第四十三話 ~出立~
夜が明けた。怪我を負った村人や、前日の戦闘による疲労が蓄積しているリーアやクローキンスは未だに眠っていた。比較的元気な初汰、獅子民、スフィーは目を覚まし、動けそうな村人たちと協力して村内の無事な家屋に怪我人を運び込んだ。
「ふぅ、後はリーアとクローキンスだな」
十何往復かして、怪我を負った村人を全員村内に運び込むと、初汰は一息ついてから残されているリーアを眺めた。リーアは静かな寝息を立て、全く起きる気配が無かった。初汰はそれを見て、心配が膨らむような、しかし生きていて安心するような、複雑な感情を覚えながらリーアに歩み寄る。
「まだ眠っているようだな」
「あ、オッサン」
手伝いを終えた獅子民とスフィーも村の外に戻って来た。するとそれと同時にクローキンスが起き上がり、不機嫌そうな顔で初汰たちの顔を見回した。
「お目覚めっすね」
スフィーのそんな言葉を無視して、クローキンスは横に置いてあったテンガロンハットを被って村の方を見た。
「……火は収まったのか?」
顔色を変えず、冷静な口調でクローキンスはそう言った。
「はいっす。一晩で何とか収まったっす」
「今は安全な家屋に怪我人を運び終えたところなんだ」
初汰とスフィーがこれまでのことを軽く説明して、クローキンスは小さく頷いて村に向かって行った。
「どうしたんだろ。なんかいつもと雰囲気違ったよな?」
「そうっすね……」
初汰とスフィーは村に向かって歩いて行くクローキンスの背中を眺めながら、いつもとは違う雰囲気を放っていることに違和感を感じてぽつりと言葉を漏らした。
「二人とも、行くぞ」
クローキンスに続いて歩き始めていた獅子民が、立ち止まっている二人に向かって声をかけた。初汰とスフィーはその声にハッとして、リーアを担架に乗せてから足早に獅子民の後を追った。
一行が村内に立ち入ると、村人たちは既に復興作業を開始していた。初汰とスフィーはその姿を見ると、リーアを安全な家屋に運び込んだのちにすぐさま復興作業の手伝いを始めた。一方クローキンスは村に立ち入るとともに足を止め、焼けた村の全貌を見渡していた。
「クローキンス殿?」
立ち止まっているクローキンスを見て、獅子民が声をかけた。
「……少し似ていたんだ。昔の風景にな」
クローキンスはそう言うと、ゆっくりと歩き出して復興作業の手伝いに乗り出す。獅子民は少し首を傾げてから、三人に続いて復興作業を手伝い始めた。
……それから数時間、復興作業もひと段落して初汰たちは小休止を挟んだ。
「まだまだ全然かかりそうだなぁ~」
休憩もせずに作業を続けている数人の村人たちを眺め、その後に壊れた家屋を眺めながら初汰はそう呟いた。
「たった一人の力で村がこんなにされちゃう時代なんすね……」
スフィーも口を尖らせながら、感慨深そうにそう言った。
「そう言えば初汰、帰って来るのが早すぎはしないか?」
思い出したように、獅子民がそう切り出した。
「あ、そうだ。ユーニさんが大変なんだよ!」
初汰も大事なことを思い出し、急に立ち上がると他の三人の顔を見回してそう言った。
「ユーニ殿が?」
「そうなんだよ。時空結界で特訓してたら、ユーニさんの弟が乱入してきて……。それで今、一人で戦ってるんだ」
「なるほど。しかし今の状況では我々が行っても助太刀になるのか……?」
獅子民は疲弊している仲間たちを見た後、復興活動に勤しんでいる村人たちを見た。
「確かに、今の状態で行っても足手まといになっちゃうだけかもな……。それにリーアの容態も気になるし……」
初汰は左手を口に添え、今の状況を打開できる策を考えるが初汰の頭ではいい案が浮かばない。
