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令嬢男子と乙女王子──幼馴染と転生したら性別が逆だった件──  作者: 恋蓮
第二部 【青春の協奏曲(コンチェルト)】
60/129

◆58.もうチョレイしかいない。

 

 七鬼神(ななきしん)村での大騒動の後、普通に園内を色々廻って堪能した妃沙達は予定通りにその日の宿にやって来ていた。

 ちなみに、この修学旅行では日中の行動こそ各班毎の自由だが、宿は全員が同じものに泊ることになっている。

 だがそこは天下の名門・鳳上(ほうじょう)学園、高級旅館を借り切っての宿泊となっていた。



「……あ、部屋にシャンプー忘れて来た。妃沙、悪ィけど取って来るから先行っててー!」



 それなら自分のを貸すぜと言う間もなく、葵はものすごい勢いで駆け去って行く。

 思い付いたら即行動が信条の葵の、そんな所がとても好きだと思っている妃沙は少しだけ呆れたように微笑みながら、それでも言われた通りに風呂へと向かった。

 この旅館の風呂は絶景が楽しめる露天風呂だと聞いている。

 絶対に葵と一緒に楽しみたかったのでゆっくりと歩いていると、庭園へと続く扉に向かう人影が見えた。


「あら、大輔様……」


 友人を見かけたら声くらいかけるものだ。だが、妃沙のその声に大輔は気付いていないのか、そのまま庭園へと出て行ってしまう。

 後ろ姿だったので表情は解らなかったけれど、声を掛けられて無視するような男ではない事は良く知っているので本当に気付いていないのだろうと妃沙がその後を追うと、どうやら大輔の前にはもう一人の人物がいたようで、今、大輔はその相手と何処かに向かっているようだ。

 チラリと見えた感じでは大輔が所属する野球部でマネージャーを務める快活そうな印象の女生徒ではなかっただろうか。


(──お? なんだ、告白か? 大輔のヤツ、やるじゃねーか!)


 野次馬根性が芽を出し、キシシと悪戯っぽく笑いながら、妃沙はこっそりとその後をついて行く。

 すると、庭園にある大きな木の下で二人は立ち止まり、そこで何やら話をし始めた。

 時々、今度の試合が、とか、先発は、とかいう言葉が漏れ聞こえるので、部活の話でもしているようだ。

 なんだ、つまんねーの、と妃沙が立ち去りかけたその時だ。


颯野(さつの)君、私……貴方の事が好き。もうすぐ私達も引退だし、今までのようには会えなくなるのが寂しくて……。私は部活が終わっても颯野君の側にいたい」


 私と付き合って、という声が聞こえて来た。


(──ヤバ! 本気(マジ)告白じゃん! こんなん、盗み聞きして良いもんじゃねーよな)


 興味本位でこんな場所までついてきてしまった事を後悔する妃沙。

 自分は中等部では部活にだけ目を向けると決めているけれど、思春期真っ盛りの同級生達が惚れた腫れたの話題に夢中になっているのは気付いていた。

 妃沙の友人達は彼女と同様に部活に夢中で、その手の話題はたまに出て来る充の彼女のこと程度であったので恋愛のなんちゃらという話題が苦手な妃沙は助かっていたし、妃沙に対して直接、告白をしてくるような人物も現れなかったので他人の恋愛事情に巻き込まれる事もなかったのだが、

 それはもちろん妃沙には知玲という婚約者がいるという事情があるからであり、卒業しても尚、伝説となっている数々のエピソードを持つ知玲を相手に告白しようなんていう気概のある中学生などいる筈もなかったせいである。


 だが、テニス部に入り、尊敬する先輩達の恋愛模様を見届けた事で彼らもまた浮かれた気持ちで恋だの愛だのと騒いでいるのではなく、例え無理だと解っても勝手に心の中で成長してしまうものだし、真剣に自分の気持ちと向き合う事で色々な経験を得、彼らを大きく成長させてくれるものなのだということは理解していた。

 そして何より、それが成就した時の幸せそうな笑顔は、ただ見ているだけのこちらまで幸せになってしまう程の輝きを放つものである。

 今はまだ、自分もいつか、なんて想いを持つ事はないけれど、好いたの惚れたのとキラキラした表情で語る同級生達を少し眩しく見つめている妃沙であった。

 だから、そんな真剣な告白の場に部外者である自分が乱入する訳にはいかないと、来た時と同様にこっそりと立ち去る妃沙。

 漫画や小説ではお馴染みの物を落として音をたて、気付かれてしまうなんていうドジっ子属性はこの時の妃沙にはなく、あと一歩で室内、という所まで戻る事に成功したのだけれど。



