第5話 知っていた者たち
あれから、一体何回死んだのだろうか。
錆びた短剣は、確かにあの重震獣に通った。
だが――浅い。
斬った感触があったはずなのに、あれは傷と呼べるほどのものじゃない。
何度か逃げようともした。
だが、逃げる隙すら与えてくれない。
距離を取る前に潰される。
視界の端に入った時点で、もう遅い。
「……どうすればいいんだよ」
息が荒い。
死ぬたびに体は元に戻るのに、疲労だけが抜けない気がする。
いや、違う。
疲れているのは――頭だ。
唯一、希望があるとすれば。
《適応率:上昇》
これだ。
なんなのか、よく分からない。
だが、確実に増えている。
「適応って……何にだよ」
攻撃か?
速度か?
それとも――この“死”にか?
分からない。
分からないが。
確実に変わってきているものがある。
重震獣の腕の動き。
振りかぶる前の重心。
踏み込みの癖。
最初は見えなかったものが、少しずつ分かるようになってきた。
「……いや」
違う。
見えているんじゃない。
“来る前に知っている”。
ドスン――
地面が揺れる前に、体が動いた。
拳が頬の横を通過する。
風圧が遅れて叩きつけてきた。
「……また避けた」
嬉しくない。
避けられても、殺される回数が減るだけだ。
勝てないまま続く方が――きつい。
《適応率:上昇》
表示が、また浮かぶ。
「……終わらせる方法を覚えてくれよ」
呟いた瞬間。
重震獣の動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
俺は無意識に踏み込んでいた。
錆びた短剣を、同じ場所へ振り抜く。
ギィン――
硬い。
だが。
前より、ほんの少しだけ深く入った。
「……え?」
刃が、数ミリ沈んでいる。
重震獣が低く唸る。
《戦闘データ蓄積》
「……そういうことか」
俺は初めて理解した。
適応しているのは、俺だけじゃない。
“戦い方”そのものを覚えている。
死ぬたびに。
この戦闘を――なぞるみたいに。
⸻
その頃――王宮では、夜が更けていた。
用意された寝室には、異様な数のベッドが並んでいる。
まるで最初から転移者を迎えると分かっていたかのように。
しかも男女別だ。
軽く四百人は寝られる広さ。
それが二部屋ある。
合計八百人分。
「……なぁ」
暗闇の中、翔が小声で呟いた。
「進って、生きてると思うか?」
天井を見ていた陽斗が、すぐには答えない。
しばらくしてから、息を吐く。
「……あいつ、しぶといからな」
「それ願望だろ」
「願望だな」
少しだけ、間が空く。
「でもさ」
陽斗が続ける。
「追い詰められた時ほど無茶する奴だったろ。だから逆に、生きてる気がする」
翔は黙る。
「……クラス回ってたの、結局あいつだったよな」
「ああ」
「俺がいじめられてたのも、最初に気づいたのあいつだった」
布団を握る音がする。
「止めたのも、あいつ」
沈黙。
「……無事だといいな」
「――なあ」
今度は陽斗が声を落とした。
「王様、変じゃなかったか?」
翔が少し身じろぐ。
「処分って言った時、拳握ってたろ」
「……うん」
「怒ってるんじゃなかった。怯えてた」
翔は天井を見る。
「王様もだけどさ……」
記憶を探るように言う。
「広瀬と加川と山田」
「……ああ」
「笑ってたよな」
陽斗の眉が寄る。
「……俺も思った」
「あと女子も何人か。分かってたみたいな顔してた」
「この世界に来ることを?」
「そんな感じ」
静寂。
「進を落とす時だけ、王様すげぇ苦しそうだった」
陽斗が呟く。
「逆らえないみたいな顔だった」
翔が続ける。
「でもさ――」
一拍。
「落とした後、安心してた」
「……ああ」
「俺が『なんで進を落としたんだよ』って言った時もさ」
「怒らなかったな」
「むしろ……終わった、みたいな顔してた」
沈黙。
そして二人は、小さく同時に呟く。
「――まるで、“役目を終えた”みたいに」