そうこうしている内に初汰とスフィーは村人たちに呼び出され、復興作業の手伝いを再開した。獅子民は作業を見守りながらいくつかの案を出そうとしたが、どう考えても今この場を離れるのは危険であり、誰が助太刀に行っても足手まといになる可能性が九割ほどであった。残りの一割は奇跡の一割として見積もったが、これも無いものと考えている獅子民は、ユーニが無事に帰って来るまでにこの村を再興するのが優先だと考えた。
そして次の休憩時間にその旨を初汰とスフィーに伝えた。
「やっぱそうなっちゃいますよね……」
初汰は表情を曇らせ、心配そうな声でそう言った。
「でも丸一日帰って来てないとなると、ユーニさんは相当戦ってることになるっすよ?」
「え、スフィーも時空結界のこと知ってたのか?」
「はいっす。記憶が戻ったおかげで。でなんすけど、そこにいたなら初汰にも分かるっすよね?」
「あぁ、ユーニさんはずっと戦ってるってことだよな」
「やはり救援に向かった方が良いのか……?」
初汰とスフィーの会話を聞き、獅子民は再び悩み始める。
「ちょっと外に行って来る」
少しでも気晴らしになるだろうか。と思いながら、初汰はそう言って立ち上がった。他のメンバーはコクリと頷くだけで、声を出すことは無かった。初汰も考え込んでいたせいか、返事があろうが無かろうが関係なくゆっくりと村の外に出て行った。
村の外に出ると、壁に囲まれていないせいか幾分か空気が澄んでいるような気がした。初汰は大きく深呼吸して、だだっ広い野原を眺めた。するとそれが功を奏し、広く平らな野原の奥に一人の人影を見出した。その人影はフラフラと覚束ない足取りでユーミル村に向かってきているようであった。容姿はハッキリと確認することは出来ないが、きっと困っているだろうと思った初汰はその影に駆け寄った。
「大丈夫ですか~!?」
そこそこ近づくと、初汰は声をかけながら走った。するとぼんやり浮かんできた輪郭が見覚えのあることに気が付き、もう少し近づいた時には、その影がユーニであったことに確信を持った。
「ユーニさん!?」
初汰は相手の正体を確かめるようにそう叫んだ。しかし返事は無く、その代わりにその影はその場に倒れ込んだ。
「ユーニさん!」
誰彼言っていられない状況になったので、初汰は倒れた影に駆け寄り、そして抱き起した。それは確かにユーニであった。
「ユーニさん! しっかりしてください!」
初汰はそう言いながらユーニの呼吸と鼓動を確認して、助けを呼びに行くべきか自力で村まで運ぶべきか迷っていた。するとそこにクローキンスが現れた。
「ちっ、遅いから様子を見に来たら、こういう事か」
クローキンスは小言を漏らしながらも、初汰とユーニのもとへ歩み寄り、そして初汰と協力して気を失っているユーニをユーミル村に運び込んだ。
「そうか。ユーニ殿は何とか生きて逃げのびてくれたのだな……」
ユーニはリーアが眠っているのと同じ家屋に運び込まれ、そしてその家屋に初汰たちも集まっていた。そんな中、ぽつりと獅子民が呟いた。
「でも、凄いケガっすね……」
「俺がもっと強ければ……」
「そんなことはない。初汰がこちらに来てくれなければこっちも危なかった」
獅子民はへこむ初汰を見て、慰めるようにそう言った。
「ありがとうオッサン。ちょっとは元気出たよ」
「ちっ、だが、状況はなにも好転していない。このままこの村に留まっているのは危険だが、二人がこの状態ではずっと足踏みせざるを得ない」
クローキンスは眠っているリーアとユーニを眺めながらそう言った。
「確かにそうっすね。でも無理矢理にでも前に進まなきゃダメっす」
「だがどうすると言うのだ?」
