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「えっと、本当に此処か?」
「そうよ。言ったでしょ。徴兵で男でを取られたから村を引っ越すって。」
「それだけには見えないんだが……」
「……まぁ、そうよね……」
ハーゲテーナイに案内され、村だと言い張る場所までやってきた。そこで見たものは明らかな廃村。長閑とか見るもののないとか、まだその方が遥かにマシと言えるような、所々に倒壊した家々が点在し、畑だろうと思われる場所は荒らされ、動物小屋だったと思われる小さな小屋は粉々に、あちらこちらで火が燻っている。
「女手もね。娼婦としてだって。」
「いいのかよ?」
「あら?ここはサキュバスの村よ?喜んで付いていったわ。」
「ああ、まぁ、それは……」
そりゃ、サキュバスの主な食事は精気である以上、しかもやることやって体内に取り込むのだから、娼婦というのはサキュバスという種族にとっては天職なのだろうが。
「ならこの惨状は何なんだ?」
「……最初はね。皆、特に女衆はこの兵役に大賛成だったのよ。」
尋ねた疑問に俯き気味に語りだしたハーゲテーナイ。強制懲役とはいえ、それに反対していたのは魔王軍の実情を知っている先代のものばかり。あとは少数のインキュバス、男連中であった。インキュバスという種族はあまり強くはない。
だからか、強さこそ何よりも重要視する魔王軍において、たいした地位には付けず、奴隷扱いが精々という待遇になるからで、逆にサキュバスはその美麗な容姿や、精気を集めれば集めるほど強くなる性質上、それなりに優遇はされる。
「…私もね、最初は賛成に回っていたんだけどね。」
「それは…」
「なのにあの男っ!!この私を見て、化け物っ!!って叫んだのよっ!!」
「うん?」
ハーゲテーナイがグッと音が鳴るほど拳を握りしめ叫んだ。その叫んだ内容に沈んだ空気が一層される。こいつは一体何を言い出したんだ?
「この私が娼婦になってあげようって言ってんだから、泣いて喜ぶ所じゃないっ!!」
「いや、それは無い。」
「そんな訳ないでしょっ!!今まではそうだったのよっ!!」
「それは違う意味でだと思うぞ。」
なんというか、こう、汚物を見るような目で見ていると思う。泣いて喜んではいないと思うし、それに意味が違うと思う。オカマ、それも筋肉もりもりの目つきのきつい大男に迫られる。助けてって意味じゃなかったのだろうか。
「だから仕方なく、考え直して貰えるよう、その兵隊さんにあっつい口付けをあげたのにぃ。」
うわぁ……とその時のことを想像してドン引きする俺に気付かずにハーゲテーナイはクネンクネンと腰を振りながら頬を染めていた。
「槍で突くなんて酷いじゃない?だからヒッドイわって思わず手が出ちゃっただけじゃないのよ。」
「こうなった最初の原因ってお前かよっ!!」
手をブンッと空気を切り裂くような音とともに振るう。ただのビンタなのだろうが、その威力は少なくとも人一人ぐらい軽々と吹き飛ばしそうだ。
槍で突くよりも、その股間に付いているもので激しくしてくれたら…きゃっ。なんてキモイ妄想を垂れ流すハーゲテーナイに警戒しながら何とか詳しく聞けば、ハーゲテーナイが兵隊を伸してしまった為に魔王軍としても引くに引けなくなり、以外にも協力的な村を焼く破目になったというのが真相だった。
「まぁ、過ぎたことはいいじゃない。こっちよ。あなたも野宿やそれと同義な崩れた家で一夜は明かしたくないでしょ。」
「……お前と同じ部屋じゃない方がもっといいな。」
「いやん、もう。当り前じゃない。気が早いわよ、お・ま・せ・さ・ん!」
