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【⑦-1/4】【28】告発


「あの探偵を逮捕しろ! 俺が食われちまう前に!!!」


 晴れた十二月上旬、昼過ぎ。


 赤神探偵事務所近くの商店街前派出所に、酒に焼けて潰れた声の中年男性が乱暴に怒鳴り込んだ。



 彼の名は、鈴木《すずき》 武夫《たけお》 五三歳。土木建設会社経営。

 固太りした体に、酒と日に焼けて赤黒い顔。短髪のパンチパーマ。

 一目でそれとわかるブランド品の服とセカンドバッグに金のネックレスという、趣味の悪い出で立ちだ。



 鈴木の叫び声を聞いて、交番の奥から中年の警官が姿を現す。


「どうしましたぁ? 事故ですかぁ? それとも喧嘩ぁ?」

 のんびりと、鈴木に問いかけた。


「そんな下らねぇ理由で交番なんか来るかボケェ!

 逮捕しろっつってんだろ! 命狙われてんだ!」


 鈴木の怒声を耳にして、赴任《ふにん》して間もないと思われる若い警官も奥から出てきた。


 若い警官は、鈴木を上から下まで一通り観察してから中年警官の後ろへ控えた。


 鈴木は切羽詰まった様子だが、中年の警官は、のんびりとしたものだ。

 椅子に腰かけ、灰色に塗られた金属製の机から冊子を取り出す。


「なるほどぉ? それは穏やかじゃありませんねぇ。

 では、調書を取りますんでねぇ。

 貴方の氏名、年齢、生年月日、住所、職業、電話番号をお聞かせくださいねぇ?

 それと、具体的に、どういった状況で命を狙われることになったんですかねぇ?」


 中年警官の対応に、ひび割れた声で喚き散らし、いきり立つ鈴木。


「ンなこと話してる場合か!

 さっさと行って逮捕しろ!!

 近くにある探偵事務所のヤツだ!!!」


 鈴木の言葉に頷いた中年の警官は、微笑みさえ浮かべていた。


「こちらも、いきなり逮捕とはいきませんのでねぇ。

 まずは調書にご協力いただけませんかねぇ?」


 中年警官の穏やかな対応に、やや気勢を殺がれた鈴木。

 舌打ちをし、赤神探偵事務所で見聞きした出来事を語り出す。



 ――そこで鈴木が口にした供述は、耳を疑うようなものだった。


 赤神氏と妻が不倫をしている証拠を掴んだ鈴木は、赤神氏の事務所に乗り込んだそうだ。

 初めは赤神氏と穏やかに話し合いをしていたのだが、そこへ、次から次へと犯罪者が現れたというのだ。

 黒人の麻薬密売人、隻眼《せきがん》の殺し屋、人喰い死体処理業者、配達員に返送した探偵の命を狙う鉄砲玉……

 そして最後に、鈴木を殺そうと、探偵自身が銃を購入した……というものだった。



「なるほどねぇ? お話はわかりましたが、これ本当の話ですかぁ?

 奥さん寝取られたからって、話盛ってないですかぁ?」


 中年警官は記入した内容を見ながら苦笑を漏らす。


 そう言ってから、中年警官は一転して真剣な表情を見せる。


「……或いは組織内の争いか何かで?

 この探偵を陥《おとしい》れようとしているのかも?

 ――しれませんねぇ?」


「ふっざけんじゃねえ! ンな小細工のために交番になんか来ねえわボケェ!」


 警官の問いかけに、真っ赤になって怒り狂い、机を蹴る鈴木。


「末端構成員が、処分されそうになって警察に駆け込むケースもありますんでねぇ?」


 鈴木の怒鳴ったり机を蹴ったり、という行動も、中年警官の手によって書き加えられていく。


「お、俺はただの被害者で、犯罪とは関係ねえぞ!」


 鈴木は、少しうろたえ気味に声を荒げる。


「無関係な人間が、こんなに詳しい情報知ってるはず無いでしょぉ?

 貴方の証言が正しかったとしたら、当然あなたのことも調査することになりますからねぇ? 一体、何が出るんでしょうねぇ?」


 手元の記録と鈴木を交互に見比べ、ニヤニヤと笑う中年警官。



 その中年警官の態度に、強烈な違和感を感じた鈴木。

 突然パイプ椅子を倒しながら立ち上がって叫ぶ。



「クソが! ヤツは警察まで抱き込んでやがんのか!!

