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このゲームには一応程度だがストーリーが用意されている。近頃のゲームの特徴としてストーリーが申し訳程度にしかないと言うのもあるが、こういった自由度の高いゲームはストーリーをガッツリと作ってしまうと、そのストーリーが終われば飽きて止めてしまう人が多いからだ。それ故にストーリーは小出しに更新して最後の最後まで飽きずにプレイして貰うと言う運営側の狙いでもあったりする。
そのストーリーは最初の町に生を受けた若者が未知や希望を求めて旅立つという基本中の基本の物語でもあり、その間に期間限定の裏話系のストーリーが更新された事もあった。
そして運営が最後に用意したストーリーは、ラスボスすら倒し英雄となって人生を謳歌するも、流石の英雄も老いには勝てずに故郷でもある最初の町に戻ってくると言うものだ。そして、その最初の町の傍にラスボス以上の災厄を擁するダンジョンを見つけてしまうと言うもの。町人にはどうする事も出来ずに、ましてや国が擁する騎士団でも歯が立たないと判っている。だが、そこにはかつてラスボスすら退けた英雄が居た。そしてその英雄は最後の戦いに赴くというストーリーである。
「…にしても、こんなに近くにダンジョンがあるってのに誰も気付かなかったのかねぇ?」
二週間前ぐらいに更新されたストーリーでありながら、その頃には運営停止される事が判っていたからかすでに多くのプレイヤーに攻略されているダンジョンを見つめ、疑問を暗い穴に向かって呟く。
少なくとも今日までここを攻略していないのは俺ぐらいではなかろうか?帰ってきた古参プレイヤーや、高レベルに達している上位プレイヤーは更新されて直ぐに攻略しただろうし、逆にここをいまだに攻略してないのはレベルが足りない組だろう。何度も言っていた通り俺としては農耕出来ればそれで好くて、ストーリーを攻略する心算も無く、そう言った意味ではこのダンジョンは攻略する必要も無く放置していたのだ。だがそうも言っていられない事が分かった。
俺はレベルを5だけ上げる課金アイテムこそ買ったものの、それ以外には一切手を付けていなかった。農耕アイテムだとしても、どうしても欲しかった種があったのだが、その情報を仕入れた頃にはⅡが発売されると言う事が告知された事もあって泣く泣く手を出さなかったのだ。だがその種がここで手に入ると、モンスターから低確率ではあるがドロップすると判ったからにはやはり手に入れたい。
村人60レベルに課金アイテムで更に5レベル上げて、それに他の職業もまた飛びぬけて高い上昇率こそ無いものの、また下がるステータスも無い職業を選んだこともあって、最終ダンジョンと言われようと、それ程問題にならない。更には俺が選んだ村人であると言う事もあって回復アイテムが足りない等と言う事も無く、その最終ダンジョンはその日のうちに攻略出来た。目的の種も何とか手に入れる事も出来て一安心だ。
「そういや、この傍って……」
ダンジョンの帰り道、一応村人の上位職業でもある農民の特殊スキル。傍に採取可能なものがあると知らせてくれるスキルが発動した。一瞬何で?と考えたものの、そう言えばこの傍は俺が最初のフィールドで村人のレベル上げに、最初に作った畑がある場所だと思い出した。
「まさかな、あれからどれだけ時間が経ったと……、一応、見ていくか。」
そして最後に回復の種を植えて魔物避けを設置したはいいものの、その頃には第二フィールドも行き来していた為に、収穫を忘れていた事も思い出した。それ以降すっかり忘れており、すでに魔物避けの効力は切れており、この反応も最初のフィールドで採取できる薬草だろうと、植えた種も無駄になっているだろうとも思いつつも足をそこに運んでみた。
「…ウソだろ、マジかよ。」
足を運んで驚いた。無事に育ったどころか回復の実がいつもの倍近く生っている。魔物避けの方はボロボロになっているが、普通なら消えてなくなり何も残らないそれが、名前を変えて残っていたのだ。
「はは、こんな事で『永久』系のアイテム手に入っちまった。」
そのアイテムの正体は知っている。課金アイテムでもあり、無課金で手に入れる為には生活系の判定に上昇効果のある村人ですら無理だと言われている、それぐらい判定の厳しい高難易度の錬金でしか手に入らないと言われていた、何度使っても消えてなくならない『永久』と呼ばれるアイテムである。
「何で、何時もこんなタイミングで欲しいアイテム手に入るんだろうな。」
