5-7
俺の目の前には倒れ伏した九尾の幼女ことセキノモリノヒメが居た。俺は何が起きたのやらと抱きしめている為に目が合ったイクスと首を傾げる。
「だから言ったじゃないですか、駄目って。」
「ぬぐぐぐ……もう少しでわらわの勝ちじゃったんじゃぞ!?」
巨大な九本の尻尾の影から、案の定無事だった。ひょっこり顔を出したパッセがセキノモリノヒメの傍にしゃがみ込み、抱え起こしている。状態を見ているようだ。
俺の頭上にて大きく開けた咢。そのまま俺を食らおうとして、横から飛び出したイクスの魔法で押し返された九尾の狐は、少しばかり驚いたぞとばかりにそのまま力尽くで突破。
もうどうしようもないと考えた俺は、イクスを逃がす為にイクスに手を伸ばし、イクスにその手を取られ、そのまま抱き着くように俺の腕の中へとやってきたイクスに驚く。
「おい!?」
「あら、私は尻軽女じゃないもの。」
「言ってないだろ!それよりもっ!!」
「逃げないわよ。少なくとも、キッシュとやることやったあの日には、覚悟を決めてたもの。」
「だけどっ……んむっ!?」
「好きよ、キッシュ。」
俺の腕をしっかり抱きしめている以上、投げる事すら出来ないと、逃がす事が出来ないと抗議すれば、イクスはセキノモリノヒメとの言い合いで言われた言葉を引き合いに出して、逃げる事はしないと言い張った。イクスにとっては命よりも大事な事だったのだろう。
それに俺が無理やり引き放さないように、少なくともイクスにとっては食事同然だった屋根の上での体を重ねた事実を曲げてまで、俺の背中へと手を回してきた。
このことはイクスから聞いてはいる。三回目ぐらいの時にだったと思う。やった後に一回目は間違いなく食事行為であったと聞かされてへこんだから、はっきりと覚えている。
俺が鬼族である事を逆手にとって無理やり引き放そうとすることを防いだのだ。それでもなお説得しようとする俺の口を自身の口で防ぎ、普段の行為の時の様な濃厚なそれとは違う触れ合う様なキスの後、イクスは微笑みながら告白してくる。
「……っあまっずっぱぁっ!?ええいっ!!いい加減にせんかっお主等は!!時と場所ぐらいわきまえんかっ!!」
そんなツッコミが聞こえた瞬間、俺達は食われた筈だったんだよなぁ……
「くっそぉぅ……」
悔し気に地面を叩く幼女。食われたと思ったら暗闇の光と言えばいいのか、あくまで暗視出来るからこそそう表現するような、結果だけ言えば俺達は無事だった。
ポフリという何とも気の抜けた音の後、九尾の狐の巨体が縮み、目の前にはセキモリノヒメが現れたと言う訳だ。
「ここの所寝ぼけた冬眠中の蛇や、落ちて来たミミズぐらいしか食っとらんかったからなぁ。」
「うおい!?俺達助かった理由、そんなこと!?…あ、いや、助かったのは良いんだけどさ……」
セキノモリノヒメの言葉に咄嗟に俺はツッコミを入れていた。要はあれだ。お腹が空いて力が出ないってやつだ。
「姫様は少し反省してください。」
「いやちょ、待つのじゃパッセ。少なくとも、お主は怒らねばなるまいに!?」
「何故ですか?」
「いや何故って、この女はこの町が終わったと言ったのじゃぞ!?」
「言ってないでしょ。」
「えっ!?いや、しかし、じゃな?」
「言ってないでしょ。」
「うえっ!?」
「言ってないですよね。」
「…………はい。」
「よろしい。」
笑顔のパッセに言いくるめられる幼女。徐々に笑顔に影が差していく様が一種のホラーの様で。セキノモリノヒメも最終的には半泣きになって折れた。
「すみません。うちの姫様はお腹が空くと不機嫌になっちゃうんです。キッシュさんの傷も今治しますね?」
「わらわは一体なんなんじゃっ!?」
「見た目通りだと思いますよ?」
俺の傷を回復魔法で癒していくパッセ。ノームは精霊種である為、一応程度だが回復魔法を覚える事が出来たはずだが、だがしかしその回復魔法を覚えるのはかなり後半のレベル帯だったはずで。という事はパッセは100レベル近いという事になる。
「あ~……、腹減ってんなら、これでも食うか?」
傷をパッセに直してもらい、動けるようになった俺は、パッセにあしらわれ不機嫌そうにそっぽを向くセキノモリノヒメに近付きながら、イベントリから取り出したステーキ肉を差し出す。このステーキ肉は父の日のイベントで手に入れた厚めのステーキ肉で焼き上がりに判定があり、その焼き上がり具合で名前と効果が変わると言うアイテムだった。
判定に上昇効果のあった村人だった俺は、大量に高効果の『ステキなステーキ』を量産しており、その一部をイベントリに入れておいたのだ。効果はHPとMPの完全回復に加え、各種状態異常の回復と言うもの。少なくとも今の腹を空かしてぶっ倒れてしまう様なセキノモリノヒメに食わせる分には最適だろう。
「あ、あのねぇキッシュ。」
「もう、襲わないんだろ?」
俺の取り出した分厚い肉を見たセキノモリノヒメは、ジュルと唾を呑み込んだ。少し可笑しくなり、肉を渡せば、イクスが呆れたように俺の名前を呼ぶ。
イクスが何を心配しているのかは判る。
