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傭兵ギルドのすぐ傍。正確には周りに何もない傭兵ギルドの裏手に当たる場所なんだが。そこで俺は、直径5メートルに満たない円の中で、ギルドで伸してしまった鬼よりもさらに巨体な鬼と相対していた。
「いや、なんで相撲!?」
「はっ、鬼の決着の付け方なんざぁ、古今東西これだろう。」
周りで騒ぐのは巨漢で強面の鬼ばかり。もし何も知らない状態で相対しているのであれば緊張の一つもするだろうが、だが俺にとっては見知った競技であり、だからこそ緊張感のない疑問の声を上げた。
俺の疑問に律儀に答える目の前の鬼。周りからは頭領やアニキと呼ばれている目の前の鬼は、深呼吸をしながらストレッチ。体を解している。
「判ってんだろうな。逃げたら負けだぜ?」
「要は変化や小手先の技は使うなって事だろ。」
「おうさ。おい、合図を頼む。」
鬼の相撲は文字通り力と力のぶつかり合い。体と体をぶつけあって押し出した方が勝ちであり、もしその突っ込んでくる巨体に恐怖し、避けてしまったりすれば、例え突っ込んできた方が手を付いたとしても、避けた方が負けとなる。またまわしも無い為、基本的に吊り技もない。
頭領と呼ばれた鬼は、周りを囲む鬼の一人に合図を頼み、仕切り線の手前に拳を付いた。俺もそれに続く。
「はっけよいっ……のこったっ!!」
行司役の鬼の掛け声と共に轟音が上がる。俺と目の前の巨漢がぶつかった為に起きた音だ。半身になり、肩からぶつかる。所謂シュルダータックルの形だ。ただ身長差から、相手の方が上から押しつぶすように、俺はアッパー気味にカチ上げる形となったが。
「ぐっ、俺の巨体をその形で止めやがるかっ!?」
「くっ、イッテェ……」
驚いたことに、俺に、キッシュの肉体にダメージが入った。そのことから目の前の鬼が高レベルである事が窺い知れる。
そもそも俺の肉体は通常の最高レベルである鬼の倍近い身体能力があるはずなのだ。得意なステータス、苦手なステータスがあるから全体的な評価でしかなく、鬼が最も高くなる力のステータス自体はそれほど差はないが、それでもキッシュのレベルはMAXである100。という事は目の前の鬼のレベルもまた100あるという事になる。
鬼の相撲は力の勝負。だからこそ突っ張りのような腕で相手を押し出すような事もない。ただしより力をぶつける為に態と相手を腕で押して、勢いをつける距離を開けたりはする。
「がっ!?てめぇっ!!」
向こうも同じことを考えたのか、高速で腕を突き出してきたものの、同じく突き出していた俺の腕に弾かれる。力という面では、少しばかりこちらが有利程度では、その他のステータスも軒並み高い俺には届かない。
向こうの腕を弾いた時に、少しばかり狙って肘関節の間を叩いてやれば、痺れたのか腕を振りながら俺を睨み付けて来た。
「ふんっ!!」
「ぐおっ!?」
開いた距離、痺れた腕を庇い崩れた体制。ゲームではボッチプレイをしていた為に、敵のちょっとした隙を見逃す筈も無く、相手の腹部へと向かって、確りと大地を踏み込み頭から突っ込んだ。身長差からどうしても当たる場所は腹部となってしまう。息を強制的に吐き出さされながら、土俵際まで吹き飛ぶようにして下がったが相手もさるもの。爪先だけでなんとかブレーキを掛け、踏みとどまる。
「おらぁ!!」
「うぐっ!?…ぐぐ、ぐおぉ!!」
後一歩。それで土俵を割る所まで押し込めたが、吹き飛ばした所為で距離が離れ、さっきの仕返しだとばかりに突き飛ばしに来る。もそれを俺は額で受け、さらに踏み込んでいた。
