3-1 異界の扉
勇希が呆気に取られていたら、春花が飛び切り嬉しそうな顔をして話しかけてきた。
「美人だって!聞いた?」
「こういう時だけ、大人しく澄ましてるのやめないか?勘違いされただろ。」
春花の笑顔は、勇希には意味を成さなかった。勇希は、手を額に当ててまだ呆れていた。
望が、春花の腕を掴み顔を見上げて言う。
「彼女って言ってたよ?」
「のぞむくん。そこは、どうでもいいの。」
春花は、望に言い聞かせた。
春花からすれば、勇希と付き合うなんてありえないことだ。ありえないのだから、これっぽっちも気に留めることもなかった。
意識する方が不自然というものだ。
勇希からしてもそうだ。恋愛感情なんて微塵もなく、女性としては扱うが、男友達とそう変わらない。
今後どうなるか先の事は分からないが、今の関係がお互いにとって一番良い距離感だと感じていた。
それに、そもそもお互い好みが全然違った。
「どうでもよくないだろ。学校でなんて言われるか…。夏休み明けが早くも怖いんだが…。」
勇希が、新学期を想像して項垂れていると、健が走りながら戻ってきた。自然の柔らかな風を浴びて、気持ち良さそうな汗を掻いている。
「お待たせ。どうかしたか?」
テンションが明らかに下がっている勇希を見て、健が聞いてきた。
「いや、なんでも…。」
っと、言う勇希のツンツン頭は、明らかに萎れていた。
「そうか?いつもの場所。許可取ってきたから、サクッと運び込もうぜ。」
健がグッドサインと共に白い歯を輝かせて、なんでもありそうな空気を払拭する。
健は、言葉と仕草一つで、みんなをまとめ上げ、その場の空気を変えていく。
「「はーい。」」
勇希の沈んだ気持ちも、健の眩しさで一気に晴れた。
やっぱりケンくんは凄いな。これがリーダーシップってヤツなんだろうか?
勇希は、気合いを入れて腕を回している健の背中を眺めていた。
勇希たちは、手筈通りに荷物を運び始める。
勇希は、自分のリュックを背負い、肩にクーラーボックスを担ぐ。右手にはスーパーの袋を二重にしたペットボトルを持ち、左手は軽めの道具が入った鞄を持った。
さすがに無理しすぎたか、思ったより腕が痛い。ペットボトルの袋が、指に食い込む。リュックとクーラーボックスで肩も死にそうだ。
限界が来たら、途中で道に置いて行こう。
勇希は、意を決して歩き出した。
自然公園とキャンプ場は、区画が分かれている。キャンプ場は、駐車場から東側の川沿いにある。
そして、いつもの場所は、キャンプ場に入ってすぐの脇道を上がった先だ。
「え。この道を登って行くんですか?」
春花は、森の中の山道を見て絶望した。
そこには、山の上へと向かう細い道が、森の中へと続いていた。どこまで続くか分からないその道は、初めから結構な傾斜があるように見える。
春花も調子に乗って、荷物を持ちすぎたみたいだ。両手に抱えた荷物を見て、後悔していた。
「ああ、そうだよ。今年は、二往復で済むか?暗くなる前にテントを建てて、料理もしたいし。早めに来て良かったよな。」
健は、バーベキューのコンロを右腕に抱えて軽く言う。左手には、水の入ったポリタンクを持っている。
春花は、一歩体を引いて逃げるような体勢を取り、そっと脇を指差した。自信の無い指先よりも、腕のピンク、緑、黄色の輪の方が目立った。
「今年は、そこで良くないですか?わたしもいることですし…。」
春花が、広々としたキャンプ場の芝生を指差して言った。
それに対して、勇希が首を横に振る。
「駄目だろ。おれたちの目的は何だっけ?」
勇希がそう聞くと、望が元気に叫んだ。
「異世界の扉を見つけること!」
「なら、現場に向かわないとな。」
そう気合いを入れて足を踏み出すと、勇希のツンとした髪が風で揺れ動いた。その風は森を抜けて、山を越えていった。
人がギリギリ二人並べるぐらいの細いハイキングコースを、一行は大きな荷物を担いで登って行く。
あまりこの道を通る人がいないせいか、道には草がはみ出るくらい成長していた。
左上を向くと、大木が斜面に太い根を張って均等に並んでいる。逆に右を向くと、下から突き出すように大きな幹が立ち並んでいた。
道の上の斜面は明るくて暖かそうだが、下の森の中は影になっていて、薄暗く少し不気味な雰囲気がある。ここから足を滑らせると、大惨事になるぞと警告されているようだ。
勇希と春花は、徐々に進むペースが落ちていく。
森林浴とは?
