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No.38 『羊飼いの特訓・下』

そっ[壁]*。・ω・)っ 旦


「マルハちゃん行くよ! 《体当たり》!」

 加速したマルハの背にまたがったククは技名を叫び、衝撃に備える。


「めぇー!!」

 人馬一体ならぬ人羊一体となったククとマルハは、仮想敵であるバトルベアーに似せられたカカシに向かって突撃していった。


 鈍い音を立てて倒れるバトルベアーのカカシ。バトルベアーに似せられた茶色い布の中身は、使い古した布などが巻かれている丸太である。地面に接している部分は、丸く作られており全体の重心も下にある。


 ククとマルハが突撃して通過したあと、バトルベアーのカカシは独りでに起き上がる。ククの父が子供用の玩具起き上がりこぼしを参考に作成したこのカカシは、何度倒れても起き上がってくる訓練用の敵としては最高のものである。


 本日10度目の突撃を終えて、ククは心の中でため息をつく。

 先ほど、パーティーの皆から頼られるような存在になりたいと決心して訓練を始めたが、今しがたやった訓練はいつもと同じ訓練だった。


 ククが『羊飼い』としてマルハが覚えている【スキル】や《技》は少ない。

使役する動物たちが覚える最も基本的な攻撃技である《体当たり》に、五感を強化する【感覚強化】、足を速くする【脚力強化】、使役動物とコミュニケーションする上でほぼ必須である【感覚共有】、それに【毛刈り】というどちらかというと生産系である戦闘には向かないスキル、この《技》が1つに、【スキル】が4つだけなのだ。


 タイラー達のパーティーにいた『獣使い』グスクマの相棒ロマのような大型犬であれば、《噛みつき》や《ひっかき爪》など攻撃に活かせる《技》を覚えているだろうが、マルハは羊である。噛みつけるような大きな口は持っていないし足も爪ではなく蹄である。


 羊は身体的特徴から威力のある攻撃がない。

 それがククの長年の悩みであった。


 一応羊と同じ蹄を持つ使役動物として、おそらく最も多く使役されている動物に馬がいる。馬は『騎士』系統のジョブの人も適性を持ち使役出来るため『獣使い』よりも馬を使役している人が多いのだ。『騎士』系統のジョブで馬は主に乗り物として用いられる。攻撃はその馬に乗っている『騎士』が担っているため、馬単体での攻撃力はあまり必要がない。どちらかと言うと『騎士』の馬の《技》や【スキル】としては【感覚共有】や【脚力強化】などがあれば十分であるのだ。


 ククも攻撃力不足を補うための代替案として、一時期『騎士』の戦闘スタイルを真似てマルハの上で『羊飼い』の武器であるピッチフォークで敵を倒そうとしていた時期があった。しかし力も弱く背も小さいククが動き回るマルハの上で大きいピッチフォークを扱うのには些か無理があった。それでもククは1つくらい《技》を覚えようと頑張ったが、ククの適性の問題もあり、ついぞ《技》を覚えることはなかった。


 その代わり動物との意思疎通ができる適性が人一倍ククにはあった。【感覚共有】や【感覚強化】などスキルはすぐに覚えることが出来たのもそれが理由である。しかし攻撃力の向上に繋がる訳でもない。攻撃力がないクク達は必然的にパーティーメンバーのサポートに回ることとなったのが、これまでの現状である。



 いつも通りの訓練になっている現状を変えようとククは考える。


『蹄で踏みつける攻撃が馬にあった気がするな……調べる必要はあるが……』

 この間の反省会の時に、ククが攻撃力不足を相談した時にユートがチラッと言っていた言葉を思い出した。


 今回の帰郷は、クク本人も突然の思いつきで勢いに任せて出て来たため、蹄の技があるかキチンと調べて来なかった。


 しかし、ユートのことだ。

 記憶の中で見たことがあるからそう言ったに違いない。


 とりあえず、ククはそれを試してみることにした。


「よし。マルハちゃん。新しい《技》をするよ!」


「めぇー!」


「あなたの蹄で敵を踏みつけるの!」

 ククは新しい《技》を覚えるためにカカシに向かった。



 ユート曰く。

 【スキル】と《技》の違いは曖昧である。


 一番大きな相違点として、発動する際に本人が口頭で発言する必要があるかないかである。【スキル】は発言する必要がなく、《技》は発言する必要がある。

 ダンジョン大学校でもこれ以外の明確な違いというのは教えられない。というのも、【スキル】も《技》も覚えられれば良し、戦闘で使用出来ればいいからだ。また、教える学校側もキチンとした理由を分かってないという事もあるだろう。法則性が見つからないのだ。

 【スキル】はこういうものだからスキルである。《技》はこういう特徴があるから《技》であるという事がない。一応、ダンス系や歌などは【スキル】になりやすい、攻撃の動作や魔法攻撃は《技》になりやすいといった特徴はある。しかし、調べれば調べるほど、例外のものが多数存在するのだ。


 本質的な違いはないかもしれないと、ユート自身も考察しメンバーにその事を共有している。その上でおそらくイメージや固定概念に縛られているのではないかともユートは言った。既存の【スキル】や《技》を覚える事も大事かもしれないが、その【スキル】や《技》を作った人が歴史を辿れば存在するはずなのだ。だから、自分で勝手に【スキル】や《技》を作ってしまえばいい。と。


