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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
59/129

◆57.其の言葉、危険にて候。

あるお方がお壊れになっているのでご注意下さい。

 

 ひとしきり妃沙を堪能し満足したのか、青年がスッと身体を離し、相変わらず興味深げな視線を妃沙に送っている。

 だが妃沙も負けてはいない。その大きな碧い瞳に好奇心をいっぱいに浮かべてキラキラと輝かせながら青年を見つめていた。

 その純粋無垢な瞳に、半ば強制的にここに連れて来てしまった自覚のある青年がウッと息を飲んで怯んだ隙に、妃沙は今までの会話の中で気になっていた事を尋ねた。


「なぁ、『能力(スキル)』って何だ? 確かに俺は話す言葉が自動的に変換されるなんつー面倒臭い事態になってるけど……これって、俺が特別って事じゃねぇのか?」


 転生なんていう非現実的な経験をしたからこそ、自分の言葉が勝手に違う言葉に変わるなどという事態にも納得出来ていたのだ。

 けれど彼は『能力(スキル)』だと言った。いくら魔法という概念がある異世界だからといって、ゲームのようなその響きに何処か引っ掛かるものを感じたのである。

 そして今、取り繕うことを一切止めてしまった妃沙が発する言葉には違和感しかないのだが、青年にとってはどうやらそれはツボのようで、またしても笑いの渦の飲み込まれそうになっており、肩をプルプルと震わせて俯いている。


「……少しは取り繕ってもらわないと面白過ぎて話しにならないな……。ねぇプペちゃん」


 そう言うと、青年はふと顔を挙げ、ひどく真面目な表情で言った。



「ボクちんだって頑張ってるんだから、おねーたんも少しは努力してよね!」



 その言葉に、令嬢らしからぬ態でブッと妃沙が吹き出した。

 そしてそのまま、口元を押さえ、その衝撃に耐えるようにして俯くが、青年の攻撃はまだ続く。


「まったくもう、せっかく努力して隠してたのにおねーたんがそれじゃ、ヤル気が削がれちゃうじゃないか。ぷんぷんだよ、もう! ボクちん、話をしようって言ったよね!?

 おねーたんがそのつもりならボクちんだってこの口調を通させて貰うからね!!」


 ぷう、と片頬を膨らませて妃沙の顔を覗き込む青年。

 完全無欠の美形な大人から放たれるその言葉の破壊力といったらない。妃沙はもう、今の自分の状況であるとか立場をすっかり忘れ、ついに腹を抱えて笑い出した。転げ回らなかっただけ、まだ少し理性が残っていたようである。


「ちょっ!? タイム、タイム! そんなんで話なんか出来るワケ……」

「お互いさまじゃないかぁー! ボクちんがどれだけ頑張ってたと思ってるんだよ! 変換後のお嬢様言葉は無理でも、少しは普通の話し方くらい出来るでしょおー!?」


 そんな言葉を聞いて、妃沙はもう這う這うの体で床に突っ伏し、ドンドンと畳を叩いている。

 なまじっか相手が真剣な表情なだけに、その攻撃力たるやスライム相手に伝説の剣でクリティカルヒットを与える程のダメージを妃沙に齎した。

 だがしかし、妃沙に瀕死のダメージを与えても尚、青年は攻撃の手を休めるつもりはないらしい。


「おねーたん、笑ってばっかじゃお話にならないよ? 早く元の場所に戻りたいんでしょおー!? だったら少しはボクちんに協力してよぉ!

 このままじゃボクちん、おねーたんを本当に掻っ攫って、この口調に慣れてもらうまで語り続けるしかないお?」


 何が『ないお?』だ、少しはてめぇの美形っぷりとのギャップを自覚しやがれと思いながらも、妃沙は言葉に出す事が出来ない。

 今や彼女の腹筋は甚大なダメージを受けていて、笑い声と呼吸をするのが精いっぱいなのだ。


「ほらほら、おねーたん、お話するんでしょおー!? 質問も受けちゃってるし、お話するからちゃんと聞いてよぉー! 

