◆51.コートの中心でアイを叫ぶ。
「答辞──卒業生代表・東條 知玲」
司会の教師がそう告げると、卒業生席の中から「はい」という涼やかな声が響き渡り、黒髪に紫の瞳の涼やかな美貌の少年が立ち上がった。
この三年間で更に背が伸び、中学生の平均身長よりは少し高い程度なのだが、姿勢が良い為か、凛とした雰囲気がそう見せるのか、堂々としたその姿は何処か風格すら感じさせる。
そして知玲は周囲の注目などまるで気にしていない態で壇上に上がると、ゆっくりと礼をし、マイクの前に立った。
「春の足音がだんだん大きくなるこの季節、伝統あるこの鳳上学園中等部を巣立つ私達卒業生の為に、かくも多くのお客様にお越し頂き、感謝の念に堪えません。
今日まで、私達を教え導いて下さった先生方、共に切磋琢磨し己を磨きあった同胞達、こんな私達に責任と指導する事の難しさを教えて下さった後輩の皆々様、
今、私はこの場に立ち、皆様方一人ひとりの顔をお顔を拝見し、走馬灯のように訪れる思い出の一つ一つを、大切に……大切に胸に刻んでいるところです」
堂々とした知玲の言葉に、妃沙の周囲からもズズッと鼻を啜る音が聞こえて来る。
今日は鳳上学園中等部の卒業式だ。
生徒の多くがこのまま高等部に進学するので別れの寂しさはそこまで色濃くはないけれど、慣れ親しんだ校舎から巣立つというのは一抹の不安を産むものだ。
そして、『卒業』という節目にあたり、子の成長を実感する親達にとっては感動の場である。
また、在校生からすれば明日からは同じ校舎で学ぶ事が出来なくなるという、例え一時的ではあっても別れの場だ、切なさに胸を震わせるのも必然である。
ましてや今、挨拶をしているのは東條 知玲──婚約者がいるから、という理由で女子生徒からの告白こそなかったけれど、優秀な頭脳に全国レベルの剣道の技術、加えてその美貌を以ってすれば、年頃の中学生相手に憧れるなという方が無理な話だ。
だから、知玲の姿を見られなくなってしまう寂しさに周囲の女生徒達が泣いているのも当たり前の事なのだけれど。
──何処の世界にも異端児というのはいるもので。
「葵、葵! 知玲様ったら、今でこそあんなに余裕しゃくしゃくなご様子ですけれど、今朝まで本当に大変だったのですわ! わたくし、このスピーチを何度も聞かされて内容を覚えてしまっているくらいですもの!」
ぷくく、と隣に座った紅い髪の少女の耳に片手を当て、コソっと悪戯っぽくそんな事をチクっている金髪の少女──水無瀬 妃沙。
彼女には寂寥感も悲哀もまるでなく、それどころかやっと自由になれるぜ、なんて思っているフシがある。
あの遊園地でのデート以来、知玲の束縛は若干緩くはなっている。それは『あとどれだけ我慢すれば良いのか』が明確になったからであり、妃沙の高等部入学と共に知玲はフルスロットルで突撃して来るだろう。
だが今現在、妃沙はその事に気付いていないし、知玲の卒業はお目付役からの解放くらいにしか思っていなかったのだ。
「それマジ!? 知玲先輩でも緊張とかするんだな。それにしても、妃沙相手に練習しまくるとか……ファンが聞いたら卒倒するな」
こちらも妃沙同様、ぷくく、と笑いながら小声でそんな感想を漏らす葵。
世間一般では欠点のない超人めいた評価をされている知玲だけれど、妃沙のせいでその実態は残念無念な嫉妬男であるという評価を葵から下されている。知玲にとっては良い迷惑である。
葵だって剣道をしている姿は格好良いな、とは思うのだけれど、度々妃沙の周囲に現れて独占欲を漲らせる姿はそこらの中学生よりよっぽど素直だな、なんて思うのだ。
無敵な知玲にとって唯一の弱点は妃沙であり、自分はその存在に対して知玲とは違った立場で深く接する事が出来、知玲が妃沙に向ける感情とは違った意味で妃沙をとても大切に想っているから、知玲も葵を頼りにしていて、実は知玲と葵もまた、LIME友達だったりする。
