2-3 出発
二車線の緩くカーブする車道を、白いファミリータイプの乗用車が走行する。対向車線を走る、大きなトラックの銀色の荷台が、太陽を反射して、ギラギラとした輝きを見せる。
外はとても暑そうだが、そんなことは気にしない。健は、エアコンの効いた車内で、ルンルンと頭を左右に振り、上機嫌で運転していた。
勇希と望が春花に石の説明をしていたが、健はまったく聞いていなかった。
石の話なんて毎年する話で、健はもう自分のことのように語れる。聞かなくたって問題がない。
それに、なにより今は、運転がノリに乗っていた。
カーブを曲がり終わって直線に差し掛かった頃。急に、三人が静かになった。話が終わったのだろうと思ったが、どうも様子がおかしい。
健がふと目をやると、春花は、助手席から大きく体を捻って後ろを向き、膝の上の帽子を落とさないように手で押さえている。
その視線の先には、望が手を伸ばして掲げている石があった。石を持つ望も、その隣の勇希も、どういう訳か石を一点に見つめている。
望が石を持つ手を下ろすと、三人は驚いたように目を見合わせた。自分たちの見間違いじゃないかと、彼らは無言で知らし合わせていた。
それはなぜかというと、望が持つ石が、一瞬だけ眩しく輝いたように見えたからだ。
状況が理解出来ず不思議に思った健は、運転しながら三人に呼びかけた。
「どうかしたのか?」
「一瞬光った気がしたんだけど…。光の反射かな?」
勇希が窓の外を見ながら言った。
石が光ったと信じたくない部分が、勇希の心に僅かにあるようだ。
民家の数が少ない山道へと車を走らせながら、健が横目に答える。
「そんな眩しかったか?ソーラーパネルの反射光とか、最近よく問題になってたもんな。」
健に言われて、春花と望も外の景色を見る。
窓の外に見える山肌には、沢山のソーラーパネルが太陽の光を浴びながら並んでいた。
「なんだ…。気のせいか…。」
望が残念そうな声を漏らした。窓に貼り付けた小さな手の平も、望の気分と一緒に、指紋をべったりとつけながら膝上へと下がっていった。
健がルームミラー越しに、後ろを確認しながら呼びかける。
「もうすぐ着くから、ちゃんと座ってろよ?」
「……はーい。」
望は、期待しただけに、椅子に沈み込んで不貞腐れてしまった。
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それからすぐに、自然公園の駐車場へと着いた。
森の中から沢山の蝉の鳴き声が聞こえてくるが、不思議と五月蝿さは、感じない。風で揺れる枝の音や鳥の囀りと一緒に、絶妙なハーモニーを奏でていた。
周囲には、背の高いヒノキの森が広がっている。木の低い部分の枝は、刈り取られ、まるで傘を差している様な見た目だ。陽の光をその葉に受けて、綺麗な緑色をしている。
望は、勢いよくドアを開けて、外の世界に降り立った。
「着いたー!」
元気良く伸びをして、腕を高々と伸ばす。
車から降りると外には、木と土の香りが広がっていた。
「わー。気持ちいい。」
春花は、目を閉じて大きく深呼吸する。
汚れた心を洗い流すように、自然の息吹を体内に取り込んだ。空気の味が違うだけで、遠くに来たんだと不思議と思える。(実際は近いのだが。)
「思ってたより涼しいな。春花は、寒くないか?」
そんなに標高も高くないはずなのに、意外と外は、涼しかった。風が強いせいか、森のお蔭なのかは分からないが、避暑地という言葉があるくらいだ。おそらく後者なのだろう。
勇希は、肌寒さを感じ、腕を擦りながら春花を心配した。
春花は、麦わら帽子を首に掛けながら笑顔で答える。
「うん。大丈夫。どう?ゆうくんも塗っとく?虫除けにもなるし、良いわよ、これ。」
春花は、日焼け止めのチューブを勇希に差し出した。
勇希は、それを受け取ろうとして手を伸ばすが、途中で手を止めた。手を止めた理由は、同じクリームを使っていいのかどうかとか、そういう問題ではなかった。
「まさか、悪戯グッズとか、持って来てたりしないよな?」
勇希が疑いの目を向けると、春花の目が泳いだ。やはり、勇希の感は、間違っていなかった。
「こっこれは、大丈夫だから!信用して!ほら。」
