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「よし、こんなもんだろう。」
俺は袖で汗を拭った。木々の隙間から零れるようにして、真上に来た太陽の光が差し込んでいる。風に揺れる葉の擦れる音が耳に心地いい。
「……にしても、俺も気にしなくなってきたなぁ。」
あの傭兵ギルドに忍び込み、ダンジョン攻略から約1週間が経とうとしている。アニーキが率いる鬼の傭兵団を雇い、村の、村といえるかどうか判らないほどボロボロの家々に子供しかいない状態を見て、アニーキ達も絶句していた。引っ越しを完了と言える状態に、今まさになったのだ。
魔人族には、普通に生活圏が空の生き物も居れば、移動手段として自前の羽を持っているものも少なくなく、上空から村が見つからないように木々を植えて、育てて隠したのだ。
村の周りには魔獣が嫌がる臭いを発する木々を柵の中心にし、それを埋め込むように支柱代わりとし、石組で壁を作ったのだ。
家の方は、中心に大きな屋敷を建て、その周りにプレハブ小屋を複数建てた。その更に外側に、なんだかんだとこの村を拠点代わりに使っているアニーキ達の為の宿をいくつか。
それに、傍に流れる川から水を引っ張ってきて作った人工の池に、その上に設置した公衆便所。便器の形は一応和式と洋式がある。ぼっとんじゃないぞ。あれはこの村の住人が小さい子等ばかりなので、落ちる事を心配して、わざわざこの形にしたのだから。
池からポンプでくみ上げた水で、池へと汚物を流す。池には昔、ゲームの時に人気美食マンガとコラボした時に手に入れた『ロカフグ』という生き物を放ってある。
このロカフグ、汚物を食べて成長し、汚れた水を濾過して、それこそ泥水すら飲み水に変えてしまう程。更にはこのロカフグは、一応農耕用アイテムであった。成長しきったロカフグを地中に埋めると、そこそこレベルの肥料アイテムとして使えるのだ。
まだまだ育っていない為、肥料として使える日は遠い。遠いとか言っているが、その前に畑を耕し作らなければいけないのだが。
そんな村を見渡しながら、元の世界では完全にクビになった事だろうと考えていた。連絡も出来ず、苦労して就職したのに、それこそ引っ越しのまさに当日。この世界に来た当初はその事に気を病んでいたというに。
むしろ今では、思いっきり農耕出来るのではないかと期待に胸を膨らませている。可愛い彼女と呼んでいいのか判らないが、イクスと体を重ねた回数もそれなりになってきていた。
イクスにとっては食事でしかなく、今までの分を取り戻すかのように毎晩毎晩、キッシュの肉体を持つ俺が疲れるほど。
「他の連中とはしないのか?」
「あら?キッシュってばおかしな事を言うのね。一応、私も悪いと思って鬼族に合わせていたんだけど?」
行為後に、サキュバスのこういった行為が食事として扱われる事から、護衛として雇われている他の鬼族とそういった行為に及ばないのかと聞いた。その時のイクスの返答がこれである。
鬼族の肉体は強靭であり、下手な怪我や病気は、その肉体から生み出される体力の前に回れ右をする。それは生まれたばかりの赤ん坊ですら例外ではなく、だからこそ子を多く生そうとはしない。だからこそ大体の鬼族は、気の合った一夫一妻で生涯を添い遂げる。そして浮気や多人数と肉体関係を持つのを嫌がる傾向にあるのだ。
文字通り男を食い物にするサキュバスである以上、他種族のとはいえ、そういった精事情には詳しくないといけない。そしてキッシュの精気が、イクスと合ったのもあって、極上と言えたその事もあり、キッシュと肉体関係を維持するためにも、イクスは他の鬼族とは肉体関係を持たないようにしていた。
「一応、あの子達にもそれは伝えてはあるんだけどね。」
苦笑しながらそう言うイクス。だが精の味を覚えたばかりのサキュバスが暴走してしまうように、初めて鬼の傭兵団員の精を吸った子供等は案の定、日替わりにとっかえひっかえ相手を変えて行為に励んでいた。
「だから、これからも精気を絞り出してくれるんだったら、彼女でも妻でも、好きに紹介していいわよ?」
行為後というのもあって、そう言いつつ妖艶に微笑まれ顔を真っ赤にしてしまった。
「あぁ……、今日も暑くなりそうだな。」
その時の事を思い出し、キッシュは赤くなった顔を手で仰ぎながら、再び視線を上へと向けた。
踏み固められた地面。雑草は生えておらず、少し離れた場所に手入れされた芝生があるぐらい。広さは通っていた小学校の校庭ぐらいだと、ハンドルネームが『ユウキ』である人物は周りを見渡す。
「流石は勇者様です。我がロードサイドの兵達がこんなにもあっさりと破るとは。」
この国の紋章が胸の部分にある揃いの同じ武具を身に着けた兵士達が座り込んでいる中を、真っすぐユウキの方へと歩いてくる少女。太陽光が反射しキラキラと輝く長い髪に、小顔なのもあって大きく見える青い瞳が髪と同じくキラキラ輝く。線は細いが出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる。だが身長がやや低い。女性としてもやや低いぐらいか。
「そうでも無いさ。今回はあくまで一対一の戦いだったからね。身体能力任せの力押しで何とかなったけど、もし兵士の最も得意な戦い方。所謂連携を基本とした集団戦になれば、むしろ俺の方が足を引っ張るんじゃないかな。」
少女の言葉にそんな事はないと首を振る。たとえ望まないにしても、帰る為には言う事を聞かなければいけないのだから。
ユウキは自分を勇者として召喚した、目の前の少女。人族領の中でも最も大国であるロードサイドの三番目の姫君であるリリィ=ファ=ロードサイドを見つめた。
体力の限界で座り込んでいる兵士からすれば、勇者であるユウキの実力を目の当たりにし、ユウキに気遣われ、そんな勇者を労う為にやってきた姫君と見つめ合う。そんな英雄物語の一場面を目撃したかのように考えるだろうが、ユウキにとっては、目の前のリリィが今度は何をしでかすのかと警戒しているだけだ。
ユウキはゲームを始めようとしていただけの筈で、今のように兵士と戦う必要等なかった筈なのだ。あ、いや、ゲームの中のクエスト次第では判らなかったが。
魔族と人族が大陸の覇権の為に争っており、それを打開する為に勇者を召喚する。溢れている英雄の物語の様ではないか。これがゲームだと言われたのならば、まだ納得は出来るが。
「あら、勇者様の腕に切り傷が。」
「……いつの間にかすったのやら。」
「今治しますわ。『リ・カバリー』」
リリィに指摘されて気付いたユウキの腕の裏側。普通にしていれば気付きにくい場所に出来た切り傷を、目ざとく見つけたリリィが、その切り傷のある場所に回復魔法をかける。
そうこれだ。切り傷にも痛みはあるし、回復魔法を掛けられている間、ほんのりと暖かくなる感覚に、これがゲーム等ではなく現実だと認識させる。
「勇者様には魔王を倒し、この大地を取り戻して貰わなければいけないのですから。」
これだ。ある日突然、昔やっていたゲームのキャラクターとして召喚されてから、何かある毎に過保護にされ、そしてこの言葉を聞かされ続けたのだ。警戒もすると言うものだ。
はぁと溜息を一つ吐く。空はやや紅みかかってきていた。