 ちゃんと目を見てお話を聞いてくれないと、ボクちん、泣いちゃうからね!?」


 むかぷん、と唇を尖らしているのは、本当にあの空前絶後の美形の彼だろうか。その口調に引っ張られ、世間知らずの阿呆な坊ちゃんにしか見えなくなって来そうである。


「……わかった、解ったから……! 努力、努力をしますですから……! わ、笑い死ぬ……!」

「全然解ってないおー! おねーたん、このままじゃボクちんだって元には戻れないんだからねっ!」


 ブハハハ、と、令嬢らしからぬ妃沙の大爆笑が響き渡った。笑いすぎて泣けて来るし、腹筋も痙攣しそうだ、このままでは本当にどうにかなってしまう。

 ヒーヒー、と呼吸を整え、涙を指で拭いながら、妃沙はきちんと居住まいを正して言った。


「……委細承知した。悪ィけど、自分はお前様みたいに器用じゃないからな、

能力(スキル)』とやらが通じなくて、元の口調が笑われてしまうとなったら、少し時代錯誤な言葉が出て来ると思うけど……。

 これが今の自分の精一杯なんで、承知してくれると嬉しい」

「解ったお、おねーたん!」

「だからそれはもう止めてくれ……!」


 再び笑いの渦に飲み込まれた妃沙が復活するまでの数分の間、青年はふざけた表情から元の人好きのする美丈夫(イケメン)に戻ってにこやかに微笑む。

 彼の豹変はもちろん演技によるものであり、妃沙と違って『能力(スキル)』とやらに支配されたものではないので、青年の意思により、この面白すぎる言葉遣いはここで終了となった。

 これから先、妃沙が使う言葉遣いには大いに期待するところであるけれども……笑いすぎて体力を大幅に消耗した妃沙に、取り繕う余裕などまるでなかったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



「質問は能力(スキル)のなんたるか、だったかな? それは俺も良く解っていないから、要研究という所だな。ただ、解っているのは、人は生まれながらに一つだけ『能力(スキル)』と呼ばれるものを持っている。

 君の変換の能力(スキル)もそうだし、懐柔だとか圧倒的存在感だとか、特に地位の高い連中はそんな能力(スキル)を持っている奴が多いんだけど、どうも俺にはその効力が発揮されないらしいと解ってね。

 そこから導き出した結論が、俺の能力(スキル)は『能力(スキル)』が通じないことと、相手のそれが瞬時に解る、という事なんだと理解した。過程からその結論に至るまで、千人単位で色んな人間と対面したからそれは間違いがない」


 ほぇぇ、と思わず妃沙の口から溜め息が漏れた。

 能力(スキル)なる言葉は初めて聞いたけれど、なるほど、妃沙だけではなく、この世界にいる人々はそれぞれ能力(スキル)を持っているのだと考えれば、自分が決して特別なのではないということに安心すら覚える程だ。

 だって妃沙は、自分が『特別』だなんて少しも思っていないのだ。どうやら容姿は目立つもののようであるけれど、そんな入れ物は妃沙にとってはどうだって良いし、この世界に転生する際に出会った女神様とやらが勝手に与えた自動変換という能力(スキル)も、自分とは違ったものを周囲の誰もが与えられているのだと考えればあの説明はチュートリアルみたいなものだったのかと納得出来るものである。


「千人斬りとは恐れ入った。でも、お陰で自分が特別なのではないと知る事が出来て恐悦至極」

「……プペちゃん、もうちょっと努力して」

「あい解った。話すうちに模索するのでもうしばし待たれよ」


 もう一度見た目を整理しよう。妃沙は今、街娘。青年は今、若様。それを踏まえて吐かれた今までのアホ語もヤバすぎるが、この会話も大概である。

 だが、時代劇を愛する妃沙にとり、無理をせずにヤンキー語以外の言葉を発するのは古代語であったので、ここから少しずつ昇華しようという作戦に出たらしい。

 そして青年も、妃沙のそんないじらしい努力は理解しているようで、度々笑いながらも話は続けようとしてくれているようであった。さすがに大人である。


「さすがにこれ以上はなぁ……。俺が生涯を賭けた研究結果でもあるし、可愛い君にも明かす事は出来ないな……今はね(・・・)

 でも、これは今日、君と話して解ったことなんだが、どうやら俺の能力(スキル)は俺自身と『能力者本人』に影響を及ぼすものを無効化するようだ。君自身の耳にも話したそのままの言葉が聞こえていないかい?」


 そう問われ、確かに、と実感する。どうやら彼と話す時だけは厄介な能力が無効化されるようだ。


「それならもっと早く言ってくれよ! なんだよ、苦労して取り繕ってたのに……」

「だから、取り繕うのは止めてくれって言っただろ? それに、俺も自分の能力(スキル)にこんな効力があることは初めて知ったんだ。次に会える時までにもう少し研究しておくよ。

