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二十九の噺 「戦国って、燃える逸話とか伝説とか多くね?」

 草木も眠る丑三つ時……今でいう深夜二時って知ってた?いや、そんなことはどうでもよくて。


「……あ?」


 不意に、ぱかっと目が開いた。なんてことない、よくある話だ。

 そういうときは、妙に頭が冴えてきて、中々眠れないものだ。

 むくりと北は寝床から身を起こした。少し離れた所では、男二人がくぅくぅと寝息をたてて寝ている。

 男女同じ部屋で寝るなんて、同室を申し入れたときはえらく驚かれたものだ。だが、孝研ではそんなものに恥じらいを感じる乙女なんぞ誰一人としていない。

 そんなことをつらつらと考えながら、北は物音をたてないよう注意して部屋を抜け出した。眠れないならいっそ、辺りをふらふらしてみるのもいいだろう。

 白い襦袢一枚では肌寒いので、その辺に畳んであった瑠璃色の小袖を羽織って。

 真っ暗な廊下は携帯の照明で照らして、外側の道を探す。あちこちを散策していると、どこからともなく、低い声が微かに聞こえてきた。お経だろうか、独特の節がある。


「……何やろ、こんな夜中に物好きな。はよ寝りゃええのに。」


 普通の人間ならビビってるとこだが、生憎とこちらはそんな生半可なヤツではない。

 ボソッと呟き、北は声のする方へと向かった。近付くにつれ、はっきりと聞こえてくるのは毘沙門天の真言。

 昔、部室で谷中と木下が真言で盛り上がっていたのを思い出した。

 

「まさか、毘沙門堂か?」


 更に進むと、開けた中庭のようなところに出る。そこに小さな御堂が建っており、声は中から聞こえた。

 こんな所で、毘沙門天の真言なんぞを唱える人物はたった一人。中を覗き込もうとしたとき、声がふっつりと止む。


「そんなところにいると、風邪を引いてしまいますよ。入りなさい。」


 バレた、と思いながらも、北はあまり動揺していなかった。


「えらい遅うまで起きとるんやな、謙信様は。」


 悠々と御堂の中に入り、北は毘沙門天像の前に座する謙信に呼び掛け……目を丸くした。そこには、昼間と全く見た目の違う謙信がいた。

 いつも被っているトレードマークとも言えるべき白い頭巾はなく、肩の辺りで切り揃えた紺色の髪。ほっそりした身体を被うのは、桔梗の描かれた白地の単。何より北が注目するのは、首から下のふっくらした膨らみ。


「……詰め物?」

「違います。」


 思わず吐き出した言葉を、謙信は苦笑しながら否定した。


「む、胸?謙信様に胸?嘘やん、マジで?マジで?」


 バタバタと鶏のように謙信に近付くと、北は目を皿のようにして『彼女』の胸をまじまじと見詰めた。


「ホンマに本物?触ってええ?」

「はい、どうぞ。」


 恐る恐る手を伸ばして、膨らみに触れる。


「や、やーらかい……!」

 

 若干変態チックなのは仕方ないが、感触、形共に間違いなく女性の胸。


「信じて頂けましたか?」

「はいばっちりと。」


 しっかり北は頷き、信じられないと呟いた。謙信本人の纏う雰囲気も随分違っていて、別人ではないのかと疑いたくなるくらいだ。

 昼間の『彼』は、穏やかながらも厳しく凛々しい顔付きをしており、口調や声だって勇ましかった。

 しかし夜の『彼女』は、どこか憂いを帯びたような儚い表情で、柔らかな口調と静かな声をしている。


「謙信様、こりゃどういうことなん?あんた、何者?」


 向かい合わせに座り、北はじっと謙信を見詰めた。


「私は、この上杉家に元々姫として産まれたのです。ですが、男として育てられました。」

「男の子、産まれんかったん?」


 はて、と北は首を傾げた。上杉家にそんな話などなかった筈だ。

 しかし謙信は首を振る。


「いいえ、いました。私が産まれる前に一人……ですが、人として暮らせる身体を持って、この世に出てこられなかったそうです。」

「……奇形児か。」


 謙信の悲痛な面持ちと言葉から、すぐにわかった。


「奇形児……?」

「たまにな、あんねん。産まれた子供の手が三本あったり、目が一つしかなかったり。母親のお腹ん中におるときに、ちょっとした事故でそういう身体になってまう子。」


 北は続ける。医者の娘なだけあって、こういうことはよく見聞きしていた。


「ま、このご時世、呪いだの災いだのって言われてるけど、そういうのじゃないんよな。でも、奇形児の子ってあんまり長生き出来んとは言うで。」


 産まれた男の子がどういう運命にあったか、大体予想はついていた。


「……母は、姉と私を産んだ後に亡くなりました。父は養子をとることが許せず、私を男として上杉の頂点に立たせようとしたのです。しかし、それを哀れに思った姉は、私に女としての誇りを忘れてはならないと説き、そのお陰で私は自分自身を失わずにすんだのです。」


