SIDE 鮭
その焼き鮭は、もともと魚屋の裏で焼かれていた。
閉店後、店主が最後の一切れを焼き、「これは家で食べよう」とアルミホイルに包んだ、その瞬間。
猫が来たのだ。
ああ、猫だ。
「商店街のドン」と呼ばれるこの地域一帯を静かに支配している、やけに体つきの良い…いや、結構太り気味で、鋭い目つきの猫。
猫は飛びかからなかった。
ただ、じっと焼き鮭を見た。
その視線があまりに強く、焼き鮭のほうが先に耐えられなくなった。
鮭は思った。
「今ここで、この猫の体脂肪の一部となり果てるは、いささか吾が美学に悖る……!」
次の瞬間、鮭は浮いた。
熱と脂と未練が、ちょうどいい浮力を生んだ。
いやそんな馬鹿な、と言うなかれ。
飛んだのだから、仕方がない。
魚屋の換気扇の風。
商店街のエアコンの排気。
夕方の微妙な上昇気流。
それらを全部「たまたま味方」にして、焼き鮭は飛び立ったのだ、
目的は特にない。
ただ、「見られているかぎり、吾なお、ただの食材に非ず!」という、魚として最後のわがまま……、否、矜持である。
だから鮭は飛び続けた。四人の女子高生の視線を感じながら。
見られている限り、存在は続くと信じて。
一度は看板に降り立った焼き鮭だが。
四人の女子高生の声を受け、まだ落ち切っていない陽の光をたよりに、商店街の端まで飛ぶ。
そうして、そこから、黄金色の空に溶け込んでいった。
そこには、ただ、夕焼け雲がたなびいているだけである。
……焼き鮭の行方は、誰も知らない……。
ー了ー
……、いや、泪どこいった!?
ーホントに了ー




