No.15 『呼び名』
「そうやな。実は学校では許可を得て偽名を使ってんねん。ほら実家が実家やし、トラブルがあったら困るやろ? 学校での名前はシャン・ルートやな」
マイの質問にカエデはあっさりとそう答えた。
「それって、いつも学術試験ランキングの上位いる人よね。あなたがそうだったのね」
クレハが偽名を使っていると聞いたマイは納得し、そして偽名の方の名前を知ったあとも知っている名前だったことにさらに納得する。
「あぁ、俺も知ってるな。確か今期は3位だったよな。単純に凄いな」
ユートも偽名の方の名前は知っており感心する。
「いや、その1位と2位に褒められても嬉しくないっちゅうねん」
クレハがツッコミを入れた。
ダンジョン大学校では、生徒たちの競争心を煽るために、多くの分野でランキング制を導入している。それは模擬戦闘ランキングであったり、職人ランキングであったりと、特定の学部だけに設けられたものや全校生徒が参加するものまで様々だ。その中で学術試験ランキングはすべての生徒が必ず参加するものであり、ユートとマイはほぼ満点の成績であった。今期は1点差でユートが1位でありマイが2位であった。
クレハにしてみたら1位と2位の2人に褒められるのは嫌味にしか聞こえなかった。
「まぁランキングの話はおいといて、俺たちに本名を言った理由はなんでだ?」
認められている偽名があるなら、別に偽名を使って面接に来ても良かったはずだとユートは言う。
「そこはうちの真剣さとして受け取って欲しいんやけど……そうやな。この際だから隠し事はなしや。これはうちの夢にも少し関係あることや」
「夢って事はさっきも言ってた世界一の商人になるって事かしら?」
マイが尋ねる。
「そうやな。正確に言うと、うちは実家のクランよりも凄いクラン作って見返したいんや」
クレハはそう宣言するように言い放つ。
「実家のクランに入らずに、こちらのクランに入るというので、なにか事情があるとは思ってはいたがそれが理由か?」
「いや正確に言えばそれは手段やな。動機は他にある。実は、うちはな。学校を卒業したら家から追い出される事が決まってんねん」
とクレハは言い、続けて言葉を発する。
「『ジョブ映しの鏡』って知っとるやろ? それの上位版で『未来ジョブ映しの鏡』は知っとるやろか?」
「話には聞いたことあるな。確か自分のジョブの可能性をすべて見る事が出来るという効果だったか?」
ユートはダンジョン産のアイテムをまとめた図鑑で読んだ記憶を掘り起こし答える。
「そうや。『ジョブ映しの鏡』と比較してもその希少性も値段も跳ね上がる代物や。その『未来ジョブ映しの鏡』なんやけどな。うちらの一族は小さい頃にその鏡を使って、その子の未来の可能性のジョブまですべて先に見るんや」
クレハのその言葉にユートとマイは先に結論が分かってしまった。だが、何も言わずにクレハの話を最後まで聞く。
「つまり、子供の才能を早いうちに見ることで、その子にあった教育をするっちゅう事やな。フォックスシールド家は代々そう早くからその子にあった英才教育を施すことによって一族の繁栄を保っているんや」
ここでクレハが息継ぎをするために一度言葉を切る。
「だけどな、これには闇もある。最初に鏡で才能がないと判断されればその子は用済みなんや。もう分かってると思うねんけど、うちはそのジョブ才能がなかった子なんや」
クレハは言った。
「でも『結界師』ってあまり知られていないけど、サポートとしては有能よね?」
「そうだな。瞬間的な防御結界は使いこなすのにかなりの修練がいるが、ダンジョンでの休憩時に結界があったらそれこそ安全度はかなり高まるはずだ」
マイとユートがクレハをフォローするように言う。
「一般的にはそうなんやけどな。一族が求めていたのはそうじゃないんや。というのも、うちら一族は代々『結界師』がジョブに出やすい家系なんや。うちら6人の兄弟姉妹もそれを証拠に『結界師』のジョブを持っとる。一族が欲しかったのは、『結界師』とその他の有能な戦闘系のジョブなんや。うちにはそれが無かったんや」
クレハはそう説明した。
「「…………」」
酷い話ではあるが、よその家の事情でもあるためユートもマイも何も言えなかった。
「だから、うちは一族を見返すためにクランを作りたいと思ったんや。本当は、卒業後1人で行商でもしてお金を貯めようと思ってたんやけど、たまたま行った卒業ライブで、リープがクラン作るって言うたやん? それで気になって調べてみたら、他のメンバーも学校の有名人だらけやん。『音楽界の貴公子』に、才色兼備『薬師の踊り子』と大樹刈りの『木こり戦士』の美男美女カップル。総合ランキング1位の『道化師』までおるやんか」
「なんだその呼び名は?」
