第10章 エピローグ てのがねぇ
「行ってきます」
門亜は玄関のドアを開けると、外に出た。久しぶりの太陽は、目に染みるほどまぶしかった。
その時、ブロック塀に隠れた人影が揺れた。家を出るときの声が聞こえたのか、ひょこっと顔を出した。
――音環だった。
音環は門亜を見るなり泣きそうな目になった。
「門亜!心配したよ!ずっと目を覚まさないって聞いたから……」
そして、鼻をすすった。
「毎日見に来たけど、門亜、外に出た様子なかったし。本当に心配だったんだ。おかしいとことかない?本当に大丈夫?」
急に、門亜の心の中に申し訳なさがやってきた。ボクがいなくても回るなんて……なかったんだ。
「すべっタローも毎日一緒に来てたんだよ。りんご、食べた?」
門亜の脳裏に昨日までの食卓が、思い浮かんできた。確かに、毎回りんごが出ていた。
そう、思い出していると、すべっタローがスーパーの袋をぶら下げてやって来た。
「あっ!門亜!よくなった?」
すべっタローは門亜を見つけるなり駆け寄ってきた。
「よかった!よかった!音環なんてさぁ。門亜に会えないからシオシオしちゃってさ!」
すべっタローは、そう言うと音環の真似をした。音環は恥ずかしそうに顔を赤くすると、すべっタローにしがみついて、真似をやめさせた。
そんな2人の姿を見た門亜は、くすくす、と笑い出した。
「あ、そうだ。大河から渡されたんだっけ」
音環はそう言うと、握っていた手のひらを広げた。
中から髪を縛るゴムが赤、青、紫と3つ出てきた。
「メンバーカラー決めたんだ。ゴムはきっと、門亜髪がのびているから縛ってやれって。で。僕たちは付き合って結べって」
……メンバーカラー決めたんだ。それで、ボクは何色?
門亜はじっと音環の目を見た。
「色の三原色……そこから始めたんだ。リーダーは赤だよね、って始まって、じゃ、黄色と青に赤を足したオレンジと紫。
大河と空河は近い色同士だからって黄色とオレンジをさっさと持って行っちゃったんだ」
音環はそう説明した。
これって、リーダーやらないって意味だよね。
門亜は大河の顔を思い浮かべた。空河だけで手いっぱい。そう言っているように思えた。
「すべての色を混ぜると黒だろ。カズヤは黒を持って行っちゃうし」
音環の言葉に、ぷっ。門亜は噴き出した。……カズヤらしいや。
門亜の表情に、音環は少しだけ口調が柔らかくなった。
「だから、ボクと門亜で青と紫。どう?」
えっ!門亜もすべっタローも声を上げた。
なんて素敵なんだろう!門亜はうん、うん、とうなずいた。
そして、すべっタローは不満げな顔をして言った。
「さりげなく、オレにリーダー任せてね?」
音環はにやっ、とすると、返事の代わりにVサインをした。
どっちがいい?と音環は門亜にゴムを見せた。
門亜が紫を指さすと、音環は門亜の伸びた髪を後ろに縛った。首筋がすうっ、とした。続いて、音環は自分の横の髪を少しつまんで縛った。
「じゃ、すべっタロー、リーダーよろしくな」
音環はそう言うと、前髪を立てて縛った。広がった先がホウキのようだった。
「これ、ぜったい変じゃね?」
慌てて言うすべっタローに、NO・NO・NO、大丈夫、と音環はジェスチャーをした。
門亜は再び笑い出した。
「仕方ないな。あ、そうだ、りんご持ってきたんだった」
すべっタローは風よけ室のインタフォンを押すと、門亜の母親を呼んだ。そして、
「おばちゃーん。りんご持ってきたよう。あと、携帯で写真撮って!」
とインタフォンに向かって言った。
少しして「いつもありがとうね」と言いながら門亜の母親が出てきた。
前髪を立てて縛ったすべっタローの姿を見ると、笑いを隠さなかった。そして、すべっタローからキッズ携帯を受け取ると、カメラを構えた。
「リーダーは真ん中だよね」
音環は言った。
あやしい……そう思いながらもすべっタローは真ん中でしゃがみこんだ。音環と門亜が後ろに立った。
「写すわよ。チーズ!」
シャッターを押す瞬間。音環はすべっタローの頬をそっと両手で抑えるとグイっと前に押した。そして、すべっタローの口がヒヨコのくちばしのようになったところで、シャッターが切られた。
「音環~~!」
へへへ……音環はすべっタローから逃げようと、門亜の家の前でぐるぐる回った。その様子を見た門亜の笑いが止まらなかった。
「あなたたち、学校は大丈夫なの?遅刻するわよ?」
あっ!3人は顔を見合わせた。そして、ランドセルを背負いなおすと
「行ってきます!」
と叫んで走り出した。
まだ間に合う?いや、潔く謝ろう、オレのクラスの担任、めちゃくちゃ怖いんだけど……3人のかけあう声だけが残された。
放課後。自由帳に門亜は文字を書いていた。その様子を見ながら音環がやってきた。
「何を書いているの?」
門亜はうーん、と言いながら自由帳を音環に見せた。――タイトルには「てのがねぇ」と書いてあった。
「読んでもいい?」
音環の言葉に、門亜はうなずいた。
2ページほどの帳面に、小さな文字で詩がつづられていた。
音環が来る前に出会った彼。
門亜を守り、一緒の中学に行く約束をした彼。
その彼は、この夏、大きな力に奪われてしまった。
「もしあの時、もっと手をのばしていたら、何か違ったのかな……」
この一文に、音環の心がキュッと絞めつけられた。
幼馴染が亡くなったことは聞いていた。これほどまで深い悲しみと、静かな怒りを抱えていたんだ……。改めてそう思った時、音環は門亜に何と言って返せばいいのか、分からなくなった。
「僕、作曲勉強しようかな……」
ぽつりと音環は言った。
「門亜の詩、簡単に曲にするなんて言えないけど……でも、なんか、埋もれさせておいたらいけないような気がして」
門亜は、音環の顔を見上げると、にっと笑った。そして
「ありがとう」
と言った。カイ兄ちゃん。兄ちゃんのことを覚える人が1人、増えたよ。
「音環、ボク、もう大丈夫だよ」
こつん。門亜は音環の腕に頭を当てた。
「ベース、また音環の家に行って練習してもいい?出来たら今日にでも」
音環はうなずいた。そして、門亜の頭を軽くなでた。
その時、ふわり、とカーテンが揺れて、開けた窓から風が入ってきた。
夏が……終わりを告げていた。
終
最後まで読んでくださりありがとうございます。
最終章、投稿をしました。
これで完結になります。
タイトルにも入れましたが「てのがねぇ」
色々意味があるようですが、手が出ない、手段がない、と言う意味を込めてつけました。
大きな力の前では、子どもは手も足も出ない「てのがねぇ」かなと。
でも、たくましく毎日を過ごす彼らに、書いている私が勇気づけられた気持ちです。
また、お会い出来たら嬉しいです。
ありがとうございました。