知玲から受け取るメッセージは、心の底から妃沙が大好きで、守りたくて、爪の先程も傷つけたくないのだという想いが溢れ出ているもので、こと恋愛に関しては妃沙と同様に鈍チンな葵ですら赤面する事すらある程だ。
だが、葵としても何かと目立ち、人の関心をただ立っているだけで掻っ攫って行き、挙句それに全く気付いていない友人の存在はとても危ういものだと思っている。
だから、知玲は『妃沙』という大切な存在を護る為の同盟国といった認識でいるのだ。自分達がどんなに気を付けても当の本人がそのお堀をものすごい勢いで埋め立ててくれるよな、なんて愚痴すら言い合う程である。
そして、何故知玲がそれ程までに妃沙に執着するのかという理由については『婚約者だから』という理由で全て解決してしまっている葵。
今の彼女に必要なのは恋だの愛だのという感情ではなく、生まれて初めて得た大切な友達を護ることなのである。
既に妃沙以外は『親友』とは呼ばない、と決意している葵。彼女にとって、生涯で唯一の親友は妃沙であると、この時既に自分に誓っていたのだった。
「作文に関しては、おそらく知玲様よりわたくしの方が得意ですのよ。ですから、答辞の一部にもわたくしのお気に入りの言葉を入れて頂きましたわ」
あ、今まさに! と、妃沙が悪戯っぽく微笑む。
壇上では知玲が凛とした声で相変わらず答辞を読んでいた。
「これから先、私達は万里一空の境地を求め、努力を続けて行く事を誓います」
そう結んだ知玲の言葉に、周囲から拍手が沸き起こる。
途中、妃沙とヒソヒソ話をしていたのでその答辞の全てを正確には聞いていないけれど、最後に放った『万里一空』という単語は、確かに格好良かったな、と、葵が妃沙を見やると、
本当にこのクセはどげんかせんといかん、という妃沙の唯一の残念なクセ、鼻の穴をフンス、と拡げたドヤ顔で自慢げに……それでも音量は落とした声で言った。
「わたくしの好きな言葉ですわ! 二刀流の剣豪の言葉ですのよ!」
キラキラとその瞳を輝かせるのは『知玲がその言葉を言ってくれたから』ではなく、その憧れの剣豪とやらに想いを馳せているからなのだろう。
だが、そんな時の妃沙の表情は女の身である葵から見ても本当に可愛いので、役得、と心の中で呟いて妃沙の耳元で囁いた。
「良い言葉だな」
そうでしょう! と小声ながら自慢気にこちらに向ける妃沙のドヤ顔は本当に可愛くて……改めて、こんな親友を得られた幸運を感謝してしまう葵であった。
───◇──◆──◆──◇───
そして、その日の午後、テニスコートでは新旧部長同志のダブルスによる真剣試合が行われていた。
要は卒業する三年生達の壮行試合なのだけれど、そこはどんな試合にも本気な部員達のこと、テニスとなればやたらと攻撃的に豹変する藤咲 海は元より、穏やかに見えて実は負けず嫌いな紫之宮 凛も本物の試合で見せるような真剣な表情で相手──新部長の玖波 聖と竜ヶ根 倖香と対峙していた。
次代を引き継ぐ者として、そして一人のプレイヤーとして、代表選手として負ける訳にはいかないのは、むしろ在校生コンビの方なのである。
しかし、聖も倖香もシングルスの選手であり、ダブルスは自分には向いていないという自覚があった。
ましてや相手は長年コンビを組み、優勝まで果たしたペアなのである。その差は歴然で、あっと言う間に点差は離れていった。
「ゲームセット! アンドマッチウォン バイ、藤咲・紫之宮! スコア イズ6-2!」
同じく三年生で、本日卒業を迎えた真乃 銀平はこの時、審判を任されていた。