 プペちゃん、二度目の邂逅には時間がかかってしまったけど、約束の成就の三回目はそんなに時間は置かないと思うよ。でも……なんだろ、凄く離れがたいなぁ……。もっと君の事を知りたい。なぁ、LIMEのアカウントは持っている?」


 応、と頷く妃沙に、青年はIDを教えて、と懇願する。

 妃沙としても、別に秘密にするモンでもねーしな、と気軽に教えてやったのだけれど、LIMEというアプリは赤外線通信や、携帯を向き合わせて振ることでIDを交換するのが主流のアプリなのだ。

 今、スマホは手元にはなかったけれど、IDは覚えていたので教えてやったのだが、青年は通信以外での方法での登録に慣れていないらしく何やら四苦八苦している。


「貸してみろ」


 あまりにギクシャクしているので、そう言って青年からスマホを借り受けたその瞬間に、律義に登録しているらしい本名が垣間見えた気がしたけれど、武士の情けで見なかったことにする妃沙であった。


「……どうぞ。お兄さん、私とLIMEで繋がれるなんて果報者でござるよ。その光栄を存分に受けてたもれ」


 携帯を返しながら、妃沙が微笑む。

 どうやら取り繕わなくても良いよ、と言われてもそう急には対応出来ない様子であり、その言葉は相変わらずメチャクチャであった。


「ありがとう、プペちゃん。まったく、技術が日進月歩で進んで行くから、オジサンは追いつくのが大変だよ……」

「アホか。こんなん、アプリが誕生した瞬間から利用者の全てが知ってる機能だっつの」


 誰がオッサンだよ、とは思うけれど、それは妃沙の中身が高校生だからで、その意識を持ったまま生きている彼にとっては対峙する青年ですら年下の坊やなのだが、確かに中学生の妃沙からみれば青年はオジサンに相当する年齢だろうな、との思いは口に出さなかった。

 そんな事を考えていたので、つい口調も元のヤンキーに戻ってしまっているのだが、どうやら青年もだんだん慣れて来たようで、特に反応は示さず、マジか、と呟いて画面を凝視している。

 そして、追加された『友達』欄に表示されたその言葉を見やり、満足気に微笑んだ。


「『プペちゃん』で登録してくれたんだな。ありがとう、あとでメッセージを送っておくよ。それで、君の携帯に俺は何て登録されるのかな?」

「『ロワ』だよ、それしか知らねぇだろ! 貴様の名前を知った後もこの名前を変更するつもりはないから、いつまでも『王様(ロワさま)』と呼ばれる恥ずかしさに打ちひしがれるが良い!」


 片眉をピクリと上げ、楽しそうにアハハと笑う妃沙の前で、青年も「それはちょっと恥ずかしいな」なんて言いながら楽しそうに笑っている。

 妃沙にとってこれは二度目の小さな誘拐事件ではあるのだけれど、前回とは全く違った気持ちでその場にいた。

 彼には妃沙をどうにかしようという意思などまるで感じなかったし、言葉遊びもそれは楽しかった。能力(スキル)というものが存在するという有益な情報も得ることが出来たし、何より妃沙は、まだ名前も知れないこの青年に酷く親近感を抱いてしまっているようである。

 その理由は良く解らないけれども、妃沙にとって彼は注意は向けながらも信頼して良い人物であると言って良さそうだ。

 そして彼の言葉を借りれば、三度目の邂逅……彼の名を知ることが出来るのは、そんなに先のことではないらしい。妃沙にはなんだかそれがとても嬉しく感じられたのだった。


「それにしても、君が栗花落(つゆり) 那奈(なな)と一緒の撮影現場にいるなんて本当に驚いた。俺、彼女とはちょっとした知り合いなんだ。だから、対面してしまったら俺の正体が君にバレるな、と思ってついこんな所まで攫って来てしまったけど、監督もプペちゃんのお友達も心配しているよな。そろそろ戻らないと……」


 名残惜しそうに、それでも優しく妃沙を見やりながら青年が言う。

 だがその言葉に、妃沙はキョトン、と首を傾げることになった。


「栗花落 那奈? あの花魁のことを言ってるなら、ありゃその息子だぜ?」

「は!? ってことはまさか充君!? マジかよ、ずいぶんと美人に育ったなぁ……。男にしておくのが勿体ないな……」

「その点に関しては全面的に同意だな」


 ほぅ、と充の花魁姿を思い出して溜息を吐く二人。

 その姿は揃ってアイドルに焦がれるファンのそれで、今の状況などまるでお構いなしの恍惚とした表情で、暫くその場で感動に打ち震えていたのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



