二十七の噺「肝心な話は、メールでするとめんどくさい。」
周囲の視線を無視して、三人は黙々と食べる。そんな中、小川はふと自分の椀の中に食べた筈の山菜が何故かあるのに気付く。はて、と首を傾げ、味噌汁を啜るフリをしながら注意深く椀を見ていると……。
「おま、勝手に何を入れてるんだ!?」
「チッ、見つかったか。」
ガチッ、と素早く小川はこっそり伸びてきた箸の先を挟む。それがつまんでいるのはあの山菜、犯人は北だ。
「自分で食え、それくらい!」
「嫌や。あたしこれ嫌いやもん。」
「だからって俺のトコに入れるなよ!!」
激しい箸の空中戦……最早ドッグファイトと言えるような戦いを、梅本は深い溜め息をついて眺めた。
「行儀悪いぞ、お前等。」
一応、一言注意するが。
「そんなんやから彼女も出来んねん、この生臭野郎が。」
「それとこれとは関係ないだろ!!?いいからそれ入れんな!」
「うっさいなー、好き嫌いすんなや!」
全くもって、何一つ聞いちゃいねぇ。そんな様子を唖然と見ている定満に、梅本は申し訳なさそうに言った。
「すんません、こいつらいっつもこんな感じで。俺、一人じゃ手に負えなくて。」
色々と苦労してそうな彼を見て、定満は励ましの意味を込めて梅本の湯飲みに茶を入れてやる。
「謝ることはありませんよ。私でよろしければ、愚痴くらいは聞きますから……。」
何やら妙な友情が芽生えてきている。
「毎度毎度あいつらは揉めるし…その度に俺は一人で止めなきゃならないし…だーれも叱ろうとしないし……。」
入れてもらったお茶をまるで酒のように煽り、グチグチと梅本は呻きだす。それを若干困った顔で聞いてあげつつ、定満は未だドッグファイトを続ける二人を見、やれやれと首を振ったのだった。
さて、食事をしに行ったのか、愚痴を言いに行ったのかよくわからない時間を過ごした後、三人は謙信に呼び出しを受けた。
「……話すことなんか、何もないぞ。」
「お前達から武田の情報を聞き出そうなど、少しも思ってはいない。」
前を行く兼続は、笑いながら小川の呟きに答えた。
「謙信様は、純粋にお前達に興味を持っておられる。武田や織田の元でどう過ごしていたのか、聞きたいそうだ。」
それはそれで、何やら答えにくい。何をしていたのか、と聞かれれば、ロクなことしかしていなかったような……?
「謙信様、六武衆の三人を連れて参りました。」
あれこれと考えていると、兼続の声で我に還り、三人は慌てて廊下に膝をついた。
「入れ。」
「し、失礼します。」
許可を得て、三人は恐る恐る戸を開き、中に入った。それを見送って、兼続はその場を離れた。
「定満との話は、楽しかったか?」
「軒猿、とやらのお知らせか。」
にこやかに問いかけてくる謙信に、北は顔をしかめて言い返した。すると、謙信は目を丸くしてみせる。
「よくご存知だな。」
「そりゃ、俺等も色々と学んでるんだよ。」
よっこらせ、と梅本は腰を下ろして軽く笑う。
軒猿とは、上杉が使う忍の名称だ。
「……で、一体何を俺達に話させようっていうんだ?」
小川の探るような視線を受けて、謙信は苦く微笑んだ。仕方ない、彼等は無理矢理連れて来られたのだ。
例え自分が命じたことでなかったとしても、彼等にとってここは敵の巣窟……警戒するなというのが無理である。
「何を、と言われても……そなた達が織田や武田でとう過ごしてきたのか、私は興味を持っただけなのだがな。」
「ふぅーん……。」
シラーッとした目で三人は謙信を眺めつつ、しばらく黙って考える。
嘘は言ってなさそうだし、何かを企んでいるわけでもなさそうだ。それに、上杉 謙信は何よりも『義』を大切にする武将だし、みすみす自分から不義なことはしない筈だ。
「……話したくないことは言わない。それで良いなら。」
姿勢を正して、三人は会話の体勢に入った。
謙信は嬉しそうに微笑むと、彼等に丁寧な礼を述べる。そこから、謙信の質問に答えていくのだが。
信兄は濃姫さんにベタ惚れ、信玄は甲斐のゴキカブリで裏の支配者は山勘、光秀さん萌えー……と、本当にろくな話がない。もう一度言おう、ろくな話がないのだ。