腹を満たし、回復したセキノモリノヒメが再び俺達を襲わないかと心配しているのだ。だが俺はもうセキノモリノヒメが俺達を襲わないと確信している。
イクスの言葉を聞いてはいたが、意図的にそれを無視してステキなステーキに貪り付いているセキノモリノヒメに問いかけた。俺の問いかけに顔を俯かせながら、小さくウンと頷く。
「そんで、なんで怒ったんだ?はじめはただの口喧嘩だったよな?」
俺の質問にぽつりぽつりとセキノモリノヒメは答えてくれる。所々パッセが補足していたが。それによると、さっき二人で言い合っていた、イクスの終わった女発言が気に障ったのだと。
「元々、姫様はこの町の守り神でしたから。」
九尾の狐は五行で言う所の土にあたる存在で、主にノームやドワーフといった土の精霊の血を引く様々な人種が作り発展させていったこの町の守り神代わりとして加護を与えていたが、どんなに九尾の狐がボスクラスの魔獣だといえ、流石に自然災害には勝てず、この町は近くで起きた大噴火の影響で地下へと閉じ込められたのだ。
閉じ込められたといえど、この町に住む過半数は土の精霊の血を引いて居る為、すぐには問題は起きなかった。極々一部の種族が発狂し滅ぼされたぐらいで、そもそも大地のある所であれば、飲まず食わずでも生きていけるのが精霊種の強みでもあったからだ。
ドワーフの一部が、太陽光の無い場所でも育つ食物から酒を作り出し、宴会でつまみが無いと騒いだなどという思い出話も聞かされた。
「最初は閉じ込められたぐらいにしか考えておらんかった。」
今から二千年ぐらい前から、この町に新しい命が宿る事が少なくなってきた。医療が発達し、高齢化が進むも、元々頑丈な土の精霊種である以上、出産であろうとも母体に危険が迫る事は少ない。鬼の一族のように、たった一人に躁をたてている訳でも無く、普通ならばもう少し爆発的に増えなければおかしい。
だがその時はそんな年もあるさと気にしなかったそうだ。
「おかしいと思い始めたのは、それから五百年ぐらい経ってからじゃったな。」
毎年何人かは生まれていた為、気付くのが遅れたのだ。その時には人口が閉じ込められる前の四分の一までなっていたそうだ。色々対策をとったがそれでも人口が増える事は無く、日増しにどんどんと減っていき、数百年前にパッセが生まれたのを最後に、子供が生まれる事も無く、パッセの親が数年前に逝き、この町の住民はパッセ一人となった。
「わらわは守り神じゃ。例え一人でも住民が居るのならば、守り通すのが筋じゃろう?」
「……そうね。ごめんなさい。終わった女なんて、言って。ごめんなさい。」
「よいよい、売り言葉に買い言葉じゃったんじゃからな。」
二人の話を聞いて、イクスが涙ぐみながらセキノモリノヒメに頭を下げている。セキノモリノヒメも許し、仲直りしていた。
「ほれ、お主等もそろそろ帰らんか。もしかすると、この辺りに変な病気でも流行っていたのかもしれんぞ?」
「いや、多分違う。」
「何じゃと?」
子供が生まれなくなっていったのは、病気の所為だったのではと予想するセキノモリノヒメに、ファンタジーな世界の病気どころか、元の世界でも家庭の医学書以上の知識すらない状態で断定はできないが、俺は否定した。
「血が濃くなりすぎて遺伝子障害を起こしたんじゃないのか?」
「遺伝子、ですか?」
「あ、ああ。」
俺は前の世界のネットで拾った知識を教えた。あやふやだし、何処で知った知識か判らないがと前置きして。
土の精霊種は頑丈なのが売り。だがその反面子供が他の種族と比べて作り辛いという特性を元々持って入る。持っては居ても、それ以上の多淫で大量に精を貰えば、普通の人ぐらいの子供は作れ、ましてや寿命が長ければ一生に産む子供の数も多くはなるが。
閉じ込められた閉鎖空間で行われる性行為では、他者の血が混じる事がなくなり、近親婚ばかりとなってしまう。そして、どんどん血が濃くなり遺伝病を起こした。子供が生まれ辛くなるという特性のみが独り歩きをし、そして子供が生まれなくなっていったというのが原因ではないかなと話した。
「なんじゃと、じゃ、じゃあ、外に出ればよかっただけなのか!?」
「そんな……」
驚きを露わにする二人。閉じ込められた所で問題などないからと、周り全部を土で囲まれた暮らしやすい現状に納得してしまって、外に出なくなった為に起きた悲劇でもあった。
「なら、出ればいいじゃない。」
「なぬ?」
「だから、外に出ればいいじゃない。あなた達は生きているのよ?」
「そ、それは、そうなんじゃがな?」
「ここは埋めちまえ。」
「なんじゃとっ!!」
「だって、ここに眠ってんのって、全部土の精霊種なんだろ?だったら土の下の方が安らかに眠れそうじゃねぇか。」
落ち込む二人に外に出ればいいと言ったイクス。この町の住人を放っておく訳にはいかないというセキノモリノヒメに、だったら周り全部を土で囲んでやればいいだろと俺も告げた。
「は、はは、あははは、面白い提案じゃな。」
「ええ、本当に。で、姫様はどうします?」
「そんなの決まっておるじゃろ?」
俺達の村に、住人が二人加わったのだった。