 それじゃまたね、と茶室から送り出されると、その前には何と駕籠(かご)屋が待っていた。

 確かに、この『七鬼神村』にはそんなサービスもあるとは知っていたけれど、それにしてもあまりのタイミングに驚いて未だ茶室の戸口に立っている青年の方を振り向くと、彼は悪戯っぽい微笑みを浮かべて言った。


「俺が頼んだんだ。君と馬に乗って帰ることになったらまた掻っ攫ってしまいそうだし、ちょっとバツが悪いのもあるしね」


 送ってあげられなくてごめんな、としゅんと眉毛を下げるその様子には含んだ所はまるでない。

 妃沙としても、駕籠に乗れるなんてまたとない経験ではあったし、これ以上一緒にいるのもどうかと思ったので、ニカッと笑って言った。


「手回しの良い事で。でも、自分も駕籠には乗ってみたかったし、ご好意、有り難く頂戴するでござる」

「……プペちゃん、だから取り繕う必要はないから……次に会う時までに慣れておいて」


 再び俯いて肩を震わせている青年を、妃沙は頬をぷくっと膨らませて見上げている。


「……面白かったし、ワザとなんだけど……」

「……そっちがそのつもりなら、またボクちんが登場することになるな……」


 大真面目な顔でそんな事を呟く青年に、妃沙は再びブッと噴き出して笑いの渦に飲み込まれそうになるのを、寸での所で耐え切った。


「わかった、解ったから! もうボクちんは勘弁してくれ!」

「そう? 俺としても楽しかったから、君が望むならいつでもお目見えするよ?」


 おねーたん、と耳元でコソっと囁く青年の攻撃に抗うのに妃沙は必死だ。

 だが、青年としても二人きりの茶室でならともかく、駕籠屋という他人の目がある場所であのアホ語を使うのは流石に躊躇われたらしい。彼の言葉は能力(スキル)に基づいたものではないので、他人にもバッチリアホ語が聞こえるのだ。

 だから、妃沙にだけ聞こえるように耳元で「また会えるの、楽しみにしてるお?」なんて囁いており、真っ赤になった妃沙が俯いてフルフルと震えている様はまさに、麗しい若様に口説かれている町娘の姿だ。

 だが、かくしてその実態は、アホ語を話す若様と笑いを必死に耐える町娘という、非常に残念なものであった。

 いつまでも駕籠に乗り込もうとしない様に、担ぎ手達がソワソワした空気を感じ取ったのか、青年は元の表情に戻り、未だに笑いの渦の只中にいる妃沙の頭をポンポン、と優しく叩いた。


「……プペちゃん、今日は本当に楽しかった。また必ず、ね?」


 そう言って身を屈め、町娘のカツラのせいで全開になっていた妃沙の額にチュッ、とキスを落とすと、優しく彼女を抱き上げて駕籠の中に乗せたのである。


「……てめぇこそ、次会うときまでにその過剰なスキンシップ癖を直しやがれよ!?」


 笑いすぎたことによる紅潮とはまた違った意味で頬に朱を乗せた妃沙が、表情だけは拗ねた様子を見せながらそんな事を言うと、青年は「善処案件でござるな」と呟き、駕籠屋に行き先と出発の合図を出した。

 やっと出発出来ることに安心したのか、駕籠屋が「ヘイ!」と元気な声を上げて妃沙の乗る駕籠を持ち上げ、えっちらおっちら~なんて言いながら村の中を進んで行く様を、

 青年は楽しそうな表情でその姿が見えなくなるまで見つめていたのであるが──妃沙にはそんなことは知る由もないことであった。



(──まったく、何だってんだロワ野郎め! いきなり馬で掻っ攫うかと思えば完璧な茶の湯を提供、その上あのアホ語……。ったく、とんでもねーな、アイツは!)



