スタート前欄外上等
グロテスクで性的な殺人に係る表現があります。
この話はフィクションです。実際の人物、団体、事件、国とかは一切関係ありません。
連邦捜査局、略称FBI。
アメリカ司法省の下部組織であり、国家警察の存在しない米国おける連邦レベルの捜査機関だ。
その任務内容は、州境を越える、もしくは複数の州をまたがる犯罪や、組織・麻薬・知能・凶悪・テロ・諜報といったその他重大な連邦犯罪の捜査にあたる活動である。
なお、FBIに80年代新設されたのが連続殺人や連続爆破などの凶悪犯罪のデータを収集する凶悪犯罪分析センターであり、この一部門となる行動科学課(BSU)はいわゆる日本での捜査一課もしくは米国州警察の殺人課に置き換えることができる。
日本では行動科学課では分かりにくいため、「心理分析官」の訳で知られたプロファイリング専門課でもある。
現在は、BSUは捜査支援課(ISU)と改名され、国立暴力犯罪分析センターの一部門として、バージニア州クワンティコにあるFBIアカデミーの建物内にそのオフィスを構えている。
「佐々木さつき」がFBIに在籍するにいたった経緯は、紆余曲折ではあったものの、いたってシンプルな理由だった。
警察官になりたかったが、日本にいたくなかった。
それだけである。
プリンターから出力したばかりでまだ熱い用紙の束を片手に、どろどろの濃いブラックコーヒーを胃に無理やり流し込む。不味い。
胸糞悪くなるような資料に目を通しながら、コーヒーの不味さもあいまって眉間の皴がもう一生とれなくなりそうな予感とともに、ますます深く刻まれるのを感じた。たぶん今近所のクソガキどもが自分をみたら、生意気いう暇もなく裸足で逃げ出す勢いで目つきも人相も凶悪になっているだろう。
何しろ48時間ぶっちぎりで寝ていない。耐久レースをしているつもりも、自己の限界に挑むつもりも毛頭ないんだが、そろそろ洒落にならない幻覚が見えてきそうでヤバイ。
それもこれも今唾棄したいような気分で目を通しているファッキンな一連の資料のせいだった。
シリアル・キラー(連続殺人犯)。
5人連続で殺された。あるいは発覚していない、同一人物の犯行と特定されていないだけで、もっとかもしれない。
最初それぞれの事件は別件であり、一つの殺人で被害者は一人とされる単独殺人と思われていた。
それが連続殺人とされたのは、ある特徴の発覚とともに、判明している5人だけでも目を覆いたくなるような同一の惨状を呈していたからだ。
異常な快楽殺人の特徴を。
おまけに、と紙を人差し指で弾いた。
「犯人は恐ろしく頭が回りやがるってわけね」
あれだけ現場に「儀式」の痕跡を残しながら、犯人特定の証拠を一切残していない。
性的(快楽)殺人は捜査や犯人逮捕の決め手となるような物的証拠を残しやすいが、この犯人はおよそ手抜かりというものがないのだ。犯人は被害者に特定のポーズをとらせたり、オーバーキル(被害者の身体に必要以上の損壊を与えること)を行うことによって、捜査陣にその犯人像の手がかりとなるような犯行状況を残している。
だが、自分のホームグラウンドを避けてか、州をまたがって行われた殺人のために、州警察においてはその特徴をすぐには点と点を結ばせるまでにいたらなかった。
その点で大いに遅れをとったと言わざるを得ないが、何しろ、レイプ事件は嘆かわしいほどの件数、それが高じてレイプ殺人もまたかなりの件数で起こっている。数ある事件の中で関連性を見出すには、物的証拠や距離的なものが大きくあるが、この犯人は州際殺人による地理的目くらましを有効に活用してくれたのだ。
5人目が発覚して、ようやく同一犯の犯行、連続殺人と認定されたのだが、それまで期間が長すぎた、と苦々しく資料を睨みつける。
