガンを構える。
「あはは、やっと血が見れたよ」
血が付着した大剣はじわじわと再生を始め、鋭い切れ味を取り戻していた。ファグルは大剣の先に付いている血を指で拭い、それを口元に運ぶとペロリと舐めた。
「これで完了っと……」
ファグルはそう言いながら立ち上がると、ニヤリと笑って空いている左手を初汰に向かってかざした。
「なんだ? 攻撃してこないのか?」
初汰は一瞬しり込みしたが、ファグルが攻撃をしてこないと確信を持った瞬間、武器を構えて走り出した。
そしてその勢いのままファグルに攻撃を仕掛けようとするのだが、ファグルの目の前に立つと急に全身が動かなくなってしまう。
「な、なに……」
「無駄だよ。君はもう俺に攻撃できない」
「初汰! 逃げるっす!」
スフィーは風魔法を巧みに操り、二本の苦無をファグルに向かって飛ばす。
――ファグルはかざしていた左手を下ろし、バックステップで数歩後退する。すると初汰の束縛も解かれ、体が自由に動くようになった。
「はぁはぁ、な、なんだったんだ……!?」
初汰は止まっていた間に変な汗をかき、妙な疲労感に襲われてその場に片膝を着いた。
「初汰、下がっててくださいっす」
「あぁ、なんか俺じゃ近づけないみたいだし……」
「つまんないことしないでくれよ。ここからが楽しいってのにさ」
ファグルはそう言いながら体勢を立て直し、スフィーを睨んだ。
「得体の知れない魔法を使うらしいっすね」
「みたいだな。何が起きたのかさっぱりだけど」
「それはあたしが突き止めるっす」
「分かった。頼むよスフィー」
得体の知れない魔法を受けた初汰は、素直に後退して前線をスフィーに任せる。スフィーは宙に舞わせていた二本の苦無を回収して、接近戦使用に両手で構える。
「今度は君の血を貰おうかな?」
ファグルは終始微笑を保ったまま、大剣を構えてスフィーに襲い掛かる。スフィーもそれに合わせて走り出し、大剣による重い連撃を二本の苦無で巧に受け止める。
「明らかにスフィーが不利だ……」
初汰は両手の武器を握り直すが、近づけば得体の知れない魔法に脅かされることを恐れて近づくことが出来ない。
その間にも、ファグルは型の無い粗暴な連撃をスフィーに浴びせていく。スフィーは短く軽い苦無で、重々しい大剣の攻撃を受け止めるというよりかは、いなすように、斬撃を逸らすようにして攻撃を躱していく。
――劣勢を強いられているその時。一発の弾丸がファグルの攻撃の手を止めた。ファグルは一度距離を取り、弾丸が飛んできた方を見た。
「ちっ、こいつが犯人か」
「ちょっと~。邪魔が多すぎるよ~」
ファグルの視線の先には銃を構えているクローキンスがいた。ファグルとクローキンスは短い間睨み合い、二人は静かに武器を構え直す。
「助かったす、クロさん」
「ちっ、今回は奴をここから追い出すことを優先するぞ」
駆け寄ってきたスフィーに向かい、クローキンスは小声でそう言った。
「分かったっす」
スフィーも小さく了承すると、再び苦無を浮遊させて中距離戦に持ち込む。
戦闘が再開すると、クローキンスの後に続いてリーアが村内に駆けこんできた。そして立ち尽くしている初汰を発見して、まだ覚束ない足取りで駆け寄る。
「初汰!」
「リーア! 大丈夫か、ふらついてるけど?」
「貴方こそ大丈夫じゃなさそうだけど?」
「ったく、心配して損したよ」
「大人しくしていて、今治すから」
リーアはそう言うと、初汰の左胸に両手をかざして唱え始める。するとたちまち初汰の左胸の傷は癒え、キレイさっぱり傷口は無くなっていた。
「さっすがリーア。これでまた戦えるよ」
「えぇ、気を付けてね……」
リーアは青ざめた顔を初汰に向けてそう言った。しかし初汰は暗がりでその異変に気付くことが出来ず、スフィーとクローキンスの援護に回ってしまう。
「待たせたな二人とも!」
「初汰! 大丈夫なんすか?」
「あぁ、リーアが治してくれたんだ」
初汰はそう言いながら、右手に持っている剣を振り上げてファグルに襲い掛かり、そして剣を振り下ろす。
「君、バカなの? もう君の血は俺の思い通りなんだよ?」
「俺の血だと?」
初汰とファグルは鍔迫り合いをしながら睨み合う。
「俺だけが使える特別な魔法なんだ」
ファグルはニヤリと笑い、大剣を右手一本で支えながら左手をかざした。しかし傷が癒えたお陰か、初汰の身体は先ほどのように硬直しない。
「へっ、残念だったな。もう傷は癒えたんだよ」
初汰はそう言うと、左手に持っているスタンガンをファグルの腰に当てる。
――するとそれと同時にファグルは初汰から距離を取り、スタンガンの攻撃を警戒して初汰の行動に目を光らせながらじりじりと後退していく。
「傷が癒えただと……? いや、でも俺の魔法は血と盟約を交わすから関係無いはずなのに……」
ファグルはぶつぶつと呟きながら初汰たちから距離を取って行き、今の精神が不安定な状態で、かつ数的不利の状態で戦闘を続けるのは危険だと察知し、そのまま村を囲む壁を飛び越えて去って行った。
「ふぅ、何とか追い返せたみたいだな」
初汰は汗を拭いながらそう言った。
「何とかなったっすね」
「ぐっ……。ちっ、流石に無理が祟ったか」
クローキンスは銃をガンポーチにしまうと、近くの家屋によりかかった。
「大丈夫っすか、クロさん!?」
スフィーはクローキンスに駆け寄り、容態を伺う。しかしクローキンスは素っ気なく手を振り、自分の足で歩き出す。それを見た初汰は武器をしまってリーアのもとに戻った。
「リーア! 終わったよ……。リーア?」
初汰がリーアの下へ戻ると、ようやくその異変に気が付いた。リーアは治癒魔法を使用した後に、気絶していたのであった。初汰はリーアに駆け寄って抱きあげた。呼吸は薄く、鼓動も弱々しくはあったが、ギリギリ生を授かっていた。
「リーア! しっかりしてくれ、リーア!」
「初汰じゃないか!」
丁度村民全員の避難を終えた獅子民が戻って来てそう言った。そしてすぐにリーアが抱きあげられているのを視認して、獅子民も駆け寄る。
「どうかしたのか?」
「リーアが……。リーアが……!」
「落ち着け! まだ息はある、疲弊しているだけだ。とにかく今は野営地を設営して休息を取る必要がある」
獅子民はそう言うと、スフィーとクローキンスも集めて村の外に出た。そして動ける村人に声をかけ、野営地設営と村の鎮火の二部隊に分け、効率よく、迅速に怪我人の手当てと厄災を払いのけた。
鎮火を終えた村から、まだ使えそうな家具を何個か運び出し、寝具には優先的に怪我人を寝かせ、健康な村人や初汰やスフィーや獅子民は、草の茂る野原で野宿することになった。