春花は、動揺しながら勇希の手に、チューブを叩きつけた。勇希は、一応受け取ったが、使うかどうかは悩ましいところだった。
森を背に、太陽の光を浴びて、輝かしいオーラを放つ健は、車のトランクを開けて、二人に向かって言う。
「おれは、挨拶に行ってくるから、荷物頼んだぞ。」
健は、仲良さそうに話す二人を笑った後、すぐにキャンプ場の管理室へと、一人で向かって行った。
その間に勇希たちは、車から荷物を降ろす。
夏休みなだけあって、駐車場には、意外と車が止まっていた。ほとんどが公園に遊びに来た人だろう。
公園の方には、桜やケヤキといった、丸い葉を持つ太い幹の大木が、芝生の上に計算されたように、離して植えられている。
そこの芝生の上では、子供を連れた家族やカップルが、仲良く遊んでいるのが見えた。外周の歩道には、犬の散歩をしている人やウォーキングしているおばさんもいた。
そんな優雅な公園の外れの駐車場で、勇希たちは手早く荷物を分けながら降ろしていく。
一度では運びきれそうにないので、とりあえずリュックと重そうな物から運ぶことにした。体力があるうちに運ばないと、後々大変になるからだ。
こういうところで、過去の失敗が生きる。
それに、今年は春花がいる分、二回ほどの往復で済みそうだ。
一発目に頑張っておけば、後が楽になる。
勇希は、クーラーボックスやペットボトルの入った袋といった、食料を担当することにした。
春花は、鍋などが入った大きな肩掛けバッグと雑貨が入った袋。
望は、工具箱を運ぶ。
ここに居ない健には、バーベキューセットを任せようという話になった。
最後に、大きくて軽いテントや余り物を運ぶことにした。
荷物を降ろし終わり、伸びをしていると、駐車場の近くの道から、突然声をかけられた。
「あれ?ゆーきじゃね?」
振り向くとそこには、高校のクラスメイトの女子が二人いた。ミカとノブコだ。
一人は、短パンにTシャツで、ごちゃごちゃとした大きな黒いベルトを腰に付けている、痩せ型の女性。背は、低めで、髪は、茶色に染めてある。
もう一人は、盛りに盛られた髪の長い金髪の女性で、ジーンズにキャミソールを着ていた。
こんな場所で、クラスのやつに会うもんなんだな。
勇希は、そう思いながら車から離れて、二人の方へ近づいた。
「おまえら、こんな所で何してんだよ?」
勇希は、挨拶代わりに当たり前のことを聞いた。望とお揃いの上着を見られるのは少し恥ずかしいが、仕方がなかった。
「遊びに来たに決まってんじゃん。」
金髪の巻き髪を指でいじりながら、ノブコが答えた。
そして、もう片方の女性が、車の方を覗きながら言う。
「森林浴ってやつよ。そっちこそ、何その荷物。キャンプ?」
と、ミカが聞く。
「ああ、そうだけど。」
勇希がミカと一緒に荷物を眺めて返事をすると、彼女たちは、何かを察したように、小声で話し出す。
「ミカ、邪魔しちゃ悪いって。あれ、彼女さんでしょ?」
意外にも、チャラそうな金髪の方が止めに入った。
それでもミカは、ベルトに付いたジャラジャラとした長い鎖を揺らしながら、歩みを止めない。
「いいじゃんいいじゃん。少しだけ。」
と、言って、春花の姿をよく見ようと、車の方へ歩き出した。
春花は、ワンピースの長いスカートを両手で押さえ、軽くお辞儀をした。微笑ましく彼女たちに向ける笑顔は、まるで清楚なお嬢様だ。
それを見たミカは、顔の前に両手を合わせて驚きの声を上げた。
「えー。美人!?ゆーきに彼女いたんだ。」
すると、ノブコは、呆れた顔をしながらミカの腕を掴み、引っ張って行く。
「ほら、ミカ!行くよ!さっき、あっちに格好いい男いたって。」
抵抗するミカに彼女がそう言うと、ミカは、電撃でも走ったように反応して喜んだ。
「え!まじ?それは拝みに行かないと!」
ミカは、大人しくノブコに付き従う。
別れの挨拶もなく、あっという間に彼女たちは、去っていった。
「いや、違うんだが…。なんなんだ、あいつら…。」
森林浴というより、男目当てで来たと思われても、仕方がないような行動力だった。夏休み初日から、こんな場所にいい男なんて、そうはいないだろう。
しかし、勇希には、一人だけ心当たりがあった。
彼女たちの目の保養になるなら、それはそれで良いか。
勇希はそう思い、健の事を諦めた。