「あれ、妃沙じゃん! こんなとこで何やってんの?」



 この場に於いて一番来てはいけない人物──遥 葵その人が、あっという間に部屋から駆け戻って来て、大きな声で言ったのである。

 良く通るその声は妃沙も大好きなものなのだけれど、今この場にはあまり似つかわしいものではない。庭園の奥では彼女にだけはあまり見られたくない場面が繰り広げられているだ。

 こと恋愛においては妃沙と同等以上に鈍チンの葵だ、告白現場、それも相手が彼女の幼馴染であるとなれば、どんな反応を示すか解ったものではない。


 年々輝きを増す男前っぷりが男子より女子にモテている葵。その人気は歌劇団のスター並みであるのだが、あくまでそれは偶像(アイドル)としての人気であり、恋愛のそれとは少し違う。

 それぞれの髪の色に準えて『鳳上のアルストロメリア』と称される事もある妃沙とのコンビは中等部どころか初等部、高等部、果ては大学にまで知れ渡っている程だ。

 所属するバスケ部でも大活躍で、葵が試合に出ると横断幕が用意され、黄色い歓声が一際高くなることでも有名である葵だけれど、妃沙と同じように恋愛よりは体を動かすことに夢中になっている彼女を、一番側でずっと見つめている存在がいることに気付いていたのはきっと妃沙だけではないので、彼女が他人の恋愛事情に巻き込まれないのはその彼の存在もあるのかもしれない。


「あ、葵! さすがに速いですわね! 一緒にお風呂を楽しみたくてゆっくりしていたのですわ! この旅館のお風呂は絶景で有名なのですって。ささ、一刻も早く参りましょう!!」


 庭園に入って来ようとする葵を押し留め、そのまま室内へと押し戻した妃沙。

 だが、葵の良く通る声に、彼女を一番良く知る人物──大輔が気付かない筈もない。


「お、おう、何だかわかんねぇけど早く風呂いこーぜ。んで、その後は温泉卓球だよな、当然! 妃沙、負けねぇからな!」


 なんて言いながら庭園を去る妃沙と葵の姿を、チラリと横目で眺め、それでも真剣な告白をしてくれた相手に対して不誠実な対応は出来ないと、瞳に涙を浮かべた相手をしっかりと見つめた。


「……ごめん」


 深々と頭を下げる様を、妃沙もまた横目でチラリと見ていたのだけれど、今は葵にそれを気付かせることなく退場する事が最優先だと、温泉卓球、良いですわねーなんて、いつもと比べれば空々しいとも言える口調で言いながらその場からそそくさと、今度こそ完全に退場して行ったのである。



 ───◇──◆──◆──◇───



 その後、素晴らしい温泉を満喫し、浴衣を着て白熱した温泉卓球を堪能していると、そこに大輔と充もやって来て、ダブルスの真剣試合が開催される運びとなった。

 グーパーによる組み合わせで妃沙・大輔組 対 葵・充組という組み合わせとなり、身体能力的には葵組が有利であると思われたのだけれど、全国大会で優勝を狙える程のテニス選手・妃沙の選球眼と反射神経は抜群であったし、これまた甲子園への出場経験がある野球部で絶対的エースとして君臨する大輔のコントロールは完璧であった。


