SIDE 女子高生
夕方五時半。夕焼けに染まる商店街。
突然、どこからか「ジュウ…」という脂の爆ぜる音が響いた。
それは本来、グリル内または魚焼網の上で鳴るべき音。
しかし次の瞬間、完璧な黄金色に輝く「焼き鮭(塩)」が、重力との契約を一方的に破棄して宙へ爆進した。
◇◇◇◇
A. 栄美(スマホ大破)
最初に反応したのは、自転車置き場でスマホを落とした栄美だった。
画面に走る幾何学模様の美しいヒビ。
その視界の端を横切る焼き鮭。
「待って! 私のスマホの魂が抜けた!?」
否定してくれる相手はいない。
現状の説明をしてくれる相手もいない。
物理法則も宗教観も何もない。
彼女はママチャリに跨がり、ペダルがちぎれんばかりの脚回転数で猛追を開始。
あれは本当にスマホの魂?
いや、違う。
多分あれは……焼き鮭……そんなわけはない。
あれは私の人生に発生したバグだ!!
◇◇◇◇
B. 備井野(炭水化物崩壊)
ベンチでメロンパンを食していた備井野は、頭上を通過する物体を目撃。
焼き鮭が通過したのを見て、メロンパンを落とす。
「パンより米……いや鮭……!」
自分でも意味が分からない叫びを発する。
脳内の炭水化物チャートが激しく乱高下。
彼女は食べかけのメロンパンを鳩に献上する事にし、条件反射で追跡を開始する。
これ、追いついたとしてどうやって食べるの?
……え?食べるの!?
◇◇◇◇
C. 椎名(無駄な分析)
部活帰りの椎名は、横断歩道の前でストレッチ中だった。
頭上を悠々と飛ぶ焼き鮭を目にする。
「空中姿勢が安定しすぎじゃない?それにしても良いフォームね!!空中姿勢が完璧すぎよ!」
分析は冷静。
行動は野性。
彼女はスポドリのペットボトルを、リレーのバトンと同じ角度で握りしめ、ダッシュ。
分析は役に立たなかったが、足は速い。
……あの鮭、向かい風を利用してる……やりおる!
……
まって、鮭に向かい風を利用する概念ある!?
◇◇◇◇
D. 出井戸(ツッコミの義務感)
出井戸は、塾帰りの睡魔に襲われていた。
「……お腹、空いた」
と呟きながら、あくびをした途中で、空中の焼き鮭と目が合った気がして、立ち止まる。
「今日、現実がボケ担当か…」
ならば……受けて立つ!!!
そう納得するまでの時間、0.8秒。
ツッコミ不在は困る、と判断した直後に真顔になる。
重労働用の通学鞄を抱え、鬼の形相でダッシュを開始。
待ってなさい、鮭、きちんと右手で「なんでやねん!」ってしてあげるから!
……って、ええ!?右にフェイント入れた!
◇◇◇◇
―交差点―
北から栄美。
南から備井野。
東から椎名。
西から出井戸。
一切のアイコンタクトを拒絶した四人は、ほぼ同時に交差点に入ってくる。
「私と、鮭。それ以外の命は背景!!」
全員が自分と焼き鮭の一対一だと思っている。
しかし鮭は、交差点を無視して垂直に急上昇。
B「あっちって、魚屋ある方!?」
A「あるわよ!」
D「帰巣本能かも!」
C「焼き鮭に!?」
四人が走る。
鮭は飛ぶ。
誰も止まらない。
A「私が最初に見つけた!」
B「いや、私が最初に叫んだ!」
C「私は一番速い!」
D「私は一番お腹が空いてる!」
A「それ関係ある!?」
C「私だってお腹空いてるし!!!」
D「あんた、手にスポドリ持ってたじゃん!!!」
B「私、メロンパン、鳩にとられたんだからね!!!」
夕焼け空をバックに美しい放物線を描き、そのまま川を越え、閉店した魚屋の看板の上に「着地」した。
完全なる静寂。
一切れの切り身は、完全に冷めていた。
四人は全速力のまま急ブレーキをかけ、地面に激しいタイヤ痕と靴底の焦げ跡を刻んで停止した。
はあ。
はあ。
はあ。
はあ。
誰も動かない。
最初に口を開いたのは、備井野だった。
「……で」
三人を見る。
「誰が食べる?」
……
「「「え?」」」
沈黙。
栄美が鮭を見る。
椎名が鮭を見る。
出井戸が鮭を見る。
備井野がもう一度言う。
B「いや、だから。追ってたんでしょ?」
C「追ってたけど」
A「食べるために?」
D「……」
4人は顔を見合わせる。
確かにお腹は減っている、が……。
その瞬間。
「そこぉぉぉぉぉぉ!!」
商店街の端から、男の叫び声がした。
四人が振り向くと、魚屋の店主が、鬼の形相で走ってくる。
「俺の晩飯ぃぃぃぃぃぃぃ!!」
四人は、同時に鮭を見た。
そして。
「「「「逃げろ!!」」」」
4人の声が重なった。
なぜか、鮭を守る側に回った。
「だからなんでぇぇぇぇぇ!?俺の晩飯ーーーー!」
店主の絶叫を背後に。
四人と一枚の焼き鮭は、再び商店街を駆け抜けていった。




