7-1 小人
「二人とも!朝だよ!起きて!」
勇希と春花は、望に叩き起こされる。
ほんのりと暖かい土草に横たわった体を揺さぶれる。
そして、トドメにステラが顔へと飛び乗る。
「ん…んん?」
顔に乗ったステラを引き剥がすと、青い空が目に染みた。眠い目を擦りながら、勇希は体を起こす。
森の木々は、青空の光を浴びながら元気に枝を伸ばし、葉から水滴を垂らす。空を移動する鳥たちの小さな影が、地面を横切る。焚き火は、消えて黒い炭になっていた。
結局三人とも寝てしまっていたらしい。何事もなく、無事で助かった。寝ている間に火事になったり、襲われていたらと思うと運が良かったのかもしれない。
勇希は、大きく伸びをしながら欠伸をする。それから、沢で顔を洗おうと歩き出した。髪の毛も背中も草だらけだ。
「結局朝まで寝てたなんて、何かあったらどうするのよ。」
「春花も寝てただろ?って言うか、寝てるのに気づいたら起こせよ。」
勇希は、ムッとしながら沢へ向かった。
「仕方ないでしょ?ゆうくんが気持ち良さそうに寝てるのを見てたら、わたしも寝ちゃってたの!」
春花もムッとしながら、取り出した鏡と櫛で髪を梳いていた。
朝に弱いだけなのか、朝から機嫌が悪い似たもの同士の二人は、これ以上無駄にいがみ合わないよう背中を向け合う。
その様子を眺めているステラに、望はそっと顔を寄せ小声で教える。
「大丈夫だよ。喧嘩するほど仲が良いんだ。」
「キュッ?」
ステラは、不思議そうに太い体をひねって顔を横にした。
その後、彼らは荷物を片付けてすぐに出発した。
沢を少し下ると川に出た。
透き通った幅の広い川は、浅くて歩いてでも向こう岸へと渡れそうだ。川のせせらぎが心地良い。
昨日は全く見なかった動物たちが、水を飲みに川へ下りてきている。鹿やサイに似た集団が、川辺で転がり体の汚れを落としていた。
こんなにいっぱい何処にいたんだ?っと、思うほど色々な生き物を見かけた。大声を出していたせいで、避けられていたと、一旦思うことにした。
勇希たちは、動物たちにあまり近づかないよう迂回しながら川沿いを下って行った。朝から追いかけ回されるのは勘弁だ。
「この先も移動することを考えると、断捨離しないとだな。」
手に抱えた荷物を見ながら、勇希は言った。
「そうね。最低でも手荷物は、無くしたいかな〜。腕が疲れるし、走り難いもの。」
「ねえ。喋るのはいいけど。早く行こうよぉ。」
二人は、望に急かされ先を急ぐ。
川を下るにつれ、森の雰囲気が少しづつ変わってきた気がする。
大きく高かった木は、少し低くなって丸みを帯びてきた。逆に地面に生える草が高くなり、コケやキノコの類が減った。
平らで歩きやすくなったが、草が邪魔だった。こういう場所では、ヘビや虫に気をつけなければならない。噛まれて毒でもあったら大変だ。
「のぞむ。昨日、春花に言われただろ?」
望は、草の中でサソリのような尻尾を持つカマキリを捕まえようとしていた。いかにも毒がありそうな見た目だ。勇希に声をかけられ、肩を上げた。
「刺されても知らないぞ…?」
勇希は忠告して通り過ぎると、望は諦めて後ろをついてきた。そして、いじけた顔でステラを見上げながら言う。
「ぼくもペット欲しいんだよ。」
「別にペットってわけじゃ…。」
勇希が困って空を仰ぐと、ステラが勇希の背中から望の頭へ飛び乗った。
「わあ。」
望は、びっくりしながら頭上に両手を添えた。ステラは、上手に望の頭の上に着地した。ステラが、勝ち誇ったように鳴く。
「遊んで欲しかったら言えってさ。」
勇希が後ろを振り返りながらそう伝えると、望はステラを頭に乗せたまま嬉しそうに走り出した。
――それから、しばらく河原を歩いた後の事だった。
春花が、何かを見つけて指し示す。
「見て見て!あれ、村じゃない?」
滑らかにカーブする川の先。川を上がった雑木林の向こう側に、茶色い柵が畑を囲んでいるのが見えた。中では、誰かが作業をしている。その畑の奥には、数軒の民家が並んでいた。
「ホントだー!」
「良かった。人が居そうだな。――おい、望!焦るなって!」
見えるや否や、望が一目散に一人で突っ走る。ステラを抱えたまま、川辺の小石を足で跳ね上げながら雑木林へ向かって行く。
勇希は、人の存在に安堵しながら、仕方なく望の後を走ってついていく。
「ちょっと!置いてかないでよー!」
春花は、走りたくないのか二人を呼び止める。だが、止まる様子もなく。もう!っと、息を大きく吐き捨てた後、春花も仕方なく走り始めた。
雑木林を抜けると、小さな木の柵が大きな畑をぐるっと取り囲んでいた。畑は綺麗に整地され、こんもりとした茶色い土の上から、緑色の野菜が並んで顔を上げている。
