37. 誰よりも幸せになっていただかないと
話を持ち込んできたのはディーンの父。
――前魔法師団長、ターナー卿だった。
レティシアを魔法師団に迎え、一から魔法を叩きこんだ、魔法国が誇る伝説級の魔法師である。
白髪交じりの銀髪に、鋭い眼光。
若い頃は女性人気が凄まじかったと聞くが、その人気は未だに衰えず、あのレティシアですら、傍にいると嬉しそうに頬を赤らめる始末である。
トルティア王国での一件がターナー卿の耳に入ったのは、数日前のこと。
そしてレティシアが魔塔の執務室で書類と格闘していた午後、ターナー卿は久しぶりに彼女の執務室へと訪れた。
「レティシア様、ご無沙汰しています」
「……ターナー卿。随分と珍しい」
「お元気そうでなによりです」
にこにこと人好きのする笑顔を浮かべながら、ターナー卿はレティシアの前に歩み寄った。
急にどうしたのだろうと、レティシアはペンを置く。
「レティシア様、お見合いをしてみませんか」
「……は?」
「魔法国騎士団長、アルベルト・ノープスです。ご存知でしょう?」
知っている。
二十七歳。魔法国騎士団を率いる、若き団長。
黒髪に黒眼、整った顔立ち。文武両道で人望も厚く、騎士団内での人気は高い。
「知ってはいるが、急にどうした……?」
魔法師団と、騎士団。
管轄が異なるため接点は少ないが、合同訓練で何度か顔を合わせたことはある。
「……なぜ、お前がそれを勧める。急にどうした?」
「レティシア様も二十五歳でしょう」
「余計なお世話だ」
「まあまあ、そう仰らず」
ターナー卿は懐から何冊かの釣り書きを取り出し、テーブルの上に置いた。
「他にも候補はおりますので、好きに選んでいただいて構いません」
一番上の釣り書きを開くと、アルベルトの経歴書だった。
アルベルト本人が描いたのだろうか、几帳面な字でびっしりと書いてある。
「必要ない」
「まあ聞いてください。レティシア様が幼い頃から魔塔に籠もりきりだったことは、彼も知っています。剣を学び、魔法を磨き、魔法帝になるためだけに生きてきた。でもそろそろ、その先を考えてもいいんじゃないかと思いまして」
レティシアの手が止まった。
「クロニクルに、何か聞いたな?」
「さぁどうでしょう。皇女を祖母に持ち、婿に迎えても問題ない家柄です」
穏やかに躱されるが、それ以外に考えられない。
大方、ディーンとの一件について報告が行ったのだろう。
「……余計なお世話だと言っている」
「そうですか。ですがまぁ年寄りのお願いだと思って、会ってみてください。もしアルベルトが気に入らなくても、候補は数人おりますので。気が進まなければ、断ってくださって構いません」
ターナー卿は立ち上がり、軽く会釈をした。
「レティシア様には、誰よりも幸せになっていただかないと。不敬かもしれませんが、わたしの娘のようなものですから」
それだけ言って扉が閉まり、レティシアはしばらく経歴書を眺めていた。
別にお見合いをするのは構わないし、断っていいのであれば尚更だが、ロイドとの件もある。
正直気が進まない。
仕事が入っていれば断ろうと思って予定を見れば、ちょうどお見合いの時間帯だけ、すっぽりと予定が抜けている。
「ターナー卿、謀ったな……」
相変わらず食えない男だが、一度受けておけばこの先言われることもないだろう。
かくしてレティシアは人生初、魔塔の応接室でお見合いをすることになった。
普段は魔法師のローブか、動きやすい装束ばかり。
こういった場のための衣装など、ほとんど持っていなかったレティシアは、ターナー卿の監修により、不本意ながらドレス姿で参加することになった。
このような恰好はなるべくしたくないんだが……。
ターナー卿が手配したドレスは、濃紺に金糸の刺繍が入った、落ち着いた色合いのもの。
魔法帝の威厳を損なわず、しかし女性らしさも引き出している。
さすが数々の浮名を流してきただけあって、ドレス選びも抜かりない。
憎らしいほどレティシアによく似合っている。
ロイドには絶対言えない。
そして昨日からディーンがやけに静かなのが気になった。
てっきり邪魔しにくるのだろうと思いきや、粛々と仕事に励んでいる。
——珍しいこともあるものだ。
そう思いながら、レティシアはお見合いに臨んだのである——。