口から吐いて出たのは憎まれ口だが、内心では欲しかった農耕アイテムが立て続けに手に入って小躍りしたいぐらいである。顔は間違いなく笑顔だろう。だが後二日しかこのゲームは楽しめない事もあって、やり過ぎで親に今更ゲーム禁止を言い渡される訳にもいかず、少々慌ててログアウトするのだった。
次の日、俺は最初の町の農園に居た。最初の町は、この農園の中央に生える生命の樹を中心にして発展している為、此処が町の中央部に当たる。生命の樹を守る為に、この辺りに町が作られたという設定なのだ。農園に植えられている作物は生命の樹の生命力で育つという設定でもあり、最初の町にある農園は弱いプレイヤー救済目的であるというリアルの事情を、このファンタジーな世界観にマッチするよう設定され作られていた。
態々この農園を借りに来たのには訳がある。どうせならストーリー設定に則って最後を飾りたいと思ったからだ。だから此処に来る前に最終フィールドに存在する俺の農園も潰してきている。
「よし、ここで良いか。」
適当に歩き回り、始めたばかりの頃に感動した、ゲームとは到底思えない景色が一望できる場所を見つけ、鍬を入れ耕す。通称最後の種、正式名称『星飾りの種』は去年の七夕とクリスマスのイベント期間のみ販売された課金アイテムであり、これを育てると幸福になると言われている。正確には生活系スキルで稼げる経験値量を増やす効果があるお助けアイテムでしかないのだが、誰かがオフザケで、生命の樹の天辺にこれを飾り付け、笹代わり、クリスマスツリー代わりにしていたのが受けて、俺も俺もと飾り付けられ七夕、クリスマス当日には生命の樹がキラキラ輝いていたりもした。
もうこれを育てている、所謂農耕民プレイをしているプレイヤーも存在はしないだろう。それをするぐらいなら何処かのダンジョンに潜り、Ⅱへとアイテムを持ち込む準備をしているに違いないからだ。
ザクザクといつもとは違う感覚。近頃は一番効果の良い鍬を使っていたが、ここは最初に使った最底辺の鍬を使った方がそれっぽいからと言う理由で最底辺の鍬を使っているからだ。初めて農耕した時は、この鍬でもサクサク行くと感動したものだが、こんなにも感触が違うものなんだと少し驚く。
「立派になれよ。」
成長する事は分かってはいても、それでも蒔いた種に話しかけてしまい、これゲームだしと笑いが込み上げてきた。
「あーあ、明日で終わりかぁ。」
うーんと伸びをし、設置されている手すりに掴まりながら景色を眺める。キラキラ輝く太陽から発せられた光も、吹く風も、それに揺られる草木も、青空もそこに流れる白い雲も全て偽物だ。だけど俺のこのゲームでやってきた苦労も、それ以上に楽しんだ思い出も全部本物で、子供とされる年代の内に出会えたことに感謝を込めて。
「あぁぁり…がぁとっうっ!!」
両手を上げて馬鹿みたいに叫んでみた。山彦までは流石に実装されなかったようで、それこそ俺一人で馬鹿をやっただけ。昔ならばぎょっと驚く人や、馬鹿にするようにこっちを見る人。クスクス笑う人も居ただろうが、今ここに居るのは俺一人である。物寂しさを感じながら苦笑しつつ俺はログアウトした。
最終日、目の前にはキラキラ輝く星型の実を生らす木があった。星飾りの実が一つだけ生ったそれ。最後の収穫であり、これをイベントリに仕舞ってから俺はこのゲームを引退する心算であった。現実では昼過ぎぐらいだろうか、高校の卒業式も終わり、一端帰宅した所だ。この後卒業パーティーを友人たちと行う予定で、明日は友人の中にはゲームショップに朝から並ぶ奴も居る事だろう。
「はは、そうだな。最後だし、飾り付けていくか。」
七夕でもクリスマスでもないけど、それでもイベントリに仕舞うだけってのも味気ない。だからこそ最初の予定を変更して、生命の樹にこの星飾りの実を飾り付けて行く事にした。微妙に変な気分でもあるが、このゲームの卒業式でもあると考えて、恭しく生命の樹の天辺に飾り付けた。
「やっぱり季節外れ。でも、これで終わりだな。……うん、いいじゃないか?」
結局このゲームでは最後までソロのボッチプレイヤーでもあったが、それでも途中協力してくれたプレイヤーも居た。なんだかんだと騒がしかった日もあった。在りし日を思い返し目の前の季節外れのクリスマスツリーが無性におかしくなって、思わず笑っていると、涙が溢れてきて。卒業式でも泣かなかったのにと、俺にとってはこのゲームをしていた日々が大切なものだったんだと気付かされた。
「ひぐっ、えぐっ……わか、判ってるってのっ!!」
誰も居ない事を良い事に号泣していると、現実の方で煩く携帯が鳴り始めた。ログインしてから結構な時間が経っている事に気付き、友人たちからの催促の電話だろうことは予測がつく。一度泣き腫らして真っ赤にした目を擦り、前を向く。無言でこの世界に感謝を込めて礼をした。その姿のまま俺のアバタ―は光と消えた。