獅子民はすぐさまスフィーに突っ込みを入れる。
「あたしの蘇った記憶の中に、『治癒の村』と言うものがあるっす。そこに行って外傷を治癒できる薬草と、リーアを助けるための手段を見つけるっす」
「そこに行けば二人は助かるのか!?」
初汰は話を聞くや否や、初汰は立ち上がってスフィーの方を向いてそう聞いた。
「……確証は無いっす。特にリーアに関しては」
スフィーは申し訳なさそうに、リーアの寝顔を見つめながらそう言った。
「ちっ、その村があるのは事実なんだな? それなら行くしか無いだろ」
「そ、そうっすね」
「あぁ、治癒の村に行ってみよう」
初汰、スフィー、クローキンスの三人は眠っている二人の顔から眼を離し、部屋を出ようとする。
「オッサン、行かないのか?」
未だにベッドの近くで座っている獅子民に向かって、初汰はそう聞いた。
「眠っている二人をこのまま残して行っていいのか迷っていてな」
獅子民は初汰に背中を向けたままそう言った。
「確かにそうだよな……」
「考えているだけでは仕方がない。とりあえず外に出よう」
獅子民はようやくベッドの傍を離れ、初汰と一緒に家屋を出た。そして復興作業を休止している村人たちに旅立つことを告げ、リーアとユーニのことも説明した。治癒の村から戻ってくる際は、今怪我を負っている村人たちの薬草も持ってくるという交渉を経て、二人を預かってもらうことになった。
「よし、じゃあ明日出発だな」
「そうっすね」
「うむ、なるべく早く戻ってこよう」
夜は既に更け始めていた。クローキンスはテンガロンハットを顔の上に乗せ、三人の会話に入ろうとはせず眠っていた。初汰たちも明日の出発に備え、休息を取ることにした。
……翌日、村人たちのざわめきで初汰たちは目覚めた。ざわめきは村の入り口方面からしており、初汰たちは寝ぼけながらも村の入り口に向かった。
「どうかしたんですか?」
初汰は群の最後尾にいる男性に声をかけた。
「村の復興を手伝いたいって言うらしいんだけど、それが、老夫婦らしいんだよ」
「老夫婦……?」
初汰は首を傾げながらも群の隙間を縫って抜けて行くと、村の入り口には人食い沼で戦ったリックとミックが立っていた。
「あ、沼で会った爺さんと婆さんだ」
「ほっほっ。ようやく話の分かる方が来てくれた」
「ふぁふぁ。どうかこの村の護衛を私たちにやらさせてはもらえませんかのぅ?」
二人は初汰を見つけるとすぐに歩み寄り、そう言った。
「それはありがたい話ですけど。なんでこのことを?」
「ランドル坊ちゃんが常にこの村に注意を払っていてくださったのですよ」
「突然の襲撃は防げなかったがのぅ。せめて復興作業でも手伝いたいと願っておられますじゃ」
「そうだったんですか……。分かりました。村の人たちに話してきます」
初汰はそう言うと、老夫婦のことを簡単に説明した。もちろんこの村を無意識に襲っていたことは伏せ、彼らはこの村の救済に手を貸してくれた人物だ。と言って説明した。すると村人たちは老夫婦のことを快く受け入れてくれた。
「あの二人がいるなら、リーアとユーニさんを守ってくれそうだな」
初汰は少しほっとした表情を浮かべながらそう言った。
「うむ、そうだな。これで我々も心置きなく出発することが出来る」
「そうっすね。二人にも何かお土産を持って来ないとっすね」
スフィーはニコニコしながらそう言うと、腰に下げている苦無を確認して歩き出した。
「よっしゃ、それじゃあ出発だ! 待ってくれよ、リーア、ユーニさん……!」
初汰、獅子民、スフィーは入り口で待っているクローキンスと合流して、村人たち、それに加えてリックとミック、二人の声援を背に受けながらユーミル村を発った。