 理屈は分かる。

 しかし、ただ言うのは簡単で行うのは難しい。だが実行までしてしまうのがユートという奇人である。


 その言葉を体現するように『道化師』という明確に何をするかも分からないジョブでユートは数々の【スキル】や《技》を持っている。それらはほとんどユートが自分で作り出したものだ。


 だからククも出来ると思えば出来るのだ。すべては自分次第だ。

 その日。ククとマルハは日が沈むその時まで、蹄攻撃の練習をしていた。




「久しぶりだな。クク大きくなったな」

 結局夕食だと呼ばれるまで訓練していたククだったが、新しく《技》を覚えることは無かった。

食卓につくと、昨日は泊まりの放牧で居なかった二番目の兄がククを出迎えた。二番目の兄は他の二人の兄たちと違って結婚して子供もいる。2歳になるという姪は、今奥さんの実家のほうにいるのだという。ククが帰って来た知らせを受けて、羊たちの放牧で奥さんの実家近くまで遠出をしていたが一人急いで戻ってきたらしい。


 夕食は昨日もそうだったが、ククの大好きな料理ばかりが並んでいた。その母の気遣いがククは嬉しかったが、訓練が上手くいかない事もあってククの気分は落ち込み気味であった。


 家族団らんの会話は、久しぶりに帰ってきたククへの質問が大半だった。昨日は居なかった二番目の兄の質問は重複する事もあるが、ククはそれに答えていた。


「そうだ。クク。今日の訓練はどうだったんだ?」

 父が尋ねる。


「あまり上手くいかなかったよ……マルハちゃんは角もないしさ攻撃力で、何とか蹄での《技》を覚えさせようと思ってるんだけど……」

 ククは呟くように答える。


「クク。マルハに求めるのは違うんじゃないのか?」

 すると、ククの呟きを聞いた二番目の兄が険しい顔をしながらそう言った。


「え?」

 突如言われた厳しい言葉にククは思わず聞き返す。


「《技》を覚えないのは、マルハのせいじゃないだろ? ククのせいだと俺は思うぞ」


「……」

 ククは沈黙する。


「ククとマルハは友達じゃなかったのか? 一緒に戦う仲間なんだってマルハを連れていったのは誰でもないクク自身だったろ? いつからマルハはククの使役動物になったんだ? 《技》を覚えさせよう? いつからククはマルハの上になったんだ? もう友達じゃなくなったのか?」

 それは普段の兄らしい優しい口調で発せられた言葉であったが、クク自身気づいていなかった傷口を抉るような厳しい言葉だった。


「……いや、友達だよ」

 呟くククに、ククの兄は言葉を続ける。


「そうだろう。分かってるならいいさ。クク、お前の焦る気持ちも分かる。だけどな、大切なものがなんなのか忘れたら、それこそ一人ぼっちになるぞ。焦っていると自分勝手にどんどん進んでしまう。そんな時だからこそ後ろを振り返ることが大事なんだ」

 ククの兄は優しい声でそう言った。


「うん。確かに私……自分ばっかりでマルハちゃんのこと考えてなかったと思う」

 兄の言葉にククは目が覚める思いだった。兄の言う通り、ククは焦っていたのかもしれない。クク以外のパーティーメンバーは凄いメンバーばっかりだ。ククは他のメンバーの横に並び立ちたい。パーティーメンバーにとって役に立ちたいという思いが今回の訓練をしようと思ったきっかけでもある。しかし、それはククだけの都合であった。マルハやララの事情は何も考えていなかった。ククは心の中で深く反省した。


「まぁ分かればいいさ。俺も言い過ぎたよ。ごめん……あと、これはまぁ訓練のヒントになればいいんだが……俺の娘は毎日沢山の言葉を覚えるんだ。この間までハイハイをしていたと思ったらつかまり立ちをするし、たどたどしいが言葉も話すようになった。それで何が言いたいのかって言うと、赤ちゃんは周りの家族や大人の真似をして成長していくんだ。最初は上手くいかない事も多い。だけど、失敗しては挑戦してまた失敗する。でも挑戦していくうちに出来るようになる。人の赤ちゃんもそうだが、これは羊の赤ちゃんだってそうだ。ククなら分かるだろう? 今は沢山失敗してもいい。続けていればいつかは出来るようになるさ」

 重くなった空気を自ら変えようとしたのかククの兄は明るい声で最後にそう言った。


「うん。キキお兄ちゃんありがとう。また明日頑張ってみるよ」


 兄の言葉を胸にククは一晩考えた。


 そして、翌朝。


「マルハちゃん! 一緒に泥遊びしよっか!」

 裏庭の訓練場で水まきのホースを持ったククが言う。


「めぇー!」


「ほら。この泥に手形を付けるんだ!」

 そう言ってククは地面の泥に向かって自分の手の形をとった。


「めぇー!」

 マルハも嬉しそうに蹄を泥につける。



 そして、一日中泥遊びをした夕方、少しだけ訓練をしたククとマルハ。


「いけマルハちゃん! 《蹄スタンプ》!」

「めぇー!」

 ククの合図とともにマルハが前足を上げる。


 そして、鈍い音が辺りに響いた。


 バトルベアーを模したカカシの胸には、くっきりと大きくマルハの蹄跡が残されていた。





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