調子に乗れば、いくらでも事実をねじ曲げられる三人は、脚色を加えに加えていく。あまりのハチャメチャ振りに、謙信は人目も憚らず声をあげて笑った。
「甲斐のゴキカブリとは、それは少し酷すぎる例えではないか?」
「いや、ホントに動き方がゴキカブリそっくりでですね、勘助さんにギリッギリに縛り上げられてて……」
特に謙信が目を輝かせて聞きたがったのは、やはり好敵手の話だからか、信玄の話だった。
ただ、信玄の話と言っても、仕事をサボって勘助に縄で宙吊りにされた話だとか、信玄の食事に唐辛子を仕込んでやっただとか、そういうアホな話ばかりだ。
「えらい謙信さん、信玄のオッサンの話を聞きよるなァ。」
ニヤニヤと笑いながら北は謙信に言う。その笑みのいやらしいこと、すかさず梅本のチョップが額に炸裂した。
「そ、そうだろうか?私はそんなに…信玄殿のことばかり聞いているだろうか?」
首を少し傾げて、戸惑うような表情を浮かべる謙信に、今度はこちらが困ってしまう。ちょっとからかっただけなのに。
「……そうとは、思わないがな。」
「おう、俺も同意見。アレだろ、相手があの甲斐の虎だし、色々情報収集したいんだろ。」
小川と梅本は取り繕うように言い、この微妙な空気を流そうとする。
「ま、別にどうでもええんやけどな。」
「お前が言い出しっぺだろ。。」
自分が振った話題にも関わらず、興味なさそうに放棄する北に、梅本が呆れ顔で溜め息をついた。
「……時に、そなた達。参戦の話はどうなったのだ?」
その質問に、三人は眉を寄せて視線を交わしあった。彼等の様子を見て、謙信は少し申し訳なさそうに俯く。
「急かしている訳ではないのだが、やはり気になってしまってな。私達の『義』の為にも、早く答えが欲しくなってしまうのだ。」
「……その義、ってヤツが、あたしにはイマイチわからへんわ。」
義理と人情、ならよく聞く言葉だが、謙信が唱える『義』とは一体何ぞいや?
北は説明を求め、小川をチラ見する。彼は面倒そうに北に向き直り、さらっと言った。
「人として行うべき正しい道のことだ。物事の道理に叶っていることも意味に入る。」
まぁ、これは小川がわかりやすいように噛み砕いた説明だ。
ちょっと詳しくいうと、これは儒教のいう「五常」という教えの一つ。五常とは、人が常に守るべき五つの道をいう。
仁・義・礼・智・信と五つの徳があり、仁は思いやりや慈愛、礼は礼儀や敬意、智は正しい知識とわきまえる心、信は誠実さや信じる心との意味がある。
ちなみに滝沢 馬琴著、「南総里見八犬伝」でもこの五常は使われている。話を戻して。
「ふーん、そういう意味だったのか。仁侠とか義侠とか、色々奥深いな。」
ヤクザものには必ずと言っていいほど出てくる言葉を、梅本は思い出して一つ頷いた。
「ふふ……そなた達、意外と博学だな。」
「どういう意味だそれ。」
からかうように笑う謙信に、些かむっとした顔で梅本はじろっと視線を向けた。
まぁそんな感じで、何事もなくほのぼのと時は過ぎていった。
さて、謙信との話が終わり、部屋に戻った三人は、周囲の無人を確認してやっと携帯を開いた。勿論、甲斐チームと連絡をとるためである。
「あ、早速来てるわ。」
北の携帯にメールマークがあり、それを見てみると。
【おせーんだよ、この馬鹿マンボウ!いつまで待たせんだ、お陰で大福一杯食っちまったじゃねーか!】
実に木下らしいメールに、何やらガックリくる三人。そしてスクロールしていくと、付け加えた一文が。
【ちなみに四個だぜ!!】
「……多いのか少ないのかわからない個数だな。」
「そしてものすげーどうでもいい内容やな。」
げんなりしつつ、小川と梅本にも届いているメールを開く。
小川には谷中から。
【チロちゃんの報告から聞いたけど、元気そうで安心したよ。そうそう、上杉では二日酔いなんて無様な醜態を曝さないようにね?そんなことしたら】
何故か尻切れトンボのメールだ。
間違えて送信ボタンを押してしまったのだろうが。
「王子、二日酔いになれよ。」
「……何でだよ。」
「いや、どういう制裁が待ってるのか気になって。」
「俺が感電するとこそんなに見たいのか!?」
小川のちょっと涙目っぽい目で睨まれながら、梅本は自分の携帯を見る。山中からだ。