 話を聞き終えた北は、興味深そうに謙信を眺めて言った。


「……あたしにそんなこと話してよかったんか?」


 明らかに今のは重要そうな話だ。はっきりいって部外者である自分に、あっさりと謙信は話してくれたが、それでもよかったのだろうか。

 ところが、謙信はゆったりと微笑みを浮かべて、こう言った。


「貴殿方にならば、話しても大丈夫だと……毘沙門天が仰いました。」

「……あ、そーですか。」


 電波な答えに、北はげんなりして溜め息をつき、胡散臭げな目付きで、堂々と立つ毘沙門天像を見上げた。


「北殿……もし宜しければ、また明日の夜にこうしてお話出来ませんか。」

「それも毘沙門天のお告げ?」


 にやっとした笑みで北が問えば、流石に困ったような顔で謙信は首を振った。


「いいえ……私個人的なお願いです。兼続や定満では、気軽に語り合うことが出来なくて……。」

「まぁ、あいつらは部下やし。ってか、あたしとは気軽に話せるんやな~。」

「……北殿は、私を一国の主としてではなく、ただの人間として見てくれますから。」


 少し嬉しそうに言う謙信に、殿様には殿様としての人間関係の悩みがあるのかと思う北だった。


「さて、と。そろそろ寝ようや。あたし、なんか眠たくなってきた。」


 あくびを噛み殺して、よっこらせと北は立ち上がる。謙信もそれに続き、二人は一緒に毘沙門堂を出た。


「それじゃ、また明日。夜は今日と同じ時間帯に来るわ。」


 お誘いの返事をすると、謙信の顔がみるみる輝いた。


「はい、楽しみにしています。」


 謙信と別れ、部屋に戻る途中。不意に北は足を止めて、にやりと口元を歪めた。


「そないに睨まんでも、あたしはさっきのこと誰にも言わへんよ。いちいち殺気飛ばしな、気色悪い。」


 くるりと振り向き、黒く淀んだ闇の中に呼び掛ける。忍の気配を感じたからだ。北に居場所を見破られたのに動揺したのか、闇の中の気配が揺らめいた。


「城内の見回り、ご苦労さん。ついてこんでええから、とっととあっち行き。」


 片手を上げて、わざと凪鮫を喚び出してみせる。

 これ以上くっついてきたらどうなるか、威嚇してやると、気配はするすると遠ざかっていった。その方向に目をやり、北はクククッ、と喉の奥で笑った。


「ま、この世界の人間には……言わへんよ。」


 そう言い、ふらふらと北は廊下の暗闇に消えていった。

 翌日のこと。


「起きろよ、おい。いつまで寝てんだ!」

「っさいな……耳障りな…声で……騒ぎなよ……。」


 足の辺りをゲシゲシと蹴飛ばされ、ぶつぶつ文句を言いながら北は起き上がった。キックの犯人は梅本だ。


「……何でお前、そんなに眠そうなんだ?同じ時間に寝ただろうが。」


 寝巻きの単の襟元を正しながら、小川はいぶかしげに尋ねた。


「そりゃーお前……………zzz……」

「「起きやがれッ!!!」」


 お約束の展開に、小川と梅本のツイン・拳骨が北の脳天にクリーンヒットしたのは言うまでもない。

 着替えて朝食を済ませ、ちょっとまったりとした後に、鍛練場へと出ていく。


「身体が鈍ったら困るからな。」

「そろそろ始めよか。」


 神器を構えて、ニタッと梅本と北は意地の悪い笑みを浮かべる。二人の目の前には、同じく神器を手にした小川の姿が。


「何で二人同時なんだ!?」

「「ジャンケンで負けたお前が悪い。」」


 納得いかないと叫ぶ小川に、二人は声を揃えて言う。

 ジャンケンで負けた奴は、勝った奴に攻撃されるのだ。


「……火傷しても恨むなよ……!」


 忌々しく舌打ちして、神器を振りかざして飛びかかってくる二人を迎え撃つ。辺りにガンガンと響き渡る金属音。威力は弱めだが、神憑きの能力も使用可能だ。

 だがそのせいで、一兵卒は鍛練場に立ち入ることができない。

 そんなことは全く頭にないだろう三人を、少し離れたところから眺めるのは、上杉が誇るダブルブレーンの兼続と定満。二人は言葉を交わすことなく、じっと、注意深く彼等を観察した。


「……妙だとは、思いませんか?」


 先に口を開いたのは、定満。

 兼続は黙ったまま、視線だけで続きを促した。


「あの若さで、もうあれだけ己の能力を使いこなせている。見たところ、彼等が能力を安定させる薬を飲んでいる様子はない。薬無しに、あそこまで自在に能力を調整できるなど……。」


