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廃病院の久川さんは諦めない  作者: くろぬか
4/4

久川さんとの決別


 とにかく走った、全力で走っていた。

 今が何階で、どの辺りに居るのかなんて確認している暇が無い程、私たちは走り回った。


 「ど、どう!? 少しは引きはがした!?」


 足場の悪い環境で、何度も躓きながら沙月が叫ぶ。

 目の前に広がる廊下は私たちが訪れた場所なのかどうか。

 床に散らばった瓦礫や物だけは判断できず、やはり現在位置は掴めない。


 「た、多分? これだけ走ったんだし、そうすぐすぐは——」


 ——ガラガラガラっ。


 前方の角から、さっきも耳にした音が響いてくる。


 「なんで前に居るのよ! おかしいでしょ! ふざけんなよ!」


 もう叫ばなきゃやってられないんだろう。

 沙月の罵声を耳にしてから、その場で全員がUターンして再び走り始めた。

 こんな事を、さっきから何度繰り返しただろう。


 「と、とにかく! 階段!」


 唯の言葉に従い、私たちは階段を駆け上った。

 上の階に到達してから、私たちは後悔した。

 下がるべきだったのだ、一階まで逃げられれば玄関がある。

 しかし目の前の壁に書かれているのは『F4』の文字。

 つまり最上階。

 これ以上、逃げ場がない。


 「ど、どこかに隠れないと」


 そんな声を上げた所で、視界に映るのは入院患者用の病室ばかり。

 一体どこに逃げれば……なんて思った矢先に、通路の左側からカートを押す音が聞えてくる。

 迷うことなく全員右側の通路に走り始めたが、改めて階段を下りれば良かったと後悔する。

 ほんと馬鹿、マジで馬鹿。


 「も、もう無理! ここ! ここで一回隠れよう!」


 いうが早いか、沙月が一つの扉を開いて室内に駆け込んでいってしまった。

 それでいいのかと思う気持ちも捨てきれないが、私たちだって体力の限界を迎えているのだ。

 迷う事なく彼女の後を追い、ベッドの脇に身を寄せながら隠れた。

 どうやら最上階は個室のようだ、広い室内にベッドは一つだけ。

 ここ以外に隠れられそうなスペースもない上に、やけに音が響く。

 これはちょっと不味いかも……なんてベッドの上に視線を投げかけた。

 ベッドの枕元、入院患者の名前を記載するであろうプレートを見た瞬間に声を失った。


 「ね、ねぇ……アレ」


 「「 なに? 」」


 私の声につられて見上げたその先には。


 『407号室 三上 唯。 担当 久川 亮子』


 訳の分からない言葉が書いてあった。


 「は? 何で私の名前が……え? どういうこと?」


 不味い、本気で不味い。

 多分この逃げ込んだ病室は、407号室だ。

 だとすれば”久川さん”がここに来るのも、時間の問題なん——


 ——コンコンッ。


 ノックの音が、室内に響いた。

 絶望、それ以外の言葉が見つからない。


 ——三上サン、イラッシャイマスカ?


 もう何度聞いたか分からない擦れた声。

 その声を耳に、周りを見てみれば、二人の友人の青い顔が映る。

 あぁ、これは不味い。

 どうにかしなきゃ、このままでは彼女が部屋に入ってきてしまう。

 でも、どうしたら?

 何て考えた所で、体の方が先に動いた。


 「ああああぁぁぁぁぁ!!」


 扉の前まで全力で走って、全体重をかけて扉を塞いだ。

 馬鹿だ、どうしようもない馬鹿がここにいる。

 頭では理解出来ても、体は動き続けた。


 「こ、ここには三上さんはいない! 居ないから!」


 そんな言葉を叫びながら、扉に体重をかける。

 その間もコンコンッ、コンコンッとノックの音が続くが、全て無視した。

 お願い、どこかに行って!


