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時は少しだけ巻き戻る。アニーキが落下するハーゲテーナイを助けに行ったのを見たキッシュは、改めて目の前の巨大鶏と相対した。目の前のふざけた姿だが、間違いなく竜種であり、農耕用魔獣でありながら、基本的なステータスが限界を突破していると言っていいキッシュを軽々と追い詰める。
何よりゲームのときと違うのは、コッケイオウが空中から中々降りてこないという事。キッシュめがけて突っ込んで来る時も、炎のブレスを吐く時も、羽ばたき常に空中に居る。
その所為でキッシュが反撃行動を起こそうとすると、すぐさま滑空体勢へと移行。距離を離される。コッケイオウとしてもキッシュとの実力差を感じ取っているのか、警戒に警戒を重ねているからだ。
ゲームの時に、定期的に地面に降り立ったのは、それがあくまでゲームの話であり、プレイヤーに攻略させる為でもある。だからこそダンジョンに溜まった魔力で生み出されたとしても、コッケイオウは確かに生きていると言えた。
言えたのだが、それでこうまで苦労するのはキッシュとしては勘弁してほしかった。
「ああ、もう!……いっそ投げちまうか?」
視線は、右手に持った新しくイベントリから取り出したビックフッドトレントから採取した武器替わりの丸太に注がれる。今もコッケイオウに反撃をしようとして逃げられ、キッシュもイライラしていた。
思いついた反撃方法は、それなりに良い方法だと思える。ビックフットトレントの丸太はイベントリ内に結構な数があり、イベントリから取り出すタイミングで少なくない隙を晒す事になろうとも、一応程度だとしても遠距離攻撃の手段になりえるし、その隙にコッケイオウが突撃してきたとしても、そもそもキッシュとしては素手で戦った方が強いのだから。
「おらぁっ!!」
コッケイオウが滑空状態から、その場で羽ばたき浮遊する状態へと移行する瞬間を狙い、丸太をまるで空中に突き出すようにコッケイオウへと投げ放つ。
コッケイオウは竜種という種族の割に、その見た目は鳥類のそれ。たとえ洞窟内の明かりが月明かりしかない薄暗かろうと、鳥類の中でも夜目の利かない鶏に似ていようとも、そこは流石に竜種。当然のように視力、動体視力も含むそれは人の視力を大幅に上回る。
キッシュの高い身体能力で投げられた丸太は、その形ゆえにどうしても減速してしまう。だが下手な投擲用の槍よりも速い速度で突き進んだそれを、コッケイオウは辛うじて避けた。避けたが翼を掠め、空中に白い羽根を舞い散らせる。
「よっしゃ!!」
掠めただけとはいえ、ここにきて初めて目に見える形でのダメージにキッシュは意気を揚げる。だがすぐさま何かがおかしい事に気付いた。舞っている羽根が何時まで経っても落ちてこないのだ。
「は、えっ!?」
それどころかまるでキッシュを威嚇するかのように尖った方をキッシュに向ける。素っ頓狂な声を上げるキッシュに向かって宙を舞う羽根は何かを待つようにその場に停滞した。
こっけ、コッケイオォォォォ……
コッケイオウが一鳴き。するとまるで羽根は生き物の様に宙を舞い、キッシュに向かって殺到した。
「おわっ!?」
頭上から迫りくる鋭い切っ先を持った羽根の一枚を、半身になって避ける。瞬間、その場で跳び上がる。後ろから同時に来ていた羽根を避ける為だ。
キッシュの身体能力ならば耐えられるかもしれないが、それでもキッシュの肉体になっているとは言っても、刃物を向けられた現代日本人が恐れを抱かない筈も無い。実際羽根の軌跡が地面を抉り取る。
右から、左から、上から、後ろから。散らした羽根の数は数え切れないほどであり、キッシュの周りを囲む。
「しまった!?」
正面から来ていた羽根を避けた。後ろでは落ちたハーゲテーナイを抱きかかえたアニーキが居る。羽根を避けた為に、勢いの付いた羽根は二人の下へと飛んでいった。
後ろから聞こえてくるハーゲテーナイの驚いた叫び声とアニーキの怒鳴り声に二人の無事を確認する。だがそれ以上に今は他の事に構っている余裕はなさそうだった。これからが本番だとばかりに羽根の飛び回る速度が上がってきたのだ。
咄嗟にイベントリから取り出したビックフットトレントの丸太を斜めに構え、正面から飛んできた羽根数本をブロックするも、斜め後ろから飛んできた羽根に軽々と切断されてしまう。
羽根にばかり意識を割いては居られない。今はまだ様子見とばかりに動かないコッケイオウだったが、もしこのままブレスでも吐かれてしまえば、避ける為に体勢を崩し、そこに羽根が殺到するか、はたまたその逆か。ピンチである。
(せめて、せめて一瞬だけでも動きが止まったのなら!!)
コッケイオウはキッシュが投げた丸太で翼を怪我したのか、さっきまでの様に常に浮いているような状態ではなく、地面に足をつけこちらを見ている。
ティムする為には、最低限二度の攻撃が必要。それもダメージとなるものが。ゲームの仕様であったが、すくなくともそれに倣うのならば条件は満たしている。一度の攻撃は翼を掠めたあの攻撃。もう一度はティムアタックと呼ばれる、この攻撃で魔獣を屈服させティムさせる物で、そのスキルを使うための準備は終わっているのに。
一瞬でいい。この舞う羽根の動きが止まったのならば、又はコッケイオウの意識が逸れるかすれば、キッシュの身体能力でもって突破し、ティムアタックを決めることが出来るのだが。
「なっ!?」
体は向かってくる羽根を裁き、避け、だが頭ではそんな事を考えつつ焦りから汗が噴き出してくる。目に汗が入り、一瞬だが視界が狭まる。それこそ文字通り瞬きをする様な短い時間であったが、それでも再び目を開けると、すぐそばに羽根が迫ってきていた。
赤い風が通り過ぎる。
キッシュが攻撃を食らった訳ではない。もう駄目だとキッシュが思った瞬間、その隣を赤い何かが通り過ぎたのだ。キッシュの動体視力をもってしても正確には見る事が叶わなかったそれは、通り過ぎるついでとばかりに全ての舞う羽根を切り捨てて行った。
力なく地面にひらひらと落ちてくる羽根。その赤い何かはその速度を維持したままコッケイオウへと飛び掛かった。
「………赤い角突きのシヤ……」
キッシュの後ろ側、少し離れた場所で呆然とした声色で呟かれたアニーキの声がやけに響く。
「まさか、激昂っ!?」
その言葉に改めてその赤い何かを見れば、影を見る程度しか見れないが、そのシルエットは四夜のもの。
そんな四夜の様子にキッシュは一つだけ思い至るスキル名を叫んだ。




