7-2 小人
「なるほど。ドラゴンに黒くて爪のある獣。そいつは、ブラッドサマサだな。『悪魔の爪』とも呼ばれるほど、危険な魔獣だ。ふむ。分かった!おまえさんたちを、この村の客人として迎え入れよう。」
老人は、槍を地面に突いて立ち上がった。
老人のその言葉に、三人の顔は明るくなる。
「カミラ、来客用の家へ案内してやりなさい。わしは、村長へ報告してくる。」
「はいだべさ。ファルマス様。」
傍に立って話を聞いていたカミラが、ペコりとお辞儀をした。
ファルマスが去って行くと、周りで見ていた村人たちが一斉に近寄って来た。気付かないうちに、多くの村人たちが見物に来ていたようだ。
「兄ちゃんたち、本当にドラゴンから逃げ延びたのか?」
「人の子なのに、山から生きて下りて来るとはな。」
勇希は、ぼさついた髪を掻きながら、照れたように返事をする。まるで人気者だった。村人が、取っ替え引っ替えに話しかけてくる。
「ええ…。一応…そうだけど。」
本当に山から降りて来る人が珍しいみたいだった。彼らが言うには、あの山の向こうには、巨人が住んで居るらしい。
確かに、ドラゴンも住んでいるそんな山から、人が来ることはなさそうだ。
勇希は、山を見渡した。
大きな緑色の山脈が、東から西へと長い壁を作っている。そんな大きな山の向こう側に、巨大な太い柱が聳え立っているのが見えた。
その柱は、雲を突き抜け天辺が見えない。
これまで山を下っていて、今まで気付かなかった自分に勇希は呆れていた。
あれが見えてなかったってまじか…。
口をあんぐり開けていると、カミラが集まる村人たちへ、大声で叫ぶのが聞こえてきた。
「はいはい!みんな下がるっぺ!お客様をお通しするっぺよ!」
カミラの大きな手袋が、人の波を掻き分ける。村人たちは、それに従う。人混みが綺麗に分かれて、道が出来上がる。
「あたしは、カミラ。さっきは巨人と間違えてすまないっぺ。宿へ案内するから、ついて来るっぺ。」
「ありがとう、カミラさん。おれは、勇希。で、春花と…。おい?望!?」
後ろを振り返ると、望は村の子供たちと話をしていた。子供たちは、さらに小さい。その背は、勇希の膝ぐらいしかなかった。
子供たちは、頭の上のステラを興味深く観察している。
「ああー!待って!今行くよー!」
望は、子供たちに「また後でね。」と、挨拶をしてから走り出した。
三人は、カミラに連れられ村の中を歩く。
中央の大きな広場を中心に、沢山の木造の民家が立ち並ぶ。立ち並ぶ家は、どれも普通より、ちょっとだけ背が低い。
この村には、どれだけの人が住んでいるのだろうか。パッと見ただけでも、町と言っても良さそうなくらいには広い。
民家の上空には、沢山のロープが、村を覆うように張られている。所々に、電柱のような木の柱が建ち、それぞれを電線のように編まれたロープが繋げてある。そのロープには、等間隔で春花の腕の髪留めのようにカラフルな布が結び付けられている。
これは、ドラゴン除けと言われる、上空からの襲撃を防ぐための物らしい。民家自体が彼らのサイズに合わせて低いため、ドラゴン除けのロープも、それほど高い位置にあるわけではなかった。
可愛らしい小さな家々の珍しい風景を眺めていたら、一軒の民家の前で、カミラが足を止めた。
木で建てられた引き戸の付いた家だ。その扉は、勇希の身長より少し低い。その扉の隣の方には、雨戸が開かれた縁側がある。
「改めまして、勇希様と春花様と望様っぺな?」
カミラに上目遣いでそう呼ばれ、勇希は少しむず痒くなった。
「様なんて付けなくていいよ。」
勇希は、頬を掻いて照れながら言った。
カミラの背は勇希よりかなり低いが、年上のお姉さんなのだろうと、勇希は感じた。
語尾のせいで子供っぽく感じる所はあるが、スタイルはもちろんのこと、仕草が子供とは何処か違った。
実際はどうなのか分からないが、初対面の女性に年齢を聞く度胸を、勇希は持ち合わせていなかった。
「んー。そうだっぺ?あたしのこともカミラって呼び捨てでいいっぺよ。少しここでゆっくりするといいだべさ。多分この後は…。ご馳走が出るっぺ!お腹をぺこぺこにしておくっぺよ。」
「ご馳走!?」
望が嬉しそうに食いついた。
春花も、家の中を覗きながら戸惑っている。
「いいんですか?急に来たのに、こんな家まで用意してもらって。」
「いいっぺ、いいっぺ。コビットは、祭り好きなんだっぺ。ほら、みんな楽しそうだっぺ。」
カミラは、無邪気に笑いながら道行く人達へ向けて手を広げた。村人たちが広場へ向けて、忙しなく駆けずり回っている。
「コビット?」
勇希は、荷物を縁側へ降ろしながら、聞きなれない言葉に反応する。
すると、後ろから、さっきの老人の笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは。そう。我々は、コビット族。」