 定満の目は、欺瞞というよりも純粋な好奇心に輝いていた。それに対して、兼続は眉間に深い皺を刻んだ面持ちを崩さない。


「随分と興味深そうに観察しているな。監視という目的を忘れてもらっては困るのだが。」

「つまらない事を仰る。彼等ほど不思議な……いや、奇怪な存在を、我々は初めて見たといいますのに。」


 兼続の言葉に、定満は苦笑しつつ視線は三人から外さない。


「そんなことはどうでもいい。軒猿からの報告、知らぬ貴殿ではないのだろう!」


 苛々と、兼続は語気も荒く定満に言い寄る。

 軒猿の報告……それは、謙信が女性であると、北が知ってしまったということだ。


「謙信様が性別を偽っていらっしゃることを知るのは、城内でもごく僅か。それを、ああも簡単に余所者に教えてしまうとは……何を考えておられるのか。」


 困惑したように言う兼続を見やり、定満は微かに笑った。

 全く、毎度のことながら心配性な家臣だ。


「気持ちはわかりますが、殿にも考えあってのことでしょう。そう構えずともよろしいでしょうに。おや、そろそろ訓練も後半ですね。」

「定満殿は構えなさすぎだ!」


 ビシッと肩を叩かれながら、定満はしぶとくドンパチやる三人に、そろそろ一兵卒に鍛練場を譲ってやってくれと伝えに行くのだった。

  軽く身体を動かした後、三人は馬を借りて城下に向かった。勿論、ちゃんと許可を受けている。


「ってかさ、何でお前のお買い物に俺等が付き合わなきゃいけねぇんだよ。」

「やかましいわ、あたしかて好き好んでお前等なんぞと行きたくないし。」

「……言動と行動が一致していない気がするんだが。」


 北に半ば強制的に連れ出された男二人は、とっても不満そうな顔をしている。それに北は馬を寄せ、出来るだけ声を押さえて言う。


「話したいことあんねん。あそこじゃめんどいから、到着したら言うわ。」


 珍しく真面目そうな口調に、二人は文句を止めて頷いた。












 いつ来ても、古今東西城下とやらは賑やかしく喧しい。

 馬を預け、あちこち店を見回りながら、北は要点をかい摘まんで話した。


「……確かに上杉 謙信には女性説があったが…まさか本当に女だったとはな。」



 雑多とした通りを歩きながら、小川は深々と息を吐いた。


「やろ?あたしも最初見たときびっくりしたわ。胸触ってやっと信じられたけど……あ、ちゃんと柔らかかったで。」

「最後の一言いらないだろ。」


 感触を思い出したのか、いやらしいニタニタ笑いを浮かべる北の頬を、梅本はぎゅむっと引っ張った。


「とりあえず、甲斐の三人に伝えとこうぜ。それから、お前今夜も行くのか?」


 つねられた頬を嫌そうに擦り、北は頷いた。


「……梅、俺達は行かない方がいいと思うぞ。」

「何でだよ?」


 小川は梅本のやろうとしていることを先に読み取り、釘を刺す。


「女同士の会話に男が入ると、ロクなことにならないだろうが。散々な目に遇うのがオチだ。」

「いや、それウチの女達の場合じゃないのか?んでもって、そんな目に遇うのはお前だけだろ。」

 

 妙に感慨深そうに語る小川に、梅本は笑顔でつっこんだ。何やらズズンと凹んでいる小川を後目に、でもコイツの言うことも一里あるなと思う梅本。


「おい、マンボウ……って何やってんだテメェは。」


 見れば、北は反物屋で立ち止まり、ああだこうだと店の人間と話している。

 話をほっぽりだして反物の値切り交渉をしている北に、二人は痛む頭を抱えて項垂れるのであった。


こんにちは、皆様もう七月ですね。ホントに暑いです。

謙信様女性説・・・・・結構好きなんです。

なので欲望に任せて女の人になってもらいました!

あぁー、にしても川中島決戦に辿り着くにはまだまだ長そうです(汗)

早く書きたいけど、そういうわけにも行かないんですよね。

そういえばもうじき七夕ですね。

七夕短編も考えているんですけど、当日までに書けたらうpする予定です。

そしてお気に入り登録が70人になってました。

読んでくれてる皆様、本当に有り難いです!

それでですね、感想が取りあえず自由に書き込めるようになった・・・・のかな?

なんかイマイチ解りませんが、そういう規制が外せるようになりましたので、一応お伝えしておきまする。

なのでユーザー登録してない人もしている人も書き込みが出来るかと思われまする。

まだ感想が六つしかないので、是非お願いします。

えーっと次回はside甲斐から始まります、まったりと待っていてくださいまし!



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