「妃沙、お前に任せた!」

「了解ですわ! 葵は球が右に流れるクセがあるようですわ! 大輔様、葵の対応をお願い致します!」

「おう!」


 そんな事を言い合いながら有利に試合を進める妃沙と大輔。

 いつの間にか その場はギャラリーで一杯になっていたのだけど、こと勝負が関わると周囲には目もくれず夢中になってしまう彼らがそんな事を気にする筈もない。

 相手が誰であろうと、勝負の場で対峙したなら相手は敵である──例えそれが友人であってもだ。

 そして目の前の敵はただ倒すのみ。

 今の妃沙には先程の出来事などまるで頭になく、どうすれば自分達より身体能力が優れた葵と充を打ち倒す事が出来るのかしか考えていなかったのである。

 勝負事にアツく、天下の負けず嫌いで恋愛の何ちゃらが苦手な妃沙だ、その思考回路は至極当然のものと言えた。


 チョレーイ! と妃沙の打った球がカツンと卓球台の右端で爆ぜる。


「させるかっ!」


 中心当りにいたにも関わらず、咄嗟に反応した充が高速で移動し、精一杯に伸ばしたその腕で拾われたその球は真っ直ぐに妃沙達のコートに返って行った。


「絶好球……! くらえ、葵っ! サーッ!!!!」


 そう叫んだ大輔が思いっ切りラケットを振り抜き、オレンジ色のその球は、見事に葵と充の間を突いてバウンドし、床へと落ちて行ったのである。



「やりましたわ、大輔様っ! わたくしたちの勝利ですわぁーー!!」

「やったなぁ、妃沙っ!」



 喜びを爆発させ、抱き合って喜ぶ妃沙と大輔を周囲から盛大な拍手が称えている。

 一方の葵と充も、負けてしまったことは口惜しそうだったけれど、友人との真剣勝負にとても満足気な様子であった。


「負けちまったかぁ! まぁ、テニスと野球の選手の妃沙と大輔が相手じゃ、ボールの大きさが全然違うアタシと素早さが一番の売りの充じゃちと厳しかったかぁー!」

「口惜しいけどそうみたい。でも楽しかったね!」


 そう言いながら試合後の握手を交わした選手達。その表情は充足感に満ちたものであった。


「……せっかく風呂に入ったのにまた汗かいちまったな。夕飯までまだ少し時間があるし、アタシはもっかい風呂に入って来るけど、お前らどうする?」

「葵ちゃん、ボクも行くよ」


 そう言って葵と充が妃沙達の反応を待っている。

 だが妃沙は、大輔が何だか自分に対して何か言いたげな視線を寄越していたのには全く気付かず、上がったテンションそのままにフンス、と鼻の穴を拡げて答えた。


「わたくしと大輔様はここで優勝決定戦を行いますわっ! 大輔様、わたくしの勝利は必定ですけれど、逃げたりしませんわよね!?」

「フザけんなっ! 俺のコントロールをナメんなよ、妃沙!」


 そうして新たな闘いへと身を投じる妃沙と大輔。

 そんな彼らを呆れたように見つめながら、頑張れよー、なんて言いながら葵と充はその場から立ち去った。

 後に残った二人は宣言通りに決定戦とやらを開始したのだけれど、テニス部で細かい作業が得意な妃沙と野球部で細かい仕事は苦手な大輔では、勝負の結果は始めから見えていたものである。

 十分と経たずに勝敗は決し、妃沙はガッツポーズを天に捧げる結果となったのであった。



 ───◇──◆──◆──◇───



「お前、あの時庭園にいただろ? 葵を連れ出してくれて本当に助かった。ありがとな」


 勝利特典のスポーツドリンクを大輔から受け取りながら、妃沙がえ、と首を傾げた。

 どうやら、今の今まで大輔が受けた告白劇は忘れていた様子である。

 運動をして火照った身体をクールダウンすべく、風通しの良い屋外に設置されたベンチに並んで座りながら、大輔がガクッと肩を落とした。


「……忘れてんじゃねーよ! 何処まで単細胞なんだよ、お前は……」


 ハァァ、と深く溜め息を吐く大輔の様子に、妃沙もようやくああ、と庭園で見た光景を思い出した。

 そうだ、彼はさっき、修学旅行あるあるの告白を受けていたのだった。

 そして、チラリと見た所によるとなかなか可愛い相手の告白を断っていたようである。


「……何の事ですか? わたくし、大輔様が野球部のマネージャーに頭を下げる場面など知りませんわ?」

「バッチリ見てんじゃねーか!」


 ヒュー、と、ようやく微かな音を出す事が出来るようになった口笛を吹き、唇を尖らせてそっぽを向く妃沙。

 だって友達が告白されるシーンを盗み見ていたなんてあまり格好良いものではない。出来れば誤魔化したいところだったのだが、当たり前のようにその希望が叶うことはなかった。


「別に俺はさ……誰に見られても構わないんだけどよ。相手が葵以外なら、な」


 妃沙の隣で同じようにスポーツドリンクを煽りながら、大輔がハハ、と楽しそうに笑っている。

 その様子に何処か吹っ切れたものを感じ、妃沙が黙って大輔の横顔を見つめていると、彼は妃沙を見ることもなく、空に浮かんだ月を見上げたまま、静かに語り出した。



「あのマネージャーはさぁ……すんげー優秀な子なんだ。スコアも見易いし、部室もいつも綺麗にしてくれる。俺達の体調にも気を遣ってくれてさ、真夏に出されたハチミツ漬けレモン入りの炭酸水の味は今でも良く覚えてるよ。

