No37『羊飼いの特訓・上』
そっ[壁]*。・ω・)っ 旦
「久しぶりだな……」
「めぇー!」
「にゃあ」
ダンジョンの入り口から出ると、爽やかな風がクク達を吹き抜けた。
ククは水色のリボンのついた麦わら帽子を手で押さえると、生まれ育った平野を見渡して呟く。
昨日話し合ったスライムゼリーの件は、マイとユートが持ち帰って研究することになった。宝箱から見つけたそのままの状態で、ギルドやその他のクランに売りに出すという話もあった。しかし、その2人が研究して自分達の扱えるものにすると言ったため、元のスライムゼリーを手放さない事に決定した。『料理人』や『薬師』をジョブに持つ2人がそう言うのでククを含め、リープやリペアも反対はしなかった。売りに出すという選択肢を提示したクレハも最初から売りに出すつもりはなかったようで、すぐに賛成した。一応、他の選択肢を出しただけのようだ。
それらの理由からマイとユート……主にマイがスライムゼリーの研究で時間を使うという事で、今日から数日間パーティーでの活動はお休みとなった。クラン結成早々の休暇である。まぁ始めからダンジョンを探索したあとの数日は、体調を整え身体を休ませる時間や武器の手入れや調達などで、もともと2日ほど休みとなる計画であった。それが1週間に伸びただけである。
まとまった休みが出来たことで、ククは少し遠出することにした。
その行き先が現在クク達のいる――ここノースビッグイースト島である。
青い空に浮かぶ白い雲が青い海に反射し、爽やかな風が島の草原を波立たせる。
何を隠そうこの場所はククの生まれ育った島である。
この島の隣にはサウスビッグイースト島というもう1つの島があり、合わせて双子島と呼称されている。 しかし、「双子島」という事実よりも知られている特徴がこの2つの島にはある。それは航路が見つかっていないという事実。この島に船で行くことは出来ないのだ。何故なら、島自体が見つかっていないから。勿論、ドラゴンナイン王国からおおよそ東にあるだろうとは幾度も予測・調査はされてはいる。しかし、未だにこの島は見つかっていない。
ダンジョン大学校にある首都ナナハからソエウラの町まで馬車で約1時間。ソエウラからダンジョンへと入り、ダンジョンで決められたルート通りに2時間程進むと到着する。ドラゴンナイン王国の建国時には、もう既に交流があったとされるダンジョンにより繋がっている島。それがこのノースビッグイースト島とサウスビッグイースト島である。
「おばさん。こんにちは! お久しぶりです」
「あらまぁ! ククちゃんかい? 別嬪さんになって――」
ククたちが歩いていると島の人たちがすれ違う度に声をかけてくる。
王都で道を歩いていて声を掛けてくるのなんて、露店商くらいのものである。
ククはそんな懐かしい島の人たちに挨拶を交わしながら実家へと向かう。
ククが故郷であるこの島へと訪れた理由は2つある。
1つは、マルハのエサの確保。
基本的に羊のマルハが食べるものは草や葉である。普段はダンジョン大学校で支給される牧草を食べており、足りない分はククがお金を出して買い与えている。それに加えて、定期的に実家から送られてくる牧草ロールでククはやりくりしていた。実家から送られてくる牧草ロールはククのお財布にも優しく幾度となく助けられた。
ククの実家は、ククの『ジョブ』がそうであるように羊飼いである。と言うより、このノースビッグイースト島の半数以上の住人が羊飼いである。その理由は、島の広大な土地に背丈の低い草木が生えているからでもあるだろう。ノースビッグイースト島の人々は、この緑の大地と羊と共に昔から生きてきたとされている。
今回、ククはその牧草ロールについて交渉するため実家へと帰郷した。
もうあと、ひと月も経てば、ダンジョン大学校からは卒業である。そうなれば、当然ながら前述したダンジョン大学校から支給される牧草は貰えない。それが分かっているので、ククは父や母や家業を継いでいる兄たちに、安く牧草ロールを購入できないかと交渉するつもりで来たのだ。
「ただいまー!」
「めぇー!」
「にゃあ!」
ククが帰宅すると、突然の帰郷に家は大騒ぎになった。
末の娘が久しぶりに帰ってきたのである。手紙のやりとりは頻繁にしていたが、やはり文字と実際に会って話をする事は違う。ダンジョン大学校を辞めて戻ってきたのか、就職出来ずに帰ってきたのか、など変な疑いもかけられたが、現在のククの状況をクク自身がそしてララにも変身して喋って貰うことで疑いは解けた。
そこから、牧草についての交渉である。
父は「そんなもの毎月送ってやる」とすぐに言葉を返したが、ククにも意地がある。実家には頼らずとも生活できるという事を証明したいのだと意味も込めて牧草は購入したいのだとククは言った。それに現在の家業は、父ではなく一番上の兄が仕切っている事もククは知っている。前当主である父が勝手に決めて良いことではないのだ。それを踏まえて、兄と父と交渉した。結果的に、父が折れて牧草を購入することに決まったが、最後の父の抵抗もあり、『家族割り』という事で、一般的な相場よりも安く売ってくれる事となった。でもその『家族割り』がククとしてもありがたかったのは言うまでもない。
翌日。ククは実家の裏庭の訓練場に朝早くからいた。
ダンジョン大学校に行くと家族に話した次の日、最後まで反対していたはずの父が畑の一角を潰して作った訓練場である。それは、「危険なダンジョンを探索するなら、せめて生き残れるように強くなりなさい」と父からの言葉と共に送られたものであった。今思えば父の優しさでもあったのかもしれない。ちなみに、あとから母が教えてくれた話では、「若い頃のお父さんもダンジョン探索者に憧れていたのよ。一層にいるウサギにも勝てなくて完全に諦めたらしいけどね」と聞いた。自分の夢の続きを子供が追う嬉しさもあったのかもしれない。
なんにせよ。この訓練場はクク専用の思い出のある訓練場だ。
そして、今日ここでククは誓いを新たにする。
準備運動も終わり、立ち止まる。それから目を閉じて深呼吸。
今回の帰郷の目的は2つ。
1つは、マルハのエサの確保。しかし、大きな目的はもう1つの方であった。
それは、特訓。
前回のダンジョン探索でククは自分の弱さを思い知った。いや、それは最初から分かっていた事であるが、みんなと一緒にダンジョン探索する上でひしひしとそれが分かった。男子3人が凄いのは言わずもがな分かる。しかし後衛でサポートメンバーであるマイやクレハもククとは違った。自分の役割をキチンと理解しており、それをキチンと果たす。勿論、ククだって自分の役割を理解はしている。しかし、それだけでは足りない。正直に言って、あのメンバーならクク無しでもパーティーとして成立する。ククはそう思ってしまった。『災害』時の対処が正にそれを物語っている。ククはあのメンバーとダンジョン探索をして思った。
――私もみんなの横に並び立ちたい。
みんなに頼ってばかりの自分ではなく、みんなから頼られるような存在になりたいと思ったのだ。ダンジョン大学校でパーティーを組んでダンジョン探索をしている時は、如何にみんなの迷惑にならないかと考えていたククだった。しかし、初めて自分が頼られる存在になりたいと思ったのだ。
そして、ククが下した決断は、特訓だった。
勿論、ダンジョン探索者たるもの特訓などしていて当たり前のことである。ましてや、特訓したからといって、急に強くなる訳でもない事をククは分かっている。
しかし、今回の特訓で違うのは、その心の在り方である。
今。これから行う特訓から自分を変えるのだ。
ククは静かに目を開く。
その橙色の瞳には、静かにだが、激しい炎が燃え盛っていた。




