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食事タイムの後、少しだけ流の空気が軟化した。
「遊貴は俺の心配をしてくれたんだろ?」
泣き出す前の誤解を解こうとしたら、流に先に言われた。
判ってくれたんだ! そうだよ、流を傷つけるつもりはなかったんだ。
込み上げて来るものを堪え、緩くなった涙腺が再度決壊しないように口を引き結ぶ。声が出せないオレは必死で頭を上下に振った。
「だから、それはもういいんだ。……母さん達の前でだけ、今まで通りな。変な態度とってばれるような真似すんなよ」
つまり、親達と関わる場以外ではオレと縁を切るって事だよね?
やはり流から向けられるのは明確な拒絶だけだった。当然の結果とはいえ、喜んだ直後なだけに凹む。
「何だよ。おばさん達にばらしたいのか? でも俺には、カミングアウトする勇気はないぞ」
どうやらオレはあからさまにガッカリした顔をしていたみたいだ。流が少し訝しみながら畳み掛けてきた。
「……前でだけ、なんだ」
もう小さな子供でもないオレ達は、親同士のコミュニティに関わる年じゃない。
切人と違ってオレは学校も違う。
オレ達がこうなってしまった以上は、もう気軽に部屋に遊びに行く事は出来ないし、そもそも引越先を教えてもらえるかも怪しい。
実質的に絶縁とほぼ同じだ。
「流は、僕達を許す気は、無いんだね。……条件、のめば祝福してくれるって……言った、のに」
「二人の仲を認めるのと、今後の二人との付き合い方をどうするかは別問題だろ」
「……うん……」
嫌だ、離れたくない!と、そう叫べたらどんなにいいか。
再び込み上げてくる涙を堪えながら、いっそ泣いて縋り付いてしまおうかとすら思う。
それはいい考えかもしれない。オレに甘い流なら、きっと……!
「あ゛あ゛? どういう意味だ!」
切人の怒鳴り声にハッとなった。
自分の世界に入り込んでいて二人のやり取りに気付いていなかった。
「だいたい、お前はいつも――」
「まあまあ」
慌てて声をかけるが、切人は聞いていない。流への不満をここぞとばかりにぶちまけていく。
「流の毒舌は気にしたらダメ。ちょっと落ち着いて?」
「おい、聞いてるのかよ! なんとか言え!」
「お願い。冷静になって、切人」
切人を宥めるが効果が無い。怒りを向けられている流が、それを我関せずといった体で無視している事が原因だ。
「てめぇっ。無視すんなよ! 被害者面するのもいい加減にしろ!」
自分でも判っているだろうに、それでも切人を無視し続ける流。明らかな挑発だ。
タイミングの良さに、ありえないと判っていても、先程の都合のいい思い付きを咎められているような気になった。
馬鹿な考えは捨てろ、と。
そんな場合じゃないのに、考え事をしていて切人の動きに一拍遅れた。
「やめろ! 切人!」
流が切人に突き飛ばされたのは、オレが声を上げるのと同時だった。
倒れ込んだ流にさらにつかみ掛かろうとする切人。ギリギリで手首を掴んで止め、二人の間に体を割り込ませる。
これ以上はやらせない。格闘技やってるオレと違って、鍛えてない流じゃ殴られでもしたら大怪我してしまう。
「遊貴、邪魔すんな!」
「ダメだ。流を傷付けるのは切人でも許さない」
「コイツを甘やかしたって付け上がるだけだぞ!」
なおも流に向かおうとする切人。
腕力では圧倒的に負けるためじりじりと押される。だが、ここでオレが引くわけにはいかない。
掴んだ手首を強く握りしめ、制止する。
「暴力反対ってだけ。ほら、座って? ね?」
オレの本気を感じ取ったらしく切人が引いた。彼が元の場所に腰を降ろすのを確認してから、念のために流の隣に座っておく。
これでもう遅れをとることは無いだろう。
しかし流も流だ。身を守る事も出来ないのに、挑発なんて危険な真似するんじゃない。
微かに沸いた怒りを悟らせないようにオレはニッコリ笑いかけた。
「流も、わざわざ挑発するような真似はやめて? 切人は無駄に血の気が多いんだから」
「わ、わかった」
少し呆けた様子の流。ふいにその姿が、さっき切人に突き飛ばされた姿と重なった。
ああ、そうかと今更気付く。
オレは流の態度が悲しかった辛かった。もちろん今もだ。
でも流はきっともっと辛かった。
裏切ったオレ達が彼に与えた傷はきっと、オレが今、感じている痛みよりずっとずっと痛い。
そしておそらくそれは、棒読みでおめでとうと言っている今も。
「ありがとう!」
ねぇ、流。オレは今、ちゃんと笑えている?