振り返ると、ファルマスが長い髭を触りながら立っていた。もう村長に報告して戻って来たようだ。
「人族より、こう。背が小さいだろう?だが、小人ほどではない。我々のことを知らないとは、本当に別の世界から来たようだな。この大陸。ノアで、我々のことを知らぬ者はいないからな。」
「へー。ここは、ノアって名前の大陸なんだ。」
「そうか。そういった所から教えなならんのか。こりゃ大変そうだな。はっはっは。」
「そうっぺな。常識がないとなると…。変なことしでかさないかは、あたしが目を光らせておくっぺ。」
楽しそうに笑うファルマスと違い、カミラは胸に手を当てて決意を固めていた。
その様子を見て、勇希は春花をからかう。
「だってよ。春花。」
勇希がニヤっと春花に笑いかけると、お返しに背中を思いっ切り引っ叩かれる。
「なんでわたしなのよ!」
一件落着した所で、ファルマスが三人に言う。
「それでは、村長のところへ案内しよう。荷物は置いて行くといい。大丈夫、誰も盗みやしないさ。」
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村の広場の中央には、大きな焚き火が設置されている。それを大きく円を描くように囲んで、村人たちが座っていた。
村人たちは楽しそうに会話をしているが、料理や酒には一切手を付けず、今か今かと、宴の始まりを待ち望んでいるようだ。
そして、その焚き火の正面の大きな赤と白の天幕の下に、村長らしき人が、椅子に座って勇希たちの到着を待っていた。
沢山の動物の骨や牙が飾られた大きな椅子に、その小さい体をすっぽりと乗せている。
多くのコビットの男性が肥えたように丸い体をしている中、村長は歳のせいか痩せ細っていた。
村長と言われるだけあって、かなりの高齢なのだろう。髪は薄いが、眉と髭には立派な白い毛がそれなりに生えている。大きな毛皮のローブに身を包み、魔獣のドクロが先端に付いた木の杖を右手に突いていた。
勇希たちは、焚き火を背にして村長の前に立たされた。
大勢の村人の視線が集まる。五月蝿かった広場は、誰一人として喋らない。先程まで全く聞こえなかった、焚き火の音だけが響き渡る。
勇希は正直、恥ずかしくて堪らなかった。抱き抱えたステラの横っ腹を指で掻き、そわそわとした心を落ち着かせた。
「ふぉっふぉっふぉ。迷い人たちよ。コビットの村、グリンウッドへようこそ。この村の村長をやっておる、ジーアじゃ。よろしくのう。」
村長は、ゆっくりと喋り終わった後、ニコニコしながら勇希たちの返事を待った。
それに対し勇希たちは、出来るだけ失礼のないように、慣れない挨拶を試みた。
「どうも。勇希です。こっちは、弟の望。」
勇希は、名乗りながら望の坊ちゃん頭に手をやり、無理矢理お辞儀をさせた。望は、村長を眺めながら首を折った。
「春花です。歓迎して頂きありがとうございます。」
春花は、どこで覚えたのか、右手を腹部に持っていき、丁寧にお辞儀をした。
「んむ。話は伺っておるが勇希よ。ドラゴンから逃げおおせたというのは本当か?」
何処となく、威厳のある村長の雰囲気に、勇希は飲まれていた。
「…はい。なんとか、走って。ですが。」
緊張からか、片言になる。
春花がクスッと笑っていた。それに気付いた勇希は、耳を赤くする。
「そうかそうか!なら君たちは、立派な戦士だ!」
村長が嬉しそうに笑っている。
「え?」
三人がぽかんとした顔を並べていると、村長が椅子から立ち上がり、杖の先を真っ直ぐ山へ向けて話し始めた。
「この村でも、あの巨人の背骨へ挑んで帰って来た者はそうはいない。それほど危険な場所なのだ。我々は、あの山のことをヴェリトラーク、又はアーク ヴェリトゥーラと呼ぶ。どちらも、巨人の背骨という意味を持つ。略してアークと呼ぶ者もいるがな。」
村長は、杖を下ろして笑顔で勇希たちを見る。
「そんな所から、君たちはやってきた。しかも、武器も持たない人の子が、だ。」
そして村長は、バッと両手を広げて、ローブをはためかせる。今度は、視線を勇希たちではなく、広場の村人たちへ向けて話し続けた。
「戦いに勝ったにせよ。運良く逃げおおせたにせよ。ドラゴンと対峙して、生き延びた者を賞賛するのがコビットの習わし。さあ、みんな!若き戦士たちを祝福するのだ!宴を始めよう!」
村長は、杖を高々と掲げた。
「「うおおおお!!」」
村人たちが歓声をあげた。
そして、各々が酒を飲んだり、飯を食べたり、騒ぎ始める。
「迷い人たちよ。付き合わせて悪いのう。存分に楽しんでおくれ。」
村長は、酒の入った杯を掲げて、三人へ笑顔を向けた。そうして、くいっと口へ注ぎ込み一気に飲み干した。
「みんな、久しぶりに、騒ぐ口実が欲しかったんだっぺ。」
カミラにそう言われて、村長の台詞に納得した。




