7
嗚咽が洩れないように口を真一文字に結び、涙をぽろぽろ流しながら歩く。
11月の寒空。流れる涙は熱くとも、涙が通った後はひどく冷たい。
「泣くな。俺がいる。俺がお前を守るよ、遊貴」
立ち止まった切人に抱きしめられた。
守ってほしいなんてオレは言ってない。望んだ事すらない。
アパートで聞いた時には嬉しく感じた言葉も、今や全然心に響かなかった。それどころかオレを抱きしめている腕が気持ち悪い。
オレが切実に欲しいと求めるそれとは全然違う。なにもかも。
「ごめん。もう大丈夫だから」
涙はいつの間にか止まっていた。胸に手を付いて言えば、あっさり離れていく腕。
この腕に包まれるのが幸せだったのに。なのに何故、離れる腕に覚えるのが寂しさではなく虚しさなのか。
「……帰ろうか」
半歩分離れてオレ達は歩き出した。
――遊貴は手も足も俺よりデカイ。すぐに俺より背もデカくなるよ――
ふと頭に過ぎった、いつかの流の言葉。
入学式の日だ。新しい学校にはオレより背が低い人は居なかった。学校一のチビ。それにショックを受けて流に泣き言を言ったのを覚えている。
高校入学当初、小柄な女子にしか見えないくらいチビで華奢だったオレは、その頃に比べてずいぶんデカくなった。
そして流に追い付きつつある今、その背を追い越すのもそう遠い日じゃない。
「……切人は」
「ん?」
こちらを向いた、流よりも高い位置にある端正な顔をオレは見上げる。
切人は言った。守りたい、と。でもそれはチビで弱々しいオレなんじゃないのか? じゃあ、オレが今よりもっとデカくなったら、ゴツイ男になったら切人はどうするんだ?
「切人はオレを守るって言ったけど、オレが厳つい男になってもそう言えるか?」
「えっ?」
同じなんだ。過去の恋人達と。今までオレを好きになった人は皆、オレに女性らしさを求めていた。
皆が見ていたのは、女の子のように弱くて儚げで、オレであってオレではないモノだ。
見た目こそ、女の子みたい、可愛い、と言われるがオレは女じゃない。女性化願望の無いオレには、女の子みたいに振る舞う事も出来ない。
せいぜい一人称を『僕』に変えたり、言葉遣いに気を使うのが精一杯だ。
もっともその程度ですら流には『可愛い遊貴』と揶揄されたけど。
オレを好きになった人は、元々は女の子が好きって人ばかりだった。そんなささやか過ぎる努力では、当然、いつまでも気を引くなんて出来ない。
結局、ほとんどがそれが理由でオレから離れていった。思っていたのと全然違った、勘違いだった、と言って。
「可愛い可愛いって見た目で寄ってこられても迷惑だ。オレは誘蛾灯じゃない」
かつての恋人達と目の前の切人が重なる。
この言葉を本当にぶつけたい相手は切人じゃない。判っていても言わずにおれなかった。
「遊貴。それは……」
「可愛くもない、ゴツくて腕っ節だけが取り柄のようなムサイ男を抱けるのか? 無理だろう?」
体が年相応にデカクなり、最近ではもう女に間違われる事もほとんど無くなった。これまでは筋肉が付きづらかった体質も、肉体の成長とともに変化しつつある。
他者の目にも日々の鍛練の成果が見られるようになる頃には、今のオレの可愛いらしさは完全になくなっているだろう。
「オレがどんどんデッカクなってるの、気付いてるだろ? まだまだ伸びるよ。筋肉だってつくだろうし、むさ苦しくなる」
そこまで言って、そして唐突に気付いた。いや、思い出したと言うべきか。
いつからオレと切人は距離を空けて歩くようになったんだ? いつから人目を気にするようになった?
付き合い始めの頃は人前でも暑くてもべったり引っ付いてイチャイチャしてたのに。
まるで友人と歩くような距離、そして今や唯一の取り柄すら失いつつあるオレ。
つまりはそういう事だ。
そもそも、オレと切人の終わりは近かったのだ。
「くくっ……は、あははは!」
「ゆ、遊貴?」
突如として笑い出したオレに切人がドン引きしている。判っては居るが、しかし、これが笑わずにいられるだろうか。
大切な人を傷付けて失ってまで得た恋が終焉間近。
これはいったいなんのジョークだ? まるで喜劇を演じる道化そのものじゃないか。
しばらくして漸く笑いの波が収まったオレは、笑いすぎて滲んだ涙を拭う。
「あ、は……ふぅ。……切人、オレ達、別れよっか」
遊貴は自己完結せずにちゃんと切人と対話をすべきだと思う。