相手の鬼は文字通り後がない状態。まわしが無い為相手の脇に腕を挿し、無理やり押し出そうとするも俺の身長が低い事を利用して同じく脇に腕を挿して、俺を浮かそうとして来る。浮かされては踏ん張れない為負けると感じた俺は、全体重すらも下へと引き込む要素にして浮かされるのを阻止。その為に押し込む力が弱くなり、だがキッシュの身体能力の方が勝っているために相手も前へと進めなくなってしまった。
鬼の相撲、本来の形である力勝負へと縺れ込んでしまったのだ。
時間は少し遡る。四夜さんの手伝い、少しでもマシな傭兵を探す手伝いをしようにも、鬼の傭兵団に喧嘩を売ってしまった俺らは、これ以上騒ぎを大きくしない為にも一度ギルドを出ようという話になった。
俺達の方でも引っ越しの為に傭兵を探さなければいけない。だが一日二日で見つかるとは思ってなかったとハーゲテーナイから聞かされ、ハーゲテーナイの知り合い、この町には結構な数が居るそうだ。の経営する宿屋に向かうという事になったのだ。
「でも本当に気を付けてね。あの連中、キッシュ君が軽く捻っちゃったから下手の事はしないと思うけど。それでも団長が出て来た訳じゃないし、流石のキッシュ君も最前線クラスでは苦戦すると思うから。」
「あ、あのねぇ、ミシュリー……、曲がりなりにも傭兵ギルドの受付嬢が、傭兵団の実力をばらしても良いのかしら?」
「あら、あくまで依頼者の為に、ある程度の開示は許可されているのよ?」
後ろから俺に抱き着きながらそう告げてくるミシュリーを見ながら、呆れたように脱力気味にハーゲテーナイが注意する。俺は後頭部に当たる豊満な柔らかいそれに意識を向けながら、頭の上で交わされる会話を聞いていた。
「そんなにエロフって言われたのが嬉しかったのかしら?」
「当り前でしょう。いくらエルフが年の取らない種族だと言われたとしても、こんなおばあちゃんにエロフっていう人なんか、なかなか居ないわよ。」
「はい?」
だが聞こえて来た会話の中に聞き捨てならない言葉が出て来た。どう見ても二十代それも無理やり見れば後半に届くかと言う見た目。なのにおばあちゃんという。
「ああ、もしかしてキッシュってば知らなかった?」
「あら?だとしたらエロフの意味も知らないとか?」
「ありえそうね。この子人間族領の出身みたいだしねぇ。エルフの事は知っててもおかしくはなさそうだけど、人間族領だとエルフ族とは交友薄いそうだし。あのねぇ……」
ハーゲテーナイ曰く、まずミシュリーさんの年齢は700歳を超えているそうだ。その辺りは長命種であるエルフであるから、そこまで不思議ではなく。主にエルフの寿命は1000年ぐらい。100歳まで緩やかに成長し、大体150年ぐらいで成長は止まる。人間でいうところの10代後半から20代前半ぐらいの容姿で。そこから750~800歳ぐらいから歳を取り始め、皺くちゃのおばあさんになるのだそうだ。
ミシュリーさんはその手前ぐらい。見た目こそ若いが、人間で言う所の大体70歳を過ぎたぐらいなのだそうだ。
さらに俺が思わず言い放ったエロフという言葉は、ミシュリーさんの様な豊満な体形をしたエルフは珍しい部類で、大体が細身で男なのか女なのか判らない体形をしているエルフにとっては、思わず押し倒し犯したいと思う程の魅力を備えた女性という褒め言葉であるのだそうだ。
「あの連中は外に出て行ったみたいね。」
「ならちょっと待ってから出て行きましょう。」
俺がミシュリーさんの年齢のギャップ等に固まっている間に、当のミシュリーさんは顔だけ出して酒場やカウンターの方を覗いている。
あの俺が伸してしまった鬼の傭兵連中は、俺達を探しに外へと行ったようだ。この辺りは周りに何もない為、隠れる事も出来ない以上、戻ってこない事を願いながら、少しだけ待ってこっそり出て行くのが正解だろう。
そして少しの間談笑しながら、あの連中は戻ってこなかった為に外へと扉を開けて出た。
「よう、お前さん等だろう?子分達をやってくれたのは。少し面貸せや。」
そこでまんまと捕まったのだ。