【川中島についてですが、どうしますか?上杉さんの予言じみた言葉も気になりますよね。】
「なんだろ、ちょっと期待外れだ……」
「ま、ミナちゃんやしなァ。」
至極まともな文面に梅本は肩透かしを喰らい、北は納得するように言った。
彼等はその場に座り直すと、返信の為にカチカチとボタンを押し始めるのであった。
side甲斐
越後チームのメールを、甲斐チームが見ることが出来たのは、昼が少し過ぎたころ。
いち早く気付いたのは山中で、彼女は残りの二人に呼び掛け、今現在携帯を覗き込んでいた。
「やっぱり、音も振動もないと気付くのが遅れるね。」
うーんと唸りながら、谷中は小川の返信を見ている。
【今のところ、戦に関する情報はない。恐らく参戦すると言えば情報が流れてくるとは思うんだが。ちなみに感電は勘弁してくれ。】
「カンデンにカンベン……何だよ、くっだらねー洒落だなっ!!」
ゲラゲラ笑いながら木下は画面を指差し、谷中と山中はジト目で溜め息をついた。
「マンボウさんは、何と言ってますか?」
山中が木下の携帯を見ると。
【何処の大福?ちなみにあたしは豆大福が好きや。】
「君達は、何でそんなことをやり取りしてんのさ。」
呆れ顔で谷中は額を手で覆った。
ダメだこいつら、早くなんとかしないと。
最後は梅本からのメールだ。
【参戦については、俺等はどっちでもいい。一応そっちもお館様と話したらいいんじゃないのか?】
「確かに、一度きちんと話す必要がありますね。」
山中はそう呟くと、おもむろに立ち上がる。
「ミナちゃん、何処行くんだー?」
行儀悪く寝そべる木下に、彼女は起き上がるように手で指示して、こう言った。
「もう一度、お館様のところに行って色々お話しようかと思いまして。あ、そうそうチロさんにお願いがあるんです。」
きょとんとした顔の木下に、素晴らしい笑顔で山中は笑いかけた。途端、木下の顔色が変わる。
(こ、これは悪名高き西太后の笑み……!)
谷中もギョッと目を剥いて、山中の眩しい笑顔を見つめた。
清王朝末期の中国に君臨した女帝、西太后。残虐にして残忍、権力に狂う統治者。
まぁ、いくら何でも山中がそこまで非道な人間というわけではないが、この笑みを浮かべたときは、大概被害者にドえらい出来事がおこる。
肉体的損害ではなく、メンタル面で。
「チロさん、少し耳を貸して下さい。」
谷中が見守る中、おずおずと木下は言う通りにすると、山中はヒソヒソと何事かを耳打ちする。
「う、嘘だろっ!?オ、オレそんなこと出来ないぞ!?」
「チロさんにしか出来ません。獲物は大きいんです、従わせるにはそれなりの餌を用意しないと。」
「で、でも……!」
「木や葉でも、土の中でもいいんです。数はそうですね、五~六匹くらいあれば十分な威力かと。」
「う~……土の中なら、何とかいけるかも……。」
「頼みましたよ。それじゃ早速、行って下さい。」
何が何やらわからない顔で谷中が見守る中、木下は気合いを入れるようにペシペシと頬を叩き、部屋の外へ飛び出して行ってしまった。
「……一体、何頼んだの?」
首を傾げて山中に問いかけると、彼女はくすくすと笑った。
可愛らしさを全く感じない、毒を含んだ声だ。
「保険ですよ、いざというときの。」
「……あ、そうなの。」
詳しく聞かない方が良さそうだと感じた谷中は、あっさりと頷くだけにしておく。余計な詮索は、我が身に火の粉が降りかねない。
「さて、それでは私達はお館様のお部屋に行きましょうか。」
「りょーかい。」
二人は一足先に信玄の元に向かう。
木下に、最強にして最悪の兵器捕獲を任せて。
更新遅っ!
待っていてくれた方もそうじゃない方も、お待たせ致しました(汗)
最後にうpしたのが5月の29日って・・・・・・・・。
今月に入って初めての更新です。
理由はですね・・・・・お仕事探しです、ハイ。
もういい加減に見つけないとマズイよな~っと思いつつ、のらりくらりと探してまして・・・・・。
そういう時って、なんか書けないんですよね。
えーっと、次回作ももしかしたらもっと遅くなるかもしれません(泣)
でも気長に待ってて下さい、お願いします。