もちろん彼も他の三年生と同様に祝辞を受ける立場なのだが、この試合の目的は『試合そのものではない』事をすでに妃沙から聞いており、言わば彼も仕掛人の一人であった為、コート近くに陣取る必要があったのだ。
そして、試合が終わったその瞬間、応援していた在校生の中から二人の部員が海と凛に駆け寄って来て「卒業おめでとうございます!」と声を掛け、海の首元には蝶ネクタイを、凛の頭には花輪を飾った。
突然の事に試合を終えたばかりの海と凛が瞳をパチクリさせていると、「あ~、コホン!」と、コート脇の審判台に座っていた銀平から声が掛かる。
見れば、いつの間にか彼の胸には大きなロザリオが掛かっており、酷く真面目な顔をして二人を見下ろしている様はさながら懺悔を受ける司祭のようだ。
その証拠に、彼は今、右手を挙げ、二人に呼び掛けた。
「告げよ、さすれば許されるであろう」
銀平としてもそのつもりであるのだろう、ノリノリで威厳のある演技でそう告げる。
一方、何のことか解らない、という表情の凛に対して、海はヒッと息を飲んで顔面を紅潮させていた。
「……ちょっ、銀平!? 何のつもりだよ!?」
「全ては神の御心のままにー!」
「ふざけんなよ、おい!」
「神の御心のままにー!」
小声でそんなやり取りをする男子二人に、取り残された状態の凛がキョトン、と首を傾げている。
そんな様子を、在校生の中に埋もれながら、妃沙はやきもきと見守っていた。
(──往生際が悪いぜ、藤咲先輩! 男ならスパッと決めちまえ!)
喉までそんな言葉が出掛かるけれど、そんな事をしてしまえば折角用意したサプライズが水の泡だ。
なので、その大きな瞳に威圧を込め、藤咲を睨みつけるだけで我慢することにする。
「海、どういう状況なの、これ? 特に用がないなら、女テニの子達と話したいから、私もう行くよ?」
痺れを切らしたのか、未だに状況の解っていない凛がその場を立ち去ろうと動く。
彼女だって、ずっとペアを組んでいた海とのペア解消は名残惜しいけれども、それは高等部に行って、またテニス部に入ればチャンスはあるかもしれないのだ。
海も凛も、高等部でもテニスは続けようと思っているのだから、その機会はきっとあるだろう。
だが、高等部に行けば、海はいても可愛い後輩達はいない。彼女達もまた、自分と同じように高等部に進学し、テニス部に入るなんて保証は何処にもないのだ。
現に、一年生の中でも抜群の才能を持ち、その容姿も相まって最も目を掛けている水無瀬 妃沙、彼女はテニスは中等部の間だけだと宣言している。だから、彼女とはここで道を違えることになる。
海に対する想いはあれど、それは告げることなく自分の中に仕舞っておこうとしている凛にとり、今は海より可愛い後輩達の方が優先事項なのであった。
そんな後輩想いな所も凛の長所だけれど……作戦を知っている周囲の部員達からしてみればたまったものではない。
ぶわっと、殺気にも似た圧が沸き起こり、海に向けられる。
そんな周囲の圧を受けて、当の本人はうっ、と言葉を詰まらせていたのだけれど、やがて決意したのか、今までに見たこともない……そう、試合に臨む時より真剣な、真っ直ぐな瞳を、今まさに去ろうとしている凛に向けた。
「待ってくれ、凛!」
自分を呼び止める声に鬼気迫るものを感じたのか、振り返った凛が少しだけ怯えの色の篭った瞳で彼を見つめている。
そして海は、グッ、と拳を握ると、何かを決意したかのように軽く頷き……そしてスゥ、と息を飲んだ。
「俺はお前が大好きだぁぁーー!! 紫之宮 凛、俺と付き合ってくれぇぇーー!!」
コートの真ん中で大絶叫する海。
あまりの大声に地面が揺れるのではないかと思った程である。実際、審判台の上にいた銀平はバランスを崩したようで、寸での所で落下を免れた程だ。
(──コートの中心で愛を叫びやがったぁぁーー!?)
