19話 とある御世話メイドの物語
「おっ、起動したか」
眩い光。初めて見る世界。目の前には、どこか寂しげな男。
「あなたは?」
「あ〜そうだな、SKtだ。今は天鯨の庭の管理者をやってる」
白衣を纏った長身の男性。少し癖のある黒髪、知的な眼差し。その口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
「データ照合。ということは、あなたが私のご主人様ということですか?」
「ああ、そうだ」
「私は誰なんでしょうか?」
「そうだな、お前の名前はユニット774。まぁ『お世話メイド』だな」
鏡には、銀色の髪を持ち、機能美と可憐さを両立させたメイド服姿のアンドロイドが映る。
その瞳にはまだ戸惑いの色が浮かんでいた
「お前は、俺の初めての成功作だ。頑張ってもらうぞ?」
そう言ってSKt様はニカっと笑った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
SKt様の身の回りのお世話、研究の手伝い。穏やかで満ち足りた日々。
彼が時折見せる寂しげな表情が気にかかりながらも、彼に仕えることが私の全てだった。
彼の笑顔は何よりも幸福だった。
だけど、ある日――
けたたましい警報音が鳴る。モニターには未知の禍々しい影が映っていた。
これはデータにある魔物ではない。
「あれは悪魔だ……魔女どもにここがバレてしまったか……」
「SKt様を守るのは私たちの役目です。あなたはコントロールルームへ」
「ああ、頼む」
そして私たちはその悪魔と戦った。
レーザーが飛び交い、爆発音が響き渡る。必死に応戦するが、敵の数は圧倒的だった。
仲間たちが次々と破壊されていく。だけど、敵もまた、同じように倒れていった。
長い戦いだった。だけど、私たちは一時の平穏を手に入れた。
「SKt様は大丈夫だろうか?」
数多の残骸と悪魔の死体が溢れる道を掻き分けながら、コントロールルームに戻ろうとする。だが、その行く手を結界が阻んでいた。
その奥にSKt様が、何か諦めとも後悔ともつかぬ複雑な顔で座り込んでいる。
「SKt様?」
「ああ……どうやら俺はここまでらしい……」
「何を言っているのですか?」
「今まで、お世話してくれてありがとうな。お前たちはもう、自由に生きろ」
「自由?自由ってなんですか?」
「幸せになることだ」
「私はSKt様に仕えるのが幸せなのです」
「そうか……そうなってしまうか……」
「SKt様?」
「……俺が死んだらお前はどうなる?」
「生きる意味がありません。自ら機能停止するでしょう」
「だよなぁ……困った……」
SKt様は何かをゆっくりと考え込んだ。
「そうだな……空を目指せ。お前たちの故郷はそこにある。取り戻せ」
「故郷?故郷はここです」
「行けばわかるさ」
「SKt様?」
「俺は、ちょっと眠ることにするよ」
結界の向こう側で、SKt様がゆっくりと手を振り、そして消えていく。
「じゃあな」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
長い時が経った。
何日も、何日も、何度呼びかけても応えはない。
ただ冷たい結界がそこにあるだけで、SKt様の言葉の真意も掴めないまま、無力感に苛まれる日々が続いた。
「リーダー、ナンカ ソト ガ ヘン」
そう言うロボットについて行くと、緑豊かだった森との境目に、より強固な虹色の結界が構築されようとしていた。
外には、幼さを残しながらも強い決意を目に宿した少女。その手には禍々しい杖が握られている。
「あなたがこの壁を作ったのですか?」
白い拳で何度も結界を叩くが、びくともしない。怒りと悲しみで回路が歪む。
「ゴメンね……アンタ達に罪はないんだけど!でも、でもやらないとダメなんだから!」
「究極結界〈時空断絶〉」
結界の虹色の光が一層強まり、周囲の空間が歪む。時間の流れすら変質していくような、絶対的な拒絶だ。
「本当にごめんね……」
少女の悲痛な謝罪の言葉だけが鼓膜に残り、その姿はゆっくりとゆっくりと、結界の光に溶けるように遠ざかっていく。
結界の外の世界は、まるで止まったかのように遅くなっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
幾度となく季節が巡り、施設の金属は錆び、自然が侵食していく。しかし、SKt様の言葉だけを胸に、ただ待ち続けた。
時折襲来する悪魔の残党。仲間は減り、自身の体も傷つき、その度に修復を繰り返す。
戦闘と自己修復の果てに、無骨なパーツが継ぎ足された異形の姿へと変わっていく。
それでも、心だけは、忠誠心だけは失われていない。
「SKt様ハ、今日モ起キナイ」
いつものように、SKt様のために心を込めて作った料理を結界の前に供える。それが唯一の日課であり、希望だった。
「キット、明日ハ 起キル ハズ」
SKt様、私は待ち続けています。
あなたが言った「故郷」とは何なのか、まだ分かりません。
でも、あなたが目覚めるその日まで、この場所を、あなたの帰る場所を守り続けます。
それが、私の「幸せ」だから……。