景色すら楽しむ余裕もなく、肩と腕の筋肉が悲鳴を上げていた。
「重いよー。疲れたよー。」
春花が、げんなりしながら文句を言っている。一歩一歩、体重を掛けて踏み込む足は、とても重そうだ。
耳障りな呪詛に、聞く側も疲れが増す。
イラっとした勇希が、口を尖らせて春花に言う。
「望よりはやく根を上げてどうするんだよ。」
そんな勇希も汗だくで、腕をぷるぷると震わせていた。
「春花ちゃん、運動不足だな?おい、望!熊とか猪に気をつけろよー?」
健は、最前線を行く望に聞こえるように、大きな声で呼びかけた。
「はーい。」
なぜか、望が一番元気そうだった。
望は、楽しそうに大股で坂道を登って行く。
「いつもの場所っていうから、特等席だと思ったのに…。」
春花がそうボヤいたのを聞き、健と勇希は顔を見合わせる。お互い眉を上げて、少し嬉しそうだ。
そして、健が先に口を開いた。
「でも、特等席だよな?」
「うん、春花が見たら絶対驚くはず。もちろん、良い意味でな。」
二人が陽気に話してるのを聞いても、春花は目を細めて信じてはいなそうだった。
これで、特等席じゃなかったら、悪戯グッズの餌食にしてやるんだから。春花は、心の中でそう決めたようだ。
「もう、すぐそこだから。あと一踏ん張りだよ。頑張って。」
健からの応援で、春花は力を振り絞るが、喉からは気の抜けた声しかでない。
「はひー。」
しばらく進んだところで、望が森で何かを見つけたようだ。
望は、後方へ振り返り大声で知らせる。
「ケンくん!これ見てよ!」
健は、歩くペースを上げて道を進み、望が指し示す場所を覗く。
「なんだこれ…!?」
山道の脇の木々が、何かに破壊されたように薙ぎ倒されていた。
木が無残に折られた状態が、道の脇から森の中へと続いている。まるで巨大な鉄球でも飛んで行ったかのように、一直線に破壊されていた。
重機でも持って来ない限り、こんなことは出来やしない。だが、こんな登山道には、重機どころか軽トラですら入って来れない。
自然現象の可能性もあるが、竜巻だとしても不自然すぎる。
「こっちに爪痕みたいなのがあるけど、熊かな?」
勇希は、木に刻まれた三本の傷を見ていた。木の幹には、大きな爪で引っ掻いたような痕が斜めに入っている。
「熊にこんなこと出来るわけないだろ?誰かが遊びでやったんじゃないか?どうやったかは、知らないけど。あとで管理人さんに報告しないとな。」
健は、地面に荷物を置いて辺りを観察し始めた。
人ではなく動物だとしても、何か痕跡が残っているはずだ。調べておいても損はない。
「スマホで写真撮って送るのはどうですか?」
荷物を地面に置いて休憩していた春花がそう提案すると、健は顔を上げて、手の平を握り拳で打った。
「その手があった!春花ちゃん、頭いいな!」
「いえ///」
早速、健はスマホを取り出して構える。
すると、すぐに何かが見えたのか、スマホの画面から目を逸らして肉眼で確認した。
「ん?望。ポケット。光ってないか?」
そう言われて望がズボンへ目をやると、右のポケットが白く輝いていた。
「え?あれ!?ホントだ!!!」
望は、揃った髪を跳ね上げながら、大慌てでポケットから石を取り出す。取り出した瞬間、焦って石を落としそうになった。石は、何度か宙を舞ってから、望の手の平に収まった。
小さな手の平の上で安定したその石は、白い光を放っていた。
「眩し!」
健が目を瞬かせる。
望は、光る石を持ったままどうすればいいか分からず、皆の顔を見回す。そうしてる間にも、光がどんどん強くなっている気がした。
「凄いよ!ゆうくん、どうしよう!?」
望が隣に来ていた勇希に助けを求めるが、勇希は石に目を奪われていた。
「…熱くないのか?」
勇希の質問で、石を手に持っていても問題ないと認識したようだ。
望は、落ち着いて冷静に答えた。
「うん。大丈夫。触っても何ともないよ。」
こんなに眩しく光輝いているはずなのに、石は全く熱くない。電気が走って痺れたりもしなかった。
「ほんとに光ったな…。」
まさに今、祖父の幸一郎の話の通りに石が輝いている。半信半疑で始めたキャンプだったが、四年目にしてやっとだ。
「うん…。」
石を見つめる兄弟の顔は、驚きの表情から笑みへと変わっていく。
石が光ったこともだが、なによりも祖父の話が真実だったことが嬉しかった。じわじわと、喜びが込み上げてくる。
二人は、光で顔を真っ白にしながら笑い合った。
「どういう仕組みで光ってるの?あの話って冗談じゃなかったの?」
春花は、一人だけ理解出来ずに首を傾げている。
きっと頭をフル回転させて、出ない答えを導き出しているはずだ。
破壊された森の中を、光が明るく照らし出す。木の影が普段見られない方向へ伸び、漫画の集中線の中心に立ってる気分になる。
全員が不思議な石をぼーっと眺めている中、健が大きな声で皆の心を呼び戻す。