背筋がぞわぞわと来た。少なくともこの身がキッシュである以上、それこそそんじゃそこらの連中なら瞬殺できるだろうし、実際ビックフットトレントに苦戦しているようなハーゲテーナイ程度如何とでも出来るはずなのに、なんというか、限界ギリギリまでダメージを負った気分である。
「…なんとか、無事って感じだな。」
「ここは元々よ。まぁだからこそ壊されなかったってのもあるんだけどね。」
ハーゲテーナイに案内されたのは少しボロイ、いや、かなりボロイ建物。屋根から種類は判らないが草木の若葉が青々と生え、柱にも壁にもそれぞれ突き抜けるように蔦が生い茂る。こう荒屋と呼ぶに相応しい外見。中に入ってみればいくつか細々とした柱も半ばから折れており、大丈夫なのかと思って周りを見れば、一番太い柱だけでもっている状態であった。
なんでこんな事が判るのかと一瞬考えてしまったが、要は職業大工の恩恵というか知識というか。
「……帰ったわよぉ。」
そんな荒れ果てた建物の奥へとハーゲテーナイが声を掛けてズンズン進んでいく。俺も置いて行かれないようにその後ろを付いていった。外見や入口と比べて中の方は、色々と手抜きのような補修が行われており、今すぐ崩れるような事はないと判断できた。
「あら?お昼寝中だった?ごめんなさいね。」
「いい。それより、もう少し静かにして。」
最奥だと思われる場所。その扉を、襖のような横開きの扉だ。を勢いよくスパンと開けた。瞬間、ハーゲテーナイが黙り込む。俺からはハーゲテーナイの巨漢で見えていないが、どうやら小さな子供が寝ているようだ。そしてそれを注意する少女だろう声も。
「誰?」
「迷子よ。そして今日からここの村人でもあるわ。」
「そう。私はイクス。宜しく。」
「あ、ああ。俺はキッシュ。えっと……」
「詳しくは後にして。今は静かに。」
「わ、判った。」
ハーゲテーナイの巨漢で隠されていたにしろ、そのハーゲテーナイが一歩横に移動すれば、俺の姿を丸見えで。訝しみながらハーゲテーナイに問いただす少女。その少女を見た時に俺は思わず呆気にとられた。
どこからか入り込む隙間風にサラサラと揺れる黒髪。小柄ながらもシャープな輪郭に大きめの猫のような目。ただその背には蝙蝠のような羽に、微かに見えるユラユラ揺れる尻尾。小悪魔めいた、だけど優し気に微笑む、これぞサキュバスと呼べる彼女に一目惚れしていた。キッシュの容姿ならばつりあったとしても、中身は大学を出ているオッサンと呼ばれる前ぐらいの年齢でもある。かろうじてオッサンではないと力説はしておこうか。そしてロリコンでもなかったそんな俺ですら、思わず欲情してしまう妖艶さを醸し出している。
イクスと静かに名乗った彼女に思わずしどろもどろに返事を返すも、なんといっていいのか、どもっていた俺は彼女に注意され、改めて彼女の指さす先を見ると、まだまだ赤ん坊と呼べるような年から、幼稚園児ぐらいの年の子が二個しかないベッドの上を占拠してスヤスヤと寝ていた。
「紹介は後でね。でもこれがこの村の総人口でもあるわ。」
「子供ばっかじゃないか。」
「仕方ないじゃない。体力的にも肉体的にもどうしようもないのだから。」
「そういや、兵隊にするためだっけ?」
サキュバスという種族は母親が子供を育てることはない。サキュバスの食事が精気である以上、妊娠してしまう事は多々あり、またサキュバスの妊娠期間は短くすぐに子供として生まれてくることもあって、専門の子供を育てる職種があるのだそうだ。それが彼女イクスで、だからこそ彼女は娼婦として付いていかず、ハーゲテーナイを除けばこの村で唯一の成人なのだそうだ。
「とりあえず、あの子たちのお昼寝が終わるまで、外で待ちましょ。お茶ぐらい入れるわ。」
「あ、ああ。」
起こさないようにヒソヒソと話していたが、流石に窮屈であり、ハーゲテーナイの提案に従い建物の外へと向かった。