 今日あった出来事を反芻しながら、そのアホ語を唐突に思い出してまたしても笑い出しそうになるけれど、さすがに駕籠の中で一人で大笑いする訳にもいかないので、寸での所で笑いを引っ込めることに成功した妃沙。



(──それにしても、『能力(スキル)』か。さすが異世界、ゲームみてぇなモンがあるんだな。帰ったら、一応知玲にも知らせておくか。俺より社交界に顔を出しているアイツの方が気をつけたほうが良さそうだしな)



 高等部に入り、知玲は少しずつ家の仕事について学び始めており、それに伴って東條家の次期跡継ぎとして社交界に出る機会も増えているのである。

 妃沙と婚約しているということは公表しているようだけれど、妃沙はまだ中等部に在籍しているので、そういった場への参加は強いられていない状況であった。

 妃沙としてはそんな堅苦しい場は苦手だったので有り難く思っているのだけれど、そこには妃沙を衆目に出来るだけ晒したくないという知玲の思惑も込められている。


 だが、そんな場には、政治家や権力者というのも少なからず参加するものだ。

 特に政治家連中などは、厄介な能力(スキル)を持つ者が多いと青年は語っていた。ならばそれを予め知っておくことで、知玲が不利な立場に陥ることになるのを防げるかもしれない。

 知っていて警戒するのと、知らずに注意するのでは、前者の方が防衛能力は高いに決まっているのだ。


 ……と、そんなとりとめもない事を考えていると、ふと駕籠が止まる。


「着きましたぜぃ、お嬢!」


 そんな元気な声が聞こえ、駕籠が降ろされたのが解ったので妃沙がそっとその場に降りると



「妃沙ァァああぁぁーー!!」



 涙声で自分を呼ぶ声が聞こえ、次の瞬間には何者かがもの凄い勢いで抱き付いて来たので、小柄な妃沙では受け止められず、駕籠の中に逆戻りすることになってしまった──仰向け、という体勢で。


「ちょっ!? 葵、心配をお掛けしたのは申し訳ないと思っていますけれど……これは不可抗力ですわ!」


 妃沙にはその人物が親友の葵である事は解っていたので、抱きつかれたことも押し倒されたことも恐怖どころか幸せな気持ちで受け止めていたのだけれど、そのまま泣き出してしまった葵に、ちょっと申し訳なく思う。

 だって葵が泣く場面なんて、今まで殆ど遭遇したことがなかったのだ。だが。現実に自分の肩口に顔を埋めている葵は確かに泣いている。

 もし自分が逆の立場で、心配するしか出来なかったらこうなるかな、と考えた妃沙は、そっと葵を抱き締め返し、ポン、ポン、と子どもをあやすように優しくその背を叩いた。


「……心配をおかけして申し訳ありませんでしたわ、葵。馬の暴走で遥か彼方まで駆け去ってしまいましたけれど……騎手の方が帰りの駕籠まで手配してくれましたのよ。

 わたくしに怪我はありませんし、彼もとても良い方でしたわ。だから……大丈夫ですから、ね?」


 葵を安心させようと、あの茶室でそういうことにしておこうと青年と打ち合わせた内容を柔らかな声で問いかけても、彼女は妃沙を抱き締めたままフルフルと首を振り、泣き続けるばかりである。

 どうやら本当に心配をかけてしまったようだ。悪ィことしたな、と反省しながら、葵のぬくもりをただ感じていた妃沙。

 ところがそこに、瞳に涙をいっぱいに浮かべた花魁が現れた。



「……妃沙ちゃん……! ボクだってすごく……すごく心配したんだからね!!」



 涙声で叫ぶようにしてそう言って、二人に覆い被さってくる充。

 だが、今、彼は、花魁衣装という非常に攻撃力の高い装備を身に纏っているのだ。撮影用の簡易的なものとは言え、その重さは推定二十キロほどもある。

 その重さを纏った彼が、引力に任せて妃沙に倒れこんで来たとあれば、被害は甚大なものだ。


「……重い、重いですわ、充様!? わたくしが悪うございましたから退いて頂けませんかぁー!?」


 だが、本当に心配していたらしい二人が妃沙の言葉を聞き届けるはずもなく。

 妃沙はそのまま、窒息一歩寸前の所まで追い詰められ……今度は逆に二人に「ゴメン」と謝られる事態になったのであった。


◆今日の龍之介さん◆


ロ「おねーたん、またねぇ!」

龍「若君、そのお言葉使いはお控えなすって」

ロ「むかぷん!」

龍「よーし解った、次逢ったら全部その言葉でしゃべりやがれよ、王様(ロワ)

ロ「!!?? ……申し訳ありませんでしたッ!」

龍「解りゃ良いんだよ」


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