 ってこたぁ、ここも危ねえ!!!」



 そう吐き捨て、鈴木は、鬼気迫る様子で交番から逃げていった。



 交番に残された警官二人。

 鈴木を見送ってから十数秒の間を置き、中年警官が口を開いた。


「赤神探偵事務所の話は、毎回必ず男女関係の話が入ってるが……

 今回の話はフルコースだったなぁ」


 供述を記録した冊子を閉じる中年警官。

 それは交番で使用する特別な冊子ではなく、単なる市販の大学ノートだった。

 先程までのにやついた表情は鳴りを潜め、のほほんとした表情である。


 大学ノートに目を落とし、控えていた若い警官が疑問を口にする。


「あの男性……少し調べればすぐに露見するような、下らない嘘をつくものでしょうか? なぜ、この赤神氏については問題ないと言えるのですか?」



 赤神探偵事務所への告発については、話を聞くだけ聞いて正式な書類には残さない――

 中年の警官からはそう聞いていたが、冗談か何かだと思っていた。

 だが実際に、赤神探偵事務所に対して疑わしい内容の告発があり、中年の警官は大学ノートに記録を取っていた。



 中年の警官は、若い警官に向けて一瞬不思議そうな表情を向ける。

 数秒後、何か思い出して納得したような表情と、頷き。


「ん~? ああ、そうか……君は赴任したばかりだものなぁ。

 気になるなら、この探偵……赤神さんの事務所に行って話を聞いてきていいぞぉ。

 そうだなぁ。あちらさんの営業が終わる夕方頃に行くといいだろうなぁ。

 それと、帰りに商店街の住人をじっくりと観察してくると、色々腑に落ちるだろぉ。地域住民を知るのも警官の務めだからなぁ」


「……わかりました。パトロールの帰りに"赤神探偵事務所"で話を聞いてきます」


 中年警官の言葉を受け、若い警官は地域のパトロールに出て行った。


◆◆◆


 ――午後五時過ぎ。


 魁《かい》は、本日予定されていた面談も終わり、昼に出前をとった定食の食器や、面談で依頼者に出したカップを洗っていた。


 昼のメニューは、山盛りのフライドポテトと唐揚げ定食。


 魁は、フライドポテトにケチャップやマヨネーズを使わない。

 塩。それが至高の味であると考えている。



 魁が経営している、この赤神探偵事務所。

 従業員は魁だけなのだが、なかなか広い。


 まず魁が作業するデスクだが、事務所の出入口と対角線上の一番奥に配置されている。

 デスク左側の壁面は広い窓が複数並んでいて、窓の外は道路だ。

 デスク正面は来客用のソファーとテーブル。来客用セットの向こうには資料を収めたキャビネットがある。

 デスク右側の端にトイレと、今食器を洗っている給湯室。

 右側中央付近には隣の部屋へ続くドア。

 そのドアには、雪乃用の小さな出入り口を付けた。


 そして、事務所の出入口には、入ってすぐに大きな観葉植物。

 入り口付近には、事務所内への視界を遮《さえぎ》るためのパーテーションも配置されている。



 ――食器類を洗い終わったところで、突然インターホンが鳴った。

 面談の予定時間以外で、しかも夕方。珍しいことだ。


 魁が事務所のドアを開けると、若い警官が立っていた。


「私は近くの派出所に詰めている者ですが、赤神さんですね?

 お話を伺いたいのですが、宜しいですか?」


 中年の警官とは面識があったが、この警官と会うのは初めてだった。

 そういえば、以前は中年の警官も何度か話を聞きに来ていたが、最近は来なくなった。


 若い警官がわざわざ事務所に来たのは、新人研修のようなものだろうか。


 要件はおそらく、昼過ぎに来ていた鈴木氏の件だろう。


「はい。中へどうぞ。営業時間は終わりましたし、今日はもう誰も来ないと思いますから」


 断る理由も無いので、若い警官を中へ通す。


「そちらに掛けてお待ちください」


 若い警官に来客用ソファーへ座るよう促し、

「何か飲みますか? コーヒーと紅茶がありますが」

 給湯室から問う。


 以前事務所に来た中年の警官はコーヒーを飲んでいたし、飲み物を出しても問題ない認識だ。


「……では、コーヒーを。ブラックで結構です」

 若い警官も、飲み物の提供を受けた。


 二人分のコーヒーを淹れて戻った魁。

若い警官の前にカップを置き、警官の向かいに腰を下ろした。


「それで、どういったご用件でしょうか? 何をお話すれば?」

 予想はついているが、念のため問う。


(落ち着いているな。やましいところが無いか、肝が据わってるのか……)

 魁の自然な対応に、思案を巡らせる若い警官。


「先程、鈴木という中年の男性が交番に駆け込んで来ました。

 心当たりはありますか?」


 魁は苦笑交じりに答える。


「ええ、昼過ぎに怒鳴り込んできて、少し話をしましたが……

 三十分程で、慌てて出ていきました」


「ここで、かなり危険な犯罪行為が行われているという告発があったので、念のため確認に来たのですが。

 彼とは、どのような話をされましたか?」


 若い警官は、会話しながらも魁の挙動に注視している。


「鈴木氏の奥様が、私と不倫関係にあったと思い込まれたようでして。

 その件で怒鳴り込んできました。

 私は鈴木氏の奥様から浮気調査の依頼をされていたので、当然、何度かお会いしました」


 この証言は、鈴木の証言と一致している。

 若い警官は頷いた。


「このまま口頭で詳しい話の聞き取りをしてもいいのですが――

 この部屋は監視カメラがあるようなので、鈴木氏が訪れている間の映像を見せていただけますか?

 その方が効率的且つ正確な状況を確認できますし」


 天井の監視カメラへ視線を向ける。


「ええ、問題ありませんよ。

 彼は依頼者ではないので、守秘義務もありませんしね」


 魁は頷いてソファーから立ち上がり、部屋の明かりを消してブラインドを下ろした。


 デスクに置かれたリモコンを操作すると、デスク正面の壁に、天井からスクリーンが下りてくる。


「準備ができましたので、監視カメラの映像をスクリーンに映しますね」


 来客用ソファーからデスクへ移動した魁は、ノートパソコンをプロジェクターへ接続する。



 パソコンを操作すると、録画データが再生され始めた。



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