 そんな願いを抱きながら、どれくらいの時間が過ぎただろう。

 はぁ、はぁと息を吐き出しながら、何も聞こえなくなった扉に身体が項垂れる。


 「茜!」


 「ちょっと大丈夫!?」


 視線の先で、二人が駆け寄ってくる姿が映った。

 二人とも酷い泣き顔で見れたもんじゃない、なんて少し笑えてしまった。


 「あはは、大丈夫大丈夫。 それより今の内に——」


 ——黒家サン、コチラニイラッシャイマシタカ。 オ薬ノ時間デスヨ。


 すぐ隣から、その声は響いた。

 同時にチクッと小さな痛みを腕に感じて、思わず隣を振り向く。


 「なんで、ここにいるのさ」


 頭が陥没したかの様にへこんだナース服の女性が、私の腕に注射器を刺していた。

 片目は異常に飛び出し、鼻からも口からも赤い血を吐きながら、私の腕に透明な液体を流し込んでいた。

 次第に注射器の中身は無くなり、満足気な顔でニコリと微笑む彼女。

 正直その顔は、見れた物じゃなかった。


 ——モウ大丈夫デスカラネ。


 何がだ、何が大丈夫なんだ。

 不安しか残らないわこんな状況。


 ——マタ明日、オ伺イシマスネ?


 物理的に崩れた表情で笑う彼女の言葉と共に、私は叫んだ。


 「唯! 沙月! 一階まで走って!」


 ふら付きながらも、私達は病室から走り出した。

 未だ注射を打たれた右腕はジンジン痛むし、何となく視界は霞むが、それでも走った。

 もう一度”アレ”を打たれたら私は……

 そう考えると、痛い程心臓が脈打っている音が、私の耳に届いた。


 ————


 また”久川さん”がすぐに追いかけてくるのではないか。

 そんな恐怖を背後に感じながら階段を駆け下りた私たちは、ついに一階の廊下に到達した。

 意外な事にあの後、彼女は一切姿を見せていない。

 『患者リスト』を消した事によって、もう諦めたのか。

 なんて淡い期待がよぎるが、そんな事あるはずない。

 もしそうなら、さっき私が襲われた理由がわからない。

 私たちの行動は無意味だったのか、それとも本日の『患者リスト』を見た”久川さん”が既に仕事を始めてしまったのか、それはわからない。

 だが間違いなく、彼女が私たちの誰かを追ってきている事は明白だった。


 「玄関が見えた! 早く! 二人とも付いて来てるよね!?」


 叫ぶ沙月に、私も同じように大きな声で答えた。


 「だ、大丈夫! 次に来るとしたら沙月か唯の所だから気を付けて!」


 目の前の沙月は頷いて返すが、もう一人から返事が帰って来ない。

 どうかしたのだろうか? なんて疑問を抱きながら、後ろを走っていた唯に視線を向けた。


 ——三上サン、危ナイデスカラ、静カニシテイテ下サイ。


 「——ぅぐ!!」


 そこには右腕を掴まれ、注射器を刺された唯の姿があった。


 「唯!」


 叫ぶと同時に彼女の元へ走り出す。

 透明な液体は殆ど唯の体内へ流し込まれてしまった後の様だが、それでも走った。

 崩れ落ちる彼女の身体を支えると、すぐさま引き寄せて距離を取るように這い下がった。


 「大丈夫!? 唯!」


 「いいから、早く離れないと……次は沙月の2回目が……」


 ハッとして”久川さん”を見上げれば、彼女はニタッと気味の悪い笑みを浮かべながら、沙月の方へと視線を向けた。

 これ、絶対ヤバイ。


 ——陣野サン、今日モオ薬打チマショウネ。 大丈夫デスカラ。


 「い、いや……」


 腰が抜けたみたいにその場に座り込み、ズリズリと下がっていく沙月。

 対して”久川さん”はカートと押しながら、その距離を詰めていく。

 こんなの、どうすれば……

 考えても何も妙案は浮かばない。

 ならもう、どうしようもないだろう。

 諦めた私は、何も考えずに思ったまま行動に移した。


 「うあああぁぁぁぁぁ!」


 無駄に叫び声を上げながら、”久川さん”が押していた薬品の乗ったカートを、思いきり蹴飛ばしたのだ。


 ——ッッ!!