じっと見守っていた妃沙達にも衝撃が走る。
彼らが想定していた告白劇はもう少しロマンチックなものだったので、新郎新婦に準えて蝶ネクタイやら花輪やらを用意し、司祭めいた銀平まで配置したのである。
もっとこう、見つめ合って永遠の愛を誓うくらいのほのぼのとしたものを想像していたのだけれど……まさかいきなり大声で絶叫告白するとは、さすがの海クオリティであった。
だが、そんな突然の告白を受けた凛も良い迷惑である。
「ちょっ!? いきなり何を言い出すの、海!? ついに頭のネジでも飛んだ!?」
女子テニス部部長としてキビキビと部員達を纏め上げる手腕だったり、サッパリとした男勝りな性格だったりで、あまり『女らしく』はない凛だけれど……彼女だって未だ思春期の女子中学生だ、愛の告白というのは、こんな風に衆目に晒され、こんなに大声で成されるものではないし、自分がもし、そんなものを受ける時はもっとロマンチックな雰囲気で……なんていう乙女らしい憧れだってあったのに。
嗚呼、それなのに、何故だか惚れてしまったこの男は何処まで残念なのかと、凛は自分の心に抱いた気持ちを否定しそうになってしまう。
だが、災厄の元凶たる藤咲 海……この残念な男は、何処か吹っ切れたような様子でニカッと爽やかに笑うと、今まさにこの場を立ち去ろうとしていた凛に駆け寄り、向かい合わせに立ってその両手をキュッと握り締めた。
もう長いことテニスに打ち込んでいる海の手は、所々にマメが出来ていて……けれど、凛の想像よりずっと大きくて……そして温かかった。
「ずっと……ずっと言いたかった、凛! 本当は優勝した時に言おうと思ってたんだけどな……まぁ、俺がヘタレなのは今に始まったことじゃないだろ?
けど今は……今、この瞬間を逃したら、俺、絶対言える自信がない」
だから聞いてくれ、と、海の真剣な瞳が凛を射抜く。
その様は側で見ていた恋愛のなんちゃらについて全く知識や経験のない妃沙から見てもとてもドキドキするものであった。
「ずっと考えてた。絶対にダブルス向きの性格じゃないのに、何でお前とのペアだけは上手くいくのか。どうしてこんなに同じコートに立つ事が楽しいのか。何で勝って一番最初に見たいのはお前の笑顔だなんて思うのか……。
……俺、馬鹿だからさ、周囲には丸解りだったその理由が全然解ってなくて……でも、最後のあの試合の後、これで凛とのダブルスも終りかぁ、と思ったらさ……。
絶対に……絶対に離れたくない、お前が俺以外の誰かのサポートをするのを見るなんて冗談じゃないと思ったし、それってもしかしたらお前の事好きなのかも、って思ったらなんだかしっくり来て……」
その言葉に、固唾を飲んで成り行きを見守っていた部員達が前時代のコントのようにズコーッとくずおれる。
全員の言葉を代表して、またしても審判台からズリ落ちそうになっていた銀平が「あの時まで気付いてなかったのかよ!?」とツッコミを入れた。
どうやら海の恋愛における残念度は妃沙レベルであるらしい。
だが、藤咲 海は、まがりなりにも名門・鳳上学園のテニス部長を務め、自身も卓越したテニスの才能を披露しながら周囲を鼓舞し、団体優勝などという偉業を成し遂げた男なのだ。
彼はただの残念男ではなかったと、部員達は認識をやや改める事になる……そう、あくまで『やや』だ。
「俺にはお前のサポートが絶対に必要だ! テニスでも……たぶん、私生活でも、これから先、ずっと! だから紫之宮 凛さん、俺と……結婚を前提に付き合って下さい!」
よろしくお願いします! と片手を差し出して深々と礼をする海。
……まさかの公開プロポーズであった。
「……って藤咲先輩、いきなり重すぎますわよ!」
妃沙のツッコミが音速で発動したのも無理はない。
何処の世界に中学校で、告白をすっ飛ばしてプロポーズをする奴がいるというのだ。付き合っているならまだしも、今、この状況では海は凛が自分に惚れている事すら気付いていまい。
なのに、何処から結婚だなんて言葉が出てるのか……妃沙という鈍チンでなくても理解に苦しむ所である。