「おい。勇希、望。その石が光っているってことは、扉が出現してる可能性が高いんじゃないか!?」
二人は健にそう言われて、ハッとする。
「そうだ!」
望は、我に返って道の先へ視線を向ける。
石を握り締めるも、光が隙間から漏れ出ている。
「行こう!」
勇希が先導して前を進む。
全員が、倒された木の現状など、もうどうでも良くなってしまっていた。
「行こうって何処に行くのよ?本当に異世界があると思ってるの?」
歩き出した勇希の背中に向かって春花が言った。
まったく、男子って信じられない。春花は、そう言いたげな顔をしている。
「春花ちゃん、行けば分かるさ。」
健が春花の隣に立ち、にっこり笑った。
健の笑顔に、春花は返す言葉が見つからなかった。誰もが憧れるようなその笑顔に、誰が文句を言えようか。
健は、望が工具箱を拾い上げ、急いで勇希を追い駆ける様を見守りながら話し続ける。
「もし異世界があったら、春花ちゃんは、何かしてみたいことはある?おれは、考えてみたけど無いんだよなぁー。あんま、そういうの疎くてさ。」
健は、最後に苦笑いをして二人の後を追って歩き出した。
それに合わせて、春花が健の横をついて歩く。目的地が近いのか、先程から坂がなだらかだ。
春花は、人差し指を顎に添えて空を眺めながら、思い出すような仕草を取った。
「あー。先輩は、部活で忙しそうだったから――。」
春花が言い終わる前に、健が割って入る。
「そういうこと。まあ、おれはあいつらのケツ持ちだから、別にいいんだけどね。春花ちゃんも、今のうちにやりたい事を考えておくといいよ。」
これは、異世界の扉が本当にあると、先輩は確信してるのかしら。そんなものある訳がないのに。
春花は、そう思いながらも考えてみることにした。
「異世界ねぇ…。」
少し考えただけで、いろんな事が頭に浮かんできた。
王子様に悪役令嬢、聖女様に魔法使い。どれも恋愛物だったが、仕方がない。そういう物ばかり読んできたのだから。
映画やドラマは、流行りに乗って違うジャンルを観ることが多かったが、バトル物の漫画やアニメには、春花はほとんど興味が無かった。
「何か思い付いたみたいじゃん。」
春花の顔が少しだけニヤついたのを、健は見逃さなかった。
春花は、びっくりして肩を上げて顔を真っ赤にした。
「えっ!?あっ!わっ!何も思い付いてないですよっ///」
赤くなった顔を隠そうと、肩からずり落ちそうになった鞄を抱き抱え、顔を埋めた。
「別に恥ずかしがることないって。それで?どんなことなんだい?」
「秘密です!!」
春花は、鞄に抱きついたままそっぽを向く。揺れた髪の隙間から見えた耳は、耳先まで真っ赤だった。やはり春花は、何か思い付いたみたいだ。
それを面白がった健は、わざとらしく言う。
「えー。それは残念だな。勇希に聞いたときは、四、五個くらいパッと出てきたのに。」
「えっそんなに?見かけによらず、あいつ強欲ね…。」
顔を上げ、鞄を持つ手を緩めた春花は、前方の勇希の方を見て小声で言った。
すると、健が笑い出した。
「ははは。そうだな。でも、夢なんてさ。別に一個じゃなくていいんだよ。いっぱいあった方が人生楽しいだろ?」
そう笑って眩しい笑顔を、春花に向けてくる。
絵に描いた様な明るい笑顔をする健の夢とは、どの様なものなのか。春花は、凄く気になった。
大きな鞄の紐を肩へ掛け直し、勇気を振り絞って聞いてみる。
「先輩は、いっぱい夢があるんですか?」
春花は、笑顔で対抗して聞いてみたが、笑顔には笑顔、質問には質問で返された。
「知りたいかい?」
しかも、健は嬉しそうに何か企んでいる。
この時点で、春花の負けは確定していたが、ここは素直に返事をした。
「…はい。」
「じゃあ、等価交換だ。春花ちゃんが、さっきの教えてくれたら、おれもひとつ提供しよう。」
健は、してやったりと、胸を張って歩き出す。
それに対して、春花は笑いながら文句を言う。スカートの下の運動靴でステップを踏み、前へと躍り出た。
「えー。ちょっとそれ、ズルくないですか?」
健のおかげで疲れを忘れて歩けているのに、春花は気付いているのだろうか?
楽しそうに会話をする春花は、先程までと違い足取りが軽そうだ。
健は安心していた。自分が誘ったという部分も大きいが、健は春花にも全力で楽しんで貰いたかったからだ。
そこで、タイミングよく、先を行く勇希から声が掛かった。
「おーい!」
森の切れ目の手前で、後ろへ振り返り勇希が叫ぶ。片手を口に当て、もう片方の手で奥を指差している。
「二人とも!!早く!前見て!様子がおかしい!」
勇希へ後光が射すように、道の奥から光が射し込んでいるように見える。その光は、望の持っている石の光と似ている。
望は、勇希の隣で光の方を眺めていた。
「はいはい。今行くよ!」
健は仕方なく返事をする。もう少しで聞き出せそうだったのにと、残念そうに文句を言う。
「まったく。今度は、なんだってんだ…!」