これは犯人の知能の高さを示すものだった。
「犯人は冷静かつ冷酷、狡猾で知能指数が高い。他人の苦痛に共感ができず、むしろその苦しむ反応を見て性的興奮を覚える典型的セックスサディスト、か」
資料を手にしたまま腕で瞼を覆い、背後に背を預けたため、ぎ、と椅子がたわむ。身体は弛緩してリラックスする体勢に入っていたが、思考はとりとめもなく渦巻き、分析を止めることはなかった。
犯人は、秩序型の典型的セックスサディスト。
――それを裏付けるものとして、特に注目すべきは被害者の身体に行われた呪文のようなペイントがその生前に……
そう、被害者は必ずレイプされている。
だが、その性別も年齢もバラバラで、レイプの仕方は残虐かつ異常を極めた。
さらには、州を越えて殺人は行われる。
身体に加えられたオーバーキル(必要以上の身体破壊行為)。身の毛もよだつ切断行為。件数を重ねるたびに、エスカレートしていくそれ。
持ち去られた衣類・装身具、髪、もしくは身体の欠損は犯人の「記念品」蒐集なのか、それとも殺人を完璧にやりおおせた自分への「トロフィー」なのか。遺体に施された「儀式」。一連の「署名」。
プロファイルは万能でなく、犯人逮捕の手段でもない。
膨大なデータから統計や臨床により犯人像を演繹し、少しでも捜査の輪を縮めようとする捜査支援のひとつの手法に過ぎない。
たった一人ぼっちの日本人捜査官は、不眠ぶっちぎりのまま、どろどろのブラックコーヒーを胃に流し込む。
犯人の頭の中には生々しい妄想が現実と不可分になっていて、被害者は犯人のその妄想に最も近い人間が選ばれているはず。
果たして殺人のテーマは? 犯人は典型的セックスサディストなのか?
そして次の殺人のターゲットは・・・・・・?
レイプ?
直接体内に射精した痕跡はない。
被害者の体内には女性の場合乳房が切り取られた上に無機物が挿入され、男性の場合は自分自身の切り取った性器がアナルに押し込まれていた。
「本当に犯人はセックスサディストなのか?」
コーヒー片手に自問自答するが、しっくりこない。ぶつぶつと私は独り言を続けた。
「まるで、性を憎んで、否定しようとしているみたいだな」
壁に向かって話す。
「乳房を切り取る行為は、女性性を否定することにもつながるし、女性器に肺を突き破るほどほうきを挿入したのは制御しきれない性欲の暴走の結果というより、むしろ女性への憎悪を感じさせる。
それに、男性シンボルを切り取って尻につっこむっていうのは、性倒錯だ。性をおちょくっているし、ある意味犯人なりのユーモアの発露かもしれない。
一見快楽殺人には見えても、何か違うんだよ。
そこにあるのは、女性のシンボル、男性のシンボルへの徹底的な貶め。
つまり犯人は、」
他人の痛みを自分の痛みのように感じることができない。あるいはコンプレックスの発露? 復讐?
それは誰のことだ?
自分のことじゃないのか?
たとえば。
私は。
身近な人がこんな目にあったとして。
想像だけで吐き気がする。
捩じ切れるように怒るだろう。
憎悪に身を焦がすだろう。
果たして。
他人に?
自分に?
おそらく、自分自身の無力と甘さに嘆くだろう。激怒するだろう。憎悪するだろう。
だがきっとできないのだ。
他者への怒りの持続など。瞬間的には可能でも、できない。
抱えていくのは自分だけ。
他人の入る余地がない。
「何故この日、何故犯人はこの被害者を? このペイントは何? 儀式? アンチキリシタンって感じじゃないわね。もっと土着のもの? 写真拡大して……ああ?」
おい、待てや。
これ、漢字ならぬ象形文字をかなり崩した形じゃないの?