畑の奥には、屋根の低い木造の家が数多く建っていた。白い壁に木の扉。平坦な三角屋根には、小さな煙突。屋根の上空には、電線の様な無数のロープが、蜘蛛の巣の様に村を覆っている。
思ったよりも、大きな村のようだ。
「こんにちはー!」
望が、畑で作業している女性に向かって、元気に挨拶をした。
麦わら帽子を被った小柄な女性が、畑へクワを降ろす。たわしの様な茶色い髪を二つに分けて結んでおり、肩に掛けたタオルで汗を拭っている。その細い腕の先には、大きな皮の手袋を着けていた。
服装は、短パンにタンクトップ。身長が望より少し低いにも関わらず、豊満な胸と尻を持ち合わせている。
女性は、タオルから手を離して、声がした方へと顔を向けた。くりくりとした可愛らしい目が、三人の姿を捉える。
すると彼女は、ギョッと驚いて、魚のように口をパクパクさせた。
それから、大声で叫んだ。
「きょっ巨人だあああああ!!」
勇希たちは、急いで背後を振り返るが、雑木林が風に揺れているだけで何も居なかった。
女性の方へ向き直ると、彼女はクワを放り投げ、畑を踏み荒らしながら逃げて行った。
「…巨人?」
三人は、揃って首を傾げた。
静かで穏やかな村が、急に騒がしくなる。
家の方から数人の男達が、武器を手にやって来るのが見えた。
「――巨人だと!?どこだー!」
「あっち、だっぺ!巨人の子供が、急に村へ入ってきたっぺさ!」
大声で話しながら、勇希たちの前にやってくる。
彼女が言うには、勇希たちが巨人ということらしい。確かに、三人の下へ向かって来る男達は、みんな背が小さい。
「やいやいやい!巨人め!」
勇希たちの前にやって来た男達は、個性的なツノの付いたヘルメットを被り、ふさふさな髭を蓄えている。体には銀色のプレートの付いた革の鎧を装備し、内側に鎖帷子を着ているようだ。
体をじゃらじゃらと言わせながら、勇希たちへ向けて槍や剣を突きつける。
「なぜ、山を超えて来たっぺ!」
最初に逃げて行った女性も、なぜか強気だ。
勇希たちは、すぐに両手を上げて降伏のポーズを取った。手を上げる望の頭上にいるステラが、顔を持ち上げて怒ったように鳴く。
「キュッキュー!」
そして、槍を持つ大きな白い髭の老人が、一歩前へと踏み出した。闘牛の様な二本のツノの付いたヘルメットを被り、胸のプレートを隠すぐらいの髭を垂らしている。
「ドラゴンの目を掻い潜ってまで、子供を送り込んでくるとはな!これだけ小さいとドラゴンも気づかんか!」
そう老人が唾を飛ばして息巻いたと思えば、急に槍先を下げて目を丸くした。
「ん?…小さい?」
さすがの老人は、勇希たちの姿を見て、疑問に思ったようだ。その隣で剣を突き出す二又の髭の男が、首を傾げる老人の姿を見て聞いてきた。
「おまえたち、本当に巨人か?ただの人の子じゃねえのか?」
説得するチャンスだと思ったのか、望が両手を突き出して、彼らを止めるように訴えた。
「――ぼくたちっ、巨人なんかじゃないよ!?」
隣の勇希と春花は、望に任せる事に決めたようだ。大人しく目をパチクリとさせて、一文字に口を閉じている。ここで、喋ると逆効果だ。
男達は武器を突き出したまま、顔を見合わせる。そして、気が抜けたように武器を下ろし始めた。彼らは、意外とあっさり武器を収めてくれた。
「なんだ。カミラの早とちりか。騒がせやがって…。」
小さくて丸い男が、二つの髭を揺らしながら剣を鞘へ仕まう。
「あはは。すまねーっぺ。急に山から現れたもんだべさ。勘違いもするっぺ。」
カミラは、笑いながらテヘペロした。
「すまないな、客人。大変失礼した。」
白い髭の老人が丁寧に謝る。この中で一番偉い人の様だ。白い髭をたしなめながら、老人が続けて聞いてきた。
「それで、こんな所に子供だけでいるなんて、人攫いにでもあったのか?」
「いや、おれたちは…。あの山の上から来ただけで…。」
勇希は、何と言えば正解なのか分からず、山を指差して正直に言った。もしかすると、また巨人だと騒がれるかもしれない。だが、嘘を付こうにも情報が無さすぎた。
すると、老人が驚いて、目を瞬かせた。
「――!?ヴェリトラークから来たのか!?どう言うことだ。詳しく話を聞かせろ!」
老人が髭を跳ね上げて、勇希の手を引っ張る。
周りの男達も驚いた表情で、勇希のことを見上げて注目していた。
「分かったから、落ち着いてよ。いい?」
勇希は、高い所から彼らを見下ろして話すのが嫌で、一旦地面に腰掛けた。それから、キャンプに来た辺りから、軽く掻い摘んで説明をすることにした。
小さな男達は、興味深げに勇希の前に座り込んで、話を静かに聞いた。




