第十二話
土曜日の朝、三番窓口の予定欄は空白だった。
赤い丸もない。
提出期限もない。
私は窓口の札を出した。
量りを拭く。
料金表をそろえる。
ボールペンを三本、ペン立てに戻す。
鍵付き引き出しは閉まっていた。
特殊事案ファイルは、局長の机の左端にあった。
背表紙の年度。
白いラベル。
金具の音はしない。
九時に自動ドアが開いた。
番号札の機械が鳴る。
土曜日の窓口は、平日より少し遅い。
切手を買う人。
不在票を持ってきた人。
小さな箱を抱えた人。
三番窓口の量りは、何度も沈んだ。
十時半、時計店の店主が来た。
今日は荷物を持っていなかった。
「昨日、坂井さんが寄りました」
店主はそう言って、帽子を取った。
「店の古い名簿を探したそうです」
局長が奥から出てきた。
「ありましたか」
店主は首を横に振った。
「平成二十四年より前のものは、処分していました」
それだけ言って、店主は窓口の横を見た。
自動ドア。
時計店のガラス。
三番窓口。
「ここから、よく見えますね」
私は返事をしなかった。
店主は会釈をして帰った。
十一時、佐野さんが特殊事案ファイルを開いた。
昨日の紙。
宛名差出人不明封筒の保留記録。
未開封のまま保管。
保管期限。
三か月。
延長可。
佐野さんは金具を指で押さえた。
「ここ、余白ありますね」
備考の下。
白い場所。
局長は机の上の判子を片づけていた。
「足すことがあれば」
佐野さんは何も書かなかった。
ファイルを閉じた。
昼前、坂井さんから封書が届いた。
差出人は管理会社。
宛名は駅前郵便局。
中には、保管一覧の写しが一枚入っていた。
白い封筒、五通。
未開封。
宛名なし。
深沢清一。
管理会社倉庫。
棚番号。
箱番号。
それだけだった。
局長はコピーを取らず、特殊事案ファイルに差し込んだ。
穴は開けなかった。
午後二時五十八分。
私は入口の上の時計を見た。
短い針。
長い針。
秒針はない。
二時五十九分。
自動ドアの外で、誰かが立ち止まった。
若い女性だった。
白い封筒を一通、両手で持っている。
入口の前で、封筒を裏返した。
表に戻した。
自動ドアが開いた。
番号札は取らなかった。
女性は三番窓口の前に来た。
床の「お」の字の、少し手前で止まった。
「これ、出せますか」
封筒には、差出人があった。
切手も貼ってあった。
宛名の欄は空白だった。
私は封筒を受け取らなかった。
「宛名がまだです」
女性は封筒を見た。
「やっぱり、だめですよね」
指先が、封筒の角を押さえていた。
角は折れていない。
紙は新しい。
薄い水色の封筒だった。
私はペン立てから黒いボールペンを一本取った。
それから、窓口の引き出しを開けた。
未使用の白い封筒が入っている。
補充用。
角のそろった十枚の束。
私は一枚だけ抜いた。
カウンターに置く。
女性の水色の封筒の横。
「宛名がなくても、まだ書けます」
女性は顔を上げた。
私はボールペンを置いた。
封筒の上ではない。
封筒の横。
女性は水色の封筒を一度、鞄に戻した。
白い封筒を手に取った。
ボールペンを持つ。
カウンターの端で、少し考えた。
最初の一文字を書いた。
局内の時計は、三時を少し過ぎていた。
私は量りの皿を見た。
何も載っていない。
鍵付き引き出しは閉まっている。
特殊事案ファイルも閉じている。
女性は封筒に宛名を書き終えた。
差出人欄には、まだ何も書いていない。
私は料金表を手元へ寄せた。
「書けたら、量ります」
女性は頷いた。
ボールペンの先が、もう一度紙に触れた。
三番窓口の内側で、番号札の機械が一度鳴った。