「FUCK YOU!」
間抜けのこんこんちき野郎。母国に帰れ。日本人魂を売ったツケがこれだよ、神よ呪われろ。
ラテン語もヒエログリフも関係ない。
馬鹿すぎる。
「メイ!」
うるせーな。
「メイっ!」
私はメイじゃねーよ、さつきだっつーの。今忙しいんだよ。つか、馴れ馴れしく人の名前を呼ぶんじゃないわよ。
「おいこら、聞こえねえのか!」
いきなりドスのきいた低音に、私は億劫な視線を流した。熊と人間のあいのこが、何日前から同じ服を着ているんですかと決して質問したくないくたびれたシャツとスーツ姿で凄んでいた。私は笑顔つきで故意に馬鹿丁寧な口をきいてみせた。
「なんですか、ハーレー捜査官」
「なんですかではないだろうが。お前人が何べん呼んだと思っているんだ」
「2回?」
「11回だ」
きっぱりきっちり正確に訂正するあたり、この人は常々無精髭を群生させている見た目ほどにいい加減でも大まかでもないんだよな、と改めて分析する。
「ったく、無駄口たたいてる暇はねえんだよ。こちとら案件山ほど抱えてんだ。おい、共通項出たぞ。被害者は性別も年齢もバラバラだが、あるゲームをやってた」
日本製のゲームだぞ、と彼は私が悪いと言わんばかりに歯を剥きだす。
「ヨーロピアン・インパクト。なんだこの意味不明のタイトル。歴史改変の愛と悲しみの物語だってよ。君は勇者になるか、それとも魔王になるのか。すげえハートの震えるうんこたれなキャッチコピーだ。お前らのセンスって未来志向だな」
私は本気でふぁっきゅーしたくなった。
誰だ、この呪われたゲームを持ち出してきた馬鹿野郎は。
これはとっくに回収破棄されたハズなのに、なんで今更出回ってやがる、ざけんなこのタコ。
サーバはとっくに閉鎖、版権元はトカゲの尻尾きりしてくれやがったけれど、一応倒産した。
……ああ、昨今ありえない規模の自サバ装備の素人が、魔改造したってオチね。
米国フリーダム過ぎる。
お前ら版権って知ってるか。違法にDLして改造施して、経験値界王拳じゅうばいだーにじゅうばいだーひゃくばいだーってか。
大方、呪われたゲームってのに、うほした連中が面白半分に手を出したか、それとも、故意に流出させた聖なる馬糞野郎の仕業か。
そのオチがくそったれな死に方だ。全然つりあってないよ全く救われないったらこんちくしょうだ。
「ふう、ありがとう、ハーレー。この恩は三日以内に忘れそうだけれど、晩飯奢るわよ。これは、別案件になりそうよ。私たちの手からははなれることになりそう」
「ああ? どういうこった?」
「儀式を装った殺人事件じゃなくって、マジに儀式。うんこたれな現代の陰陽師の仕業なの。セイラムの魔女裁判なの。呪われしダイヤホープで湧き出るクトゥルフこんにちはなの。くそくそ、本気でくそな結末。現実でも決着つけろってゴッドの思し召しかもね」
私は資料をデスクに放り、コートを羽織がてらセカンドバッグを取り上げた。
「おいこら、クレイジー。どこ行く。まだ分からんだろうが」
「年休消化するわ。墓参りに行って来るから、ボスにはよろしく言っといて」
「ふざけんなこのアマ、俺はてめえのかあちゃんじゃねえぞ!!」
「冗談よ、自分で説明しに行くわよ。ジョークを本気にすると、頭はげるわよ。てか、もう禿げてるか、あっはははは!」
「死ねっ マジに死ね糞アマ!!!!! 今猛烈にお前を捻り潰したい!!!」
カツカツとヒールを鳴らして、禿げ激しい同僚の罵倒を背に、私はどうやってボスにこの案件に関われるよう説得するか、頭を三回転半ひねってゲロを吐きそうになっていた。
まあ、そんなに難しいこったないんじゃない?
何しろ、リアル被害者だからね!
禿げ鷹みたいにつつきまわして利用してくれればいいのよ。
私だって利用させてもらう。
あいつを追い詰めるならなんだってするさ。
そう、場合によってはもう一度リテイクだ。
覚悟決めろや日本人。
「ボス!」
お話があります。
私はノックしたかどうかも分からん内に、「待っていたよ」と歓迎された。
各専門家のプロジェクトチームの一員に入れてくれるってよぉ!
きゃっほう、ボス最高ですぜ。一生ついていきやすぜ。
巻き返し、行きましょう。
喧嘩売ったらなあ、百倍返しがこちとら信条なんだよ。
泣き寝入りしねえぞ、今回はあ!