 だから俺も、部長としてエースとして頼りにしてたんだけど……いつからかその瞳に何処か違った色が灯るようになったのに気付いてはいたんだ。

 でも……出来れば何事もなかったように出来ないかな、なんて卑怯な考えがあったんだよな。だから、ずるいし男らしくないとは思いながらも、ずっと気付かないフリをしてた。

 あの子とは何のてらいもなく、一緒に野球部を引っ張って行きたかったんだ。俺には……その想いに応える事は出来なかったから」


 空を見上げたまま語る大輔。

 その口調はいつもの大輔とはまるで違っていたし、語られる内容も大輔とは縁のなさそうなものではあった。

 だが、確かに大輔は妃沙達のグループにおいてはやや一般的な容姿ながら、ニカッと笑うと覗く八重歯はチャーミングだし、ピッチャーとしての才能は将来を嘱望されるものである。

 妃沙としても、何事にも一生懸命で一直線な彼の人柄にはとても魅力を感じていたので、告白されたこと事態には不思議は感じていないのだ。

 けれど、今まで大輔とは葵を通しての交流という認識が強くて、プライベートな部分について語り合う事があまりなかったので、ちょっとした気恥ずかしさを感じてしまっているのである。


「大輔様は……葵がお好き、なのですよね?」


 察してはいたものの確信を得られずにいたことを問う妃沙。

 だが、大輔はそんな問いに信じられないものを見るような表情で目をカッ拡げて妃沙を見つめていた。


「この学校で俺の気持ちに気付いてないのは葵だけだと思ってたけど……お前も相当な鈍感だったんだな」


 東條先輩も大変だと呟く大輔に、妃沙はむむ、と唇を尖らせる。

 別に気付いていなかった訳じゃねぇ、確信がなかっただけだと妃沙語で告げると、大輔はんー、と伸びをしてベンチの上に身体を投げ出した。



「妃沙お前、俺と葵の対戦成績、知ってるか?」

「えーと……確か、葵の321勝7敗、でしたっけ?」

「今日まではな。さっきの卓球対決の結果をお前の一勝にしとけって言われたから、正確には俺の8勝321敗、だけどな」



 自分の圧倒的敗北歴を語っているのに、とても楽しそうな大輔の声色は妃沙の耳に心地が良かった。

 それはきっと、大輔が自分の戦歴に欠片も疑問も不満も感じていないからであり、葵との真剣勝負を心から楽しんでいるのだと感じる事が出来たからに違いない。


「俺な、ずっと葵に勝負を挑み続けてて、勝つ事よりも勝負自体を楽しんでいる自覚はあるんだ。けど、勝負に手を抜いてなんかないぜ? 葵はスゲーし、全力で当っても今の俺じゃ勝てねぇ。

 でも……いつか絶対に自力で十勝して葵と結婚する。ガキの時から決めてた、俺の夢であり目標なんだ。

 俺には……葵しかいねぇ」


 清々しく笑う大輔の横顔を、妃沙はなんだか幸せな気持ちで見つめている。

 彼が葵を大切に想っているのは知っていたし、それは昨日今日の話ではないのだ。唯一無二の親友であり、大切な大切な親友である葵には絶対に幸せになって欲しいと思っている妃沙。

 別に誰かと結婚する事だけが幸せの全てではないけれど、出来れば葵には、自分が想う以上の愛情で包んでくれる、彼女を深く理解する相手と幸せになって欲しいと思っていたのだ。

 その点で言えば確かに、葵を任せられる相手など大輔以外には考えられねぇなと改めて実感したのである。



「……けどさァ、他人(ひと)の真剣な想いを断るっつーのも……なかなかキツいものなんだな。

 だから俺、自分がフられるのもまっぴらだし、葵にもこんな辛い想いをさせたくねぇからメチャクチャ頑張るよ。絶対にあと二勝、死ぬまでにもぎ取ってやる!」



 ベンチに寝そべったままの姿勢で楽しそうにそう語る大輔を、妃沙はとても好ましいものとして見つめていた。

 恋愛の何ちゃらは、今の自分にはあまり理解出来ないものではあるけれど、大輔が葵を想う気持ちはとても嬉しかったし……同じ性別を持ってずっと葵の側にいる妃沙には、葵の気持ちも少しだけ伝わって来ていたから。