眉をひそめたユートがクレハの言葉を途中で遮るように尋ねる。
「まぁまぁ今は関係ないじゃないの」
しかし、マイによってその質問の答えは返されなかった。
「まぁこれはチャンスやと思ったわ。このメンバーならダンジョン攻略も本当に夢やない。うちの才能の限界もこのメンバーと一緒なら越えられるそう思ったんや。そして同時に、うちの実家を見返す事が出来るそう思ったんや」
暗い話から一転。クレハはそう力強く希望に満ちた表情で語った。
「まぁ才能なんてのは、誰かが決めるものではないしな。自分の才能も限界も自分で決めるものだ。俺は少なくともそう思っている」
「そうね。私も同感だわ」
クレハの言葉にユートはそう言ってマイもそれに同意するように頷く。
「ではクレハ最後に改めて聞こう。君は俺たちと共に例え死ぬとしてもダンジョンの攻略をする気はあるか?」
「もちろんや!」
ユートの問いに即答したクレハ。
その答えにユート達も満足し、クレハの面接を終えた。
そのあとは、これと言って特筆すべき人も来ず、夕方ごろまでただリープのファンを捌いていくだけの作業となった。
その時点で、クレハのクラン入りはほぼ確実になったなと、ユートは思った。
『商人』と『結界師』のジョブ構成。
それだけでユートの頭の中では、さらにダンジョン探索の道が広がったと確信した。サポートとして『結界師』も有能なジョブであるが、『商人』というのもかなりポイントだ。戦闘には向かないが、広大なダンジョンで地図を描ける能力は嬉しい。それに、この前の水晶アリの価格上昇のような事態も減るだろう。クレハのクラン入りは、ユート達にとってもかなり価値のある存在であった。
リープのファンも帰り教室の片付けをしていると、1人の子がユート達を訪ねて来た。正確には1人と1匹と1頭だ。言うまでもなく、昨日リープからの紹介で知り合ったククである。
「あの。片付けの最中にすみません……。でも、昨日と今日で精一杯私は考えました。私の話を聞いて下さい」
教室へと入ってきたククはユート達に向かってそう言った。
断る理由もないユート達はその言葉に頷きクク達を招き入れた。
「昨日はごめんなさい……」
教室内にメンバーも揃い話が出来る状態になった所で、ククが開口一番そう言って頭を下げた。
「あのあと考えて気付きました。私達の発言は、ユートさん達がダンジョンの攻略が出来そうだから、それに便乗して私達も仲間になろうって発言していたんだって……ユートさん達は真剣にダンジョン攻略について考えているのに、私達はユートさん達に頼るような甘えた考えだったんです。本当にごめんなさい」
「ククちゃん。頭を上げてちょうだい。その事に気付いてこうして謝りにくるだけでも私は偉いと思うわ」
ずっと頭を下げたまま話すククにマイはそう言った。
「あと……もう1つ謝らないといけない事があります。ララの件です。あのあとの話もララから聞きました。その件についても本当にごめんなさい。ダンジョンを一緒に探索しないのにクランに入れてくれなんて、おこがましいにも程があります。こちらから頼んでおいてすみませんが、その件は無かった事でお願いします。それでもし迷惑でなければ、私達がクランメンバーに相応しいかどうかを改めて決めて欲しいんです。それでクランに入れなくても文句はありません。どうかお願いします」
マイが言っても頭を下げたままのククはそう言った。
「あぁ分かった。クラン入りの話は一旦白紙に戻そう。だからクク、頭を上げてくれ。話はそれからにしよう。いつまでも頭を下げたままではこちらも困る。それに昨日は俺も悪かった。言い方がきつかったと思う。すまない」
ユートはククの提案に了承して、昨日の事についても謝った。ユートとしても言い過ぎたと反省していたのだ。
「いや、でもそれは私が悪くて……」
「いや、俺ももっと言葉を選べばよかったと思う」
ユートが謝ったのを見て、ククは自分が悪いのだと再び謝る。そしてそれを見てまたユートが謝る。何故かお互いで謝り合戦が始まった。
「もう……ククちゃんも頭を上げて! ユートもほら。もうこの件は終わりにしましょう」
「そうだね。僕もそう思うよ」
するとその様子を見かねたマイが止めに入り、リープもそれに援護するように言葉を発した。
「分かった。すまない」
「ごめんなさい」
その2人の忠告に、また謝りの言葉を返すユートとクク。
「ははっ! 2人とも本当は似た者同士かもな!」
その様子を見たリペアの言葉はどこか的を得ているものだった。
~道具・アイテム図鑑~
『ジョブ映しの鏡』
自分のジョブを映してくれる鏡。ダンジョンでたまに見つかる。
『未来ジョブ映しの鏡』
未来の自分のジョブの可能性まで映すと言われる鏡。




