4-3 新たな光とその先に
なんとかドラゴンから姿を隠して、下り坂を足早に進む。このまま忘れてくれと、願うばかりだ。
「静かにな。移動しながら、どこか隠れられる場所を探そう。」
勇希は、望に注意しながら周りを見渡していた。
「うん!」
壁沿いの脇道は、結構な角度のある坂道だった。
ずっと下へ降りられそうだが、道の端っこは、かなりの高さのある崖だ。高すぎて下を覗こうとも思わなかった。これは、坂から落ちないように、気をつけて下らなければならない。
「凄い迫力だったわね。もう駄目かと思った。」
「まだ安心出来ないだろ?…ほら!!」
後ろを見ると、ドラゴンが上から下り坂を覗き込んでいた。大きな鼻で黒い煙を上げながら、くんくんと匂いを嗅いでいる。さすがの王者のドラゴンも、黒い猛獣による奇襲で苛立っているように見える。
三人と目が合うと、大きな口を開いて咆哮を放った。
結構な距離があるはずなのに、間近で叫ばれているような迫力だ。
「ガオオオオオ!!」
ビリビリと空気が振動し、鳴り響く。
耳を塞ぐ間もなかった。そんなことをせずに、逃げろと、本能が言っていた。
本格的にマズいと思った勇希は、荷物を持ち直す。無理矢理スーパーの袋に腕を通して肩に掛けた。
両手から荷物を無くし、二人の手を取って握り締める。
そうして勇希は、二人を引っ張りながら、全力疾走を始めた。
「走れぇぇー!!」
春花は、急に腕を引っ張られ、驚きながらもついて走る。ワンピースの長いスカートが邪魔で、走り難そうにしている。
望は、勇希に持ち上げられて、時々宙を走っていた。上着の裾をはためかせて、短い足を跳ね上げる。
後方からは、ドスンドスンと、大きな音を立てながら走る音が聞こえる。
興味本位で振り返って見たのは、失敗だった。
巨大な旅客機が突っ込んできている様な迫力で、斜面や道を問答無用で破壊しながらドラゴンが迫って来ていた。
多少の岩が降って来ようが、お構いなしだ。
「やばいやばいやばいやばい!!」
それ以外に言葉が無かった。春花もギャーギャー泣き喚いている。望はというと…。
「デカー!ゆうくん、見てよ!すごく大きいよ!」
勇希に引っ張られながら、追ってくるドラゴンをマジマジと観察していた。完全に後ろを向き、ドラゴンの突き出す大きな顔を眺めて楽しんでいる。
「ばか!見てないで、ちゃんと走れって!」
「ねえ!ゆうくん!前見て!まえ!まえー!」
春花が必死に叫ぶ。
望に気を取られて見ていなかった前方を確認する。
なんと、この先に道がない。
前方にあるのは、大きな谷間だ。
「無理だ!止まれない!」
勇希が、大きく叫んだ。
全力で坂を下っていて、止まろうにも止まれない。
走っているだけでも、足がもつれて危ないのに、止まろうとするなんて到底無理だ。そんなことをすれば、転んで谷間へ一直線に落ちることになる。
「無理って!どうするのよ!?」
「飛ぶしかない!」
目の前は、崖。
向こう岸へは、橋でもないかぎり届かない距離だ。
しかも、向こう岸の方が、若干高さがある。物理的に考えても、落下する未来しか見えない。
しかし、勇希には、飛ぶしか選択肢がなかった。
「飛ぶって!?絶対届かなっきゃああああ。」
春花の叫びを無視して、勇希は我武者羅に地面を蹴り上げた。
止まれたとしても死。飛んだとしても死。
人生ここまでかとは思いはしたが、勇希の握り締めた手の先には二人がいる。諦める訳にはいかなかった。
この谷間を飛び越えるなんて、限りなくゼロに近い確率だ。
――なら、光の扉が目の前に現れる確率は?それを通り抜けて、異世界に行けるなんて誰が思う?
――なら、こんな谷だって、飛べたっておかしくないよな?
普通に考えれば無理な話なのだが、勇希は足を踏み込んだ瞬間、何故か飛べると確信していた。それは、そう信じたかっただけなのかもしれない。
しかし、実際に宙を舞うと、予想以上の勢いと高さがあった。
勇希は、自分よりも勢いのない二人の体を引っ張り上げる。
「うおおおおお!!」
二人を引き連れて、長い長い谷間の間を滑空する。
両手の先から、叫び狂う二人の声が響いてくる。
「わあああ!!」「きゃあああ!!」
後方のドラゴンも、三人を追って谷間を飛び上がった。
ドラゴンは、空中にぶら下がったアンパンにでもかぶり付くように、口を大きく開く。鋭利な牙を生やす顎の間に、三人の体がすっぽりと収まる。
その大きな口が三人を呑み込もうとした時、崖に阻まれ鋭い牙が空を切った。
ドーン!!
ドラゴンの巨体が、対岸にぶつかる音が鳴り響いた。
三人の体は、なんとか崖の上へと到達した。
上手く着地は出来ず、森の木々の中へと突っ込んだ。枝や草をパキパキと体で破壊しながら、地面へ激しく転がった。
「いたたた…。」
衝撃で体中が痛い。
勇希は、起き上がり谷間を振り返る。
谷間では、ドラゴンの顔だけが崖の上に顔を出していた。
牙を剥き、呻き声を出しながら、前足をジタバタとさせて登って来ようとしている。そのドラゴンの金色の眼差しは、勇希の姿を一点に捉えていた。
「春花!はやく荷物拾えよ!また来るぞ!」
「ええ…嘘でしょ!?最悪なんだけど…。」
春花は、地べたに這いながら散らばった荷物を掻き集める。転がった拍子に、リュックの中身が散乱してしまったのだ。
うんざりした顔で手早くしまっていく。
遠くへ転がった物を望が拾って、春花のところまで運んであげていた。
ドラゴンの片足が崖の上に現れて、強靭な指先が爪と一緒に地面に食い込む。そうして、足に力を込めて体を持ち上げようとする。
するとどうだろうか、食い込んだ足の周りの土が崩れて、ドラゴンの大きな体を引き連れ谷間へと落下を始めた。もう片方の足で崖を掴もうとするが、その行動も空しく、叫び声と共にドラゴンの顔は崖の下へと消えていった。
勇希たちは、その光景を見て笑みを浮かべる。
「やったぞ!ラッキー!」
勇希は、堪らずガッツポーズを取った。
「落ちてった?」
望は、谷間を確認しようと近づいて行く。
「待て、のぞむ。危ないぞ。」
崖の下から風を切る大きな音が聞こえたと思えば、望の目の前を下から上へとドラゴンの体が横切った。
望は、驚いて尻餅をつく。
「うわ!」
突風が、望の体を押し倒し、望は何度か回転してから体を起こす。森中の草木が一緒に舞い上がった。
落下したはずの赤いドラゴンが、大きな翼を広げながら上空へと飛んで行く。ドラゴンは、空高く舞い上がり見えなくなってしまった。
「うわー!かっこいいー!」
望は、大迫力のドラゴンの姿を間近で見れて感極まっている。
「そこだと空から丸見えだろ。また襲われるぞ!ほら、立って。一旦、森に身を隠そう。」
「う、うん!」
望は、ついた尻を持ち上げて、空を見ながら勇希のあとをついて行く。
――ドラゴンにまた逢えるといいな。