 ──悲壮とも言える決意を以て葵に臨むこの少年にそれを伝えてやるなんていう野暮なことはしなかったけれど。



「応援しますわ、大輔様! けれど葵は強敵でしてよ? わたくしですら敵わない相手ですもの、果たして大輔様と言えども勝てるかどうか、些か不安ですわ」

「何年かかっても良いんだよ、俺は。そうやって挑み続ける限り葵が俺を見てくれるなら……約束なんかどうだって良いんだ、本当は」



 そう言ってカラッと笑った大輔の口元から八重歯が光る。

 その清々しいほどの爽やかな笑顔は、妃沙ですらポッと頬を染めてしまう程に格好良い男子のものであった。


「妃沙、お前もさ。婚約なんていう契約に縛られんなよ。お前が心から好きだと思う相手と幸せになれ。

 俺はさ……葵の友達だからなんていう理由じゃなくて、水無瀬 妃沙、一人の人間としてお前を認めてるし友達だと思ってる。だから……お前にも絶対に幸せになって貰うからな」


 いつの間にか、横になっていた筈の大輔はベンチに片肘を立てて頬杖をついている。

 そして楽しそうな瞳で妃沙を見つめたままそんな事を言う大輔の前で、妃沙は何処か遠くに視線を向け、んー、と唇を尖らせ、トントン、と人差し指でそれを叩いていていた。

 どうやら珍しく悩んでいるらしいその様に、大輔はおや、と体を起こして妃沙を見つめた。


「幸せの何たるかは、別に恋愛に依存するものではないでしょう? わたくしは今でも十分に幸せですし、自分自身というよりは、大輔様や葵、充様といった大切な人達に幸せになって頂く方がきっとずっと幸せだと思うに決まっていますもの」


 非常に妃沙らしい返答ではある。

 だが、葵を通した交流とは言え、妃沙との付き合いが長くなった大輔には、その言葉の中に何か今までと違ったものを敏感に感じたのであった。



「妃沙……お前まさか、知玲先輩以外に気になる男でも出来たか? お前が俺達の幸せを願ってくれてるのは知ってたけど……なんか昨日までと雰囲気違うぞ?」



 大輔の眼力には驚愕せざるを得ない。

 確かに、妃沙は今日、知玲以外では初めて『異性』を感じさせる存在と深く関わることとなり、今までとは少し違った心持ちであったのだ。

 前世、今世を通して恋愛のなんちゃらを知らなかった妃沙が、自分の素の言葉を聞き、それを面白いと褒めてくれ、あまつさえ次の約束までしてしまった相手と出会ってしまったのだ、前世からの付き合いがあるとは言え、今日、この時点では知玲よりも『ロワ様』の印象が色濃く残ってしまっているのは仕方のないことである。



「べ、別に知玲様も気になどしていませんわっ! ましてや若様など、わたくしの記憶には一ミリも残っておりませんことよ!?」



 ああ、白馬に乗って妃沙を掻っ攫って行ったあの若様か、と大輔は納得する。

 確かにチラリと見た感じでは大層な美形であったし、白馬に乗った王子様が自分を掻っ攫う光景など、女子が憧れて然るべきものだ。正確には白馬にこそ乗ってはいたが、カツラを被った若様ではあったけれども。

 そういう事には興味のなさそうな妃沙だけれど、年頃の乙女めいた一面もあるんだな、と妙な所で親近感を感じる大輔。

 だがしかし、突然に現れた正体不明の若様なんかより、昔からずっと純粋な想いを妃沙に寄せている知玲の方が絶対に妃沙を幸せにしてくれるものだと大輔は確信していた。



「……妃沙、大切なものは失ってから気付くものだなんて良く言われてるけど……お前は失う前に気付けよ。幸せになれる道筋は、もうその目の前に用意されてるんだからな」



 突然に真面目な声でそんな事を告げる大輔に、その時の妃沙はキョトンとして曖昧に頷く事しか出来なかったのだけれど。

 その言葉の真の意味を妃沙が改めて考えることになるのは、そう遠い未来の事ではないかもしれない。


◆今日の龍之介さん◆


龍「俺には葵しかいねェ!」(真顔)

大「……ちょ、やめてくれよ! 本気だけど改めて言われると恥ずかしいだろ!」

龍「いやいや、格好良いぜ! ……お前、良い奴だったんだな」

大「今までモブだったみたいな扱いやめろ」(真顔)


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