──だが、その告白を受けた紫之宮 凛、その人は、今までの部活動では見せた事がない程の困惑と……そして幸せをその顔に浮かべていた。
「……馬鹿、海。そういうのは、もっと大人になってからにしてよ。それに、告白は……もっと静かな所で、私がしようと思ってたのに」
その言葉を聞き、頭を下げていた海がヒュッと息を飲んで目をかっ拡げ、凛の照れて真っ赤になり自分から目を反らす様を見つめている。
「……馬鹿、海。私がいなきゃ駄目な男になんか……ならないでよね! たまには私をリード……してよね!」
凛のその言葉に、告げられた海は何も反応を示さない。どうやらキャパオーバーなようだ。
妃沙ですら見惚れてしまって呆然としていたのだけれど、「水無瀬、今だ!」という聖の声にハッと我に返り、「闇の網!」と叫んで空中に影のテニスのネットを顕現させた。
本当は光の網の方が格好良かったのだけれど、生憎妃沙は光魔法は苦手分野なのだ、「この方が見易いですわよね!?」と周囲を納得させて顕現させたものである。
「打てーー!!」
審判台から銀平の声が響く。途端に、在校生達が一つずつ隠し持っていた何やら細工のされていそうなボールを取り出し、妃沙が張った影のネットに向かってパーン、パーン!と良い音をさせて打ち込んだ。
すると、その球はネットに当たると綺麗に割れ、中から美しい花びらが飛び出し、海と凛の周囲に落ちていく。
それは、さながらフラワーシャワーを浴びる新郎新婦のような光景であった。
(──ええい、もう一つオマケだぜ!)
妃沙の指先に光が集まり、そしてその光はネットの上の虚空に移り、空に光の文字が輝いた。
『congratureitions!』
妃沙としては完璧な演出であると、人知れずフン、と鼻の穴を膨らませていたのだけれど。
「水無瀬。綴り、間違ってるよ」
盛り上がるその場の空気を壊さぬよう、こっそり妃沙にそう教えてくれた聖の気遣いはさすがである。
ハッと息を飲んで恥ずかしがる妃沙だが、どうやら周囲は些細なそのミスよりもその演出と……何よりも、両想いなくせになかなか先に進まなかった尊敬する先輩達が、今、ようやくその想いを交わし合った事に興奮し、感動し、いよいよ卒業なのだという事を実感し、皆が皆、涙でグチャグチャになっている。
中でも、突然の公開告白を受け、それでも恋心が成就した紫之宮 凛……彼女の表情はとても幸せに満ちていて。
「みんなありがとーー!! 愛してるっ!!」
今さっき、恋が成就したヒロインらしからぬ態で、自分を祝福してくれている女子テニス部員……とりわけ、空に文字を描くなんていう素晴らしい演出をしてくれた一年生──妃沙に突撃して来たのであった。
だが妃沙も、もう二度と凛とは同じコートに立つ事はないのだという寂しさを感じながらも、尊敬する凛が幸せになる様を心から祝福したい気持ちでいっぱいであったので、駆けよって来た凛をギュッ、と抱き締めた。
「……凛先輩、卒業……おめでとうございます!」
「……ありがと、妃沙ちゃん……!」
麗しい女子同士の抱擁は、海と凛の長年の想いが成就した事すらどうでも良い事だと思わせる程に感動的なものであった。
「……えーと、俺、凛と両想いで付き合う事になったって事で……良いんだよな?」
主役であった筈の海のその呟きに応えてくれたのは
「……たぶん、な」
……という、審判台に座ったままの銀平の呟きだけであった。
なお、銀平もまた祝辞を受ける立場であるのだが、それはこの場にいる全員にとって空気以下の認識であった。
だが銀平もまた、友人の幸せを応援したいと自ら引き受けた立場であったので、その瞳には慈愛と……少しだけ涙が浮かんでいた。
それは寂しかったからではなく感動したから、なのだろう……たぶん、おそらく、きっと。
◆今日の龍之介さん◆
龍「凛先輩、おめっとー! ところで、女っつーのはやっぱりああいうのが嬉しいモンなのか?」
凛「そんなワケないでしょッ!? あんなの、海がバカなだけで普通は引くからね!?」
海「(´・ω・`)」
凛「ち、違うから! 海、嬉しい、嬉しいよ!? でもさ、やっぱり恥ずかしいっていうか……!」
龍「あー、もー勝手にやってくれ!」