 良かった、ちゃんと当たった。

 なんて感想を胸に、私は叫んだ。


 「早く! 今の内に!」


 後方から走ってきた唯が私の手を掴み、その後沙月の手を掴んだと思うと引きづる様に走り出す。

 玄関の方へ向かって、一直線に。

 もう少し、もう少しで外へ出られる。

 そんな時、玄関からまた新しい影が現れた。


 「やっぱりここにいた! 早く! こっち!」


 両手を振りながら叫ぶ男性と、その隣にはもう一人。

 初老に差し掛かったくらいだと思われる、白髪の女性が立っていた。


 「まったく、厄介なモンに憑かれちまったね。 アンタ達」


 そう言いながら大きな扇子の様な物からカチンッ! と金属に近い音を響かせ、彼女は私たちに向かってソレを向けた。

 緊急事態であった為、その動作を無視して彼女の隣を通り過ぎる。

 その時だった。


 「よく頑張ったね、偉いよ嬢ちゃん達」


 その言葉が耳に届いた瞬間、雷なのか悲鳴なのか分からない音が、病院内に響き渡ったのであった。


 ————


 それから一晩経った。

 結局ろくな説明も受けないまま、私たちは嵐山先輩の車で自宅に送り届けられた。

 あの場に居た女性は結局詳しくは語らないまま、共に車に乗り込んできた。


 「この子達を送ってやんな、最後が私だ。 こんなババア相手なら、送り狼なんぞ出て来やしないだろうさ」


 なんて一言呟いて、それ以外は語ってくれなかった。

 結局アレは何だったのか。

 ”久川さん”はその後どうなったのか。

 そういった情報は一切語らず、「もう何も心配しなくていい」という一言だけを残し、先輩の車と共に去って行った。

 そして彼女が言った通り、あの後”久川さん”は私たちの元には現れなくなった。

 3人とも無事、何事もなく日常生活に戻れた……かと言えば、それはまた別の話である。


 「この度は、お悔やみ申し上げます」


 私たちは今、神田さんのお葬式に来ていた。

 彼は自室の窓から真下の駐車場に飛び降りて、強く頭を打ち付けたらしく、頭蓋骨陥没の末亡くなったらしい。

 その頭部は無残な程にへこみ、片目は飛び出す程変形してしまっていたという話だ。

 彼の死因、というか現状が、”久川さん”に引きずられた物なのかどうかはわからない。

 それでも、いい気分にはならないのは確かだった。


 「どうか、安らかに」


 手を合わせると同時に、彼の棺桶の前で小さくそんな呟きを溢した。

 今回の件は巻き込まれただけなのかもしれない、それでもこんな状況で悪態を着く気にはなれなかった。

 そのまま線香の煙を揺らし、立ち去ろうとしたその時。

 気のせいかもしれないが、彼が入っている筈の棺桶から、コンコンッと小さいノックの音が聞えた気がした。


 ————


 「ふざけんなよ……このまま終ってたまるかよ……」


 狭いワンルームに、彼の言葉が静かに響き渡る。


 「こんなもんだろうな……沙月ちゃんのサービスカットは入ってるし、アイツラの最後の光景も入ってる。 これをネットに上げりゃ結構な再生数稼げるだろう、は……ははは、はははっは」


 狂ったように笑い始める彼の視線の先には、一台のビデオカメラと繋がったパソコン。

 そのモニターには、いくつものソフトが表示され、今しがた編集が終わった映像が流れていた。


 「除霊ったって、ろくな事しなかったババアに払う料金の事もあるし。 三人には割り勘で払ってもらって……それからこの動画で注目を浴びれば金も入ってくる。 そうすれば俺は少しでも今回の事で有名になれる上に儲けられるって訳——」


 ——コンコンッ。


 「……はぁ? 誰だよ。 こんな時間に、”久川さん”でもあるまいし。 あぁ!? 何時だと思ってんだ! 誰だよ! おい!」


 ——コンコンッ。


 ノックの音は続く。


 「いい加減にしろよ! こっちはそういうので実害にあったばっかなんだよ! ホントいい加減にしねぇと——」


 ——嵐山サン、オ薬ノ時間デスヨ。


 その声は、狭い室内の内側から聞こえた。


ここまで読んで頂きありがとうございます。

 夏のホラー2019では短編か完結済み小説のみ応募可能という事で、いっぺんに投稿させていただきました。

 作品あらすじでも書いたように、この作品は『顧問の先生が素手で幽霊を殴るんだが、どこかおかしいのだろうか?』の番外編となります。

 多少なりとも気に入っていただけたなら、本編をお読みいただければ幸いでございます。

 また、今作と本編、どちらもブクマや評価、感想など頂ければうれしい限りです。


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