Ⅲ.セレーの魔法
ああ、それからが大変でした。
「あなたが埋めて」だなんて無責任なことを言われましても、当然ながら魔法というのは、何か適当な言葉を入れて発動するような簡単な代物ではありません。
魔女様が構築した魔法の内部構造を破壊せぬよう、魔女様が作った魔法の効果が変化せぬよう、私は細心の注意を払って最後の言葉を埋める必要がありました。
魔法の呪文とは作り手によって形式が大きく異なることが多くありますが、生前、魔女様が私には決して見せてくれなかった作りかけの魔法は、一見詩のようになっていました。
しかし他のページを見てみると、何やら私の見たことのない文字や記号で魔法が綴られていましたので、どうやら魔女様はいつもこの形式で魔法を作っている訳ではないようです。
何故最後の三ページ分の魔法を普段と異なった形でお作りになったのでしょう。
残念ながら答え合わせはもう出来ません。
私は一度椅子に腰を落ち着けて、ひたすらじっくりと呪文を読み込みました。
『太陽は雲を被り 星は宇宙に逃げ帰り
残された花 黙って散る訳も無く
緑の腕は土を抱え 種を抱え 蕾を抱え
虹色の髪が頬を撫でる
しかし命よ その愛を振り払え それはもう要らぬ物
荒波に身を投げ 急流に弄ばれ 暗がりの中 尚消えぬ物を見つめよ
光など無い
ただ其の先にある黒い物を掴めよ
それが何時か己を救うと信じるのだ
時に人は 独りである 動物も 植物も
魔女も独りであり 人形も独りである
生命は独りの絆で世界に繋がれている
故に 独りで詠え 独りで踊るのだこの詩を
照明のない暗い舞台でも 演目を止めることは許されない
観客は虚空を見つめている
しかし止めてはならない それはやがて愛に代わるものとなる
愛に代わるものは執念となる
そうして愛はようやく消える
そうして花はようやく開く
その花畑を踏み荒らす 裸足で踊り狂う
命の絨毯はいい心地だ
素足に絡みつく執着
わたしを掴んで離さない怨恨
これが生き物の愛だ 美しく尊い愛だ
光よ 遥か昔に潰えた星よ
そこから見える命に 果たしてどんな価値を見いだせる
開かれた道の先に待ち受けるのは絶望だった
ならばこの詩でその道を飾ろう 地獄に相応しい景色を贈ろう
醜く咲き誇る命よ 裂いた運命をもう一度繋いでみせよう
長く太く蔓を這わせよ 柔らかくあたたかく鮮やかな色を広げよ
踏まれても決して朽ちることのない 強かな縁となれ
自ら隔てた世界だが
それでもわたしは』
……呪文は、ここで途切れていました。
最期の力を振り絞って書いたのでしょうか、終わりに近付くにつれ、文字が少し歪んだりかすれたりしていました。
『それでもわたしは__』
魔女様はこの続きに何をお望みなのでしょう。
私に何をお望みなのでしょう。
私は魔女様から頂いたあの杖を手に取り、来る日も来る日も魔法の試行を行いました。
杖には約六百年分の魔女様の魔力が蓄えられておりましたので、魔力不足とは無縁でした。魔女様に差し上げた分の魔力も、いつの間にやらもうすっかり元通りになっていました。
そうして私はようやく気付いたのでした。
もとより、魔女様は私を死なせるおつもりなど毛頭無かったのでしょう。私はあの方の巧妙なやり方に感心を覚えるしかありません。
ずるいお方です。
気づいたところで私はもう、貴方に文句のひとつも言えないというのに。
魔女に、お墓を作って弔う、という習慣はありません。
彼女達は命が尽きると、体が徐々にくずれて砂になり、その砂はやがて風に乗って辿り着いた世界の果てで、静かに永遠の眠りにつくのです。
ですので、人間はお墓に手を合わせ死者と語らうことができますが、魔女様には、それができないのでした。




